第13話 バラのトゲは美しい
9月16日
「ネザ、宝くじが当たりますようにってお願いはしなかったけれど、実はおれ宝くじの成績はプラス収支なんだぜ。1万円とか、少額だけれども当るんだよ。それってさあ、そのうち金運みたいのを使い果たしちゃって当たらなくなるのかなぁ」
「運をドンドン生み出せばいいんじゃないの、新しくドンドン」
「ネザ、何を言っているのかさっぱりわからないゾ。変えられないから運っていうんだろう。運を生み出すってどうするのさ」
「例えばあなたが宝くじを買ったとします。いくら当たれって神さまにお願いしてもムダですよ。神さまは人間のよこしまな欲望をかなえる便利屋じゃないんですからね。
それよりも重たい荷物を持ったお年寄りを助けたとします。そうすると神さまは、この人物は困った人の荷物を持ってあげる親切で優しい面があると知ります。そーれ、この人には、もっと荷物を持ってあげられるように車を与えよう。丈夫で安全な車がいいだろう。ベンツを与えよう。と、神さまは思ってベンツが買えるくらいの高額当選するのです。
あなたが自分の家だけではなく近所の道路を掃除したとします。神さまは、この人物はきれい好きで、きれいな環境が似合いそうである。この人には超高級掃除機を与え、きれいな環境の場所に住まわせよう。と、神さまは思って高級住宅地に引っ越せるだけの高額当選をさせるのです」
「ほー、なるほど、話をまとめると、まず宝くじを買う。なんか良い行いをする。神さまが適当な金額をチョイスしてくれる。こんな感じか」
「宝くじを買う必要はないよ。それはたとえの話です。普段から普通に人に親切にしていれば、この人物は親切な人が似合うようだ。この人の周囲を親切な人でいっぱいにしよう。と、神さまは思うよ。良いことをすればドンドン運が上向いてくるよ。それって宝なんじゃないの」
「うーん、いや、やっぱり金儲けに直結させたい。親切な人が回りにうじゃうじゃいたら、ちょっとメンドクサイだろ」
「では神さまは、こう思うんじゃないかな。この人物は、今はとりあえずお金も環境も不便というほどではないようだ。それなのに不満ばかりを漏らしている。この人物からお金を取り上げて、今ある幸せに感謝することの大切さに気づかせよう、ってね」
「ひえ~、ネザのお知り合いの神さまって怖いのね」
おれは今、幸せなのだろうか。ネザに言われて初めてそんなことを考えた。不運は不幸に直結しているような気がするし、幸運は幸福につながるような気がする。
さっきの話で運を自分で作り出せることは何となくわかったが、しかし神社とかお寺って、そもそもの働きとして、神さまなら精神を浄化するとか、仏さまなら煩悩を断つとかで、人間の欲望を抑える側じゃないのかな? なんで欲をあおるような、金運如意だの出世開運だの欲望丸出しの願目があるんだろう? あいつらニセモノなんじゃねーか。人間の欲をあおりやがって、そうやって金儲けしてるんだから商売うめーよな。
「黙って聞いていれば、あんたすごいこと言ってるね」
「おおっ、詐欺師の仲間のネザさんじゃねーか。だっておかしいだろ、欲をあおってさ、人の弱みにつけ込みやがって」
「人はさ、下りのエスカレーターに乗ってるようなものなんだよ。人はほっとくと心配事を考える生き物だよね。それは過去に厳しい人生を送ってきた人類の集合意識、集合記憶、そして過去の記録を学んだからだよね。心配事はマイナスの感情だから、意識してプラスのことを考えないとズルズルと不幸に意識が向いちゃうんだよ。
で、意識して『幸せよ来い!』って願って幸せを引っ張ってくる。たぐり寄せる。何としてでも幸せを呼び寄せる。その意識付けとして、神仏は幸運アイテムをお授けくださるんだよ。金儲けのために売ってるんじゃないよ」
「ネザさんや、あんた、たかが植物の精霊なんだよね、なんでそんなことわかるんだ」
「うーんとね、記憶は水疱に、活力は人に、です」
「ん? 記憶は脳に、活力は食いもんに、だろ?」
「うーんとね、脳はスマートフォン、知恵はクラウド、活力は行動に、だよ」
「すみません、人間にわかるように説明してくれますか、後でおれが間違いを正してあげるからさ」
「海の中だから魚は尾びれが生じたんだよね。大地の上だから人は足が生じたんだよね。光があるから目が生じたんだよね。深海や洞窟の奥では目は退化しちゃうからね。わたしたちは地中に根を張るけれど、それは土の中に水があるからだよ。
この空間には、あたかも海の中の海水のように記憶や経験、感情が充満しているんだよ。記憶や経験、感情は波動と同じなんだよ。水はあらゆるものの波動と同調しやすい。だから水はすべてのものを蓄えるし、あらゆるものを記憶する。水を吸収するということは、すべての記憶、経験、感情を得ることになるんだよ。
脳は膨大なクラウドから情報をキャッチするアンテナ、情報端末ですね。スマートフォンとクラウドの関係を思い浮かべてね。クラウドとは空間に、大地に、海に充満する水ですね。
人は自らを向上させようとする意思があるよね。そのエネルギー、強いプラスの波動をわたしたちは感じ取り活力としてるんだよ。だからわたしたちは悪い波動の場所ではうまく生きられないんです。
まあ、とは言ってもわたしは特別に優れているけどね。植物にもいろんな種類があるしね」
「そういえば水は姿形を自由に変えられるよな、それはどんなものにも同調できるってことなのか。どっかで聞いたことがあるけど、仏教には虚空蔵菩薩ってのがいるらしいな。虚空に蔵しているって、つまり虚空に含まれる水が蔵ってことなのか」
「そう、だからお風呂では思いっきりリラックスしてね、リラックスとはゆるむこと。自分をゆるませること。自分をゆるすことだよ、それがリラックスだよ」
「そうだな、そうしたらそのリラックスしたゆるゆるの残り湯をネザにかけてあげるよ」
「やめろ、変態が移る!」
9月20日
そろそろ秋の開花に備えてバラの手入れをするころだ。バラはトゲがあるので、手入れが面倒でしょうがない。
「なぁネザ、バラってなんでトゲがあるんだ?」
「それは美しいためです」
ネザが答えた。よかった。ネザがしゃべらないので、分身としての寿命は2~3回なのかと思いはじめていたところだった。ネザの葉っぱは五~六枚しか残ってないので、毎回、葉をカットしていたらすぐに葉がなくなってしまう。
おれは話を続けた。
「バラの美しさはトゲとは関係ないだろう。むしろ醜くないか、トゲってさ。手入れとかするときに刺さって痛いんだよね」
「バラはトゲがあるからこそ美しいのよ。バラの手入れをするときはトゲに注意するでしょ。当然、注意深く、やさしく、丁寧に扱うようになるよね。それはバラを大切にしていることになるの。
そして大切に手入れをしたバラだからこそ、美しく咲いてほしいと思うでしょ。バラはその思いと大切に育ててくれたことに応えて、見事に、誇らしく、誇らしく咲くんだよ。
あなたも同じだよ。今だにブラインドタッチもできず、親指、人差し指、中指だけでキーボードを打っている。でもタイピングは異常に早い。薬指がうまく動かない欠点を克服しているよね。他にも欠点と思っている外見や、性格があるから、それを直す努力をする。何かに打ち込んでいる人はみな美しいよ。
たとえそれが欠点の克服だとしても、欠点を恥じてひた隠しに隠す人よりも、応援したくなるものでしょ。だって人間は全員なんらかの欠点を持っているからね。みんな自分の欠点を見せないようにしたり偽ったりしている中で、それを直すことにチャレンジしている人は輝いているんだよ」
「なるほど、欠点の克服か。今度は痩せる努力をしろと間接的に言ってるんだね」
「そんなことないよ。じゃー、今度はお寺さんに行ってみようか」