異世界転生するはずだった俺、神様の手違いで蝉になる。
「ミーンミンミンミン!! ミーーーン!!」
俺は力の限り鳴き続ける。これが今の俺にできる唯一の自己主張なのだ。
なぜ俺はこんなことを…………いや、考えちゃだめだ。冷静になるな。頭がおかしくなる。一心不乱に鳴き続ければいいんだ。きっとかわいい蝉が俺を見つけてくれる。そうだ、もう俺に残された時間はそう長くない。せめて俺が蝉として生きた証を残さないと。そう俺の子供だ。俺の血を絶やさないためにも!!
――――時は数年さかのぼる。
俺は見たことのない白い部屋で目を覚ました。目の前には白髪の爺さんが立っている。白い部屋に白髪でぱっと見、禿に見えるんだけど。ミスマッチすぎるだろ…………。
「起きたか? 早速じゃが、おぬしは死んだのじゃ」
え? なんか今、衝撃的なことを言われたような。
「なにを呆けておるのじゃ。しっかりわしの話を聞いとるのか?」
「聞いてるけど…………え? そんな突然死んだとか言われても…………」
「うむ、その気持ちはわかるぞ。この部屋にやってきたものの多くはおぬしと同じ反応をしていたからの。混乱するのも無理はないわい」
駄目だ、話についてけない。俺は普通の高校生だぞ。それがなんでこんなことに?
「じゃが、ここは納得してもらうしかないのう。話を進めれなくなってしまう」
そういわれても…………。ほかのやつらはそんなにすぐに納得してたのか? ありえないだろ。
「待ってくれよ。ちょっと頭で整理するから」
「おぬしには地球とは別の異世界に転生してもらうことになる。安心せい、生き残るための能力を一つ与えてやるからのう」
話進めれないんじゃなかったのかよ!! 完全に俺の意思無視してんじゃん!!
「残念ながら能力はランダムでのう。転生してからのお楽しみじゃ。そこは期待しておくといいぞい」
駄目だ、このじいさんさっさと終わらせる気しかない。
「何か聞きたいことはあるかの? …………なければもう終わらせるとするかのう」
「俺まだ何も言ってないんだけど!! マジでちょっと待ってくれ!!」
「それじゃあ、来世は長生きできるように頑張るんじゃぞ」
一切俺の話を聞くことのなかった爺さんは勝手にすべてを終わらせてしまった。
俺が次に目を覚ますと、そこは暗い穴の中だった。見上げると、一筋の光が穴の中に差し込んでいる。どうやらあそこが出口みたいだ。外を目指して歩く、強い違和感を覚えるがそんなことはどうだっていい。この穴から早く外に出たい、それしか考えられなかった。
外に出て、初めて視界に入ったのは、信じられないほど巨大な木々だった。さすがは異世界というべきか。スケールが異次元だ。
一息ついていると、無性に土の中に潜りたいという衝動にかられた。こんな気分は初めてだ。本能に突き動かされてるとでも言えばいいのだろうか? 抗うことができない。
衝動に支配されるがままに俺は地面を目指した。巨大な木から降りるのは困難を極めたが、今の俺をこの程度のことで止められはしなかった。やがて地面へとたどり着いた俺は手を利用し、穴を掘った。子供のころ砂場で遊んだことがあるが、これほどまでに穴を掘ることに熱中したのは初だろう。掘ると同時に俺は中へと進んでいった。必然的に俺は土に埋まる。何という達成感なんだろうか? それにこの心地よさは何だ? 土の中とはこんなにも心休まる場所だったのか?
しばらくそのままくつろいでいると、ハッと正気に戻った。
一体、俺は何をしてるんだ? おかしい、異世界に転生したはずだろう? なぜ土の中に埋まってリラックスしてるんだ俺は? 待て、よく考えてみればさっきなんで俺はあんな高い木から降りることができたんだ? 能力の恩恵か? それにしては何も感じなかったぞ。
俺が自分が人間ではなくなっていることに気が付いたのはそれからしばらく時間が経ってからだった。一切光がさすことのない暗闇の中、今日も俺は異様に長い口を利用し、木の根から樹液をチューチューと吸っていた。こんなことを人間ができるはずもない。モンスターにでもなってしまったんだろうな。もうあきらめた。きっと俺の能力はモンスターになることだったんだろうな。ついてないにもほどがある。
いつまでこの生活を続ければいいんだろう?
俺の心はすでに限界が近づいていた。いつ、自我を失って廃人になってもおかしくない。廃人にはならないか、だって人間じゃないんだから。
それからの記憶はあまり残っていない。気が付けばこの穴からでなければならないと本能にささやかれ、俺は長かった暗闇との生活に別れを告げた。
どれほどぶりの地上なのだろうか? 俺にはそれすらもわからない。太陽の光を浴びて感動なんてどうしちまったんだろうな俺。
本能に従い、俺は目を覚ました木へと向かった。ようやく、自分の体を見ることができた俺は昆虫型のモンスターであることを悟った。これからどうすればいいのかがなんとなくわかる気がする。俺は今日、成虫へと進化を遂げるのだ。
ベストポジションを確保した俺は、じっとその時を待った。
日が沈むのを確認した俺は邪魔な殻を破り、自分を解き放った。とてつもない解放感だ、まるで自分が自分じゃないみたいだ。
成虫になってすぐには動くことができず、その場で待機することを余儀なくされた。羽が生えていることも感覚的にわかる。俺は早く大空へと飛んでいきたい。今はひたすらにそのことだけを考えた。
ようやく体が動くようになり、俺は満を持して大空へと飛び立った。まだ少し飛ぶということに慣れていないせいか、時には木にぶつかりそうになる。案外これもスリリングで楽しい。にしても本当に巨大な木だな。早く、この森を抜けよう。
途中、木の上で休憩をはさみながら俺は森の外を目指した。せっかくの異世界転生なんだ。モンスターになってもどんなものか見ておきたい。
森を抜け、俺の目に飛び込んできたのは立ち並ぶ高層ビル、絶え間なく走っている電車、道を歩く大勢の人々、なんてことのない生前に見慣れた景色だった。
その瞬間、すべてを悟った。
ここは異世界なんかじゃない。俺の慣れ親しんだ地元だ。この景色にも見覚えがある。おそらく小さいころよく遊んだ公園だろう。
「ミーンミーン!!」
絶望のあまり俺は叫んだ。どうしたことか、今までは一切出なかった声が急に出たのだ。それも聞き覚えのある鳴き声で。
なんだ、俺はモンスターですらなかったのか、ただの蝉じゃないか。もうすべてがどうでもよくなった。異世界への期待も裏切られ、モンスターかと思っていたのすら、まさかの蝉という仕打ちだ。なぜあの神様は俺を蝉なんかに転生させたんだ。あの話は全部嘘だったのかよ。
それからは色々な場所を飛び回り、近所迷惑も気にせずに鳴き続けた。本能的にわかるのだ。これがメスを呼ぶための行動なのだと。
しかし、俺の元へメスの蝉がやってくることは無かった。ついていないことに毎回選んだ場所に後からやってきたオスの蝉にことごとくかっさらわれた。もちろん、俺も力の限り、鳴いた。それでも勝つことはできなかった。
自分の命がどんどん削られていくのがわかる。しかし、ここでやめるわけにはいかない。すべてが水の泡になってしまう。俺の蝉としての一生が無意味なものになってしまう。せめて次の世代へと夢を託したい。そう願い、鳴き続けた。
だが、俺のもとにやってきたのはメスの蝉ではなく鳥さんだった。逃げる俺を鳥さんは逃がしてくれるはずもなく、無慈悲に丸のみにされてしまった。
走馬灯のようにあの爺さんの顔が頭をよぎった。絶対にあの爺さんだけは許さねぇ。
「すまんのうぉ、何かの手違いで蝉に転生させてしまったわ。次はしっかりやるから安心するんじゃぞ」
大して申し訳なさそうにしていない爺さんに無言で殴りかかったが俺のこぶしが届くことは無かった。せめて次はちゃんと転生させてくれ…………。