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第二十二話:無駄死に

 【イシュナ歴一四五七年 八月一四日 一四時一一分】


 ペペラーナからマルダまでは距離がある。奇しくも二人はかつての二人(ペトラと修一)と同じルートを通ってマルダへと向かった。


「……あった!」


 オスカーの背でクリスが叫ぶ。同時にレミーが手綱を引き高度を下げていく。その視線の先には半壊し、今にも沈みそうな人工島が浮かんでいた。


「こりゃひどい……」


 マルダに降り立ったクリスは思わず呟いた。ペペラーナも相当酷い有様だったが、マルダはそれに輪をかけて酷かった。島を覆っていた天井は完全に崩れ去り、崩壊と火災とで島の大きさは少し縮小したようだった。

 灰と瓦礫に島は覆われ、中央に立つ大樹以外に島に残るものは無かった。


「なんてこった……」


 クリスは頭を抱え、呆然と溜息をつく。


「思ってたよりエイドの数も少ないね。ま、さっさと人探しするんだね」


 そうして二人は廃墟と化したマルダの中を歩き始める。


「しかし……一体何がどうなったってんだ?」

「残念だけど、そこまではわからないなぁ。なんかあのでっかい木があちこちに生えてきて大騒ぎになってるけど、あの木がなんなのか」


 それからしばらく二人は歩き、あちこちを探したが、早い段階で答えには辿り着いていた。口に出さないだけで、気づいてはいた。それだけマルダは徹底的に破壊されていたのだ。島そのものの起伏はかろうじて残っているが、それ以外のものはほとんど全て破壊されつくしてしまっている。その中に手がかりが見つかないとあれば──


「あの木……か」


 顔を上げる。その先には、不気味な大樹が立っていた。


「エイドスモークが漏れたりしないよね……」

「さぁね。漏れたら私たち逃げらんないね」

「ちょっと脅かさないでよ……」


 数分後。そう言いながら、二人は大樹の近くまで歩いてきた。瓦礫の中にいないのなら、この木の中だが──


「……あ」


 いた。太い幹の根本、複雑に根が絡み合う中に、ペトラが半身を覗かせていた。


「ペトラ!」


 クリスが叫び、駆け寄る。力なく垂れる腕に触れ、脈を取る。


「……生きてる……レミー! 手伝ってくれ! 引っ張り出す!」


 クリスはそう言ってナイフを取り出すと、ペトラに絡みつく木の根を切り始めた。


「まさか本当に生きてるなんて……」


 それからしばらくして。無事に根の中から救出されたペトラは、近くの酒場の跡地へ移動し、レミーの療術を受けて少しずつ体力を回復していた。


「三週間近く根っこに絡まってた割には元気だね。このまま安静にしてればそのうち元気になるよ」


 療術を止めたレミーは鞄から瓶とチューブを取り出すと、慣れた手つきでペトラに点滴を始めた。


「高いんだよこれ。でも一発で元気になる」


 ふとレミーが顔を上げると、クリスが微笑んでいた。


「何」

「いや、アンタ結構優しいんだねって」

「冗談。下心込みだよ」


 冷たくそう言うと、再びペトラの手当に戻る。


「この処置が終わったら私は周囲の警戒に入るから。目覚ましたら呼んで」


 【同日 一七時三二分】


 それからしばらくして。


「う……あ」


 ぺトラが弱々しい声を出す。


「! ペトラ!」


 ペトラが反応を見せたことにクリスが素早く反応する。


「大丈夫かい!? しっかりしな!」

「あ……クリ……ス」


 返事をよこしたぺトラにクリスが安心したように息をつく。それを見てぺトラはあたりをゆっくりと見回した。


「……いったい、僕は……」

「覚えてないのかい?」

「覚えて……?」


 瞬間、記憶がフラッシュバックする。


「……! あ……あぁ……!」 


 ぺトラが頭を抱える。

 思い出した。ブレアの脅威を。突然現れたこの不気味な大樹を。そして──修一が死んだこと。


「……」

「なぁペトラ、大変なことになってるんだ。あちこちにエイドが出てきてて、騒ぎになってる」

「……もう、いいんだ」

「は?」


 クリスが顔を上げる。


「いいって……どういう」

「そのままの意味だよ。もう、僕はここで棄権する」

「棄権って……いや、レースもそうだけどそれ以外にも……」

「……」


 瞬間、クリスが立ち上がる。


「どうしちまったんだい! ここで何があったか知らないけど、らしくないよ!」

「無理だったんだよ僕には」

「いい加減にしなよ! 何があったのか知らないけど──」

「無理なんだよ!」


 今度はぺトラが声を荒げた。


「〝何があったか知らないけど〟!? 無責任なこと言うなよ! 見ろよこのありさま! 島が一つ滅んでるんだ! そんなことができるやつが相手だったんだ! そんなの相手に何ができたっていうんだよ! なのに! なのに僕は……! できるって思いこんで! 勝てるって勘違いして! 自分は戦えるだなんて思い上がって! 馬鹿じゃないのか!? 馬鹿だったんだ! クソ馬鹿だッ!」


「……!」


 クリスが気圧されたように後ずさる。目に涙を浮かべ、支離滅裂に喚くぺトラは記憶の中にある彼女とは別人のようだった。

 何かが起こった。ここで、決定的な何かが。クリスは瞬時に理解した。それほど壮絶な思いをしたのだろう。


「なぁ、ぺトラ……修一は」

「……死んだよ」


 クリスが膝から崩れ落ちる。殺しても死なないような男だと思っていたが──。


「……そうかい」

「……僕、帰るよ。クリス、ありがとね」


 呟くように言うと、ぺトラは起き上がった。


「夢、叶うといいね」


 ──夢。


「……! そうだ、ぺトラ……!」

「うっわシケた面」


 突然、声がする。声がした方を向くと、レミーが戻ってきていた。そのままペトラが目を覚ましたのを認めると、無遠慮に点滴を引き抜いた。


「痛ッ」

「元気になったならここまで。高いんだからこれ」

「……今更何の用」

「マルダから脱出した連中の中にアンタらがいなかったから。くたばったのかなと思って見に来たの」

「……くたばったよ。修一は」

「ふーん」


 そういうとレミーはぺトラの横を通り、クリスの二つ隣の席に行儀悪く座り込んだ。


「で、逃げ帰るってワケ?」

「うん」

「アイツがやられてるのに?」

「うん」

「あんた現状負け犬なのに?」

「もともと勝ち馬にはなれなかったんだよ」

「……」


 ──駄目だこりゃ。

 レミーが目を細める。今のぺトラからはまるで覇気を感じられなかった。生気の宿っていない目でうつむいたまま、朧げに言葉をつむぐだけだった。


「……」


 また踵を返す。そしてそのままどこかへと歩いていく。

 一歩、

 二歩、

 三歩──

 ダァン。


「!」


 突然、銃声が響いた。驚いたクリスが横を見やると、レミーがぺトラに銃を向けていた。銃口からは煙が漏れ出し、その先ではぺトラが倒れていた。


「アンタ何やって……!」


 レミーがクリスに掴みかかる。


「空砲だよ空砲。死ぬわけないって」

「空……!?」


 レミーはそう言ってクリスの手を振り払うと、銃を下ろした。


「あー無駄死に。ほーんとに無駄死に。拾った命がドブの底ー」

「……」

「どうせあいつのことだし、あんたのこと庇いでもして死んだんでしょ? たった今それが無駄になりましたー」

「ちょっと……!」

「めそめそ落ち込んでたら誰かが励ますか殴り飛ばすかしてくれるのは物語の中だけだよ。実際は鉛玉とか攻撃魔法が飛んでくんの。誰かがあんたを代わりに生かしても、そのままだと相手も無駄死にになっちゃうもんなの。あんた今あいつを無駄死にさせたんだけど、自覚あ──」


 瞬間、クリスがレミーの口をふさぐ。


「その辺にしときな!」

「……うっ」


 ぺトラが嗚咽を漏らした。クリスがぺトラを見やると、ぺトラはうつぶせに倒れたまま、肩を震わせていた。


「う……ううっ……わかってるよぉ……わかってるんだよ……!」


 拳を握り込む。柔らかくなった地面が少し抉れた。


「わかってるよ……! 修一は僕のせいで死んだんだ……! 悔しいよ……! 悔しい……! よッ……! あいつが憎い、ブレアが……! あいつが……! ぶっ殺してやりたい! でも! でもあんなの……! どうすればいいんだ! 僕は!」

「ぺトラ……」

「僕はッ! 強くなんてないのにッ!」


 ぺトラの叫びがマルダに響く。絞り出した嗚咽と慟哭。それが、今のぺトラのすべてだった。

 悔しい、悲しい、辛い──、吐き出されたぺトラの感情は、それだった。


「言えたじゃん」


 ぺトラがゆっくりと顔を上げる。いつの間にかレミーがぺトラの前に立ち、手を差し伸べていた。


「始めから正直にそう言いなよ。〝相棒〟がやられて黙ってるようなヤツじゃないでしょアンタ」

「……」


 しかしぺトラは顔を伏せる。本音を吐き出したところで、状況が改善したわけではない。


「なぁ、ぺトラ」


 今度はクリスが遠慮がちに声をかけた。


「これ、受け取ってくれないかい」

「それは……?」

「あの日、あんた達がペペラーナを出るとき、修一が忘れてったんだ」


 そう言ってクリスは一冊のくたびれた手帳を差し出した。これは確か──、修一が日記として使っていた手帳だったはず──


「……これを、どうしろって」

「読んでみなよ」


 クリスが大真面目な顔をして言う。言われるがまま、ペトラはその手帳を開く。


 【西歴一九四四年 三月一一日 九時一二分】


「……」


 灰のにおいが鼻をつく。一晩明け、敵機は去ったというのに、空気は三月に似合わない熱を帯びていた。


「全部燃えたか……」


 ここは日本。東京と呼ばれた街。敵の爆撃を受けた街並みは全て灰と化し、その中に修一は立ち尽くしていた。


「あそこが陥ちたんだもんな……まぁ、こうもなるか」


 しばらく道をふらふらと歩き、変わらない景色に溜息をついて、焼け落ちた家屋の燃えカスに腰かけた。

 カサ、と音がする。視線を落とすと、そこには手に握られた異動を伝える辞令が握られていた。


「今更どこで何を守れっていうんだよ……」


 修一は暗い目で焼け野原になった街を眺める。背中を丸め、深い絶望感を全身から放っていた。


「……修一」


 その背後に、ペトラは立っていた。頭を抱え、呆然と座り込んでいる修一を前に、ペトラは微妙な声を漏らすことしかできなかった。


「情けないだろ?」


 不意に、声がする。気づけば、ペトラの隣に修一が立っていた。


「え……修一……? もう、一人……?」


 ペトラが呟き、修一の顔を見上げる。いつの間にか時は止まり、その場にいた人々も動きを止めていた。


「ようペトラ。お互いにえらいことになっちまったな」

「……」


 ペトラが気まずさから黙り込んでいると、修一はまたもう一人の自分の方を向き、言葉を続けた。


「どう見える?」

「え?」

「この俺を見て。ビビっちまった俺を見て……どう思う」

「ビビってた? ……修一が?」

「あぁ。ずっと隠してきたが……これが、俺だ」


 そう言って修一は、目の前で頭を抱えている修一に視線をやる。


「この世界に来る前、日本にいた頃の俺だ」

「……何が、あったの」

「戦争だ」


 修一が小さくつぶやく。


「俺の国は戦争をしていた。知っての通り、俺はその戦争を戦ってたわけだが、見ての通り。俺の守りたかった場所は燃えた。守りたかった、人たちも」

「……」

「この時だな。俺は、心が折れちまった。自分が飛んで、どれだけ頑張ったって、意味はないんじゃないかって、そう……思っちまったんだ」

「そう……だったんだ」

「なぁ、ペトラ」

「なに」

「……辛かったな」

「……うん」


 修一が、そっとペトラの肩に手を置く。


「ちょっといいか。来てくれ」


 不意に、修一がそう言う。振り返ると、背後に見慣れた光景が広がっていた。


「全部、話す」


 そう言うと修一は背後に向かって歩いていく。


「ここは……」

「お前と始めて会った場所だ。懐かしいよな。もうずっと前に感じるよ」

 そこは、ペトラの自室だった。目の前には、ベッドに寝かされた修一と、忙しなく部屋の中を歩き回っているペトラがいた。




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