第12話 生きたまま柱になった木の話
説明によると、屋根から敷石まで、すべての素材が口にいれても安全な材料で建てられているという。すぐ脇の小川にはホタルがたくさんいて夜は幻想的なんだとか。家の中を案内してもらっていると、ポケットの中でネザが、
「あら? この柱!」
と叫んだ。
見ると、家の真ん中に皮をむいただけの木があった。さしずめ大黒柱ってところか。節が一つも無くてきれいな肌だ。
ネザが注目したのでおれはその木が気になり、耳をくっつけたり、抱きついたりした。その様子をみて案内の人が、
「その木がわかるんですか?」
と言った。
ネザが言う。
「その木は生きています。生きたまま柱となってこの家を支えています。何かの霊が憑依しているのではなく、静かに眠ったままですが生きています」
「いや、お客さん、その木はですね」
と案内の人が語ってくれたことは、この柱は、苗として植えた時から30年間見守り続け、節が全く出ないように枝を落とし、他の木が日光を遮らないように環境を整え、そして新月の日の真夜中、静かに伐採した、ということだった。月が出ていると夜中に伐採しても目を覚ましてしまう、と付け加えて説明してくれた。
世の中にはいろんな家があるもんだな。なんとも魅力的な、違う世界の、とでもいうべき住宅展示場を後にし、再び車を走らせる。
お昼すぎ、結局、最終目的地の安房神社まで来てしまった。
「なぁネザ、神社にはしめ縄をはった御神木があるけれど、あれってすごいの?」
「すごいというか、横綱みたいなもんかな」
「横綱? どういうこと。木の世界のチャンピオンってこと? みんなペタペタさわるよね。あれってなにか御利益があるの?」
「わたしテレビで大相撲を見たよ」
「あんた高貴なバラさまなんだろぅ。相撲見るのかよ」
「やかましい、刺すよ。大相撲を見ていたら、お客さんが横綱の背中を軽く叩いたり、さわったりしてたよ。あれと同じかな。応援の気持ちと、お相撲さんからパワーを分けてもらう気持ち。そんな感じね」
「で、肝心なのは、そのことでパワーがもらえたりするかどうかなんだけど」
「お相撲さんの背中を叩いても、パワーが得られたりはしないでしょ。お相撲さんは、応援されたり、パワーを分けてもらいたいというお客さんの気持ちに応えて、もっと強くなろうとするよね。
そしてさらに強くなった姿を見せることで、お客さんも自分の歩む道で頑張ろうという気持ちになるのです。
御神木も同じです。高く、大きく、立派な姿を見せることで、お参りの人に、日々の努力、継続の大切さを知ってもらい、お参りの人は、自分もこの木のようにいつか大きくなりたいと願う。
そして御神木はその願いを感じて立派であることにさらに努めようとします。
御神木からパワーをもらうというよりは、お参りの人が自分の力を引き出すことにつながるところがいいんですよ」
なるほど、これまで数々の神社を訪ねてきたが御神木から話しかけられたということはない。そういえばお相撲さんも強くなればなるほど口数が減っていくような気がするな。立派な姿を見せることで、勇気や元気を与えるのが御神木なのかな。
さてさて、白い鳥居をくぐり境内へ、お願いごとは山ほどあるが、ここの御祭神にあった願いに限定するか。「天太玉命」(アメノフトダマノミコト) 「天比理刀咩命」(アメノヒリトメノミコト) 「忌部五部神」(インベゴブシン)か。うーん、わからん。
「神社でお願いごとをしてはいけません。これ、基本です」
ネザが変なこと言い出した。
「あのですねぇ、じゃーなんのために神社に行くの?」
「神社に行くのは感謝するためですよ。まず最初に失礼のないように自分は誰であるかを述べましょう。住所、氏名。次に感謝します。以上、終わりです!」
「おれの大切な願い、宝くじが当たるように、というお願いはいつするのさ?」
「お願いごとを限定されても、神さまは困っちゃいますよ。神さまはそれぞれ得意分野があるようですよ。何も願わず感謝だけをします。すると神さまはどう思うと思います。あなたならどう思います」
「そりゃー、感謝されれば悪い気はしないし、この人に感謝されるようなことしたかなぁと考えて、感謝されたんだからその人の手伝いをしたくなるかな。
おや? ということは、手伝うってことは、もし神さまだったら願いを聞いてくれて、不思議な力を振るってくれるってこと?」
「あなたは、もし感謝もされず、ただ願いごとだけされたら?」
「うーん、そりゃー聞くことは聞くけれど、宝くじが当たりますようにって願われても、宝くじを当てろって、命令されたような気持ちがしてかえって反発しちゃうかな。良縁成就お願いしますって言われても、言い方を変えれば、良縁を授けろって命令だよね。おれなら悪縁を授けるな」
「あなたが神さまになったら疫病神ですね。神さまは、なにも願わず感謝だけすれば、その人の努力していることについて手伝ってくれるでしょう。
たとえ受験生が、学業の神さまを祀る神社ではなくても、そこの御祭神に感謝すれば、交通の神であれば受験会場に事故無く着くとか、食べ物の神であれば、集中力が増す食事が用意されるとか、神さまの得意分野で手伝ってくれますよ。
一日一回、神さまに感謝すれば、その日がとても良い日になるし、不思議な力があなたのまわりを取り巻くことでしょう」
「でもネザ、みんな忙しいから毎日神社には行けないよ」
「だから神棚を家の中に祀って、毎日ログインするんですよ」
ログインボーナスってそれか! 神さまからのログインボーナス。これからは毎日ログインして、ログインできたことに感謝することにしよう。だって、ログインできる環境があるってすばらしいことだから。
しかし、何時間もかけて神社に来て、なにもお願いごとをしないのは、もったいないような気きがするなぁ。ちょっとだけでもダメかな。
「いいですよ。お願いごとしても、わたしが神さまの耳をふさいどいてあげるから」
「お前は悪魔だな」
何十年と神社に来てはお願いごとをしていたが、今回自分としては本当にガマンして、 ”お願いをしない“を試してみた。なんだか神さまの「おっ、それでいいの」という視線を感じたような気がしたが、そのまま鳥居を出て一礼した。ネザはなんかブツブツ言っているようだが、まさかお願いごと、じゃない、よね?