三人の若者、大金を発見し、自らの欲望に取りつかれ人生が変わってしまう
峠道を真っ赤なオープンカーが走っていた。
乗っているのは三人の男女。
金髪でチャラついた格好のヒデ。
ハンドルを握り、自分の運転に酔いしれるヨースケ。
派手な服装と化粧をしているエリナ。
いずれも20歳前後の若者で、「今が楽しければそれでよし」という刹那的な生き方を満喫している。将来どころか、明日のことすらちゃんと考えてはいない。
「ホントに山の中に大金なんかあるんだろうな、ヒデ!?」
荒っぽい運転をしつつ、ヨースケが後部座席のヒデに問いかける。
「ああ、間違いねえ! 昔の何とかって金持ちが、この山に埋めたんだとさ!」
「うさんくせえ話だ!」
三人はとある山中を目指していた。
ヒデが耳にした「とある身寄りのない富豪が山の中に自分の全財産を埋めた」という噂を当てにして、車を走らせている。
「まあいいじゃない! 宝探しを楽しもうよ!」
助手席のエリナがキャハハと笑う。
それもそうだなと皆で笑う。
彼らとて、本気で噂を信じているわけじゃない。
有り余るエネルギーと有り余る時間を、何かにぶつけたいだけなのだ。
だからこんな噂にも飛びつくし、大金の噂が嘘だったとしても、宝探しや山歩きを楽しめればそれでいいのだ。
「ところでお前ら、もしマジで大金見つけたらどうする?」
ヒデが問う。
「俺はもちろん車だ!」とヨースケ。
「車? これがあるじゃん」
「車は何台あったっていいんだよ! スポーツカー買いまくってやるぜ!」
「好きだねえ……」
苦笑いするヒデ。
「エリナ、お前は?」
「あたしはやっぱりブランド物の服とかバッグとか欲し~い」
「そう言うと思ったぜ」
ヒデは呆れたようにため息をつく。
「そういうお前はどうなんだよ? ヒデ」
「俺か……俺はよ、盛大なパーティーを開きてえな! でかい会場借りてよ! 色んな連中集めてよ! 騒いで踊りまくるんだ!」
踊る真似をしつつ目を輝かせるヒデに、ヨースケはつぶやいた。
「お前だって俺らと似たようなもんじゃねえか」
***
三人は目当ての山中にたどり着いた。
見回しても周囲には森と岩しかない。
他に登山者などはいなかった。ヒデが仕入れた噂が本当に誰にも信じられていないことが分かる。
もっともこんな噂を真に受けて行動できるのは、彼らのような時間と体力を持て余した人間ぐらいだろう。
ヒデたちは用意してきたスコップを手に、宝探しを始める。
「よーし、始めんぞー! この辺のどこかに埋めたらしいから、掘りまくるぞ!」
「この辺って、適当すぎだろ!」
「あたし、疲れたらやめるからねー!」
“無計画”という三文字がよく似合う三人である。
彼らはメチャクチャに掘り進める。
30分、一時間、二時間、一向に見つからない。
しかし、彼らは楽しんでいた。持ち込んだおやつなどを食べつつ、笑いながら地面を掘った。
「全然見つかんねえな!」
「いっそこのまま野宿すっか?」
「それもいいかも~!」
こんな具合である。
彼らにはこれといってやりたいこともなければ、目指していることもない。今が楽しければそれでいいのだから。
ところが――
「ん?」
手当たり次第に掘っていたヨースケが土の中から何か感触を覚えた。
「どうした?」とヒデ。
「今カチンって……」
「え、マジか?」
「どんどん掘ってみようよ!」エリナも促す。
ヒデとヨースケは、どんどん土を掘っていく。
すると――
「うおっ……いかにもって感じのが出てきたぜ!」
黒ずんだ巨大な箱が出てきた。
特に鍵はかかっていない。さっそく開けてみる。
中には――大金が入っていた。
大量の札束はもちろん、硬貨、古い金貨や小判のようなものもある。文化的価値も加わると、金額以上の価値があることは間違いない。
「うひょ~!」とヒデ。
「マジかよ!」目を見開くヨースケ。
「すごーい!」エリナも声を上げる。
しばらく三人は彼ららしく大いに喜んだ。
他に人間はいない。
これだけの金があればなんだってできる。なんだってやれる。そう、なんだって……。
目の前に突然現れた宝の山は、ただ今を楽しく生きられればよかった彼らの“欲”をかき立てるには十分すぎるものだった。
先ほどまではぼんやりしていた三人の目つきがみるみる鋭くなっていく。
「こんだけあれば……」
「こんな大金があったら……」
「これがあたしのものになったら……」
ヒデは考える。
彼はなぜ盛大なパーティーを作りたかったのか。
幼い頃、彼はこう思ったことがある。どうしてこの世には恵まれている人と恵まれていない人がいるんだろう。恵まれてない人にも手を差し伸べて、みんなで仲良くパーティーすればきっと楽しいのに、と。
子供の頃に夢見た、まさしく夢物語。目の前の大金があれば、実現できるのでは。ヒデは、自分の中で情熱という炎が燃え上がるのを感じていた。
ヨースケは思い出していた。なぜ、自分が車好きかを。
彼は子供の時、こう思っていた。車に乗って世界中を旅して、貧しい人たちを助けたいと。実際には車で世界中を回るのは無理だし、いつしかこんなことは忘れ、彼の中には“車好き”だけが残った。
大金を見て、ヨースケは考える。これだけの金があれば、車どころか飛行機を手に入れて、世界中を巡ることもできるのでは……。
エリナにも夢があった。
彼女は洋服のデザイナーになりたかった。安くて、機能がよく、見栄えもいい。そんな自分のブランドを作りたかった。だがいつしかそんな夢は忘れてしまい、ポリシーもなくブランド物を買い漁る娘になってしまった。
だが、大金を目の当たりにしたことで、あの時の夢がよみがえる。私はファッションの道に進みたかったんだ。これだけのお金があれば、夢を叶えられるかも。
三人は沈黙する。
まず、ヒデが口を開いた。
「金ってのは魔物だな。ガキの頃の欲望がよみがえってきた」
ヨースケもうなずく。
「ああ……喉が渇いてる時、金を持ってなきゃ我慢するしかないが、小銭があればそりゃジュース買うしな」
エリナも真面目な表情になっている。
「あたし……もう一度頑張りたい!」
ヒデが話をまとめる。
「よし、この大金はまず警察に届けよう。持ち主が出てこなきゃ、俺らの手にもかなりの額の金が入るはずだ。そうしたら……各々の欲望を叶えようぜ!」
ヨースケとエリナもうなずく。
山を下りる時の彼らの顔は、つい数時間前とは比べ物にならないほど凛々しいものになっていた。
***
10年後、スーツ姿のヒデはインタビューを受けていた。
黒髪に精悍な顔立ちをしており、すっかり大人びた風貌になっている。
「やっと夢を叶えることができました」
「夢……とはこのパーティーですか?」
「ええ、私はずっと色んな立場の人とパーティーをしたかったんです」
ヒデはこの10年間、社会からはぐれてしまった人たちの救済に邁進した。
引きこもりに社会に出る事を促し、アウトローを更生させ、リストラされた人に職を与え――
これらも全て、10年前に手にした金で出来たことだった。あの金は結局所有者といえる人間が現れなかったので、ヒデ、ヨースケ、エリナの三人は大金を手にしていたのだ。
そしてそれを山分けし、三人はそれぞれの道を歩んだ。
多くの人を救ったヒデは自分が救った人たちを集めて、パーティーを開いた。
みんなが楽しめる盛大なパーティーを。
楽しそうに飲み食いする人々を見て、ヒデはこみ上げるものを感じていた。
ちなみに車好きだったヨースケは世界中を駆け回り、貧しい人々を救ったり、教育を施したり、平和活動に尽力している。体を張って、実際に紛争を食い止めたこともある。
エリナはファッションブランドを立ち上げ、瞬く間に売れっ子になった。彼女の作る衣類は見栄えがよく、機能性が高く、しかも安いと評判である。
三人とも幼い頃の欲望を成就させたのだ。
記者が問う。
「昔のあなたは言い方が悪くなってしまいますが、チャラチャラした生き方をしていたと聞いています。何があなたをそこまで変えたんでしょう?」
ヒデは少し間を置いてから、こう答えた。
「金ですね……金が私たちを変えてしまったんですよ」
完
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