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第二十話:死霊魔法

 【同日 二〇時一五分】


「ふむ、拡散力は上々……と言ったところか」


 マルダ全体へと広がっていくエイド達の姿を見ながら、ブレアは満足げに笑い地表に降り立った。


「む」


 ブレアが正面を見やる。その先の橋から何やら人影が歩いてくる。

 途中エイドが数匹襲いかかるが、悉く殴り伏せられ、蹴り飛ばされ、撃ち抜かれていった。


「お前は逃げないのか」


 修一だった。全身から凄まじい濃度の殺意を放ちながら歩いてくる。


「意地張っちまって逃げらんなくなった」


 修一がぶっきらぼうに言うと、ブレアは方眉を上げて微妙な表情をすると、同じく修一に向かって歩き始めた。

 相変わらず両者の歩みは止まらず、次第に距離が詰まっていく。

 一歩ごとに緊張感が高まり、ついには両者の息がかかるほどに距離が詰まり──

 互いに額で頭突きを喰らわした。


「カナヘビみてぇな肌しやがって……! なんのつもりだ……!」

「なんだっていいだろう」


 ブレアが鼻を鳴らす。


「お前。知ってるぞ。ニシザワだったな」

「だったらどうしたよ……!」


 額を離し、距離を取る。


「ペペラーナでの大立ち回り。実に見事だったと聞いている。お前の魂をもらいたい」

「あ? 何考えてやがる。すました顔してんじゃねぇぞ」


 その時、ふとブレアが修一の背後を指さす。すると突然、背後でうめき声がした。


「!」


 振り返る。するとそこでは倒れた男がエイドに襲われ、新たなエイドを生成させられそうになっていた。


「てめぇ!」


 修一は叫び、銃を抜いた。そうしてエイドを打ちぬくと、背後から一撃を喰らう。


「てめっ……!」


 ブレアだった。すんでの所で踏みとどまった修一は怒りの形相でブレアにタックルをしかける。そのまま激しく転がり、橋から転がり落ちた。


「ぶん殴ってやる……ッ! 一発キツいの喰らわしてやらぁぁぁぁああぁぁぁぁあああッ!」


 【同日 二〇時二〇分】


 それから数分後。船着き場。エイドの発生を受けて逃げ出すように次々と飛行士達が船着き場を飛び出して行くところだった。

 その中にあって、ペトラは苛立ちを募らせていた。


「くそ……っ! くそ……!」


 瑞雲のカウルに乱暴にクランク棒を突っ込み、力任せに回す。普段ならそれでエンジンがかかるのだが、今回は起動しない。

 理由は明白だ。操縦席に修一がいない。正確には、操縦席でエンジンをかけ制御する者がいない。瑞雲について多少なりとも勉強しているペトラがそんなことも理解していないはずはない。


「かかれよ……ッ、かかれ!いつもこれで動いただろ!」


 しかし、ペトラは手を止めない。悪態をつきながらクランクを回し続け、それでも動かない瑞雲を八つ当たりだと言わんばかりに蹴りつける。


「待ちなさいお嬢さん」


 と、不意に声をかけられる。その声にぺトラが手を止めた。


「……何」


 振り返ると、緑色の目をした巨漢が立っていた。


「それを動かせる人はまだ帰って来てないみたいだけど?」

「いいんだ。あいつはここで死ぬつもりらしいから」


 そう言ってシャンブルゾンから目をそらした。そうしてまたクランク棒に力を込める。


「……」

「くっ……う……かかれ……動けよっ」

「本当にそれでいいの?」


 再びぺトラの手が止まる。


「いいんだよ。あいつはそれでいいって言ってた」

「アナタはどう思ってるの?」

「……それでいいならいいんじゃない? 死にたいなら勝手に死ねばいい」

「ふぅん。で、それは誰が操縦するの?」

「……なんなんだよさっきから!」


 ついにぺトラが声を荒げ、クランク棒を地面に叩きつけた。


「あんたに何がわかるんだ! あいつには! 修一には勝つ気が無い! もともと僕と一緒に行けるやつじゃなかったんだ!」

「あらそ」


 そう言って睨みつけてくるぺトラに対し、シャンブルゾンは背を向ける。


「でも、ここまで一緒に来たんでしょ?」


 そう言い残し、どこかへと歩いていく。その後ろ姿を見つめながら、ぺトラはしばらく黙り込んでいた。


「……」


 瞬間、ぺトラが走り出した。同時に、彼女のポーチから何かが転がり落ちる。

 ネギの瓶詰めだった。


 【同日 二〇時三二分】


「うっ!」


 全身に衝撃。橋の上から転げ落ちた修一はブレアと共に下の階層に落ち込んだ。


「あのやろ……どこいった」


 ふらふらと立ち上がり周囲を伺う。

 瞬間、視界に何かが映りこんだ。


「がっ!」


 側頭部に衝撃。殴られたらしい。感覚が理解する前に身体が反射的に動き、右手が伸びて何かを掴んだ。


「ほう? いい反応をするじゃないか」


 その先にはブレアがいた。修一は言葉にならない叫びを上げ、涼しい顔をしているブレアの顔面に向けて何度も拳を振るが、ブレアはそれを悠々とかわす。

 瞬間、小さな金属音。ブレアの瞬きの一瞬、修一が拳銃を抜いていた。


「!」


 銃声。ブレアは修一の腕を無理やり振りほどき、背後へ飛びのく。続いて二、三発と銃声が続くが、ブレアはそれを軽々とかわしていく。


「チッ!」


 修一は舌打ちをすると拳銃を収め、入れ替わるようにナイフを抜いた。そのまま一気に間合いを詰め、ブレアの鱗へ突き立てようとするが、軽々とかわされてしまう。

 それでも修一は諦めずにナイフを振り続け、やがてそのうちの一発がブレアの身体に突き立てられる──


「!」


 が、その表面を覆う鱗に遮られてしまう。


「うっ!」


 修一がその場を転がる。するとすぐにそこへ火球が殺到した。


「熱っつ!」


 飛び退き、拳銃を構える。しかしその頃には修一の頬をブレアの拳が捉えていた。


「うおっ!」


 体が受け止めきれない程の衝撃に修一の体は宙を舞い、壁に突っ込んだ。


「あ……」


 体が動かない。全身に激痛が走り過ぎ、どこが異常を訴えているのかわからない。

 同時に視界の隅にブレアが現れる。銃を握った右手を上げるが、意識に反して腕は上がらなかった。


「うげっ!」


 ブレアの右脚が修一の胸板を踏みつける。


「ここまでよく頑張ったな。だが、この先に行くのは私だ」

「お前にゃ……無理だよ」

「何?」

「お前なんかには……無理だって言ってんだよカナヘビ野郎」


 修一が重苦しく口を開く。


「ふん」

「いろんな……人間の顔を見てきた。お前みてぇな……ヤツもいっぱい見たぞ」

「そうか」

「小物の目だ」


 ブレアが振り返る。


「やはりお前は興味深いことを言う……続けろ」


 そのまま修一の目をのぞき込むようにしゃがんだ。そんなブレアの態度に修一は小さく息をついた。


「怒んねぇか……言う程小物でもねぇんだな」

「人と話をするのは嫌いではない。特にお前は面白い人生を歩んできているらしいからな」

「お前はさ……何がしたいんだ」

「何を?」


 ブレアが目を細める。


「お前のやりたいことが見えねぇ……単に暴れたいってわけじゃないだろ」

「……いいだろう。お前には話してやる」


 ブレアはそう言うと一息つき、改めて修一と視線を合わせた。


「簡単に言うならば、死霊魔法の祖の復活だ」

「……ロストなんちゃらって……やつか」


 知っていたか、とブレアは言うと手の平を広げて見せる。そこには、見るからに禍々しい黒い炎が燃えていた。


「ロストパラダイスは全部で六つある。最後の剣製魔法だけは失われてしまっているがな。ただし、現在再開発されたものはあくまで再現であって本物ではない。だが──」


 さらに炎が大きくなる。熱さは感じないが、修一はその炎に理由のわからない嫌悪感を覚えた。


「死霊魔法だけは違う」

「……何?」

「死霊魔法だけは失われてはいない。英雄の失踪以降、誰かしらが、何かしらの方法で受け継ぎ続け、今私が後継者として行使しているのだ」


 炎を握りつぶす。 


「さて、ここからが本題、お前の聞きたいことだろう」

「……」

「ロストパラダイスにはそれぞれ、最上位の究極魔法と呼ばれる秘術が存在する」


 修一が眉をひそめる。


「究極魔法だ……?」

「その通り。大層な名前の通り、発動にはかなりの消費を強いられるが、その効果は折り紙付き。それぞれかなりの威力を有すると聞いている。そして、死霊魔法のそれはその始祖を蘇らせるというものだ」

「たいそうなことだな」

「そこの樹が見えるか?あれはその下準備だ。あれに数多の死霊を捧げることで準備は完了する」


 そう言うとブレアは指を鳴らす。


「……!」


 瞬間、大樹からエイドスモークが噴出した。その場に現れた黒いもやの存在に気づいたのか、マルダ全体から悲鳴が上がる。それに合わせ、エイド達が一斉に大樹を目指して移動を始めた。


「やつらの狙いはこいつを使って伝説を実証することだったが……俺はもっと確実な手を取ることにした」

「お前……!」

「死霊魔法の始祖はロストパラダイスの始祖だけあり、あまりにも膨大な力を有する。その魂を取り入れることができたら? どうなる?」


 銃声が響く。ブレアが雑に手を振るとその場に一発の銃弾が転がった。


「無駄なことを」


 視線を落とす。見ると修一が左手で拳銃を握っていた。


「夢を持つのはまぁ悪いことじゃねぇ。だがやりかたが下品すぎんな」

「ほう」


 ブレアが小さく呟く。そしていきなり修一を蹴り上げた。


「うっ!」

「言い残すことはあるか」


 ブレアが手をかざす。その手には今度は赤い炎が燃えていた。


「後悔するぞ」

「何にだ? 亡霊にか?」


 修一が軽く笑う。


「わかってねぇな。やっぱり小物だよお前。俺はさ、こっち来て本当に強いヤツの目を見たんだよ。お前のはそいつと似てすらない」

「お前の連れか」

「〝俺の連れ〟じゃねぇ」

「?」

「あいつの名前はぺトラだ。覚えとけ」


 修一が顔を上げる。そして、ニヤリと笑った。

 視線を下げる。遥か遠く、少し下の階段を駆け上げってくる金髪が見えた。


「はぁ……はぁ……っ!」

「今にあいつは強くなる」

「修一……修一……っ!」

「こんな低い所しか見えてないお前より」

「修一……僕は……!」

「ビビっちまって……足を止めた俺なんかよりよっぽど、な」

「修一ッ!」


 ぺトラが最後の段を上がり、目の前に飛び込む。

 その瞬間。


「──!」


 瑞雲と修一が爆炎に包まれた。


「修一いいいいぃいぃぃぃぃいいぃぃぃいぃぃいぃぃいぃぃぃいいいいいいぃぃぃぃッ!」



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