第十一話:ロストパラダイス
【イシュナ歴一四五七年 七月五日 一三時一二分】
「まだ着かねぇのか……?」
「合流地点はそろそろのはずなんだけどなぁ」
飛び魚の嵐を抜け、ミトローネに到達してから二日後。ペトラ、修一、ロディの三人は洋上に浮かんだ小船の上にいた。
一つ目のチェックポイントは無事に突破できたが、代わりにそれぞれの乗機が半壊し、修理が最優先となった。そこで一行の次の目的地は近場で大規模な修理の行える施設のある学園都市、〝ペペラーナ〟を目指していた。
本来なら学園都市行きの定期船に乗り込むはずだったのだが、スカイハイ開催中はレースに巻き込まれるのを嫌った船頭が欠航にしてしまい、仕方なくペペラーナの修理ドックに届けるという条件付きでミトローネの漁師からぼろ船を借り受けていた。
「しかしよく動くなこれ」
「見た感じ三十年くらい前の型式だぜ。今すぐ沈没したっておかしくないな」
「やめてよ縁起でもない」
一行が次の目的地をペペラーナに定めたのにはもう一つ理由があった。ペペラーナはこの付近では最大の学園都市であり、とある著名な大学が置かれている。ペトラと修一はそこにいる知り合いを頼ることにしたのだ。幸い大学にコンタクトを取ったところ目的の相手とはすぐに連絡が付き、今日洋上で落ち合うことになっていた。
「……お」
「小舟が見えるな。あれじゃないか?」
「あー、うん。あれだね。おぉい!こっち!」
不意に遠方にエンジンを積んだボートが現れる。それを見たペトラは船べりに乗り出して手を振った。
「クリス!」
「無事だったかい! こっちだよ!」
ボートにはクリスが乗っていた。
「クリス!」
「話は聞いたよ。ずいぶん派手にやったみたいだね」
いたずらっぽく笑うクリスに対し、ペトラと修一は微妙な表情をする。
「お、アンタがラムダラの跡取りって人だね。アンタの話も聞いてるよ。」
「あ、あぁ……」
ロディが微妙な表情をする。
「なんかすごい変わり者って聞いてたけどそんな感じじゃなくて安心したよ」
「やっぱりそういう話か!」
【同日 一三時三八分】
「おぉ……」
それからはあっという間だった。どこまでも続くように見えた大海原に唐突に大きな白い壁が見えたかと思うと、すぐに大きな塔が視界に映り、目的地が現れた。
「さ、ようこそペペラーナへ!」
クリスが元気に声を上げる。島を囲うように築かれた防壁、その中にいくつも並ぶ門をくぐると、島の全容が見えてきた。
防壁に使われていた白いレンガがあちらこちらに建材として用いられ、完璧に整備された細い水路が複雑に走り、とにかく人の手が入ったような作りになっていた。あちこちに階段が設けられ高低差の激しい町ではあるが、その中に器用に建物が並び建ち、スペースの無駄がない。
港にたどり着くとクリスは慣れた様子で桟橋に降り、近くの小屋に屯している数人の男に声をかけた。
「アーリ地区オリオブロックのA倉庫にお願い」
すると男達は荒々しくも元気に返事を返し、クリスのボートをてきぱきとどこかへ運んで行った。
「さて、ズイウンはロディが持ってっちまったワケだけど、補給と修理してる間はあたいの研究室に寝泊りするといいよ」
それから少しして。舗装路を歩きながらクリスが話を切り出した。
ロディはあの後ラムダラ直営の造船所があるとのことで、ついでに整備もしてやる、と瑞雲と一緒にそちらへ行ってしまい、再び三人になったペトラ達は、とりあえずクリスの拠点へと向かうことにしていた──のだが。
「聞いてるかい?」
クリスが怪訝そうな顔をして言う。
「え? あ、あぁ……すまんな。なんかこう……手際のいい街だなと思って」
修一が微妙な返事を返す。先ほどから修一とペトラは現地人の妙に素早い動きに気を取られていた。
「あー……そっか、そう感じるかもね。ここはもともと五百年前に当時の学者達が作った人工島で、研究者ばっか集まる島だったからね。その名残さね」
「人工島? これ全部が?」
修一が目を丸くして聞き返す。
「そ。この島は真ん中が一番高い──あー、でっかい山みたいになってンだけど、頂上にはこれまたでっっっかいポンプがあって、そこから各所に水路を伝って水が流れるようになってる。こんな仕組み、自然にできた島じゃなかなかできないよ」
クリスの説明を聞いたぺトラは感心したように水路へ目をやる。すると丁度一隻の船が通りかかった。
「あれは魔動船だね。無人で動くよう機械を魔法で動かしてるこの街の象徴みたいな船さ。この島じゃ移動手段が魔動船か飛行機でね。皆どこかしらに倉庫を持ってる。そこにさっきみたいな乗り物を格納する仕事が生まれるってワケ」
「……ベネチアみてえだ」
「ここはこのあたりでも有数の学問の街でね。景観が美しいだけじゃなくて、クリスみたいに研究者がたくさんいるっていうのも名物なんだ」
「そんな研究者だなんて大層なこと言わないでおくれよ。あたいはただの学生だよ」
クリスが照れくさそうに笑う。
「なるほど? ついでにクリスセンセイは歴史の何について研究してるんだ?」
「からかわないでよ。あたいの専門は〝英雄伝説〟さ。ポピュラーな研究テーマな割にわかってることは意外に少ない。だからこそ、誰も知りえなかったような大発見をしたい。それがあたいの夢かな」
「……あの谷の話か」
修一がペトラに耳打ちすると、ペトラは黙ってうなずく。
「そ。もうちょい詳しく言うと、英雄伝説の中のロストパラダイスについて研究してる」
「ロスト……パラダイス?」
「ありゃ、知らない?」
「いやぁすまん、本当にこのあたりの常識には疎くてさハハハ……」
段々ととぼけるのが上手くなってきた修一に対し、クリスはなら、と指を立て言葉を続ける。
「そもそも英雄伝説の内容について、どこまで知ってる?流石に知らないってことはないだろ?」
「五百年前、別の世界から英雄が来たって話だよな。戦争を終わらせて、そのあと谷に身を投げたってことなら知ってるが」
「本当に概要だけ知ってるって感じだね……」
クリスは驚いたような、呆れたような顔をすると解説を始めた。
「そもそも五百年前の時代ってのは、英雄どうこう以前にこの世界の歴史において重要な時代でね。そこから話そうか。どうも修一は歴史が苦手みたいだからね」
「よろしくお願いしますセンセイ」
「よろしい。簡単に言うと、五百年前ってあちこちで戦争してたんだ」
「戦国時代ってわけか」
「センゴク……? んー、まぁそう」
聞きなれない言葉にクリスは一瞬眉をひそめたが、説明は続く。
「開戦の理由は資料が散逸しちまってて、正確にはわかってないんだけどとにかく、何故か五百年前この世界はどこかしらで誰かが戦ってるなんて状態だったんだ」
修一が小さく息を吐く。
「戦術、兵器はどんどん強力に、どんどん残忍になっていって、世界がこのまま滅んじまうんじゃないかってなった時に、英雄は現れたんだ」
「別の世界から?」
「別の世界から」
そう言いながらクリスは階段を飛び降りる。
「こっちだよ」
二人はそれに続いて大きな橋を潜り抜ける。
「英雄は不思議な力を持っていて、未来に起こることが何か知ってたって話だ。だから英雄は自分が知ってる歴史に辿り着くために、戦乱の平定に出た」
橋をくぐると、目の前に現れた用水路に沿ってクリスは歩き出した。
「英雄は各地で仲間を集め、最終的に六人のチームで戦争を戦い抜いたらしい」
用水路の水が光を反射し、白いレンガにゆらゆらと光の模様を描き出す。その中を三人は進んだ。
「彼らは〝六英傑〟と呼ばれ、英雄が谷に身を投げるまではいつも一緒だった。そしてその六英傑はそれぞれ皆特別な魔法を使えたらしいんだけど、それがロストパラダイスって呼ばれる魔法。と……着いたね」
そうこう話しながら歩いているとクリスが唐突に足を止める。目の前にはややくすんだ白のレンガと灰色の石で作られた一件の建物があった。外からみる分には縦に長い造りになっており、見上げなければ全容を把握することはできなかった。
「ま、この続きはまた今度ね。ここの三階があたいの自宅兼研究室。狭いけど上がりなよ」
【同日 一四時〇〇分】
「さ、上がって。遠慮しなくていいから」
「遠慮ってか……」
「どう入るのこれ……」
クリスが笑顔で扉を開けると、その瞬間修一とぺトラが絶句した。
まず足の踏みどころに悩む。玄関の時点で天井に届くほど高く積み上げられた本の山が二つできており、奥に続く短い廊下には劣化して様々は色に変色した紙が乱雑に散らばっている。
「あー……最近掃除できてなくてさ」
「掃除できてないってレベルじゃねぇぞ……」
「むしろ掃除したことあるの……?痛っ!」
「あ、そこ化石の模型あるから踏まないよう気をつけな」
【同日 一四時五分】
「はい。じゃあ改めてようこそあたいの研究室へ!お茶は何がいい?」
「なんで玄関から入って居間に座り込むのに五分必要なんだよ……」
廊下を抜けて居間へ入ると予想通りというか、やはりひどい有様だった。まず玄関にあった本の山は場所を問わず乱立しており、壁に置かれていた本棚には紙と本がこれまた雑に押し込まれている。整理すればこの中の山一つくらい入るんじゃないだろうか──ぺトラは内心そう思ったがもう指摘するのも面倒だった。
なんとか部屋の中央に置かれたソファへ腰を下ろすが既にそこにも化石やら土器、矢じりなどの模型が置かれており、クリスが台所へ歩いて行ったルートを見る限りこの部屋には二人以上入れないようになっているのではないか?と思える程である。
「……とりあえず今後なんだけど、まずルートを決め直さないと」
不意にぺトラが口を開いた。修一は早くもこの環境に順応した相棒の様子に驚愕の視線を送る。
「なんかこう……作業できるスペースが欲しいな……いい所無い?……ってもうああうざったいな!」
ぺトラがソファの脇に置かれた植物の葉を手で避けながら言う。〝作業をしたい〟という割には〝この部屋を使わせてくれ〟と言わないあたり修一は少し安心した。
「いいよここ使いなって。ちゃんと作業できる場所はあるからさ」
しかし部屋が使い物にならないという自覚が無いクリスは笑顔で善意を向けてくる。天井から何故か垂れ下がっている荒縄をくぐりながら湯気を立てるカップを三つ持ってきた。一応カップは清潔に保たれている点に二人は内心胸を撫でおろす。
「ほら、そこの窓の机。あたいいっつもあそこで報告書書くんだけど、あそこなら作業できるでしょ?」
そう言ってクリスが窓を指さす。するとその先には白い小奇麗な机と椅子が置かれていた。最も、机上の半分には本が積み上げられ埋まっているが。
「……」
「しょうがねぇ、諦めろぺトラ」
「……うん……」
今回から後編部分となります。




