第十話:青すぎる空
【同日 一四時四三分】
「……よし、これで補給は完了かな」
それからぺトラは機体の補給作業に入った。燃料と弾薬の残数を計器で確認し、作業の終了を確認する。
「ま、とにかくだ。俺はいずれラムダラの技術部を背負って立つ。こいつはそのステップの一つってワケよ」
その近くでは相変わらずロディと修一が立ち話を続けており、話題はロディの身の上話に発展していた。
「強気に出たな。トップの座まで狙っちまえばいいのに」
「俺に政治は無理だ。そういうのは兄貴の方が上手いからそっちに任せるさ」
補給を終えたぺトラが二人の前へ戻ってくると、同時にロディの機体も彼の傍へ寄り添った。
「……俺達の代になれば、ウチは変わるぜ。絶対にな。俺達が変えてみせる。最近の親父は保守的すぎて駄目だ。兄貴が後を継いだら、経営と技術の両面で革命を起こす!そんでラムダラは生まれ変わる。その為に今回のレース、俺の技術がどこまで通用するか、こいつで試すんだ!」
真剣な表情でそう言うロディには不思議な迫力があった。修一はそんなロディを満足そうに見つめていた。
「なるほど。気持ちのいいやつだ。お互い最後まで頑張ろうじゃねぇか」
おう、とロディは軽い返事を返し、二人の男は拳を突き合わせた。
と、その時である。
「おい! 来たぞぉ!」
不意に誰かが叫んだ。ペトラはその声にスイッチが入ったように、瑞雲の発進準備を始めた。
「修一! 来た! 瑞雲出すよ!」
「お……おう!」
ロディに簡単に別れを告げると、二人はそのまま瑞雲に飛び乗った。運転席についた修一はぺトラが後部座席に収まったのを確認すると、エンジンの回転数を上げ、機体を動かし始める。
「来たってなんだよ? 何が来るんだ?」
「まぁ見てなよ。驚くから」
「魚群も乱気流もごめんだぞ」
「大丈夫! いいから出して!」
既に周囲を見ると皆それぞれ飛び魚の群れに向けて発進しており、魚の嵐へ果敢に突っ込んでいく。
「来た!」
「だから何が──」
瞬間、音が消えた。
すさまじい圧がその場を貫き、修一は一瞬自分を見失う程だった。
飛び魚の嵐など比にもならない程の轟音が世界を満たした。どうやら爆発が起こったらしい。
「なん……なんだ!?」
「修一! 前!」
ぺトラに言われて修一が前方に視線を向けると、そこには相変わらず飛び魚達の群れと、群れと──
「これか……! 通れるようになるって」
巨大な横向きの竜巻が群れの中に生成されていた。空間を埋め尽くさん程いた飛び魚達は暴風に吹き飛ばされ、目の前に魚がいない空間が生み出されている。
「そう。この竜巻の中を通って行く。普通の竜巻と違って、これは中心が無風のトンネルになってる。どういうわけかこの海域では日に何度かこの竜巻が生まれるんだよね。さぁ、ここからが勝負だよ!」
「!」
ぺトラがそう叫ぶのと同時に、修一の視線の隅に他の機体が現れた。
「応戦!」
指示と同時に後方で銃声が鳴る。ぺトラが応戦を始めた。
同時に周囲の様子を確認する。竜巻、と表現こそしたが、修一の言葉ではそう言い表すしかなく、厳密にいうならば風のトンネルと言うべきだった。スタート地点で通った洞窟を思わせた。
直径は数十メートルはあろうかと言う程かなり広く、単純に飛んでいくだけなら問題はないだろう。しかし今まさにぺトラが応戦しているように、周囲には他の参加者がそれなりにいる。彼らの妨害を考慮すると、決して十分な広さがあるとは言えない。これは戦って道を拓くというよりさっさと逃げ切ってしまった方がいいかもしれない。そう思った頃にはトンネル内部に突入していた。
「速度を上げる! 弾は蒔き続けろ!」
「わかった!」
エンジンの回転数を上げる。できれば降下して高さを速度に変換したいところではあるが、縦にも横にもスペースが限られている以上、うかつに高度を捨てるべきではない。
「うわああああああ!」
突然声がする。二人が驚き顔を上げると、少し先の方で一機の魔道具が風の壁に突入し粉砕されるのが見えた。
「……」
修一の顔から血の気が引く。トンネルの風は白く色がついており、その動きは目で捉えられる。ぺトラ曰く、魔法で発生している風の特徴だそうだが、目に見える分壁としてその存在感を嫌でも感じ取れた。
「突っ込むどころか近づいたらそれだけで駄目だなありゃ……」
「修一!」
ぺトラが叫ぶ。同時に機体に影がかかり、相手が瑞雲の上に回ってきた。
「射程外に入っちゃった……!」
「動くぞ!」
言うなり修一がペダルを踏みこみ、操縦桿を倒す。機体が横転し、そのまま旋転に転じた。
しかしそれでも相手は見えない。大きな円筒形をしている魔道具はどうやら相当小回りが利くようだ。
「振り払えない!」
「威嚇射撃くらいのつもりでいい!見えたら撃て!」
そうこうしているうちに周囲の気配は濃くなっていく。気付けば、いつの間にか集まってきたライバル達に取り囲まれていた。
「騒ぎ過ぎたか……!」
修一は小さく舌打ちすると、素早く周囲を観察し、相手の出方を伺う。ペトラは相変わらず弾をばら撒き続けているが、距離を取られてしまいいまいち効果がない。
が、ここでふと妙な違和感を覚える。
何もしてこない。瑞雲を取り囲んでいるが何かしてくるわけでもなく、距離を保って飛び続けている。
「なんだ……? 何考えてやがる……」
ぺトラに攻撃を止めさせても相手の動きはない。しかし包囲網が崩れる気配もない。
「くそ! 何がしたいんだよこいつら!」
ほぼ間違いなく全員瑞雲を狙っている。この大会どころかこの世界でほとんど見ないシルエットの機体はどうしても目を引くのだろう。
しかし攻撃はしてこない。恐らく、瑞雲を攻撃することで生まれる隙を他の者に突かれて撃墜されるのを恐れている。修一はそう解釈することにした。
それならそれでいい。本当にそうなら少なくとも誰かが攻撃してくるまでは誰も手を出さない。緊張はほぐせないが安全に飛び続けることができる。
──本当にそうならば。
「ん?」
ふと、修一が目をこらす。その視線の先には、色のついた風が壁をつくっていた。
──壁──違う、急カーブがある。瑞雲は水上機にしては小回りが利く方ではあるが、あれほどの急カーブならば今すぐに操縦桿を切らねば曲がり切れず、風に突入してしまう。
「これが狙いか……ッ!」
「どうする!?」
ぺトラも事態に気付き声を張る。強行突破も手だが、そのためにはこの均衡を自分から崩さなけれなならない。流石に機銃だけでどうこうなる相手ではない。ブレーキをかけても瑞雲はその場で滞空できる機体ではない。そうこうしているうちにカーブはどんどん近づいてくる。
「くっそ……!」
「駄目だ間に合わない!」
「畜生! 無理にでも突破するぞ!」
ついに修一が叫び、操縦桿を倒した。ペトラもそれに応じて機銃の引き金に指をかける。
その瞬間。
「おらおらどけどけええェーッ!」
包囲網に一機の魔道具が猛スピードで突っ込んできた。
ロディだ。ロディの駆る残念な名前の機体が突入し、包囲網を散らしていく。その隙に修一は機体を急カーブさせ、すんでのところで抜け出した。
「悪い! 助かった!」
「気にすんなジウンの見物料だ!」
包囲網を抜けた瑞雲はそのまま加速し出口を目指す。後から包囲網を形成していた参加者達が追ってくるが、今度は容赦なく射程距離に入ってきた。
「来たよ! 後方から三機!」
「応戦!」
再び銃座の撃鉄が落ちる。追ってくる者達は皆乗機の動きでかわしたり、魔法で身を守ったりしているが、瑞雲に敵を近づけないという意味では攻撃は成功していた。
「ゴールまでどれくらいだ!?」
「そろそろ半分……のはず……!?」
瞬間、瑞雲から少し離れた所で爆発が起こった。大型の魔道具同士が衝突したようだ。
「うおっ! あっぶねぇ……大丈夫かぺトラ?」
「大丈夫。派手にいったね」
そう言ってぺトラが爆発のあったあたりを見やる。
「あ」
そうして声を漏らした。
今飛んでいる場所はトンネルと表現されているがその外壁は所詮風。岩盤のように爆発に耐えられる強度はしていない。ペトラの視界の先では、ほんの数秒だけだが風の壁が破壊されていた。
そして、その壁の外では──
「これ……やばいかも」
瞬間、壁の外から飛び魚の群れが一気になだれ込んできた。
「はああぁぁあぁぁあぁぁぁあああぁぁぁあああああああ!?」
無風の場所に放り込まれた飛び魚達は解放を喜ぶかのように元気に跳ねまわり始めた。すさまじい勢いで流れ込んでくる飛び魚の群れを前に修一は絶叫し、後方の様子に釘付けになってしまう。
「やばいやばいやばいやばいやばい! あれは本当にやばいよ!」
ぺトラも絶叫し、露骨に慌て始める。後方から続く参加者達の一部は回避行動が間に合わず飛び魚の奔流に突っ込んでしまい、小さく悲鳴を上げたのを最後にそのまま飲み込まれてしまった。
「……」
修一が青い顔をする。人生で初めて二十数センチ程度の魚に対し恐怖を覚えた。
「来るよ!」
既にその場にいる者の関心は「如何にライバルを出し抜くか」から「どうやって飛び魚から逃げ切るか」というところに変わっていた。
「どうすんだよコレ……!」
修一は渋面しながら無意識にスロットルレバーを握り、既に最大出力になっているエンジン出力をもっと上げようとレバーを押し込んでいた。
「来た! 右!」
ペトラの絶叫に咄嗟に機体を左に横滑りさせると、一瞬前まで機体があった場所を数十匹の飛び魚達が飛び去って行った。
「なんで魚に命脅かされなきゃなんねぇんだ!」
「今度は左!」
機体が右にそれる。
「修一! 応戦するよ!」
「あれにか!? どうする気だ!」
「合成魔法を使う! 壁に近づいてくれ!風と機銃を合わせる!」
「無茶言うなよ……ッ!」
再び魚の群れが飛び出してくる。ギリギリの場所でかわすが、群れは勢いのまま壁に突っ込み、また大きな穴を開けた。数秒で塞がるが、その間にも飛び魚達はなだれこんでくる。
「やっぱり作戦変更! 一気に抜けよう!」
このままではトンネル内が飛び魚で満たされてしまう。ぺトラはそう判断し、修一に加速を促す。
「そうしたいがこれ以上は加速できねぇよ!」
「おい!」
不意に声がかけられた。声がした方を見てみると、ロディがこちらに向かって飛んでくる。
「ロディ!」
「もうトンネルが持たない! さっさと抜けるから協力してくれ!」
「何すればいい!?」
数を増やしていく飛び魚達の間を縫うように飛び回りながら声を張り上げる。トンネル内は飛び魚達の跳ねる音や人間の悲鳴、機体が何かに衝突して墜落する音で満たされており、そうしなければ声が届かなかった。
「ダイムラー四号には加速装置が積んである! だが、これを使うと機体の制御ができなくなってひたすら前進するだけになっちまう問題がある!」
「それで!? 俺たちにどうしろってんだ!?」
「今からこいつとジウンを合体させる!加速はこっちがやるからそっちは舵を取ってくれ!」
「合体だぁ!?」
修一が素っ頓狂な声を上げる。
「瑞雲が何かと合体できるわけねぇだろ!」
「修一! 結合魔法だ! この世界には物質を無理やり連結させる魔法がある!」
不意にぺトラが叫んだ。その結合魔法を使ってダイムラー四号と瑞雲を無理やり連結させ、加速はロディが、姿勢制御は修一が行えというのだ。
「もうこれしかない! 悩んでたら三人ともお陀仏だぞ!」
「あああわかった! もうヤケだ! やってくれ!」
修一がそう叫ぶと、ロディが瑞雲の後方へまわった。
「やるぞ!」
ロディの詠唱と同時に閃光が走る。目の前で魔法が発動したぺトラは一瞬を瞑る。そして再び開くと、ダイムラー四号の機首と瑞雲の尾翼がまるで溶接されたように結合していた。
「……よし! くっついた! 修一! 準備いい!?」
「おう! やれ!」
修一が叫ぶのと同時にぺトラがロディに合図を出す。
「おっしゃあ! ラムダラ機関、全開放! 緊急加速装置起動だああああぁぁぁあッッッ!」
瞬間、ダイムラー四号のスラスターからまるで爆発が起きたかのようなエネルギーが放出された。瑞雲もそれに押し出される形で凄まじい速さで前進し始める。
「うううッ……!」
想像以上の加速に修一の口から呻きが漏れる。水平飛行を行っているはずなのに体にはGがかかり、操縦桿を握る手も重くなる。
その中で意識を手放さないよう必死に目を見開き、機体の制御を行う。
風のトンネルは跳ねまわる飛び魚達によって崩壊寸前になっており、一秒でも速く脱出しなければならない。他の参加者や飛び魚達が飛び回る空間を猛烈な勢いで突っ切っていき、出口を目指す。
「あれ……あれか!?」
不意に前方に出口らしきものが見えた。
「あれだ! 一気に突っ切れ!」
それを見ると後方でロディが叫ぶ。
しかし、次の瞬間その道は新たに乱入してきた飛び魚達に閉ざされてしまう。
「出口が!」
「このまま突っ込む! 準備しろ!」
「は!? 準備って何を!?」
「知るか! とにかく備え──」
衝撃。魚の身体でできた滝に勢いよく突っ込み、無理やり道を拓いていく。
「ううううううッ……!」
「うわああああああああ!」
「うおおおあああああああああッ!?」
機体のあちこちが打ち付けられ、激しく揺れる。それでもダイムラー四号は瑞雲を押し込み続け、異形の飛行物体の進撃は止まらなかった。
「抜……け……ろおおおおおおああああああああああああああッッッ!」
そして。
「!」
光が差す。四方八方から機体を打っていた音は突然止み、三人は陽光の下へと躍り出た。
「抜けた!?」
「まずいまずい動力切れ! 着水できねぇ!」
修一が叫び、それに呼応する形でロディがスラスターを停止させる。それでも瑞雲は速度を失わず、目の前の海面へ突入した。
「うッ!」
なんとか着水はしたが速度が落ちない。ブレーキを展開し必死に速度を落とすが、瑞雲は止まらず進み続けた。
「陸だ!」
「おいやばいぞ突っ込んじまう!」
「駄目だ止まらねぇ! 衝撃に備え──」
瞬間、瑞雲が陸に突っ込む。フロートと機体を繋ぐ脚が吹き飛び、脚の無くなった機体のみが陸地へ投げ出され、二、三度軽くバウンドしながら地面をこすっていき──、
止まった。
「……」
「……」
「……生きてる奴手ェ上げ」
三人分の手が弱々しく上がる。
「んニャロメ!」
修一がやけくそじみた勢いで風防をこじ開け、外へ転がり出る。
「大丈夫かお前ら!」
同様に機体内部からまろび出るようにぺトラとロディが転がり出る。
「……やばかった……」
「あともう一瞬でも遅かったら出てこれなかったな。見てみろよあれ」
地面に寝そべったままロディが空を指さす。すると遠くの方でまだ飛び魚達が跳ねまわっているのが見えた。
「ここ……どこ?」
そんなロディの横でぺトラがふらふらと立ち上がりながら言う。
「陸地についたってことは目的地なんじゃねぇのか」
「あぁ……そうかも」
二、三度頭を振り、調子を取り戻したぺトラがあたりの様子を伺う。
「たぶんミトローネだねここ……少し歩けばチェックポイントかも」
「歩かなきゃダメか……機体がこれじゃなぁ……」
ロディが苦々し気にそう言った。その視線の先には見るも無残な姿になった瑞雲とダイムラー四号の姿があった。
「次の目的地が決まったね。機体の修理をできる所だ」
うんざりしたようにぺトラは言うと、地面に横たわっている瑞雲の主翼に腰かけた。
「ちょっと……休憩してこう」
「……そうだな。はは、そうするか」
「もう動きたくねぇ……」
イシュナ歴一四五七年七月三日一五時三四分。ぺトラ・ナッツ、西沢修一、ロディ・ダイムラー三名が第一チェックポイント到達。
「なんかお腹減ってきたな。修一、何かない?」
損害状況──、機体半壊。
「今のごたごたで落としちまったみたいだ。見ろよこれ。雑嚢に穴開いちまった」
身体状況──、全身傷だらけ。
「こっちも無いな。街に出るまでの辛抱か……」
進行状況──、遅れ気味。
「あぁもう最高だね!最高にスカイハイって感じだよ!」
士気──、
「まぁ仕方ねぇさ。ここまで来たらもうひと踏ん張りだ!休憩したら出発だな!」
未だ高し。けれども休憩は必要。
ペトラとロディは修一の言葉に微妙な笑みで返すと、大きく息をついた。青すぎる空にそれは吸い込まれていき、三人は一面の青にしばらく身を委ねるのだった。
【?日 ??時??分】
「ふんふーん……いいカモだったなぁ」
風が頬を撫でる。日は傾き始めているが、生暖かい風は心地よくレミーの気持ちはむしろ高揚していた。
運河で出会ったトロそうな二人を騙して遺跡を抜けた後、追撃を避ける為に進行状況に影響が出ない程度に回り道をしていたが杞憂だったようで、それから二人がゴーレムを突破して追いかけてくることは無かった。
オスカーの背で地図を取り出し、現在地を確認する。回り道をしていた割には予定より次の目的地には早く到着できそうで更に気分は高揚する。
「さーて……次は……」
瞬間、レミーの顔つきが変わる。そしていきなり手綱を引き、正面から飛来する何かをかわした。
「ちょっと! 危ないじゃん!」
飛んできた何かが魔道具に乗った人間だと気づくと、猛スピードで遠ざかっていく相手に向かって言葉を吐き捨てた。
そのまま気だるげに銃を抜き、小さくなっていく影へ銃口を向ける。そのまま銃口を素早く引き上げ、発砲の真似をした。
「全く……前くらいちゃんと見てろっつーの」
するとその瞬間、遥か向こうで魔道具が煙を上げ、搭乗者がまるで魂を抜かれたように落下し始めた。
「?」
なんとなくそれを目で追う。空中に放り出されたというのに搭乗者はぴくりとも動かず、重力に身をまかせ落ちていく。
真っすぐ、ただ真っすぐ落ちていく先に──
「おっと」
素早く手綱を引く。その瞬間、一瞬前までレミーが居た場所を青い炎が燃やした。
「面倒くさいのに会っちゃった……!」
ふと、風向きが変わる。すると視界のどこに隠れていたのかと思いたくなるほど唐突に巨大なワイバーンが現れた。
「竜人王……! なんでこんなトコにいんのよ!」
そう悪態をつき、急発進する。目の前のペギーはレミーと同じように自らと距離を取ろうと逃げ出していく有象無象を面倒くさそうに叩き落としていた。
「!」
その間を縫うように飛んでいると、ペギーの背に乗っている人物と目が合った。
「ん? お前は……知っているぞ」
「気のせいじゃない?」
軽口を叩き逃げようとするがペギーが腕を広げて道を塞ぐ。
「空賊レミー・スミス。コソ泥の割には名が知れているようだな」
「人聞きの悪い。私はただ自分に嘘をつかないで生きてるだけ。正直者って呼んで欲しいんだケド」
瞬間、レミーに向かって青い炎が殺到した。
「危なっ!」
「ほう、それをかわすか」
「乱暴な男は嫌われるぞ?」
また爆炎が迸る。
「こっちはあんたなんかに興味ないから放っといてよ!」
「俺はそうでもない」
炎の弾幕が濃くなる。ブレア自身から発せられているようだが詠唱も聞こえなければどこから炎を発生させているのかもわからない。
「あっそ!」
とにかくブレアをどうにかしなければ逃げられないらしい。素早く銃を抜き、引き金を三回引いた。
相手は名高い竜人王。手加減などできない。自分が今持つ最大の威力を持つ魔弾を三発も使ったのだ。突破口くらいは開くはずだ。
──ジュッ。
「は?」
溶けた。一発一発がドラゴンの渾身の一撃に匹敵する魔弾が──一瞬で。
「うッ!?」
すぐにペギーの反撃が来る。
「嘘でしょ……! どうやったの!?」
「単なる実力差だ」
レミーが舌打ちする。この魔弾はただ威力が強力なだけでなく、外部からの魔力を受け付けなくなる魔法もこめられており、物理的な干渉で無ければ防げないはずだが、それも大威力で押し切ってしまえる文字通り必中の魔弾なのだ。
「それを……!」
レミーが軌道を変える。ペギーの首周りを一回転し、逆さまの状態でもう一度銃を向ける。同時に、銃に取り付けられた三つの電球が全部金色に激しく発光した。
「吹き飛べ!」
引き金を引く。瞬間、銃口から爆発が吐き出された。
もはや小銃が持ち得る威力を超えていると言わざるを得ない一撃がブレアをペギーごと包んだ。それに乗じてレミーは距離を取り、その場を脱しようとするが──
「どこへ行く?」
レミーの背筋が凍る。至近距離で爆弾が炸裂したような一撃を浴びせたのに。ただで済むはずなどないのだが──
背中がにわかに熱を訴える。背後に、背後に高熱を放つ何かがいる。
振り返れない。振り返ってしまいたくない。
「……あんた、何がしたいの」
暴れる心臓を無理やり押さえ込むように浅い息をしながら、言葉を絞り出す。
「何がだ?」
「どう考えてもここにあんたがいるのはおかしいんだよ。今このあたりを通ってるのは寄り道したか、カモられたか、どっちか。あたしは前者だったけど、あんたは寄り道なんてしなくていいでしょ。何企んでいるの?」
「さて、なんだろうな?」
次の瞬間、ペギーが大口を開き、青い爆炎を吐き出した。