第一話「新任講師」
とりまマイペースに頑張ります。
第一話「新任魔術講師」
魔術。
それはこの世界を巡る魔力によって引き起こされる現象。
太古の昔、人々にとってそれは手の届くはずのない神秘であり、奇跡であった。
しかし、時の流れとともにそれはやがて体系化され、人の手に届くようになった。
自らの意思によりその手で奇跡を引き起こす存在。人々はその者達を羨望と憧憬の念を込めて呼んだ。
『魔術師』と。
魔術にも才能と呼ばれるものがあった。そして、時には大きな才を持って生まれる者もいた。
しかし、もしそれが常人には理解できないほどに強大であり、体系からかけ離れていればそれは人々の不安をかき立てる負の要素でしかなかった。言ってしまえばそれは欠陥であり、同じ基準で共存する人々にとっては邪魔でしかなかった。故に強すぎる力を有する者達は烙印を押され、呼ばれることとなる。
『災いを呼ぶ者』と。
「いつまで寝ている。アイリ」
「あいったぁ!?」
突如頭に加えられた鈍い痛みによってアイリスは深い眠りから現実へと強引に引き戻された。
ガタッと。半ば机を蹴り上げるかのような形で飛び起き、立ち上がると久方ぶりに開かれた視界に光が入り込み、くらんでしまう。
光に慣れた視界が最初に捉えたのは見慣れた教室に佇む友人の姿だった。
腰までも届きそうなのを後頭部でひとまとめに結った黒い長髪、美しく光る紫紺の瞳、きちんと着こなされた制服。そしてなぜか右手に握られている木刀。
「いたぁい。なんで叩くの!しかも木刀で!カザリ!」
アイリスは寝起きで回らない頭で自身を殴打した凶器と犯人を特定した。
睡眠と暴行によって乱れた金色の長髪を揺らしいながら少女は髪色と同じ瞳を半目にしながら友人を見つめる。
「なぜって。君が言ったんだろう。始業の鐘が鳴る前に起こしてくれと」
カザリと呼ばれた少女は冷静に事実を述べる。
「もちろん最初はゆすったさ。しかし君は一向に目覚めない。だから仕方なく手荒い手段をとった」
「、、、そうだっけ?」
「そうだ」
「、、、そういえば、そうだね。ありがと」
アイリスは約束を守ってくれた友人に感謝をしつつ乱れた制服と髪を整えた。
「そういえばレンは?」
教室正面の黒板の上につけられた時計が指す時刻はまもなく授業が始まることを示していたがアイリス達とともに授業を受けるもう一人の友人。レンの姿はどこにもなかった。
「さあな。学院の寮は男女別だ。レンのことは私も知らない。が、大方寝坊だろう」
カザリは冷静に現状を分析する。
そしてその分析を証明するかのように廊下からドタドタと激しい足音が聞こえてくる。
「ほらな」
自身の予想が当たったことにカザリの頬が若干緩んでいた。
足音が教室の真横まで来ると勢いよく教室の扉が開かれ、息を切らしながら一人の少年が入ってくる。
「ハアハア、、、。間に合った、、、」
燃え上がるような赤い髪に瞳をした少年。レンはカザリの隣の席へと腰を下ろした。
「遅いぞレン。今日は私たちに新任の講師が就くから早めに教室に来るよう言われていただろう」
レンに対してカザリの紫紺の瞳が鋭く向けられる。
「悪い悪い。覚えてはいたよ。けど、どうも朝は苦手なんだよ」
「なら前日はもう少し早く床につけ」
「それで解決したら寝坊なんてしねえよ。俺の母ちゃんかお前は」
「違うがしっかりと見ておくようには言われている」
生まれ育った故郷が同じ二人のやりとりを聞きながら、アイリスは廊下の方へと意識を向ける。
今日からアイリス達を指導するという新任講師。それ以外の情報を何も知らされていないので好奇心がつきないのだ。故に今朝は無駄に早起きしてしまった。二度寝するくらいならと早々に家を出たが結局は眠くなってしまい同じく早めに教室に来たカザリに起こしてもらうことになったのだ。
「やっぱ気になるか?新しいせんせ」
「え?ああ、そうだね。気になるかな、、、すごく」
いつの間にか言い合いを終わらせていたレンとカザリがアイリと同じように廊下の方を見ていた。
「学院外から新しく招いたという話しか聞いていないからな。私も興味が尽きない」
そうして三人で噂の講師が入ってくるであろう扉を見つめているといつの間にか始業の鐘がなっていた。
「おいおい、初日から遅刻か?俺も人のことは言えねえけどよ」
「まあもう少し待て。授業の準備をしている可能性もある」
二人がまたもちょっとした言い合いを始めようとしたその時だった。
バタンと。教室の扉が閉じた。
そしてコツン、コツンと教室に足音が響く。
「え?」
最初に違和感の声を上げたのはアイリスだった。
それにつられるようカザリとレンも教室に響く足音を捉える。
「は?」「何?」
二人の口から同時に違和感の声が漏れる。
三人考えていることは同じだった。何時この教室に入った?
三人全員がそれを捉えた頃には足音は止まり、三人しかいないはずの教室の教壇の前には一人の青年が佇んでいた。
始業の鐘が止んだ教室が静寂になる。
その静寂の中、青年はアイリス、カザリ、レン一人ずつと目を合わせた。
まるで自身の存在を刻みつけるように。
そして、低く淡々とした口調で言った。
「初めまして。今日から君たちに魔術を教える講師。シン・ベルセクトだ」
それが後に最高の世代と呼ばれる私たち三人と謎の魔術講師との出会いだった。
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