1話「理不尽な婚約破棄と罰」
思えば、私が優しくされたことはなかった。
王子エーデルハイムと婚約してから数ヶ月、私はこの期間ずっと何かと不幸な目にばかり遭っていた。
その原因は恐らく彼の妹であるネイルに嫌われたからだろう。
どうやらネイルは私の悪口を言いふらしているようで。それで、誰もが私を悪女だと思っているのだ。侍女も、城に出入りする者たちも、皆私が悪女だと疑いなく信じている。
ネイルが言いふらせば、それが事実でなくても事実となるのだ――少なくともこの城の中では。
――そんなある日のこと。
「アイリス・メイリニア! 貴様との婚約、破棄とする!」
エーデルハイムからそんな宣言をされてしまう。
「え……どうしてですか……?」
「貴様は我が妹ネイルを虐めていたそうじゃないか」
ワインレッドをメインカラーとした見るからに高級な服をまとっているエーデルハイムは凄まじい圧をかけてこちらを睨んでくる。
私は何もしていないのに……。
「ネイル様を? 虐めてなどいません!」
「はぁ、正直がっかりだ。貴様がまさかそのような悪女だったとはな」
「何かの間違いです!」
「黙れ悪女。貴様の言葉になど誰が騙されるか」
でも、無駄なのかもしれない。
ここで私が真実を話したところで、誰も、それが真実であると受け入れてはくれない……。
「そういうことだ、分かったな?」
「つまり私はここから出ていけば良いということでしょうか」
「いや、貴様の今後については既に決まっている」
「え」
婚約破棄するのに今後について決まっている? どういうこと?
そんなことを思っていたら。
「貴様は可愛い我が妹を虐めたほどの悪女だ、罰として北の魔神へ差し出す」
「えっ」
エーデルハイムの口からまさかの話が出てきた。
「生贄とするのだ」
「えええ!」
「何をそんなに驚いている、大声を出して馬鹿だろう」
「……すみません」
それはかなり衝撃的な話で。
さすがに声を抑えきれなかった。
「ま、貴様のような悪女でも女は女だ。生贄にはちょうどいい。せめて最期にこの国のために役立て」
「北の魔神って……人間の女を食べるというあの……?」
「ああそうだ」
「そう、ですよね……」
私は食べられるの? 魔神とやらに?
……それはちょっと嫌だな。
エーデルハイムが見下すような顔の角度でこちらを睨んだまま「おい! そこの兵! この女を連れ出せ!」と乾いた声で命令する。すると部屋のすみにいた警備の兵が「はっ」と短く応え、そこから流れるような足取りで迫ってくる。私は反射的に「近づかないでください!」と発したが、その程度ではどうしようもなくて、そのまま腕を掴まれ拘束されてしまう。
こうして私は城から出されることとなってしまった。