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第五話:〝強き者の魂を以って願いを叶える〟

 【同日 一六時四三分】


 それから瑞雲はぺトラの算出したルートを頼りに目的地までの経由地である運河を目指していた。高度を高く取ったせいで周囲は雲に包まれ白一色。代り映えのしない景色に二人の口数も少なくなっていた。


「あとどれくらいかな」


 ふと、ぺトラが口を開く。


「俺にはわからないさ。この世界の地理はさっぱりだしなぁ。とりあえず方角はあってると思うぞ」

「まぁ、そうだよね」


 先程の戦闘が嘘かのように誰もいない空をのどかに飛ぶ瑞雲。操縦桿を握る修一はともかく、戦闘が無いぺトラは早くも退屈していた。この機体が本来の目的に使用されているのならこの座席に座っている彼女にも仕事があるのだろうが、今の瑞雲は軍用機ではなくレース用の機体として扱われている。特にやることのないぺトラは目の前の機銃に無造作に触れたり、事前に纏めていた情報に目を通していたりした。


「ねぇ、修一」

「ん?」


 ふと、ぺトラが口を開く。


「修一がここに来てから僕の話しかしてなかったから聞けてなかったんだけどさ、修一がもともと居たっていう……ニホン? ってどんなところなの?」

「……」

「修一?」

「そうだな……」


 不意に放られた質問に修一が顎を掻きながら返す。


「いい所さ。飯は美味いしいいやつばかり。のんびりした所だな」

「ふーん……そうなんだ」


 そうしてまた少しの沈黙が流れる。


「そういうぺトラは」

「うん?」

「どうしてそんなに強くなりたいんだ?」


 すると今度は修一が質問を投げ返してきた。相手のことをよく知らないのは修一も一緒だった。何せ、会話ができるようになったのがごく最近なのだから。


「うーん……そうだなぁ」


 ぺトラが顎を掻く。そしてその手を無意識に機銃に乗せた。


「僕は末っ子だから」

「末っ子だから?」

「うん……末っ子だし……女の子だから。きっと将来は……」

「あぁ、なるほど」


 政略結婚──なんとなくそんな気はしていたが、恐らくぺトラは自身がナッツ家の政治に使われることを予見しているのだ。どこの世界でも親戚関係はやはり重視されるということか。


「嫌なんだ。自分の未来がわかりきってるのって。しかも……自分で決められないなんて」

「……」

「でも、もし優秀な戦士になれたら」


 ぺトラが顔を上げる。


「ナッツ家は本来騎士の家系だ。家中から優秀な戦士が出ればきっとそんな扱いはされない。それで誰か偉い人に仕官して、自由を勝ち取りたいんだ。その為には誰よりも強くならないと。強くなって、名を上げて……!」

「……そうか」

「修一?」

「いや、悪いな。言いにくいこと聞いたみたいだ」

「別にいいよ。それにパートナーのことをよく知らないのも問題だろ?」

「……そうだな」


 と、その瞬間雲に切れ目が生まれ、下の様子が見えてきた。


「お?」


 見ると、眼下に大きな川が流れている。


「おー、立派な川だな……ぺトラ、これがその運河か?」

「え? もうついたの?」


 ぺトラが妙な声を上げ地図を広げる。複雑に書き込まれた直線を指でなぞり、何やらぶつぶつと計算を始める。


「いや、多分違うよ。スタート地点から運河まではどうしたって二時間以上はかかる。多分運河に合流する川の中の一本だろうね」

「へぇ……まだ太くなるのかこれ……」


 そう言いながら川に目を落とす。すると水面に見たこともない生き物が跳ねているのがわかる。修一はそれに気づくと不意に高度を落とした。


「修一? 高度下がってるよ?」

「あぁ、ちょっと川の様子を見たくてな」

「えぇ……襲われた時の為に高度を取るって言ったの修一じゃないか」

「まぁいいだろ?そう簡単に襲われたりしねえよ。そういうルート取ってるんだろ?」


 ぺトラのため息をよそに大きく高度を落とした瑞雲が川に沿って舵を取る。のんびりと宙を飛ぶ瑞雲はエンジンとプロペラの唸る音すらのどかに感じる。


「お、何か跳ねた」

「飛び魚だね。鳥類としての特徴も持つ魚だよ」

「あの水草は」

「ウカメ。ポピュラーな食用の水草だよ」

「食えるのか!?」


 修一にとっては初めて見るものばかりで次第に声色が興奮していく。ぺトラは背後から聞こえる声が子供っぽい響きを持っていくのが段々と可笑しくなり、小さな笑いを漏らした。


「……ん?」

 が、不意に修一の声が深刻さを取り戻す。その声に冷静さを呼び起こされたぺトラが反射的に機銃に手をかける。


「どうしたの?」

「誰か襲われてる」

「ちょっと! 離してよ!」


 修一の言葉と同時にどこからともなく女性の焦ったような声がした。


「あれは……」


 修一が目を凝らす。少し先の川岸で白い髪の一人の少女と一羽の大きな鳥が、猪のような黒い毛むくじゃらの三匹の獣にまとわりつかれていた。必死に棒を振り回し、時折素早く拳銃を向け引き金を引くがことごとくかわされてしまう。


「あー……ツチノシシだね。この辺生息域らしいし」


 修一の説明を聞いたぺトラがそう結論付ける。曰く、このあたりに生息する害獣らしい。


「名前なんてどうでもいい、助けるぞ」

「えぇ……? いいよ放っときなよ。あの人スタート地点に居たし、参加者だよきっと」

「レースに勝ったって人として負けてたら世話ないだろ。いいから行くぞ!」


 そう言って修一がエンジンを吹かす。瑞雲がにわかに速度を増し、ツチノシシ達に猛スピードで接近していく。


「!」


 少女の方が先に瑞雲の接近に気付く。鳥の脚を引っ掴むと横飛びにかわし、その後すぐに突っ込んできた瑞雲が巻き起こした風にツチノシシ達は小気味いいくらいに吹き飛んでいった。


「よし!」


 操縦桿を握ったまま修一がガッツポーズを決める。少女の方は突然現れた空飛ぶ鉄塊に驚いたように目を白黒させ、空を見上げていた。


「よし、じゃ先を急ごうか……」

「おぉい!」


 ふと、下で少女が声と手をあげた。大手を振り、こちらに呼びかけている。


「お? 呼んでるな」

「もういいって……行こうよ修一」

「まぁ……そうだな」

「あの!」


 すると今度はすぐ隣で声がした。ぎょっとした二人が横を向くと少女が鳥の背中に乗り、瑞雲の横につけていた。


「うお!?」

「うわ!?」

「ありがとうございます! 助かりました!」


 少女は幼さの残る童顔に眩しい程の笑顔を向けてくる。少し色素の抜けた黒い髪をツインテールに纏め、黄色がかった目はまるで人形のような魅力を生んでいた。


「あ、あぁ……」

「是非お礼がしたいのですが降りれますか?」

「え? あぁいや、先を急ぐ身でして……」

「そ、そうそう! せっかくなんですけど……」


 と、その瞬間修一とぺトラの腹が大きな音をたてた。


「……」

「……」

「……ごはん、ありますよ?」


 少女が笑う。


「ぺトラ」

「うん」

「いいか?」

「いいよ」

「降りるぞ」

「降りよう」


 【同日 一八時七分】


「あぁ、あなたもレースに……」

「ええまぁ、そんなとこです」


 それから二人は手頃な場所を見つけると機体を着水させ、少女がいつの間にか獲っていた魚の塩焼きで腹を満たした。


「あぁ、いいですよもっと気安く話してくれて」

「あ、そうか?ええと……」

「レミー、で構いません。私の名前です。この子はオスカー。よろしくお願いします」


 そういってレミーが傍らに佇んでいた大きな鳥の顔をなでる。名前を聞くと、オスカーというらしかった。レミーのように大鳥に乗る者はこの世界では珍しくなく、馬のような運用をされているらしい。

 ふと、背後で音がする。二人が振り返ると、瑞雲の横でぺトラが何かしていた。


「彼女は何を?」

「補給だ。なんでも、魔法でやれるって言ってるから任せてるんだが……」

「複製魔法ですかね」


 レミーがそう言うと、丁度ぺトラが作業を終え、二人の元へ戻ってきた。


「そう。複製魔法。魔法はこれと合成魔法しか使えないんだけどさ……」


 使えるだけ立派ですよ、とレミーが笑うとぺトラもまた、二人が当たっていた焚火の傍に腰を下ろし話に加わった。


「ところで、レミーはなんでレースに?」

「そうですね……ちょっとした腕試しみたいなものですね」

「腕試し?」

「将来、飛行士になりたくて。スカイハイでいい成績を残せば箔がつきますからね……」

「へぇ、意外と野心家なんだな」


 修一がそう言うとレミーは今度はわざとらしく悪い笑みを浮かべて見せた。ふと見せた野心的な表情にぺトラはどこか親近感を感じた。


「ぺトラさん達はどうして参加したんですか?」

「え? 僕?」

「こいつはお前と同じさ。自分に箔をつける為、俺は勝って願いを叶える為、だな」

「願い?」


 修一の言葉にレミーが怪訝そうな顔をする。


「願いって……優勝しても願いは」

「あぁ! そ、そういえばレミーは……」


 まずい、嘘がバレるとぺトラがあわてて言葉を遮る。しかしその瞬間、レミーは合点がいったという顔になる。


「あ、ひょっとして奇跡の谷のことですか?」

「え?」


 手を叩く。不意に飛び出した単語に修一とぺトラが目を丸くした。


「あれ、違いました? ほら、不思議な力のあるっていうあの」

「そ、そうそう! その谷のことだよ!」


 怪訝な顔をする修一をよそにぺトラが声を上げる。それを見かねてかレミーが口を開き、解説を始める。


「五百年前、異界から来た英雄が伝説の最後に身を投げたっていう言い伝えの残る谷です。それ以来英雄は行方不明になってしまいましたが、その谷は英雄の力を宿すようになって……そこを訪れた者の願いを叶えると言われています」

「なるほど……で、その谷がレースとどう関係してるんだ?」


 修一の言葉にレミーが驚いたように声を上げた。


「知らないんですか? 言い伝えによると、その谷は今回のゴール付近のどこかにあるらしいんですよ。そうですよね、ぺトラさん?」

「う、うん! そうなんだよ……」

「そうなのか……そうならそうだって最初から言ってくれりゃよかったのに」

「だってそう言ったら修一、優勝目指さなくなるだろ? 辿り着けばいいわけだし」


 返事の代わりに修一は軽く笑う。それに対してぺトラも苦笑いで返した。


「大丈夫さ。一度目指した優勝、それしきで諦めるような俺じゃない。ちゃんとゴールは目指すさ。そのあとゆっくりその谷を探せばいい」

「そ、そうだね……ごめん」

「? なんで謝るんだ?」

「い、いや! なんでもないよ」


 ぺトラは慌てて態度を取りなすと、そのままその場に座り込み、残っていた塩焼きに乱暴にかぶりついた。


「しかしそんなすごい場所があるなんてなぁ。せっかくだし、その言い伝えについて教えてくれないか?」

「えぇ、いいですよ」


 そう言ってレミーはまた小さく笑い、言葉続けた。


「まずは五百年前の英雄伝説から軽く話さないといけませんね、異界から来た英雄の話は知ってますよね?」

「……あー……そうだな……」

「五百年前、異界から一人の男が現れて、当時の世界の戦乱を治めたってやつだよね」


 ぺトラがすかさずフォローを入れる。そうです、とレミーはそう言い、さらに話を続ける。


「世界を統一して、平和を取り戻した男はある日突然帰る時が来た、って言って北の山脈に向かったそうです。そしてその中の谷に行くと、ついてきた仲間に別れを告げ、そのまま身を投げたそうです。それ以来、その谷は不思議な力を持つようになっていつしか〝強き者の魂を以って願いを叶える〟と言われるようになった……って話です」

「〝強い者の魂を以って〟……」


 ちらと、ぺトラが不安そうな顔をする。その瞬間、肩に何かが乗ってきた。驚いて顔を上げると修一が彼女の肩に手を置いている。


「じゃあ安心だな。こっちにはその〝強き者〟になる予定の奴がいる」

「ちょっ……!」


 それを見たレミーも上品に笑う。


「まぁお互い頑張りましょう。今日はもう日没も近いですし、ここで休みませんか?」

「そうだな……よしぺトラ、野宿の準備だ!」

「う、うん……」


 【イシュナ歴一四五七年 七月二日 六時〇〇分】


「おはよう! 気持ちのいい朝だぞ!」


 翌日。陽光に照らされ煌く運河に修一の声が響き渡る。その声に叩き起こされるようにぺトラがテントから這い出して来る。


「……おはよう」

「メシの用意はこっちでしとくから顔洗って来い、ほら」

「……ぅん」


 修一に手渡された手拭いを緩慢な動作で受け取りながら微妙な返事を返し、足を引きずりながら近くの川辺へと歩いていく。背後では昨日レミーから借りた調理器具で修一が朝食を準備する音が聞こえてきた。


「……」


 眠い目を擦りながら川に手を突っ込み、澄んだ水で顔を洗う。冷たい刺激に一気に眠気はどこかへ吹き飛び、揺れる水面に映る自分の顔が視界に入り込んできた。


「!」 


 水面に映る自分の顔は思っていたより不安げな顔をしていた。すぐに表情を作り直し不安を隠してしまう。

 強き者の魂を以って願いを叶える──

 修一に語った話が嘘ではなくなったのは幸運だが、代わりに提示された条件が厳しい。レースへの不安もそうだが、修一を無事に元の世界に帰すという約束への不安も小さくは無かった。


「ぺトラさん?」


 急に名前を呼ばれ、慌てて振り返る。するとレミーが立っていた。


「あ、あぁ……レミー。おはよう」

「おはようございます。ごはん、できたみたいですよ」

「うん、今行くよ」


 ***


「……それで、お二人はこれからどうされるんですか?」


 それから数十分後、修一の用意した朝食を済ませた三人が一息ついていると、不意にレミーが口を開いた。


「どうする……ってのは」

「今後の進路ですよ進路! レースなんですよこれ一応」

「あぁ、そういうことな。ぺトラ、この後はどうするつもりなんだ?」


 修一が額を叩きながらそう言う。それに呼応してすぐにぺトラは腰のポーチを取り出し手帳を開いた。


「えっと……この先の運河に到着した後はそれを経由して……北の方の湿原に出る予定だよ」

「……ってとこだ」

「あの、それなんですけど……」


 そこまで聞くと、レミーがそっと地図を出してきた。そしてその右下あたりに描かれた岩山を指さす。


「そのルートとは少し方向がズレちゃうんですがこの岩山に一緒に行きませんか?実はここ、通り抜けられるんですよ。相当な近道になると思うんですが……」


 そう言われて修一とぺトラが地図を覗き込む。確かにぺトラが選んだルートは岩山を大きく迂回するルートになっており、ここを抜けられれば近道になりそうではある。


「へぇ、そうなのか」

「修一!」


 不意にぺトラが修一の肩に手を回しレミーから引きはがす。そして日本語で言葉を続けた。


『なんか怪しくない? そんな都合のいい話があるわけないだろ。少なくとも僕はあそこが通れるなんて話聞いたことない。事実皆あの岩山は迂回していくし』

「は?」

『日本語!』

『……少なくとも俺には嘘を言ってるようには見えないが』

「あの……ひょっとして疑ってます?」

「ギクッ」


 レミーがおずおずと声を放った。


「まぁ、あまり知られてないルートですからね。というのも、この岩山、中に遺跡があって、そこを通り抜けるには複数人で来ないといけない仕掛けがあるらしいんですよ。レースはだいたい皆一人で参加しますから、あまり使う人もいないんだと思います」

「……」


 再びぺトラと修一が顔を見合わす。


『遺跡があるってのは』

『一応本当。ざっと千年前の時代の大きな遺跡があったはずだよ』

『じゃ本当なんじゃないか』

『遺跡〝は〟本当ってだけだよ! 疑わしいのは変わらない』

「あの……ひょっとして遺跡の話〝は〟本当って思ってます?」

「ギクゥッ」

「大丈夫ですよ、騙したって私も損をするだけです。無駄足になりますしね」


 そう言ってレミーが優しく笑う。確かに言い分そのものは筋が通っているようだが──


「……」

「なぁぺトラ、せっかくの申し出だ、信じてみようじゃないの」


 修一がそう言いながらぺトラにココアを差し出した。ぺトラはなんとなくそれを見つめるが、濁った液体から自分の表情は探れなかった。


「まぁ……わかった」

「決まりですね!」


 渋々承知すると、レミーが手を叩き早速地図を指しルートの相談に話は移っていった。




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