第19話 真っ赤な星からの脱出
12月1日
今日はネザと水族館に行った。海に興味があるらしい。最近の水族館はハイテクだ。ただ魚が泳ぐのを見るのとは違う。様々な工夫がされている。
サンゴの展示ブースではボタンを押すと、サンゴの色が変色するのがあった。こうなると面白い、水族館中のボタンを押したくなる。
「子供たちの楽しみを奪ってるような気がするんだけど。子供たちだってドキドキしたいんだから、押させてあげようよ」
「そ、そうか。じゃーやめよう」
おれが今いる展示ルームは畳八畳ぐらいの小部屋だ。そのルームの中央にはモニター画面があって、画面の手前には赤いボタンがある。おれはボタンを押した。なぜ押したか、それはそこにボタンがあるからだ。
「あんたが子供ね」
「やかましい~」
おれはボタンを押した。そのとたん、その展示ルームを囲っていた水槽すべてが、モニターとなって、海の生物の歴史を映し出した。
今まで水槽だったのに、そのすべてがスクリーンになってしまった。これはおれにとっては大事件だった!
昔の話をしよう。まだ幼いころ、物心のついたころ、風邪をひいて高熱を出すと必ず同じ記憶を思い出して発狂しそうになったんだ。
それは、他の星に住んでいたころの記憶として思い出される。信じられない人はおとぎ話かSFだと思ってくれればいい。
これは非常な恐怖、罪悪感が伴う記憶なので、思い出さないように努力し、自分で封印してきた記憶だ。しかし、今、ボタンを押すと、今まで水槽だったところがスクリーンとなって、水槽なのかスクリーンなのか区別がつかなくなったこと、この現実を目の当たりにして、おれの罪悪感は軽くなった。
おれの記憶はこうだ。
地球に似通った星の出来事だ。ノッポなビルがたくさんあった。今の地球でいう核ミサイル、核爆弾などのありとあらゆる兵器が自国以外の国を攻撃していた。とうとう世界戦争になってしまった。おれは30歳前半くらいだったと思う。
おれはその国の首都にいて、戦争回避のための活動をしており、その本部ビルにいた。そのビルも崩壊寸前となり、おれは非常階段のようなところの1階と2階の踊り場で仲間と連絡をとっていた。トランシーバーのようなものをもって、必死に仲間に呼びかけていた。
まだ救える。戦争は回避できる。そう信じて活動していた。
「このビルはもう危険だから退去しましょう」
と、いっしょにいた一人の若い女性隊員に言われ、1階の出口まで避難した。おれは腰か足を負傷していて一人では歩けず、その女性隊員の肩につかまってなんとか歩いた。
女性隊員は、まだビル内に他の隊員が取り残されていないか見てくるといって、階段を駆け上っていった。なぜかその後ろ姿のおしりと足を覚えている。
おれは歯ぎしりしつつ町を見た。炎に包まれるビル、道路も陥没し、町全体が斜めに傾いたように崩壊していた。次の瞬間、空に輝く閃光が走り、おれは大きな衝撃を受けて飛ばされ、木の葉のように舞った。眼下に、今いたビルが一瞬の内に吹き飛ぶのが見えた。自分の体の自由がきかなくなる中、おれは一機のUFOにさらわれた。
気が動転していたのでそう感じたようだ。おれはUFOにさらわれたのではなく助けられたようだ。そのUFOには、おれの他にも何人か人がいた。みんなUFOの壁にそって膝を抱えて座っていたように記憶している。おれの負傷はなぜか治っていた。おれは勇躍、自分の活動を継続しようとした。
戦争を止める活動拠点を地上からUFOに移しただけで、最後まであきらめずに戦争を回避すべく努力をしていた、が、ついに止めることはできなかった。
宇宙人は普通の人間の姿をしていて違和感はなかった。違いは服装くらいだった。白色と灰色と緑色が混ざったような色の、レーシングウエアのような服を着ていた。
「外を見てごらん」
と宇宙人に言われたので、窓から外をのぞいてみると、惑星の四分の一を覆う巨大なキノコ雲が幾つも見えた。
船内中央にあるモニターを見ると、雲霞のごとく群れを成したUFOがツバメのような低空飛行で人々をさらっているのが映っていた。この星の人を救出しているという説明を受けた。最後の最後まで救出を繰り返していた。
「あれ助けてよ」
おれは平和を愛し、戦争を避け、森の中で暮らす若者たちがいることを知っていた。彼ら彼女らは純粋で汚れのない優しい人たちなので、それを助けるように宇宙人に言った。宇宙人は助けることはできないと言った。戦争を止める努力をせず、自分たちの安全だけを考える人を助けることはできないと言った。平和主義者を見捨てるのか? 平和を得るための努力をしない人は、結局はエゴイストということになるらしい。
自分優先の考えで行動する人は新しい世界でも自分優先の行動をする。自分優先の考えと行動の結果が世界戦争になったことを考えれば、救えないのもわからなくはない。
だが、彼ら、彼女らの行動は、自然を愛する人ならば当然の行為ではないのか。おれは納得がいかないので抗議しようとした。その時だった。
おれの乗ったUFOは危険を察知し、その星から急速度で遠ざかった。
あの女性隊員はどうなったのか? おれの疑問を読み取った宇宙人は、彼女は他のUFOが助けたと言った。
しかし、もしかすると、あの女性隊員は仲間を助けに行ったことが、まるで避難行動をしたように見られてしまい、UFOに救出されなかったのではないか。しかも、あのビルが一瞬のうちに吹き飛ぶ姿を確かに見た。
急速度で星から遠ざかったUFOは、宇宙空間の安全な空間で静止した。宇宙人は再び窓の外を見るようにおれに言い、おれは赤と黒に染まった自分たちの星を見た。
宇宙人に、
「このボタンを押してごらん」
と言われて、船内中央にあるモニター下のボタンを押したら、窓の外に浮かんだ我が星が大爆発をおこした。太陽のフレアのようにマグマが何カ所からも吹き出し、大きな亀裂ができて壊滅してしまった。
この時、宇宙人から、
「君たちがしたことだよ」
と言われた。
ああっ! 自分の星を爆破してしまった。取り返しのつかない大暴挙をしてしまった。まだ、住んでいる人がいたのに、助けを求める人がいたのに! ものすごい罪悪感。罪の意識はすごかった。自分がこの手でとどめを刺した!
この記憶を持ちながら、疑問もあった。自分はそんなボタンを押すほどの偉い立場の人であるわけがない。どう考えても一庶民のはずだと。
その疑問がいま、水族館のボタンを押したことで氷塊した。
自分の子供のころは、窓がスクリーンになり録画画面が映し出されるなんて想像もできなかった。
しかし、今は違う。あー、あれは録画画像の再生ボタンだったんだ。UFOが遠ざかる間に、星は爆発し、その録画を見せられたんだ。
自分としては自分の身に起こった本当の出来事なので、星一つを爆破した罪の意識がずーっとあった。おれが自分の星を破壊した! 本当に破壊した! その記憶を思い出すたびに、いつもそこで発狂しそうになった。
その時の記憶はそこで終わっている。
その星は、自分たちの科学技術を良い方と悪い方、両方に用いてしまい、悪い方の利用が勝ってしまった。他人よりも自分だけが良ければいいんだという考えが上回った結果だった。
今、地球はその分岐点にあるのかもしれない。おれが今、この危なっかしい地球に生まれ、生きているのも、あの時の生涯で果たせなかった戦争回避を果たすためではないのか? 中学生のころはそんなことを思ったものだ。
角度で例えると、この時代で1度でも平和方向にベクトルを傾ければ、ずーっと先の未来では大きな差が生じることになる。わずかな平和への努力が後の世の中を変えるのだ。
以前はその理想に燃えていたような気もするのだが、社会に出てからは食べて寝て、それだけの生活だ。
あれは本当に他の星の出来事だったのか。ビルやら道路やらが地球っぽいようにも思うのだ。もしかしたらあれは地球の未来で、おれはこの時代で平和活動をするために、未来から過去に生まれ変わったんじゃないか。
生まれ変わってでも戦争を止めようとする。その信念を見越して宇宙人はおれを助けたのでは。そんなことも考えていたが、今は気持ちも薄れてしまい。地球の危機回避よりも、自分のストレス回避とコレステロール値改善の方が先決問題だ。
おれの回想中、ネザはイルカとコミュニケーションを図ろうとガンバっていた。
「おいネザ、もう行くぞ」
「うー、友だちかもしれないのに~」
とネザは訳のわからないことを言っていた。
広い水族館の中に一つだけ照明が暗い水槽があった。故障かなと思ったら深海魚の水槽だった。暗い水槽をのぞき込んで、
「宇宙みたいだな」
とおれが言ったらネザが、
「懐かしいね」
と言った。