第1章第2話 土の都(アルスホルム)その1
チチチチチ・・・
夜が明けたようだ。こっちの世界でも早朝から野鳥が鳴くのは変わらないらしい。
朝に迎えが来ると言っていたが、それまでに確認しておきたいことがある。
「マナストーンについて教えてくれ」
「該当――マナストーン。大気中に漂うマナが凝縮された結晶。生活から兵器まで
さまざまな用途で使用されます」
「兵器利用までされるのか・・・いやおかしな話でもないな。軽油もガソリンも
兵器の燃料になりうる。で、どこで採れるんだ?」
『基本的に生活に使う程度であればマナ脈付近で拾うことが出来ます』
「マナ脈?風水で言う竜脈みたいなもんか。このマナストーンは赤いが違いはあるのか?」
昨晩借りたランタンに組み込まれていたのは赤いマナストーンだ。
『現在判明している中で4種類存在します。赤は火、青は水、緑は風、黄は土です。
それぞれ多く産出する国はマナの濃度で決まっており、ここアルスホルムは土のマナが豊富です』
なるほど、若い頃やったゲームみたいなもんで属性ってやつだな。
何でもかんでも燃料になるわけじゃない。燃料の役割をしているのは火力の火だろう。
他は使って見なきゃ分からんが大体想像はつく。だからここに電気は必要ないのか。
これは使い方を誤らなければクリーンなエネルギーだ。
国によって産出量が違うのならそれに目をつけた行商人も当然いる。
地道にやれば一稼ぎできるかも知れないな。
コンコン
ドアがノックされる。迎えが来たのだろうか?
ガチャ
「ごきげんよう、あなたが新しい異邦人かしら?」
舐めるような視線で入ってきたフリフリの服を着た少女が見上げる。
「なんだァこのでこっぱちは・・・」
カチューシャでかき上げた前髪から覗くデコが朝日に反射してまぶしい。
「デコッパチ?何ですのそれ?」
「あーすまんヒデオ、ちょっといいか」
後から昨日の門番が出てきた。
「あんたは昨日の・・・」
「ヘクターだ。迎えを寄こすとは言ったが少々面倒なことになってな」
「面倒?」
「領主様に報告に行ったんだが同時に子守を頼まれてな・・・お嬢が一緒に行くって聞かなくてよ・・・」
「聴こえているわよヘクターさん。レディのエスコートを子守とはどう言う事かしら!」
少し離れてこそこそと話していたのが耳に入ったようだ。
ハァー、これだ・・・と額に手を当てため息を吐くヘクター。
「朝っぱらから災難だったな。ではレディ、お名前は?」
かがんで目線を合わせる。
「わ、分かってるじゃありませんの・・・。カーレン・アルスホルムですわ」
「日下辺英雄だ。英雄でもおじさんでも好きに呼んでくれ」
「ではおじ様、わたくしがこの街を案内して差し上げますわ!」
ない胸を張りながら手を当てる。
「おう、よろしく頼むぜ。ヘクターはどうする」
「俺は護衛も兼ねてるんでね。ご一緒しますよお嬢」
やれやれと言った感じでアルスホルムツアーは始まった。
「土の都と言われるだけあって特産物は鉱物資源か・・・」
積み上げられた鉄鉱石の山。そしてそれを運ぶ屈強な男たち。
さすがに重機の類は見受けられないか。いや待てよ、何だあれは・・・岩の巨人?
「ゴーレムを見るのは初めてかい?」
「ああ。あのでかぶつが運搬しているようだがどういう仕組みなんだ?」
「マナストーンから魔法使いが作っているのよ」
『該当――ゴーレム。土のマナストーンを媒体として作り出される。大量のマナストーンと
制御には中級以上の魔法使いが適任。しばし防衛兵器としても使用される』
いつものごとく解説が入るが、カーレンがぷるぷると震える。
「ちょっとどなたかしら!わたくしの仕事取らないで下さる!?」
機械に怒られても仕方ないのだがここは少し黙っていてもらおう。
「あー、悪ぃなこういう道具なんだわ。(ここは嬢ちゃんに花持たせてやってくれ・・・)」
『かしこまりました。スリープモードへ移行します』
「ふぅ・・・さて質問よろしいかなレディ」
「ええ、よろしくてよ!」
何から聞いたものかな・・・。子供にどこまで分かるやら。
領主の娘であれば次期領主になる可能性もある。知識はあるだろうが年相応だろう。
難しい質問は直接領主にするとして一般常識から聞いてみるか。
「鉄鉱石はどこで加工されて何に使われる?俺のいた世界の常識とは違うかも知れないんでな」
「ドワーフ族が鉄に加工して生活用具や武器を作りますわ。彼らの技術がなければ人間なんてとっくの昔に滅んでいますわ」
「亜人種か。エルフのように共存できる種族もいるってことだな」
「武器加工なら人間でも出来る奴はいるがドワーフの品質にはとても敵わんな」
なるほど。冶金はドワーフだけの技術というわけでもないらしい。
「もう一つだ。土のマナストーンはゴーレム以外に何に使われる?」
「土のマナストーンは生活の必需品でしてよ。パンを焼いたりライスを炊く釜戸から家・外壁に至るまであらゆるものに使用されていますわ」
木造・石造り・レンガ・・・この世界観であれば鉄筋・コンクリートとまではいかないだろうな。
後は使い方だ。昨晩女将はいとも容易くランタンに火を付けて見せた。
魔力を送り込むとか何とか言っていたが。
「ところでマナストーンはどうやって使うんだ?使い方を知っておかなければ不便でなァ・・・」
「それでしたらわたくしがお手本を見せて差し上げますわ」
カーレンは目を閉じてマナストーンを握り締め集中する。
そして地面に投げると壁が出現した。
ロックウォールか?いや、スキルとは違うただの土壁だ。突けば崩れるくらいには脆そうだ。
「ふふん、ざっとこんなものですわ!次はおじ様の番ですわよ」
マナストーンを1個渡される。さてどうしたものか・・・。
「魔力を込めるってのがよく分からんが・・・こうか?あっつ!!」
マナストーンが発光し、持っていられないほどの熱を帯びる。
思わず反射で地面に叩き付けた。そしてそれは発現した。
身の丈5メートル近くはあろうゴーレムだ。
「おいおい冗談だろヒデオ・・・。石1個でゴーレムってどういうことだ・・・」
心当たりがないわけでもない。俺の母親は魔王の側近を倒す程の魔法使いだった・・・と動画で見た。
それが本当ならばこの不自然な魔力量も説明がつく。
「す・・・」
「す?」
「素晴らしいですわおじ様!どうやったんですの!?」
カーレンが飛び上がりそうな勢いではしゃぎ出す。
「あー、うんそうだなよくわかんねェがとりあえずヘクター、魔法使いに声かけて来てくれ。
出しちまったもんは仕方ない引き取ってもらおう」
「お、おう・・・」
数分後中級魔法使いが数人でやってきて制御した後運んで行った。
経費がだいぶ浮いたと逆に礼を言われたくらいだ。
色々聞かれそうになったが異邦人の一言で深く詮索はされなかった。
便利な言葉だな・・・。しかしこれで理解した。今の俺にマナストーンは使えない。
昨晩だって使っていたら大火事になっていた可能性すらある。
今回だってたまたま人的被害が出なかっただけだ。
魔力の加減ができないまま使おうとすると災害を起こしかねない危険性がある・・・。
「おじ様は魔法使いなんですの?」
「いや、俺ァただの営業マンだよ」
「???」
「と言っても分からねェか・・・。さ、次はどこに連れてってくれるんだレディ」
「次は冒険者ギルドにご案内しますわ」
「冒険者ギルド、ねェ・・・」
職業安定所みたいなものだったら今後動きやすくなって助かるんだが、さて・・・。
この街に来てから、いやこの世界に来てから身の振り方が一切決まっていないからな。
その日暮らしではいつかジリ貧だ。何をするにもまずは安定した生活を手に入れなければ。
――何事も形から入る性格のおっさんであった。
作中時間の流れがゆっくり過ぎて進まない・・・。
もしやこれがスローライフ・・・。