後編
えっ、触れた!?
「ま、頑張って下さい?」
竹内くんの温もりが感じられる。距離もすごく近く感じられる。っていうか恥ずかしい!
「…何ですか。」
竹内くんの顔を見たまま固まっている私に怪訝な表情を浮かべる。我に返った私は思わず視線を彷徨わせながら、でも何も言えなくて黙ってしまった。視線の落ち着いた先は自分の手元、それでも竹内くんの手元と行ったり来たりしながら少し落ち着きがない。
ヤバイ、どうしよう。物凄く意識してきた。凄い今さらだ。
「おー。えー?これか。」
すると一人で感動し納得する声が聞こえてきて私の緊張も少し和らぐ。これって何だ。
「やっと俺のこと意識しましたね?」
「いっ!?」
思いっきり図星だと言わんばかりに肩が揺れた。
「手を繋いでも腰に手を当てても動じない人がやっと揺れた。」
楽しそうに話す竹内くんの顔を恐る恐る見てみると、声色の通りに彼は笑っていた。しかも意地悪そうに、満足そうにだ。手を繋ぐ?腰に手を当てる?
言われている意味が分からず疑問符を浮かべていたがそれはすぐに解消される。手を繋がれたのは構内を出て駐車場までの距離に、確か竹内くんの歩く速度に追いつけなくて躓きそうになった後だ。腰に手を当てられたのはファミレスに入る前、車が傍を横切った時に腰に手を当てられて竹内くんの方に寄せられた。
2つとも親切な人だなとしか感じなかった気がする。
「これで近付いたらどうなるでしょう。」
そう言ってただでさえ密室の車の中で距離を詰めてくる。近い、顔が近い。
「ち、近い!近い近い!」
「駐車場まで送ってくれます?車置いてきちゃってるんで。」
「送る!喜んで送るからっ近いって!」
精一杯の力で竹内くんを押し返すと、彼は楽しそうに笑ってお願いしますと身を引いた。冗談じゃない、心臓が只事じゃない。深呼吸を繰り返して必死に感情を抑えないと事故りそうだと思った。慎重に運転をして竹内くんの車の前に停車すると彼はこう言う。
「折角だから清水さんの提案通りにまた食事にでも行きましょう。」
「えっ提案?」
「次の機会にご馳走してくれるんでしょう?それ果たさないと、奢られたままじゃ気持ち悪いですもんね。」
あまりの言い分に開いた口が塞がらなかった。なんだその口調、さっきまでと全然違うじゃない。態度だってふてぶてしいものから嫌味なくらいに爽やかな、私が知るいつもの竹内くんに戻っているじゃないの。
「に…二面性~っ!」
「女子はギャップに弱いでしょ。」
策士、間違いなく奴は策士だ。ちょっと待って次って何よ、だいたい今までの話からすると期待を持たせないためにも断るべきなんだよね。
「私、食事は…。」
「明日は今日の分の仕事が回ってるから明後日、金曜日にしましょう。皆やる気がないから流れで帰りやすいし。今度はお酒が飲めた方がいいですね、店探しときます。あ、予約もしときます。」
有無を言わさない態度はいつもと違う。
「あのね、私…。」
「俺、清水さんのことが好きなんですよ。」
は?私が車なら確実にエンストした。
「小悪魔とか言われている清水さんに興味があったんです。ただの鈍感で八方美人でしたけど。」
あ?
「それなりにアプローチしてたんですけど、全く響かない。流石に腹が立ってきたとこだったんですよね。」
なんですと?
「ちょっといま私が好きって言ったよね!?なのに悪口とかどういうこと?腹が立つっていうならさっきまでの私の方が…。」
「あ?」
だから凄みは怖いっての!
「助けてって言うから助けてやったのに。」
「だからその態度!」
「だから何だよ。」
凄みで顔を近付けないで、近い近い!てか怖い!恥ずかしい!
「…振り回された分、ちゃんとお返ししますからね。」
半泣きで構える私にまた竹内くんの左手が伸びてきた。駄目だ、それだけで期待して心臓がばくばくする。竹内くんの左手は私の耳を掠めて後頭部に触れた、そして。
「金曜日、空けといて下さい。」
そう言うなり、触れるようなキスをされた。
「じゃ、また連絡します。」
私の返事も待たずに頭をポンポンと叩くと爽やかに車から降りていく。あ、動かさないと竹内くんの車が出られない。そんなことを思って、ぼんやりしたまま車を発進させた。駐車場内をゆっくり走行しながらようやく思考が回り出す。
「っっええー!!!!?」
口に手を当てて思いっきり叫んだ。嘘でしょ、信じられない。誰も予想してないよ、こんな展開!あの竹内くんが?私を?
「ってかキスした!されたー!」
しまった声にするんじゃなかった、余計に意識してしまって顔も体も熱くなってきた。ヤバイ、クーラー全開、窓全閉。
「…振り回された分、ちゃんとお返ししますからね。」
竹内くんの言葉を思い出してまた赤面してしまう。駄目だ、もう振り回されている。全然気が付かなかった。本当に?色々噛みしめてまた赤くなる。ヤバイ、なんか心が疼いてきた。
私って案外ちょろい?
というか、うん、多分そうなんだよね。私は彼に愛されているらしい。