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連載予定の息抜きによく見る聖女物を書いてみました

 

 シャンデリアが煌めき、広い空間を照らす。その下では、今日から貴族の仲間入りをした令息令嬢達が、晴れやかに談笑している。

 トリヴァノ国、王立学園の卒業パーティーだ。同級生が、先輩後輩が、教師と生徒が、階級を忘れて語り合う。



 その中でも話題となるのは、前方で集まっている一際輝く四人だ。




「嗚呼、エルドラド様は今日も素敵だわぁ」

「本当。遠くからでも知性が滲み出て、同い歳とは思えない位に大人よねぇ」

「分かるわぁ。隣に居られる令嬢がネール様だからこそ、お二人共より際立ちますわぁ」

「お似合いよねぇ」

「そのお二人に見守られている、ヴィクター殿下とキルシェ様……!」

「本当、本当に素敵よねぇ!」

「あとは、キルシェ様に癒しの力が発現すれば完璧だわぁ」

「その日が待ち遠しいよねぇ」



 令嬢の熱の篭った視線が、話題の四人に注がれる。




 一人目。宰相であるレガーノ侯爵家が次男、エルドラド。

 銀髪を短く切りそろえ、翡翠の目を飾る愛用の眼鏡には汚れ一つついていない。

 正装の胸ポケットから出すハンカチーフは、隣にいる婚約者と同じ藍色である。


 二人目。騎士団長であるロコネ侯爵家が長女、ネール。藍色の髪を高く結い上げ、吊り目の青玉は凜々しさに拍車をかけている。

 翡翠色に銀糸が飾られた飾りの少ないドレスは、女性にしては頭一つ分高い背丈とスレンダーな身体に似合っている。


 三人目。この国の第一王子で王太子でもあるヴィクター。紫の髪は後ろで一つにまとめられ、紫水晶の瞳は婚約者を愛おしげに映している。

 ハンカチーフが橙色だけでなく、髪飾りや正装の飾りに金を使い、仲の良さが窺えた。


 そして、四人目。王太子をおいて、この場で最も注目されている令嬢。『聖女』でもある、アタラッテ公爵家が長女、キルシェだ。

 愛らしい顔つきに月を思わせる波打つ金髪と太陽石の目は、神託で告げられた内容そのものである。





『太陽と月の色合い。神への礼拝を血をもって示す少女に力を授けた』





 この神託通り、キルシェの右手甲には赤色で十字が刻まれているという。

 残念ながら、白い手袋で覆い隠されていてその証は見えない。また、聖女の証である癒しの力も、発現していない。


 それでも、キルシェは婚約者のヴィクターと側近候補のエルドラドとネールを連れ、孤児や災害の避難民への救済や巡礼を率先して行ってきた。




 その行動は、まさしく聖女と呼ぶにふさわしい。

 ()()()()()、癒しの力を宿す日を誰もが待ち望んでいる。








 そんな和やかなパーティーの時は、力任せに開かれた扉の音で一変した。



「罪人を捕縛せよ!」


 怒声と共に流れ込む、いきり立った騎士達。周りが硬直する様に見向きもせず、ただ真っ直ぐ、四人の元へと歩みを早める。


 一定距離まで近づいた騎士に、ネールが動いた。


 その場を踏み切って速度をつけると、その勢いのまま先頭の騎士を蹴り飛ばした。大きくスリットが入っているらしく、ドレスはネールの動きを妨げていない。

 一番前の騎士が突き飛ばされた事で、続いていた騎士達もバランスを崩してその場に立ち止まる。それを見て、ネールは良く響く声を張り上げた。


「無礼者! ここを何処だと心得る!? 記念すべき、学園の卒業パーティーだ! 今年は王太子たるヴィクター殿下も居られる御前で! 土足で踏み入り荒らすとは何事である!?」


 勇ましい喝に、騎士達はたじろぎ令嬢は見惚れる。最も見蕩れているのは、ネールに守られ後ろに立つエルドラドだ。

 明らかな戸惑いを見せる騎士達。その後ろから続々と、ゆっくりと足音を立てて入ってきた。




 ヴィクターと同じ色を持つ現国王であるクロノス・トリヴァノと第二王子であるファニット・トリヴァノだ。第二王子は見知らぬ少女の手を恭しく導いている。

 腰までの橙色の髪を靡かせ、黄玉の目はギラついている様に見える。可愛いよりも綺麗という言葉が似合う少女だが、ドレスに着られている姿から平民だろうと察しがつく。




 その三人を宰相、騎士団長といった中枢を担う貴族が囲み守っている。

 状況が分からず混乱する場を他所に、国王は騎士がいる場所まで来ると口を開いた。


「愉しい場に水を差してしまったが、それでも重罪人の確保を優先させてもらった。国の未来を担う諸君なら、わかってくれると思う」

「お言葉ですが国王陛下。我々の中に重罪人などおられませぬ」

「いるのだよ、ロコネ侯爵令嬢。実際、見せた方が早いだろう。ダフネ殿()

「はぁ~い」


 国王の言葉に、甘ったるい声で少女が返事をした。

 礼儀も何もない点に苦言を申すどころか、国王が敬称で呼んでいる。

 その場の若者達が注目する中、ダフネの前に檻が持ってこられた。中には弱り切った猫がぐったりとして横たわっている。



 ダフネが得意げに鼻を鳴らし、猫に手を向ける。すると、淡い光が猫を包んだ。



 幻想的な光景に、誰もが目を見開いて凝視している。光が消えると、猫は先程の状態が嘘のように、元気な姿で鳴いた。

 追い打ちをかけるように、ダフネが左手を掲げる。その甲には、しっかりと赤い十字が刻まれていた。





 聖女だ。誰が最初に呟いたかはわからない。だが、一連の流れとその言葉に、会場が一気に歓喜で沸いた。





「癒やしの力! 聖女様だ!」

「本物!?」

「初めて見ましたわ! なんて素敵な光景かしら!」


 ダフネへの賞賛が次々と送られ、当人は満足げに胸を張る。やがて、聖女への賞賛に混じり、疑念の声が上がってきた。


「では、キルシェ様は?」

「偽物、ですわね」

「癒やしの力がないのに、俺達を騙していたのか!?」

「なんて非道なんでしょう!」

「まさか、今までの行いはカモフラージュ!?」


 手のひらを返したように、キルシェへの罵倒が飛び交う。それに対し、キルシェは悲しそうに目を伏せるだけだ。

 逆にヴィクター、エルドラド、ネールが冷めた目で周りを見渡す。

 場の雰囲気を手にした国王はにやりと笑い、話を再開した。


「見ての通り、ダフネ殿こそが真の聖女だ。つい先日、保護したところだ。聞けば、聖女の神託があった三年前から数日前まで、軟禁状態だったという。その所為で、名乗り出る事ができなかったそうだ。キルシェ・アタラッテ公爵令嬢。聖女を長く偽った罪は死罪に値する」

「残念だよ、キルシェ。父さえも偽るとはな。貴様はこの時をもって、我がアタラッテ家から勘当だ」


 国王の側に居たアタラッテ公爵が冷たく吐き捨てる。そこに、家族としての情はない。むしろ、そうされて当然という空気が漂っている。




 その流れを変えたのは、エルドラドの一際大きな空咳だ。




 皆の視線が向けられる中、エルドラドは最愛のネールを下がらせてその場に立つと、一礼して声を張り上げた。


「此度の件、キルシェ様が聖女を偽った為に罪に問う。国王陛下はそう仰るのですね?」

「そうだ。当然の事だろう?」

「では、僕から反論させていただきましょう。この場にいる皆々様にお聞きいたします! 誰でもいい! キルシェ様がご自身を『聖女』と仰った事を聞いた者はいますか!? あるいは、『聖女』である事を利用する様子を見た者は!?」


 エルドラドの問いかけに、誰もが近くの者と囁き合う。

 ざわざわと騒がしくなる会場。その内、答えがポツポツと上がり始めた。


「言われてみれば……」

「……ない、ですわね」

「そうね……むしろ、『聖女様』と呼ばれると否定してましたね」

「『私は聖女ではございません』って言うのは、よく聞いたな」

「でも、周りの皆様が謙虚だと笑って……」


 ちらりと、国王達を見る目が変わる。会場にいる殆どが生徒であり、社交慣れなどしていない。故に、簡単にその場の雰囲気に流されてしまう。


 あっという間に、キルシェの印象が『聖女を偽った極悪人』から『周りに持ち上げられて聖女にされていた令嬢』へ変化した。


 有利な流れへ舵を切れた事に、エルドラドは口の端を上げた。隣のネールは何ともないような顔をしているが、婚約者の勇姿に頬を染めている。





「でもぉ〜」




 だが、甘い声が純粋を装って毒を垂らした。




「その人ぉ、あたしと同じ色だけじゃなくて〜、手の証もあるんでしょ〜? それってぇ、偽造じゃないのぉ?」


 その言葉に、またもや会場の雰囲気が国王側に傾く。ダフネの言う通りだとばかりに、息を吹き返して胸を張る国王達。


「確かにそうだ。公爵の話では、産まれた時にはなかった印という話だ! それこそが、貴様が聖女を騙った何よりの証拠である!」

「この件については、()()()()()()()()()()()()。ですが、今一度、きちんと説明をさせていただきますわ」


 そう言って名乗り出たのは、キルシェ当人だ。

 ネールとエルドラドを下がらせ、美しいカーテシーを披露したキルシェは毅然とした態度で国王を見つめる。

 そのまま、右の手袋を外した。その甲には、ダフネと同じく赤い十字があった。しかし、よく見ればダフネに比べれば線に歪みが出ている。

 勝利を確信して笑う国王に、キルシェはため息を一つついて話す。


「これは()()だと、最初の時より申しているではありませんか」

「ふざけるな! お前っ、実の母がつけた傷だなんて、誰でもわかるウソしか言っていないだろ!」

「公爵の言う通りだ。第一、そなたの母ニーナは、丁度その辺で病に倒れ、今も療養中と聞く。その様な境遇の実母を陥れたいのか?」

「その言葉、全て()ですわ。母の為に詳細を伏せておりましたが、無実の罪で勘当に死罪を受け入れる程、私は心が広くありませんの」


 キルシェはしっかりと深呼吸すると、十字を撫でながら実父を鋭く睨みつけた。




「病は病でも、心の病です。父の不貞と隠し子の存在……それを愛人に知らされた母は、少しずつ気が狂っていきましたわ。そして、父に似た私に罪を償えと、赤インクを使っていた羽根ペンでこの傷をつけましたの」




 ざわめきと好奇の目が公爵に向く。青ざめた顔が、真実だと物語っていた。



 トリヴァノ国は基本的に一夫一婦制だ。血筋を絶やしたくない場合、配偶者の許可の元に子を成すだけの存在を一時的につくることはある。

 金の力で愛人を囲う者もいるが、相手は日陰の存在としてひっそりと暮らしていくしかない。子など以ての外。

 中には快適な愛人生活の為、子を宿さぬ処置をする女性もいる。



 そのような暗黙の了解の中で、アタラッテ公爵の愛人と隠し子の話は音のように広がり、すぐに収束された事は誰もが知っていた。



 噂によれば、産まれた娘の方が可愛くて家に置きたいという公爵のリップサービスに、産後すぐだった愛人は本気にした。

 結果、愛人は我が子を抱いてニーナに突撃し、大変な修羅場になったという。


「私の異母妹……リリー、でしたか? 刑に服す愛人の代わりに、大層な額を支援されていますわよね? おとうさ……失礼、アタラッテ公爵様。その騒ぎを知ってなお、私を聖女と祀りあげて、失墜した名誉を回復したかったのですか?」


 純粋な疑問に、公爵は口をはくはくと動かすだけで声を出せていない。

 混乱する会場。それを静める声を上げたのは、キルシェの肩を抱いたヴィクターだった。


「父上。今の話を聞いても、ルシェに非があると言うつもりですか?」

「しかし…………聖女というのは、重要な存在で………………」

「重要な存在ですか。なら、そちらの聖女の身辺調査はお済みですか?」

「何を言っておる!? その様な不埒な真似を出来るものか!」

「身辺調査が不埒……。そもそも、公爵の嘘と思惑で、聖女という枠組みに入れられたルシェに対しての謝罪は?」

「謝罪!? むしろ、聖女と呼ばれて喜ぶところだろう!?」


 国王の叫びに、周りを囲む貴族は頷く。若者は戸惑いながらも、国王を非難する雰囲気は全くない。

 その様を見て、ヴィクターは呆れたように首を横に振る。


「……やはり、この国はダメだ」

「どういう事だ、ヴィクター」

「無理やり聖女扱いされ、自由な行動を縛られ、せめて本物が現れるまではと頑張ってきたルシェの努力を知らないとは言わせません。しかし、どれだけルシェが頑張っても、感謝より先に出てくる言葉は力の発現の催促。本物ではないと分かっているルシェが、どれだけ傷ついたと思っていますか?」

「聖女は癒しの力が使えるものだろう!」

「その定義なら、使えない時点でルシェは違います。その事実に目を背け続けながら、本物が現れたらルシェはお払い箱。謝罪どころか、死罪だと? 冗談じゃない!」


 声を荒らげるヴィクターに、国王は思わず怯んだ。瞬間、ヴィクターとキルシェ、背後の二人の足元に魔法陣が現れた。

 困惑する中で、エルドラドの手に魔法石が握られている事にファニットが気づき叫ぶ。


「魔法石……!? 兄上、何をする気ですか!?」

「簡単な事だ、ファニット。オレ達四人は決めていたんだ。本物の聖女が現れた時、ルシェへの対応次第で亡命しようと。その為の行動もしてきた。この様子では、()()()()()()()()からな」

「ど、どういう事ですか!?」

「自分で考えろ。オレがいなくなれば、暗殺まで考えていた王太子の座はお前の物だ」


 そう言われ、ファニットの動きが止まった。動揺か、歓喜か、どちらもかも分からない。





 そして、魔法陣が一際激しく輝きだし、落ち着いた頃には四人の姿はなかった。





ルシェはヴィクターだけが呼ぶキルシェの愛称です

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