第1章第1話 異邦人(エトランゼ)
夜目のおかげで視界ははっきりしている。
オークが追って来ている気配もない。
しばらく歩くと獣道を抜けてなんとか街道らしきところに出たようだ。
「本当に文明レベルが近いのか?夜道に電気の1本も通っちゃいないとは・・・」
『電気――該当データなし』
「マジか・・・不安になってきたんだが・・・」
灯りが見えてきた。街灯に使われているのは電気ではなさそうだ。
間違いなく現代の科学力ではない。それどころか中世レベルまである。
外壁に覆われた街はまるで要塞のようだ。ビルでもドームでもない。
ファンタジーの世界と言われればなるほどそうではあるんだが・・・。
なにはともあれ生活の拠点が必要だ。この街に滞在し対策を練ることにしよう。
「む、そこの男止まれ。いい体をしているな・・・ではなかった、どうしたその格好は?モンスターにでも襲われたか?」
門番風の屈強な男二人に止められる。服は反動で破れただけなのだが
ここはそういうことにしておこう。
「あ、ああ・・・オークに襲われて逃げて来たところだ。街に入れて欲しいんだが」
「こんな夜更けに災難だったな。その服この辺りでは見かけないが名は?」
「日下辺英雄だ」
男二人は顔を見合わせて不思議そうな表情をした。
「クサカ・・・?どんな字を書く?」
羊皮紙と羽ペンを渡される。おいおい、本当に中世じゃねェか・・・。
羊皮紙なんて実物は初めて見るぞ。
この様相ではメモ用紙にボールペンとはいかないんだろうが・・・。
「こうだ」
いつも通り日本語で自分の名前を書いて見せる。
「見慣れない文字だな。もしやこの男・・・」
「異邦人では?」
「エト・・・何だって?」
「今日はもう遅い。領主もお休みの時間だ」
「宿は我々が手配しよう。明朝迎えの者を寄こすから領主の館まで来て欲しい」
とんとん拍子で話が進み、宿はありがたいのだがどうも腑に落ちない。
「ありがたいんだがそこまでしてもらう理由が・・・」
「夜風は冷える。これを持って行け。宿までは俺が送ろう」
材質はよく分からないがシャツと外套を渡された。
備品なんだろうか木箱の中に大量にあるものの一つだ。
「悪ぃな何から何まで」
「いいってことよ余りもんだ」
・・・
・・
・
「女将さん俺の客だ。一晩泊めてやってくれ」
「なんだいあんたこんな夜中に。またツケかい?おや、いい男だねぇ」
明るい声の女性が出迎えてくれた。この宿の女将らしい。
女性?少女と言ったほうが正しいような容姿であるが・・・。
「世話になる日下辺英雄だ、お嬢さん」
「またまた上手いんだからお客さん。お嬢さんなんて歳じゃないよあたしゃ」
照れているのか長い耳がピコピコ動く。銀髪に長い耳・・・か。
「冗談を。良くて10台半ばってくらいだろう・・・」
「ヒデオはエルフを見るのは初めてか?これでも女将はごじゅ・・・フゴッ!」
「夜食でも食ってとっとと戻りな!」
パンを口に詰め込まれて門番はすごすごと戻って行った。
そう言えば名前を聞き忘れたな。また会うこともあるだろうが。
「ここに記帳しとくれ」
羊皮紙と羽ペンだ。日下辺 英雄 と。
「見たことない文字だねぇ。あいつが連れてきたってことは異邦人さんだろ?」
「門番も言っていたがその異邦人ってのは何だ?」
「異世界からの来訪者さ。アルカマリナでエルフを知らないのは赤ん坊くらいさね」
『エルフ――該当。アルカマリナに生息する種族の一つ。長い耳に長寿の特徴を持つ。
弓や魔法に優れ美男美女が揃う』
突然解説が入る。
「なんだい今のは?異邦人さんは面白い道具を持ってるねぇ」
「お、おうそうなんだわ」
どういうことだ?このくらいのナビゲーション技術はある世界じゃなかったのか?
マーサとか言う女神の言っていたことと違いすぎる。
「食事まだなんだろ?作り置きでこんなものしかないけども」
パンとスープが出される。食文化はそう変わらないようだ。
「助かる。しかしいいのか?俺ァこっちの世界の金なんて持ってないぞ?」
「困ったときはお互い様さね。いつか利子つけて返してくんな!」
女将はいたずらっぽく笑った。やはり歳相応の少女にしか見えないのだが・・・。
食後寝室に案内される。それほど大きな宿ではなく4,5部屋といったところだ。
「暗かったらこれを使っとくれ。使い方は分かるかい?」
ランタンを渡される。燃料は何が使われているんだろうか。
灯油?ガソリン?軽油?はたまたアルコールか?
「燃料に火をつければいいんだよな?」
「おかしなことを言うねぇ?このマナストーンに魔力を送り込むのさこうやってね」
女将がちょんと指先で触れると中の石が発光し始めた。
「ざ、斬新だな・・・」
「異邦人さんには最初は不便かも知れないねぇ。コツをつかめば誰でも使える道具なのさ」
「ふむ・・・今夜は寝るだけだから消しといてくれ」
「あいよ。良い夢を」
「ああ、おやすみ」
部屋に独りになるとつい考えてしまう。今日の出来事のおさらいだ。
出張先のホテルなどで振り返ってみたりよくしたものだ。
総合するとあの女神はとんでもないペテン師だ。
ここは近代の技術力でも文明でもなく中世ファンタジーの世界だ。
聞いていたレベルアップとは別にスキルと言うものが存在し、モンスターなんてものまでいる。
何の準備もなく遭遇すれば命の危険すらある。
やっぱりかっこつけないで最強武器を貰っておくべきだったか・・・?
いや、何事も経験だ。レベルアップして俺が強くなればいい。武器なんてのは二の次だ。
「しかしまぁ不思議な世界だな。空に浮かんでるのは月と・・・何だありゃ?」
元の世界で言うところの衛星だろうか。この世界の技術力だとあそこまで行くことは不可能だろう。
どうやって打ち上げたのか、昔からあるものなのか。
そんな意味不明な物より明日からどうするかを考えよう。
明日会う予定の領主とやらが友好的かは会ってみるまで分からん。
話が付いたら衣食住の確保だ。無職のままではいられないし仕事を探す必要もある。
幸いナビが付いているのがアドバンテージだ。一人で行動するより迷うことはないだろう。
カルチャーショックも少なくて済んだ。これで言葉も通じなかったら最悪だっただろう。
「そこんところだけは感謝してるぜ」
『褒めても情報以外出ませんよ』
「うお、そんな受け答えまで出来るのかよ・・・」
スマホに入っていた応対機能よりはっきりとした受け答えだ。
元の世界の技術力では何十年も先になっていただろう。
『AI搭載型ですので。寂しくなったら話しかけてください』
「ああ、頼りにしてるぜ・・・」
ますます女神が疑わしくなったおっさんは一人寂しく眠るのだった。
休みにちまちま書いてます。平日更新は気力が残っていません・・・。