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『バラの精霊、ネザ』 ~バラの精が教えてくれた美しい生き方~  作者: あばらぼう
第3章 砂漠のアルター
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第1話 ウソが日常

「こっちだ!」

 おれは少女の手を引き、路地に駆け込んだ。二人でうずくまるようにして息をひそめて、時間が過ぎるのを待った。兵隊5~6人がバラバラと表通りを駆けすぎる。

「もう大丈夫」

 おれは警戒気味に小声で言った。

「ありがとう、助かったよ。なぜぼくを助けてくれたんだい」

 少女はニコニコと笑いながら、手でおしりの砂を払いながら言った。

 え、今、ぼくって言った? 目の前に立つ、おれより少し年上の少女は、よくみると少年だった。顔立ちが美しいというか、品がある。それに女装なので、てっきり女の子だと思っていた。大勢の兵隊に追われているこの少年をおれがなぜ助けたのか、それは高そうな服を着ていたからで、貸しを作っておきたかったからだ。でもそんなことは言えないので、

「うん、困っている人を見過ごせない性分なんだ」

 と、ウソをついた。

 少年はあれだけ走ったのに、呼吸がまったく乱れずにいた。終始笑顔でとても落ち着いていた。

「じゃあ、またどこかで」

 少年は澄んだ声でそう言って、両手の手のひらをこちらに向け、表通りとは反対方向に走り出した。

「あっ、名前! おれはヤヒトっていうんだ」

 おれは自分の名を名乗ったが、少年は走りながらクルッと振り返り、そのまま大きく手を振りながら走り去っていった。

「くそー、名前も聞けなかった。あれだけ身なりがいいんだ、金持ちに違いない。なにかお礼の品ぐらい置いていけよ!」

 あー、金づるをのがしてしまった。このあたりでは見ない顔だったな。旅人だろうか。男とは思わなかったな。

 おれはブツブツと言いながら自分のアジトに引き返した。おれの住むアジトは街の外れにあって、いちおう城壁の中だが、誰も近よらない所だった。両親の顔も名前も知らないおれが帰る場所はそこしかなかった。

 ところでこの国は、最近王様が替わった。以前の王は国民から慕われとてもいい人だった。王様は火を焚く儀式を自分でしていたが、その儀式の時には国中から人がやって来てこの王都は大いに賑わった。ところが新しい王様になってからは、街のあちこちに兵隊が立つようになって、ギスギスした雰囲気になっている。

 おれも前の王様は大好きだ。火の儀式の時、前の方はおとなが座るので子供は火が見えない。だから地面を石で引っかいて遊んでばかりいたが、あるとき子供を前の方に座らせてくれた。火の儀式は正直退屈だったが、儀式が終わって王様がお部屋に戻られるときに、なにを思ったか子供たちの方に足を運ばれ、おれの目の前まで来て、真っすぐおれを見つめて

「頑張れ」

 と言ってくれた。そして、おれの心に直接、


 〝お前は一人じゃない。仲間がいる〟


 という言葉が注ぎ込まれた。

 周りの子供らは自分に話しかけてくれたと大騒ぎだったが、あれは確実におれ一人に向けた言葉だった。そして王様の瞳におれが映っているのがはっきりと見えたとき、お互いの心の中まで見えた気がした。ただおれには仲間と呼べるようなヤツはいないので、王様の言っていることの意味はわからなかった。

 今、その前王はこの王都を追われ、違う町に身を潜めているらしい。どうして隠れなきゃならないんだろう。どうして追われる身になってしまったんだろう。アジトに帰る道すがらそんなことを考えたが、おれには複雑なことはわからなかった。アジトに着くと、

「おう、ヤヒト、帰ったか。仕事が来てるぞ、やるか?」

 と言われたので、

「うん、今日は稼ぎがないからね」

 おれは、そう答えるといつもの場所に向かった。城壁の入り口、砂漠の街道との出入り口には露店が並んでいる。ラクダ番という旅人のラクダを預かる仕事はおれみたいな子供でもできる仕事だ。だが今日の仕事は、水鳴きだ。水鳴きとは、おいしい水屋を紹介する仕事。旅人がまず求めるのは水だ。そこで、こっちの水屋は甘くておいしいよ。あっちの水屋は砂が混じってるよと教えてあげて、特定の水屋を儲けさせるんだ。もちろん砂が混じっているなんて話はウソだ。旅人の中には直接おれに小遣いをくれる人もいるので、この仕事は好きだ。

 今、肩入れしている水屋は、新しい王様とのパイプもあるらしいので、得させておけばこっちも見返りが期待できる。

 太陽の影が7番目の柱まで伸びたので、おれは仕事を切り上げて水屋に向かった。

「おじさん、もう終わっていい?」

「おお、ヤヒトか、ご苦労さん、おかげで儲かったぞ。これは駄賃だ。いいかいこれはお前の取り分だが、こっちの革袋の方はアジトに収めるんだぞ」

「うん、わかっているよ」

 おれは葉っぱのように薄いコインを1枚受け取り、握りしめた。ポケットにはちょっと重い革袋を突っ込んだ。革袋にいくらお金が入っているかは知らないが、おれの興味はすでにそれではない。王都の西の外れに占い屋があるのだが、おれの興味はもうその占い屋に飛んでいた。占い屋といっても階段の踊り場に幕を張っただけの小さな店だ。

 この街に占い屋は数件あるが、おれの目的は占ってもらうことじゃないんだ。ただその占い屋のことを考えるだけで胸が少し苦しくなって、鼓動が早まる。そう、おれの目的は、その占い屋の女主人にあるんだ。日が暮れたら閉店してしまう。急がなきゃ。

 占い屋は急な階段の途中にあって昇るのに少し息が切れる。入るべきか、どうしようか。おれは占い屋の入り口で少しためらったが、日暮れまで時間がない、思い切って占い屋に飛び込んだ。

「あら、また来たの」

「う、うん、近くまで用事があったからさ」

「あらそう、耳まで真っ赤だけど、どうしたの?」

「えっ、あぁ、これは走って階段を駆け上がったからさ。えっと、また占ってくれるかな。おれの母さんの病気が治るかどうか。これ、占いのお金」

 そう言っておれはさっき水屋からもらったコインを店主にあげた。店主はニコッと笑ってから、さまざまな宝石を取り出して机の上に広げた。

「うん、大丈夫よ。お母さんはきっと良くなるよ」

「そう、ありがとう、そうだよね。ところでさ、なんで占い屋をやっているの」

 おれは、占いの結果などどうでもよかったが、この占い屋のことは何でも知りたかった。この店主の声をもっと聞きたかった。

「うーん、半分は人捜し、かな。私はどうしても探し出さなければならない人がいるの。そう、運命の人ね、フフッ」

 おれはその言葉を聞いたとたんに、胸がいっぱいになってしまい、また来る。と言い残して店を出てしまった。

 おれの事を、母親思いのやさしい人と思ってくれただろうか。そう思ってくれればいいな。そう思ってくれたなら今日一日生きた意味は達成できた。おれはアジトに戻ってお金を親分に渡して、星を眺めながら眠ろうとした。おれはこのアシトでは下っ端なので、寝床に屋根はない。それに昼間の占い屋でのやり取りを思い返すだけで、夜空の星以上に心が瞬いて眠れない。運命の人っていったいなんのことだろう? いったい誰のことだろう。おれの心はいつまでたっても昼間の太陽のように熱く高鳴った。

 あくる日、おれはなんの仕事もせずに、占い屋のある急坂の手前にいた。占ってもらうお金はないので、店には入れないが、彼女の生活圏内というか、すぐそばにいたかったからだ。時々、偉そうな兵隊とかが、店に入っていくのを見た。こんな町外れにある小さな占い屋に、偉い人が何の用事があるのだろう。よっぽど占ってもらいたいことがあるんだな。兵隊たちは表情を崩さず、すぐに立ち去った。

 おれは彼女の占いが評判になるのを恐れた。評判になって忙しくなったらおれは店には入れなくなってしまう。だって、占い料金が上がったら、もう占ってもらえなくなる。

 ジリジリと燃える太陽の下、ブラブラとその辺りをうろついていたが、働かなければ食うことができない。今日も水鳴きをするしかない。しかたがないのでアジトに戻ろうとしたとき、衝撃的な光景が目に入った。

 いつぞや兵隊から逃がしてやったあいつ、高そうな服を着たあいつが女装で占い屋に入っていった。見間違いなんかするもんか、確かにあいつだ。おれは石壁づたいに坂道をゆっくりと昇り、階段の踊り場の占い屋の店の中を伺った。

 声だけでも聞こえないものか。覗き込むようにして耳をそばだてたが、何も聞こえない。それどころか店主も居ないし、あいつもいないようだ。どうなっているのだろう? 確かに店の中に入っていったのに。幕の隙間から中をのぞいたが店の中には誰もいなかった。

 おれは石段の下で見張りを続けた。日の柱が一つ進んだころ、ヒョイっと女店主が店の幕をまくって顔を出した。おれの心臓はドクッと一回高鳴った。辺りを見回しているようだが、いったいなにをしているのだろう。続いてあいつがゆっくりと姿を現し、坂の上に消えていった。

 あの店には秘密がある! おれの知らない秘密が! おれはその日以来、遮二無二働いて占い屋に通えるだけの軍資金を作った。


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