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第十五話:“失われた最高位魔法”

 【??? ?月?日 ??時??分】


 空気を震わせるプロペラの音。

 いつもなら心強さすら感じさせるその音に、修一は今恐怖していた。


「走れ!」


 叫び、誰のものともわからない手を引いて走る。

 頭上から響くのは航空機のエンジンの音。しかし、その音を発しているのは修一の乗機ではない。


「畜生どうしてあいつらが東京に入ってきてるんだよ!」


 修一の隣を走る誰かが叫ぶ。

 不意に、悲鳴が上がった。振り返ると、火の手が上がっている。


「空襲だ」


 それを見た修一は、ぽつりと呟き足を止めてしまう。

 ありえないと言われていた、本土への空襲。修一の頭上には、戦場でしか見ることの無かった土気色の機体が飛び交い、街へ何かを振りまいている。

 降り注いだ何かは、着弾すると炎に混じって黒いもやを生み出した。やがてそれは広がっていき、逃げ遅れた者を飲み込んでいく。そしてその中からは代わりに白い人型が──


「逃げろ!」


 と、視界が開く。そこに木でできた天井が映り込んだ。

 眠りから目覚めたばかりなのに、肩で息をしていた。うなされていたのか、今のは──面白くもない、夢。


「……修一?」


 次にクリスの顔が映り込む。ひどく心配そうな表情をしている。何故、何故そんな顔を──


「あああああああああああああッ!」


 絶叫。そして弾かれたように起き上がった。


「あいつは! あいつはどうなった!?ていうかここどこだ!?」

「お、落ち着きなよ修一! とりあえず大丈夫だよ。あとここは病院」


 クリスが窓の外を指さす。見ると襲撃前と変わらず──とはいかないが落ち着いた様子が目に映り、とりあえず街が無事であったことがわかり、大きな息をついて布団に身を投げた。


「クリス。修一の様子はどう……って」


 ふと、その時扉が開く音がしてペトラが現れた。


「……おぉ……ペトラか」

「お、じゃないよ修一いぃぃ……よくもまぁやってくれたね……」


 みるみるペトラは不機嫌な顔になり、修一に迫る。


「い、いやぁその……あのまま乗せとくわけにもいかなかったっていうか……」

「だからって海に振り落とすことないだろ。結局僕だって無事に済まなかったんだから」

「……悪かった。もう少しやりかたを考えるべきだったな」

「よろしい。でもありがとう。おかげでなんとかなったよ」


 そう言うとペトラは窓に歩み寄り、カーテンを引いた。


「ん……?」


 改めて、窓の外が露わになる。洪水の影響か街の破壊の跡が痛々しいが、それでも人の往来はこの街に到着した時と同じように慌ただしく、騒動はひとまずの終息を迎えたようだった。


「あれから、どうなった?」

「洪水の影響でエイドスモークはほとんど洗い流されたよ。エイドにされた人も最小限に抑えられたのがせめてもの救いかな……」

「事故の詳細はわかったのか」

「それは今調査中。港一帯は封鎖されて、貨物船についての調査隊が今日到着するって話」

「そうか……瑞雲は?」

「修理が始まってる。街を救ってくれた機体だからって一番いいドックを使わせてくれるってさ。にしても無茶したね」


 瑞雲に関してはクリスが説明を引き継いだ。呆れたように言うクリスを見て、修一は不意にその右足に目がいった。


「あれ?そういえばクリス、お前、足は……」


 修一の記憶が正しければ、クリスは右足を怪我していたはずである。しかし今クリスの足は包帯が巻かれてすらいなかった。

 そういえば、ペトラも勢いよく海に叩き落とされた割に元気そうだ──


「なぁ、ペトラ……」

「何?」

「俺、どれくらい寝てた」

「……五日間」


 【イシュナ歴一四五七年 七月十日 一一時二四分】


「五日ぁ!?」

「むしろ五日ぶりに目覚めていきなりそんなに元気なの流石って感じだよ」

「五日……五日かぁ……」


 修一が頭を抱える。それだけあればライバルが先行するには十分すぎる。


「そこに関してはまぁある程度は大丈夫だよ」


 ペトラがなんでもないように言いながら、クリスの隣の椅子に腰を降ろす。


「エイドスモークの影響は流石に大きかったみたいで、四日前に運営がレースの一時中断を全体に通達したんだ。今、参加者はレースを進行することを禁止されてる」

「レースは進んでないってことか」

「そういうこと。でもいつ再開されるかわからないから、早く怪我治してよね」

「おう、そういうことならしっかり休ませてもらうか」


 そう言うと修一は再びベッドに倒れ込んだ。そうは言っても病み上がり、数分もすればすぐに寝息をたてはじめた。


「さて……そうは言ったけど」


 ちらとペトラが窓の外から港を見やる。


「やっぱり、出発するのは増えてるかい」

「うん……」


 一転、ペトラの表情は渋いものに変わった。その視線は別の港方飛び立つ飛行具や船に注がれている。

 運営がレースの一時中断を全体に通達したものの、各参加者の移動を制限する方法も無ければ、それを見咎める方法も無い。素直に足を止める参加者がどれほどいるだろうか。先ほどは修一を安心させるためにああ言ったが、内心穏やかではなかった。


「とにかく、修一も復活したし、僕は今からルートを考え直すよ。情報を集めてくるから、また後でね」

「ぺトラ!」

「ん? 何?」


 立ち上がり、部屋を出ようとすると不意に呼び止められる。


「……あんま焦んじゃないよ」

「まさか。慌てて勝てる戦いじゃないよ」


 余裕綽々。そう言わんばかりに軽妙に言葉を放り返す。その言葉を聞くとクリスは安心したような顔をし、今度こそ本当にぺトラはドアノブに手をかけ、部屋を後にした。


「……」


 最後までペトラは穏やかな表情を崩さなかった。

 ──あくまで本心に気付かれないように。


「……焦らないわけないだろ……!」


 扉が閉まると、途端にぺトラが渋面する。


「修一が目を覚ましたのはまずは嬉しいニュースだけど、でも足止めはされる……」


 親指の爪を無意識に噛む。他の参加者達はレース中断を言いつけられてはいるものの、先に進むことはできる。かたや自分は相方の負傷と乗機の故障で少なくともしばらく足止めを喰らうことになる。本当は焦燥感で叫びだしたいくらいには焦っているし、何かに八つ当たりしたいくらいには苛立っている。


「どうしよう……かな……」


 病院の廊下を歩きながら、ペトラは長い溜息をついた。


 【同日 一九時三四分】


「ん」


 それから数時間後。ふと修一が目を覚ました。窓の外を見るにそれなりに時間が経っている。時計を見ると数時間は寝ていたようだ。


「……」


 五日も寝ていれば流石に身体がなまる、と修一は布団から這い出ると、室内を模索し始めた。

 小奇麗な病室は個室であり、修一以外の人影はない。改めて自分程度の怪我人に大げさではないか──と思ったが、病院側の好意と受け取ることにする。

 壁には見慣れないジャケットが掛けられており、その近くの小箪笥の引き出しを引くと、その中に自分の持ち物が収められていた。


「おや、起きてたかい」


 ふと、声がする。振り返ると、クリスが扉の傍に立っていた。


「十分寝たからな」

「ペトラから差し入れだよ」


 そう言うとクリスは修一に焼き菓子の入った袋を押し付けた。


「美味そうだな」

「この街の名物だよ。甘いもの食べてさっさと元気になれってさ」


 その言葉に修一は軽く笑うと、再びベッドに腰を降ろす。


「もう元気にはなってるんだがな。ほら、怪我人はセンセイの言うことには逆らえないだろ?」

「そりゃそうだ。あ、その先生から伝言だよ。後で正式に伝えられるだろうけど、退院は明後日あたりが目安だって」

「明後日かぁ……もっと早くてもいいくらいなんだがな」

「ま、退屈してるようでなによりだよ。何か欲しいものはあるかい?」


 そう言われて修一は少し考え込む。が、すぐに顔をあげた。


「読み物とかがあるといいな。そうだ、お前歴史の勉強してるんだよな、なんか面白いものないか?」

「歴史書でも持ってきてやろうか? 退屈はしないよ」

「よろしく頼む」


 二人はそう言って少し笑う。歴史好きなのはクリスだけではなかったらしい。


「歴史と言えば、そういえば、ここに来た時英雄伝説の話してたよな」

「え? あぁ、そうだったね」

「続き聞かせてくれよ。途中で終わってただろ?」


 そういえばそうだったね、とクリスは言うと、先ほどの小箪笥の近くに置かれた本棚に歩み寄る。


「だいたいこういうところには置いてあるんだけど……お、あった」


 本棚の中から一冊の本を取り出し、修一に押し付ける。少し大きめのサイズに、色彩豊かな絵が表紙を飾っている。


「見てみな」


 言われるがままに本を開く。するとそこには、やはり子供向けの幼稚な絵が描かれていた。


「絵本じゃねぇか」

「それだけ常識だってことだよ、こういうところにはだいたい英雄伝説の本が置いてある」


 修一は感心したように息を漏らすと、ページをめくる。

 序盤はかつて聞いたように、戦乱の時代、そしてそこに現れた英雄に関する記述が現れた。

 戦乱の時代、終末を思わせる混乱、異界から現れる英雄──。

 絵本の内容としてかなりデフォルメされているが、それでも相当ひどい有様だったのが伝わってくる。修一は微妙な表情をしながら、ページをめくっていく。


「そこ」


 不意にクリスが修一の手を止める。


「そのページさ、読んでみな」

「なになに……?」


 ──英雄は、こうして集った五人の仲間達と戦いました。

 ──どんな敵も怖くない、勇気の英雄と、

 ──どんなものでも切ってみせる、裁定の英雄と、

 ──目にも止まらぬ速さで走る、風の英雄と、

 ──どこからともなく剣を生み出す、剣の英雄と、

 ──霊と言葉を交し、彼らと共にある、うつろの英雄と共に。


「これが……」

「そ。英雄とその仲間たち。前も言ったみたいに、異界から現れた英雄は、各地で五人の仲間を集めて戦争に介入した……ってのが英雄伝説の概要だね。英雄と仲間たちは〝六英傑〟って呼ばれて、それぞれが高い能力を持つ戦士だったり、魔法使いだったりしたって話。そして、その六英傑達がそれぞれ使っていた強力な魔法ってのが……」


 不意に二人の視線がぶつかる。


「〝失われた最高位魔法(ロストパラダイス)〟」

「特別な……魔法」

「そう。風の英雄が使った速度を操る速度魔法、裁定の英雄が使った切合魔法、刃の英雄が使った無から剣を生み出して操る剣製魔法、うつろの英雄が使った死者の魂を操る死霊魔法……」


 死者の魂を操る、という説明に修一の眉が上がる。


「あと英雄は未来を見る未来視を使えたらしい。勇気の英雄だけどんな魔法を使ったのかわかってないんだけど、それぞれの資料を調べる限り、何かを代償に使う魔法だったんじゃないかって言われてる」


 そこで一息つくと、再び修一と視線を合わせた。


「……死霊魔法についてだね?」

「あぁ。魂を操るって言ってたが……」

「エイドスモークとエイドはこの魔法から派生して生まれた兵器だった。どういう経緯でエイドスモークが生まれたのかはわかってないけど、一貫して英雄はエイドスモークに反対する立場を取ってるから、不本意な使われ方だったんだろうね」


 そこで修一は絵本を閉じ、傍らに置く。


「それで、今そのロストパラダイスはどうなってるんだ?」

「〝失われた(ロスト)〟って頭に付くぐらいだから、現代では扱えるヤツはいない。だけど、ずうっと前から、ロストパラダイスを復活させようって研究は進んでて、速度魔法、切合魔法、死霊魔法の再現はできてる。全部オリジナルと比べると性能は大きく劣るみたいだけど」

「剣製魔法と未来視は」

「この二つだけ何故かさっぱりらしい。無から有を作り出すってのがどうしてもできないってのは聞いたことあるけど。未来視はまぁ……やっぱり英雄だから持ち得た奇跡ってことだったのかねぇ」


 と、その時。


「修一! 居る!?」


 扉が勢いよく開き、部屋の中にペトラが転がり込んできた。


「ペトラ?」

「どうしたんだいそんな焦って」

「今全体に通達が出た! レースが再開する!」

「マジか!?」


 修一が布団から飛び出る。


「うん! 再開は明後日の正午、そこからレースの進行が解禁される!」

「丁度退院の許可が降りるのも明後日だな。よし、間に合う!」


 二人は手を打ち、間に合った、間に合ったとしきりに喜び合った。ペトラの報告を聞くに、瑞雲の修理も間に合ったようで、レースの再開に合わせて進行を開始できる。


「良かったねぇなんとか間に合って」

「ほんとだよ、とにかく、僕はこれから準備に取りかかる。明後日の昼、すぐに出発しよう! 安静にしててね、早く回復してくれなきゃ」


 クリスの言葉にペトラが息を吐きながら答える。


「わかった。色々よろしく頼む」

「あたいも手伝うよ、いいだろ修一」

「すまねぇな。ドックの連中にもお礼を言っておいてくれるか」


 わかった、とクリスも立ち上がり、二人は部屋を後にする。

 するとにわかに病室は静寂に包まれ、修一は小さく息をついた。


「……思ってたよりここ静かだったんだな」


 そうして、不意に傍らに置かれた絵本を手に取った。

 ロマンのある話は好きだ。修一は日本にいた頃、好きでよく読んでいた歴史小説を思い出していた。


「……もうちょっと話聞いてればよかったな」


 と、その時廊下を走る音がする。こちらへ向かってきている?

 続いて、扉が勢いよく開く音。





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