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第二十一話:敗北

 【同日 二〇時四〇分】


 ぺトラが膝をついた。目の前で、炎の塊となっているのは、認めたくないが──


「修……一……」

「お前か。こいつの連れは」

「ブ……ブレア……」


 ぺトラがふらふらと立ち上がり、声を漏らす。腰の剣に手を伸ばすが、どういうわけか上手く掴めない。


「こいつが死ぬ前に言っていた。お前が俺やこいつより強いと」


 ブレアがそう言いながらゆっくりとぺトラに迫る。

 剣がつかめない。手が震えてしまっている。

 修一が死んだ。心のどこかでぼんやりと死なないと思っていた修一が、死んだ。そのショックとブレアの放つ圧倒的な覇気にあてられ、前後不覚に陥っていた。


「見せてくれ、お前の力を」

「く……来るなッ!」


 やっと剣を抜いた。素早く構えるが、手の震えが体へと伝染する。


「どうした。〝相棒〟が殺された。その仇がここにいるんだぞ?」


 ブレアが剣を抜く。ぺトラのものよりずっと長く、太いものだった。


「ナッツ家は武家だったな。武人の本懐を遂げるチャンスだぞ」

「はぁ……はぁっ……!」

「一騎打ちだ!」


 そう言ってブレアが地面に剣を勢いよく突き立てた。この世界での決闘を申し込む合図だ。


「……!」


 ぺトラの体が震えたまま固まってしまう。本来なら同じく剣を突き立て、それを引き抜いた瞬間から決闘の開始とするのが作法である。しかし今のぺトラにはその動きを返す余裕が無かった。


「……ふん」


 ブレアが剣を引き抜く。そうして再び構えた。

 対してぺトラは後ずさってしまう。これまで戦ってきたどんなものよりも恐ろしい。グリフォンよりも、ゴーレムよりも、エイドよりも──全てにおいて圧倒している。


「!」


 一瞬で距離が詰まる。突然目の前に現れたブレアを前にとっさに防御の体勢を取る──が。


「うっ!」


 その上から振るわれた一撃にぺトラの体が宙を舞う。しっかり剣を受け止めたはずなのにその衝撃はしっかりと体に突き刺さる。斬撃を受けたのに腹部へ正拳突きを喰らったような苦しみに肺の空気が絞り出されてしまう。


「ゲホッ……うっ……はぁ」


 半壊した建物に突っ込み、情けない声を出す。


「ふん、やはりはったりか」

「!」


 突然目の前にエイドが現れ、ペトラに覆いかぶさった。


「は……離っ……せ!」


 しかしそこへ更に一人、二人と加わってペトラを完全に拘束する。


「く……くそっ! 離せ! 離せよっ!」


 しかしエイド達は激しく暴れるペトラを押さえつけ、担ぎあげる。


「連れていけ、どこか邪魔にならんところにな」

「やめろ……離せ!」

「さて、もういいだろう」


 既にブレアはペトラに対する興味を失い、大樹の方を向いた。


「ここ数日、レースに参加しながら各地に種を植えてきた。十分な数だ。始めよう!」


 ブレアが両手を広げ、叫ぶ。


「究極死霊魔法〝アミスター〟を……ッ!」


 ブレアが叫ぶ。するとマルダ中央に立つ大樹の枝葉が不気味に蠢きだす。エイド達にもみくちゃにされ、大樹の近くまで運ばれようとしているペトラはなんとかそれを視認した。

 そして、次の瞬間。


「……!」


 マルダの地面から次々に根が飛び出し、手当たり次第に近くにあったものを飲み込み始めた。


「樹が……喰ってる……!?」


 全てが樹に飲み込まれていく。建物も、道具も、エイドも、生き物も。ペトラは自らを拘束するエイドを振り払おうとさらにもがいたが、やはり逃れることはできない。エイドの方は根から逃れようとせず。むしろ進んで呑まれに行こうとしている。


「やめろおおおおおぉぉおぉおぉぉぉおおおおおぉぉぉぉぉおおおッッ!」


 そして、ペトラの意識はそこで途切れた。


 【イシュナ歴一四五七年 八月一二日 一六時三八分】


 三週間後。

 学園都市ペペラーナ。


「よし……見られてないな……」


 雨が降りしきる薄暗いペペラーナ、その市街地の路地裏で呟く声があった。その視線の先には、道を我が物顔で歩くエイドの集団がある。

  一瞬の隙をついてさっと物陰の人物が動く。エイドの視線をかいくぐり、道を横切った。


「まったくろくでもない……」


 クリスだった。再び物陰に身を隠したクリスは、相変わらず数を増やしていくエイド達を睨みつけるとまた前を向き、路地の先を急いだ。

 あれから、一帯は混乱に陥っていた。マルダでの一件の後、各地に突如として現れた不気味な大樹──、そこから現れたエイド達は、大樹を中心とした地域に破壊と混乱をもたらしたのだった。

 被害の及んでいない地域の人々はその対処に追われることとなったが、エイドの早期封じ込めを叫ぶ者、それよりもまず被害地域の住民を救助してからだと反論する者で議論は紛糾し、有効な手を打てないでいる有様だった。

 そうこうしているうちにもエイドの数は増えていき、被害は広がっていく。その中でペペラーナは特に甚大な被害を受けていた。


「あぁっ!?」


 路地を抜ける。その先にあったはずの倉庫へ足を向けるが、そこは無惨な廃屋と貸していた。


「あたいの飛行魔道具……長い付き合いだったんだけどなぁ……」


 がっくりと膝をつき、廃屋へ足を踏み入れる。既にエイドたちによって破壊されており、中に置かれていたクリスの魔道具もその巻き添えを食ったようだった。それを見たクリスは額に手をあて、深くため息をついた。


「さて……じゃあどうやって脱出しようか……」


 ペペラーナにエイドが現れたのは二週間前のことだった。マルダ崩壊の報せを受け、ペトラと修一の身を案じたクリスだったが、すぐに自分の身を案じなければならなくなってしまったのだ。始めこそエイドを退け続けていたが、日ごとに数を増していくエイド達によって、門を突破されたのが一週間前、戦力の投入や水門の解放で抵抗したが、二日前にあの大樹が出現。ペペラーナは完全崩壊を迎えた。生き残りたちは皆それぞれの手段で島を脱出したが、クリスは自身の研究成果を持ち出すのに手間取り、脱出船に乗り遅れてしまっていた。


「じゃあどこかで別の道具を拝借するしか……」


 不意に外で音がする。その音に釣られて顔を上げると、その瞬間倉庫の壁が吹き飛んだ。


「うわわわわわわ!」


 なんとかかわすが、バランスを崩し派手に転がってしまう。


「痛たた……げぇっ!」


 顔を上げると、廃屋の壁を突き破って大型のエイドが顔を覗かせていた。見た目からして、大型の獣が素になっているようだった。


「やばっ……!」


 クリスはすぐに立ち上がり、反対方向に向かって走り出す。それと同時にエイドは叫び、壁を破壊してクリスを追い始めた。


「畜生やめてよあたい美味くないよ!」


 叫び、逃げ回る。エイドは背後からクリスを追い、何度も腕を振り下ろした。一撃が繰り出されるたびに悲鳴を上げ、飛びのき、転がり、必死で走り続けた。


「はぁ……はぁ……うっ!?」


 が、しかしその足も止まる。路地裏へと逃げ込んだクリスは、路地裏を抜けて大通りに出る所で足を止めた。

 この先はさっきクリスが横切った道。つまり、このまま無防備に飛び出せば、却って脅威が増えてしまう。


「く……!」


 しかしエイドは追ってくる。背後を振り返ると、狭い路地に無理矢理身体を押し込んでゆっくりだが迫ってくる。


「ううう……!」


 もう迷っている時間はない。クリスは意を決し、大通りへ飛び出──

 ダァン。


「!?」


 銃声が響いた。驚いたクリスが振り返ると、エイドが消滅していた。


「エイドが消えた……? 倒されたってことか?」

「ご無事ですか?」


 と、そこで消えたエイドの向こうから少女が歩いてくる。その背後には大きな鳥を伴っていた。


「助かったよ、ありがとう……」

「始めまして。私、レミーと言います。ご無事ですか?」

「……レミー? 鳥を連れて……銃を持ってて……な、なぁあんた! ペトラと修一っていう二人組を知らないか!?」


 クリスがそう言うと、少女は突然作り笑いをやめた。


「あぁ何。あんたあの二人の知り合い?」


 レミーは面倒くさそうに言うと、銃を背に掛け、腕を組んだ。


「知ってるのか」

「まぁちょっとね」

「なぁ、あいつらは少し前にここを出てマルダに向かった。そのあと、何か知らないか?」

「あぁ。マルダにいたよ。あのでっかい樹が出てくるまでは確実にいたはず」

「あぁクソっ」


 悲劇的な声を上げたクリスはがっくりと肩を落とした。


「……生きてるかな」

「どうだか」


 レミーはオスカーの手綱を確認しながらぶっきらぼうに言う。


「マルダから脱出した中に瑞雲はいなかった。あんな目立つ機体、そう簡単には見落とさないからたぶんあの二人は脱出できてないね」

「そんな」

「じゃ、私はここで。これから行くところがあるから」


 そう言ってオスカーに跨ろうとするが、不意にその腕を掴まれる。


「ん?」

「ま……待ってよ」


 見ると、クリスがレミーの腕を掴んでいた。必死そうな表情を浮かべている。


「あたいも連れてってくれ」

「何? 脱出手段無いの?あいにく、人助けするほどいい女じゃないんだよね私──」


 ずい、とクリスがレミーに袋をつきつける。


「何それ」

「前に遺跡の調査で見つけた古銭。世間に多く出回ってるから大して珍しいものじゃないけど、これだけあればそれなりの額にはなる」


 へぇ、とレミーはその袋を受け取ると、クリスの手を引いてオスカーの背に乗せた。


「なぁ、もう一つお願い聞いてもらっていいか」

「何」

「あたいをマルダまで連れてってくれ」

「友達を助けに行くの? やめときなよあんたに何ができるの?」

「それは……」


 レミーが溜息をつく。


「私は自分のことしか考えないよ。乗車賃は貰ったからここから連れてってはあげるけど、それ以外のお願いは聞く気はないからね」

「……こういう時、あんた達はどうするんだい」

「依頼料積むんだね、もしくは脅す」


 一拍の後、金属音。


「こ……こういうことかい」

「慣れないことするもんじゃないと思うよ」


 クリスの声は震えていた。その手には銃が握られており、銃口をレミーの後頭部に押し付けている。

 レミーはあくまで余裕そうに言いながら両手を上げた。


「でも、確かめたいんだ。あの二人が本当にくたばったのか、それとも生き残ったのか」


 やれやれ、とレミーは息をつく。


「わかったよ。どのみち目的地に行くにはマルダの近くを通んなきゃ駄目だし、乗せてってあげるよ」

「ありがとう!」


 クリスはそう言うと銃を下ろしてしまった。レミーはそんなクリスの甘さに呆れたように溜息をつくと、手綱を引きオスカーを羽ばたかせた。







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