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第二十四話:前しか見ていないから

 【イシュナ歴一四五七年 八月一五日 三時三三分】


 英雄伝説の物語は、英雄の失踪で終わる。パンナコの丘に現れた英雄は、戦乱に満ちた世界に平和をもたらした後、世界の隅にどっしりとその姿を構えるゼリア山脈で姿を消したとされる。

 その、ゼリア山脈。そこに、ブレアはいた。

 山々が連なる無骨な土地、その中にどっしりと構える台地を見渡す。すると視界に突然、巨大な大樹が現れた。


「ふむ……」


 鼻歌交じりに歩いてくると、小さな窪地に降り立つ。


「思っていたより成長が遅いな……どこかやり方を間違えたか」


 そう言いつつ、気取った手つきでじょうろを取り出し、目の前に立つ大樹の根に水をかけた。


「まいったわねぇ……」


 それを遠目に望遠鏡で覗きながら、シャンブルゾンが小さく息をついた。

 マルダでの一件の後、突如として現れた生命樹──、シャンブルゾンとしては迂闊だったとしか言いようがなかった。


「まさか今のこの時代にあれを発動しようなんてヤツがでてくるなんてねぇ……」


 降り返るシャンブルゾンの背後には数人の集団が続いていた。


「やれやれ……ロストパラダイスの継承者が現代にいたとは……それと組んで何を企んでいたんだねあなたは?」


 その中でゾイが言う。その傍には、大会運営の男の姿もあった。小刻みに震えている男の姿に溜息をつき、ゾイはシャンブルゾンの隣へと立った。


「ヤツの狙いは究極死霊魔法だったみたいねぇ。レースのごたごたに乗じて各地にあの樹を植えてたみたい」

「レースは発動のための隠れ蓑、そして生贄を選別し、集めるために利用された、と」

「五百年前の大戦以降、思いのほかワタシ達は平和ボケしてたみたいねぇ」

「どうする」

「どうにかしないといけないのは承知してるけど、現状打つ手がないのよねぇ……」


 と、その瞬間、不意に空の向こうから大量の白い影が飛来した。


「!」

「来たわね……! センセ、ちょっと頑張るわよ!」


 シャンブルゾンがそう言うと、空に浮くヌル達の中から一団がこちらへ向けて急降下をしかけてきた。

 ゾイが舌打ちし、指をエイドの大群に向ける。


『燃や──』


 その瞬間、空を一筋の光が横切った。光が過ぎると、エイド達が一瞬で消滅した。


「倒された……?」

「なんだあれは」


 二人が目を細めて空を見つめる。今、空を突っ切っていったのは──


「嘘だろ、誰かあいつの所にいくのか……?」


 二人の背後から、飛行士たちが恐る恐る顔を出す。


「……まさか、あの子……?」

「……ん」


 そしてそれは、ブレアの視界にも映っていた。

 何かを感じ取り、顔を上げる。

 視界に逆光が映りこみ、目を細める。何か──飛来してくる。


「ふむ」


 素早く剣を抜き、振る。瞬間、金属音が響いた。


「貴様は……」


 ブレアが目を細める。振り下ろした一撃は、現れた一本の細い剣に止められていた。


「ふんッ!」


 ぺトラだ。ブレアの一撃を止めたぺトラは力を込めて大剣を押し返し、そのまま弾き飛ばした。


「今更何の用だ? あの男の仇討ちにでも来たか」

「それもあるけど」


 ぺトラが剣の切っ先をブレアに向ける。


「どいてくれよ。ゴールはこの先なんだ」


 ブレアが一瞬、怪訝そうな顔をする。


「ゴール……? あぁ、そうか貴様まだレースが続いていると思っているのか! これは傑作だな。相方を失って状況判断ができなくなったか」


 ブレアがぺトラに嘲るような目を向ける。しかしぺトラは相変わらずブレアに挑戦するような目を向け続けていた。


「レースは続いてるさ。だからどけ。僕はゴールへ行く!」


 ぺトラがブレアに挑みかかる。剣を抜くとそのまま斬り上げた。


「まだわかってないようだな」


 しかしそれをブレアが上から叩き潰す。剣の重量の違いにぺトラの一撃は簡単に弾かれ、大きく体勢を崩した。


「何がだよ。まだゴールに辿りついてる奴はいない!」


 しかしそのままぺトラは上からの力を利用して宙返りをし、再び上段から斬りかかる。


「当然だ。この私がここにいるのだからな!」


 その一撃をブレアは受け止め、力任せに押し返した。ぺトラが弾かれ、数メートル後方へ飛ばされる。


「ならお前を倒せばいいだけじゃないか!」


 再びぺトラの特攻。しかしそれも弾かれる。


「何があったのか知らないが、気迫だけ蘇っても何も変わらないぞ」

『顕れろ』


 ブレアが指を鳴らす。すると、ブレアの周りを漂っていた霊魂が形を変え、人の形を取った。


「これは……!」

「ロストパラダイス、〝死霊魔法〟だ」


 ぺトラが目を見開く。


「あり得ない! 死霊魔法は魂の刈り取りはできてもそれを術式応用はできないはずだ!」

「〝再開発された方〟はな」


 瞬間、霊魂の背後からまた数人の霊魂が飛び出し、ぺトラに殺到するとそのまま拘束した。


「うっ! ぐ、くそ……!」

「現在世間に死霊魔法の死霊として残っているのは再開発された再現魔法のものだ。故に、本来の死霊魔法はお前が思っているよりも多くのことができるぞ」

「何……だって……!」


 ぺトラの悲痛な声にブレアが嗜虐的な笑みを浮かべた。


「やっとわかったか」


 指を鳴らす。ブレアの周囲を漂っていた一体の霊魂が質量を持ちぺトラの顔に砲弾のような体当たりを喰らわせた。


「ぐっ!」

「さぁ、何発耐えられるかな?」


 続けて二体。

 次は四体。

 今度は十体に。

 更には十五体へ。

 数を増やしていく無数の霊魂が殺到し、次々にぺトラに体当たりを喰らわしていく。ある程度の質量を持ったモノが肉を打つ重い音が雨音のように無数に響いた。

 しばらくしてブレアが手を上げる。一瞬で死霊達は動きを止め、ぐったりと頭を垂れたぺトラが現れた。

 その場に倒れ込んだペトラを、ブレアが踏みつける。


「結果は変わらない」


 そうして、剣を振り上げた。ペトラはブレアに踏みつけられたまま、それを見上げる──


「く……!」

「さらばだ」


 そのまま、その剣が振り下ろされ──


「!」


 金属音。剣が弾かれ、ブレアは体制を崩した。


「お前は……」

「はぁいお久しぶり!」


 レミーだった。オスカーと共に飛来したレミーは威圧的にブレアに銃口を向け、周囲を旋回した。

 ブレアが目を細めると、レミーが次々に弾丸を発射する。空からの弾幕にブレアは少し身構えるが、連射してくるわけでもない弾丸をかわすのは容易なようだった。


『顕れろ』


 指を鳴らすと、霊魂がまた形を変え、レミーに銃を向ける。


「!」


 それを見ると、レミーは回避行動に入る。しかしその瞬間、弾丸が放たれ離脱を余儀なくされてしまった。


「む?」


 ふと、ブレアが足元を見やる。

 ペトラが、いない?


「うおおおッ!」

「おっと」


 突然、視界からペトラが飛び掛かってくる。ブレアはひょいとそれをかわすと、足をかけペトラを転がした。


「ぐっ」

「哀れだな。前だけしか見ていないからそうなるのだ」

「……なめるなよ」


 絞り出すようにペトラが言う。


「〝前だけしか見てないからそうなる〟んじゃない」


 ゆっくりと立ち上がり、再びブレアに向き合った。


「前だけしか見てなかったから、ここまでこれたんだ」


 そうして、剣を構える。


「僕はもう後ろを向かない、立ち止まらない! 僕はお前を越えて……ゴールへ行く!」


 ブレアが面倒くさそうに目を細める。


「そうか。では二度と立てなくしてやろうッ!」


 剣を抜き、ペトラの剣と打ち合わせる。明らかに剣幅の釣り合っていない両者が刃をかちあわせ、鍔競り合いに以降するが──


「!」


 緊張は突然切れる。ペトラが押し負け、剣をかち上げられると、がら空きになった腹部に一撃がお見舞いされる。


「げ……ぇッ」


 肺から一気に空気が押し出され、ペトラは遥か後方へと吹き飛ばされていく。ゴムボールのように二、三度バウンドし、激しく転がると、ブレアから遠く離れた窪地へと落ち込んだ。


「ふん」


 それを見たブレアは鼻を鳴らし、ペトラに背を向ける。


「待……て」


 遠く吹き飛ばされたペトラは弱弱しく手を伸ばし、ブレアを見据える。


「僕は……まだ……!」


 瞬間、物陰からエイドが飛び出した。


「うわ!」


 突然の奇襲に反応が遅れ、エイドに組み伏せられてしまう。


「またお前たちか……! 離せ……ッ!」


 瞬間、どこからか声がする。

 背後を振り返った。そこには、横に広く台地が伸びている。

 既に空は白み、ゆっくりと陽が昇ってきている。

 その光を背に、背に──、


「……!」

「やっと命拾ったってのに、帰ってきちまったなぁ」

「そう言うなよ。それに、言う割にはしっかり準備してきてるじゃないか」

「どうかしてたぜ、一発もやり返さずに泣き寝入りとは」

「あぁ、本当にな」


 無数の飛行士達が、口々に何かを喋りながら、台地の上へ現れた。

 武器を構える者、ペトラに手を振っている者、ブレアやエイドに向かって猛っている者──。していることは様々だが、一様にその瞳には闘志が宿っていた。


「……どうして」


 ふと、その瞬間ペトラにまとわりついていたエイド達が銃声と共に撃ち抜かれ、ペトラから手を離す。

 レミーだ。上空を旋回していたレミーがペトラを救い、その足元に一つの魔道具を落とした。


「ペトラ! ペトラ聞こえるかい!?」


 クリスの声がする。


「クリス? これは……」

「レースの参加者達だ!皆アンタが戦ってるのを見て戻ってきたんだよ!」


 興奮気味のレミーの声を受け、ペトラが再び顔を上げる。

 パンナコで、飛び魚の嵐の中で、ペペラーナで、マルダで。ペトラと競い戦った者達や、ペトラの奮戦に感化された者達が皆、今この場に集まっていた。あそこにいるのは、ペトラの為に集まった──援軍だ。


「……どうして」

「女の子が一人で戦っているのを見て黙ってられるほど、皆腰抜けじゃなかったってことだ。少し時間がかかっちまったけど、皆呼びかけたら戻って来てくれた」


 谷の上、もう一対の魔道具の前でクリスが口を開く。


「少し準備に手間取っちまったが、ウチから戦力も引っ張ってきた。少しは足しになるはずだ」


 ロディが静かにそう言う。その背後には同じ制服を着用した集団が続いていた。


「どうしたものかと思ってたけど、難しく考えすぎだったみたいねぇ」


 シャンブルゾンが笑う。


「死霊魔法……興味はあるが学校が滅ぼされては研究ができないからな」


 ゾイが絨毯を撫でながら不敵に呟く。しかし声は震えていた。 

 言葉を失う。あそこにいる者は皆ペトラの為に集まった。ペトラと戦う為に。少女は──戦士達の心を動かした。


「まだ到着してないけど、こっちに向かってるってやつもいる。数は揃ったんだ、ペトラ。アンタが音頭を取っておくれよ。なぁいいだろ皆!」


 瞬間、鬨の声が上がった。

 武器を振りかざし、

 魔道具を叩きながら、

 腕を、拳を突き上げ、叫ぶ。


「……皆、よく来てくれた」


 ゆっくりとペトラが口を開く。同時に、ブレアと向き合った。


「敵は強い。おまけに兵士もいっぱいいる。手強い連中だ。でも、それでも皆はここへ来てくれた。戦う為に」


 剣を抜く。


「……これは、僕たちとあいつの大喧嘩だ。世界を守るだとか、未来へ進むためだとか、そんな高尚な理由の戦いじゃない。勝った方が正しいことになるだけ。それでも、皆は僕と一緒に戦ってくれる?」


 もう一度鬨の声が上がる。


「ありがとう。それじゃ、行こうか」


 そう言うと、ペトラは魔道具を投げ捨てた。


「……僕に続けぇぇぇええええぇぇぇええぇぇぇえええッ!」


 谷が割れんばかりの声が上がった。





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