新たな冒険の始まり 地下の国
薄闇が広がる地下の国ヘズ。
そこがこの時ばかりは紅蓮の炎に包まれ明るく全てが照らし出されていた。
ルーシェルは剣を構えると地下の国にある始原の石の前に立ち正面をにらみつけた。
「ったく、面倒くさいことになりやがって」
ガゴルの前にろくでもない奴がいたって事か
そう呟く彼の額からは血が流れ身体のあちらこちらにも傷がついていた。
いわば満身創痍である。
それでも絶望するわけでも、悲嘆にくれる訳でもなく戦う気力だけは残っていた。
ルーシェルは息を吸込吐き出すと苦く笑い唇を開いた。
「あれが…」
冒険者の傀儡の力かよ
そう唯一人で
「いや、たった一体で魔族を崩壊させやがるとは」
…とんだ存在だ…
彼は炎を背に現れた二つの影に笑みを浮かべると杖を取り出し
「お前達が欲しいのはこの杖だろう?」
傀儡を復活不能にする太陽の杖
反対に傀儡の身体を作ることも出来る
「だがな」
と笑い、杖を上に向けるとパッと手を離した。
瞬間に杖は羽根を広げると空を裂き消え去った。
「…渡すわけにはいかねぇんだ」
こっちの切り札でもあるからな
ルーシェルは追いかけるように指示を出した同じ魔族に足を踏み出すと
「最後の最後で…あの野郎に頼ることになるとは…」
胸糞悪い
「そのツケてめーの命で払って貰うぜ」
と呟き、剣を引くと大きく薙ぎった。
裏切り者の魔族は顔を引きつらせると悲鳴のような声で杖を追いかけた影を呼んだ。
二つの閃光がぶつかり、大きな火花を散らすとそこに静寂が訪れた。
地下の国は閉鎖され…一本の杖だけが天の国アズに向かって一筋の光の線となって駆け抜けたのである。
第一章 動乱の幕開け
天の国アズに地下の国の異変が伝わったのは数刻前のことであった。
ラルフは事の子細を調べるように天王から命を受けると己の館へと戻り支度を整えた。
侍女である女性はラルフが鎧を纏うと用意していた弓を差し出した。
「あれから千二百年」
怪物の封印はありましたが
「地下の国が閉鎖される事など新世界になってから一度もなかったのに」
大きな凶兆でなければ良いのですが
そう呟いた。
ラルフは険しい表情をしつつ
「確かに」
だが
と言いかけ、窓の向こうにキラリと光るものを見ると素早く彼女を手で押し下がらせ、自らも避けるように足を引いた。
瞬間、杖がその場に刺さり同時に羽根のようなものが一枚ヒラヒラと舞って下へと落ちた。
黒い羽根。
よく知っている羽根だ。
侍女は怖々とラルフを見て
「ラルフ様、これは」
と呟いた。
ラルフは羽根を手に
「これはルーシェルの羽根」
それに
と杖を手にした。
「地下の国の宝具」
太陽の杖か
千二百年前に怪物の根源を探るために彼が使って以降は所有者となって常に携帯していた。
最も怪物は退治できても根源となる核は冒険者の傀儡であったイサミがいないために封印のみとなっていた。
その時にもルーシェルの手には役に立たなくとも杖はあった。
その杖が今は彼の手を離れて神族である己の元へ来るとは。
ラルフは己が管理する天の国の宝具の杖と二本携帯し、弓を装備すると足早に館を出た。
「異常事態ではなく」
非常事態だな
地下の国へと急く気持ちはあるが、彼は冷静に状況を考えると協力者を手に入れるため中の国ミズへと先ずは向かったのである。
千二百年前に眠りについた二人の存在。
イサミとアーサーの助力を求めてであった。
■■■
星が降る夜であった。
風が吹くと細波が湖面にたち、映り込んでいた星々の輝きをユラユラと揺らした。
ふっとアーサーは目を覚ますと、イサミの張るバリアが消えていることに気付き、腕の中の彼を見下ろして
「どれだけ寝たんだか」
だがもう目覚める時だな
と呟いた。
眠る前に神族のラルフは千年くらいと言っていたが、周囲は木々が深く茂るだけでかなりの時間が経っていることだけしか分からない。
アーサーはイサミを抱き上げると
「とにかく、小屋へ戻るか」
泉から岸に上がると木々の合間を縫うように闇の幕に包まれた森を進んだ。
夜の森は闇が降り、視界を遮る。
だが、泉からそれほど離れている訳でなく。
行き来は良くしていたので目を瞑ってでも歩けるほどである。
アーサーは月の光すらあまり射さない森の中で小屋を見つけると目を見開いた。
辛うじて小屋があったのだろう煉瓦の残骸があり、そこで幾匹かの緑のドラゴンが眠っていたのである。
ドラゴンはアーサーが近付くとピクリと顔を起こし甲高い鳴き声を響かせた。
アーサーのドラゴンである。
ドラゴンの寿命は長い。
恐らく番になっても主を忘れなかったという事なのだろう。
この小屋を巣として生活をしていたに違いない。
アーサーは近寄ってきたドラゴンに指先を伸ばすと
「…待ってくれていたのか」
長い時間
「すまなかったな」
とそう笑いかけた。
そして、寄り添うドラゴンと二匹の若いドラゴンを見て
「お前の家族か」
良かったな
と告げた。
ただ、小屋は周囲の木々の枝葉が覆い被さり、中には枯れた枝葉が崩れ落ちた部分から落ちて降り積もっており…つまり。
「とてもこの状態で住むことはできないな」
という状態であった。
アーサーは少し考えるとドラゴンに
「全ては明日からだな」
と言い、イサミを抱いたまま明るい場所を探すと一本の木の幹に身体を預けて目を閉じた。
いわゆる野宿ということだ。
全ては夜が明けてから行おうと決めたのである。
月光は注ぎ、星は頭上できらめく。
風が吹き抜けると泉の水面を揺らして、写り込んでいた景色もまた揺らめかしていた。
翌朝。
アーサーは枝葉から滑るように落ちてくる陽光に目を覚ますと泉で顔を洗い、小屋へと戻った。
イサミはまだ目を覚ます気配はなくすやすやと夢の園に落ちたままであった。
第二章 会合
小屋自体は大規模な修繕が必要であった。
が、地下の書庫はほぼ眠る前の状態を守っていた。
魔法で封印していたのが功を奏したのだろう。
小屋もそうする必要があったのかもしれない。
アーサーは小屋を修繕するにしても何をするにも先ずは資材を手に入れる必要があると判断し、町へ出ることを決めた。
幸いにもドラゴンは己を覚えており、移動は出来そうである。
アーサーはイサミを担いで若いドラゴンの一匹に乗るととにかく人の住む一番近い町を目指した。
記憶の中ではエルド国の町であった。
ドラゴンは二人を受け入れて、抵抗することなく空に舞い上がるとアーサーの手の示す方へと向かった。
青い空に眼下には大地。
アーサーは上空から周囲を見回し、息を飲んだ。
元々砂漠だった始まりの村の跡地。
それが今では泉を中心とした森林へと変わっている。
そして、西に町があり、アーサーはそこを目指した。
自分たちが眠りについてからやはりかなりの時間が経っていた。
砂漠が森になるほどだ。
景色から容易に判断できた。
だからこそ、今の世界の状況がどうなのか全く分からなかった。
エスター王国はあるだろうか?
あの頃の国のカタチは変わっていないだろうか?
アーサーは考えかけてフゥと息を吐き出すとイサミを強く抱きしめ
「ま、なるようになるか」
お前もいるからな
と静かに笑んだ。
森林が徐々に緑の大地に変わり、そして、町の手前まで近付いた。
アーサーは町の手前でドラゴンから降り立ち、外れの森の中に待機させておくと町へと足を踏み入れた。
位置で言えば確かにエルドの国の町だ。
だが、あの当時は砂漠のあおりを受けて道も砂地であった。
が、今は石畳だ。
通りの両側に並ぶ家も土の煉瓦ではなく木製の家である。
本当に変わったようである。
ただ、人の活気はあり悪い状況ではないようである。
アーサーはイサミを片手で抱いて町の通りを進み一軒の宿屋を見つけると足を踏み入れた。
二階建ての小さな宿屋である。
一階には女将がおり入ったアーサーに声をかけてきた。
「いらっしゃい」
旅人かい?
アーサーは頷くと
「ああ、宿を頼みたい」
それから
「小屋の修繕とかしてくれそうな大工の店とかはあれば教えてもらいたい」
と告げた。
女将は少し驚いて
「この町で家の修繕かい?」
新しくやってきたのかい?
と聞いた。
アーサーは首を振ると
「いや、町じゃなくて前に砂漠だった向こうの森の中にある小屋だ」
と指をさした。
女将は顔を顰め
「…まさか、禁忌の森に住もうとか?」
と言うと
「止めときな」
あそこはエルドの国じゃないし
「1000年ほど前にこの世界を守ったと言われる伝説の魔導士様が治める禁忌の国らしくてね」
無断で上空を飛んだり森に足を踏み入れると
「災いが国に降りかかるって言われていて禁止されているんだよ」
と告げた。
…。
…。
なんていうか…。
アーサーはハハハと乾いた笑みを浮かべると
「怖いな」
と呟いた。
確かイサミが持ち主で己が管理者という事でエルドの王から土地だけも譲りうけただけなのだ。
「…国になっていたのか」
アーサーはボソッと呟き溜息を零した。
この分だと小屋の修繕に来てくれる大工は恐らくいないだろう。
そう理解し、女将に
「なるほど、分った」
気を付けるよ
と答え
「それで一週間ほど泊まりたいんだが、幾らだ?」
と問いかけた。
女将の話から1000年ほど経っていることもわかり、当時の金貨が使えるかが不安になったのだ。
女将はにっこり笑うと
「一日朝と夜の食事付きで10金貨だからね」
一週間だから70金貨だね
と告げた。
アーサーはカバンから金貨を取り出すと
「じゃあ、前払いで」
と出した。
女将は受け取り
「まいど」
と答えた。
金貨は使えるようである。
アーサーは内心安堵の息を掃き出し、嬉々として二階の一室に案内する女将の後ろに付いて階段を登った。
恐らくイサミの目覚めは一週間もかからないだろう。
そう判断しての宿泊の日にちであった。
イサミをベッドに寝かせると部屋に設置している椅子に座り窓の外を見た。
青い空に白い雲。
人々の声が流れ、町の光景が広がっている。
ただ。
ただ。
やはり己の知っているエルドの国ではなかった。
一抹の寂しさが胸を横切る。
エルドの国であることは間違いないのに。
アーサーは眠っているイサミに目を向けると手を伸ばした。
「…イサミの時はもっと寂しかったのかも知れねぇな」
と優しく撫でると笑みを浮かべた。
イサミの場合は国も何もかもが無くなり、しかも冒険者は誰もいなかったのだ。
そう考えると、今の自分の寂しさの比ではなかっただろう。
ただ
「俺が共にいることでイサミの寂しさを少しでも紛らわせることが出来て良かったと思っている」
冒険をしようか
「世界は変わっている」
色々見て回ろうか
イサミ
アーサーはそうほほ笑んで言い、ベッドに身体を横たえると目を閉じた。
今は人の声も心地いい。
そして、その日の夕刻。
イサミは目を覚ますと見知らぬ天井に目を瞬かせた。
「ん?僕…」
言い、己を抱いている存在に目を向けると
「アーサー、寝てる」
というか
「やっぱり、アーサーの方が先に目を覚ましたんだ」
と呟いた。
何時も自分が目覚める時にはアーサーが起きている。
アーサーは腕の中でもそもそ動く存在に目を覚ますと
「目を覚ましたようだな」
と言い、身体を起こすと
「ここはエルドの一番西の町だ」
と告げて
「小屋が使い物にならなくなっていたから此処に一応身を寄せた」
と状況を説明した。
「町の宿屋だ」
イサミは「そうなんだ」と頷くと
「けど、小屋が使えなくなったのは困ったね」
と呟いた。
アーサーは肩を竦めると
「ま、地下室は無事みたいだから問題はないさ」
建て直して
「魔法で封印するようにすれば恐らくは大丈夫だと思う」
と答えた。
イサミは笑むと
「じゃあ、建て直したらそうしようね」
と告げた。
アーサーはベッドから降りると窓の外を見て
「ああ、先ずは腹ごしらえだな」
それと買出しに
「町を見て回ろうか」
と告げた。
イサミは頷いた。
「はい!」
二人は部屋を出ると一階へと降りて女将に声をかけて夕食を辞退し、そのまま町へと繰り出した。
夕陽は足早に地平に沈み、宵闇が町に広がり始めていた。
町には幾つかのレストランがあった。
高級そうなレストランに大衆向けのレストラン。
イサミとアーサーは人々が集まるビアレストランに足を踏み入れると駆け寄ってきたウエイトレスに案内されて、店の窓際の席へと座った。
イサミは広々とした店内を見回し
「凄く活気があるね」
とアーサーを見た。
アーサーは頷き
「ああ、そうだな」
と答え、ウエイトレスに声をかけた。
注文はとりあえずお勧めを頼み、暫く二人は賑やかな空気に身を浸し、そこここで囁かれる噂に耳を傾けた。
アーサーもイサミも今回は眠り続け1000年のブランクがある。
世界情勢や世の中がどうなっているのか全く分からないからだ。
もっともイサミは元々そういうことに無頓着だ。
元来冒険者思考を持っており、どんな状況でも「まあ、何とかなるよ。何とかすれば良い」っと思っている。
他の冒険者のいない辛さや寂しさはあっても、乗り越えている。
だからこそ、世界の変化の戸惑い方はアーサーとは少々違う。
アーサーは注文した料理がテーブルに置かれるとウエイトレスに
「少し聞きたいんだが、エルドとエスターとの交流はまだあるのか?」
と問いかけた。
エルドは大国であった。
イサミのことが無ければ小国エスターとの交流はそれほど無かっただろう。
あれから1000年。
エルドは存在している。
エスターがどうなのか。
アーサーの問いかけにウエイトレスは笑みを浮かべると
「?旅の人ですか?次はエスターとか?」
良い国ですよね
「エルドの王様も良く行かれるし」
エスターの王族様もよく来られますよ
と応えた。
それにアーサーは笑みを深めた。
イサミも微笑み
「良かったね」
と告げた。
が、ウエイトレスの次の言葉に二人は驚いた。
「ただ、もしコーリコスを考えていたら止めた方がいいですよ」
アーサーにしてもイサミにしてもコーリコスは繋がりの深い国である。
アーサーは幼馴染みだったヒューズのことをおもいだしつつ
「何かあったのか?」
魔法大国で有名だけど
とさりげなく問いかけた。
ウエイトレスは少し「うーん」と言いつつ
「魔法大国は大国ですけど三年ほど前に突然国交を何処の国とも断ってしまって旅人も入国させないようになったんです」
噂では王族の方々は幽閉されて魔道士が乗っ取ったとか
と「噂ですけどね」と再度付け加えつつ告げた。
アーサーは「そうか」と応えると
「食事をしようか」
と置かれた料理を口に運んだ。
イサミも料理を食べながらウエイトレスがさると
「エスターに行って」
コーリコスに行こう
「アーサー」
と笑いかけた。
「先ずは変わったここをまわろ」
アーサーは目を見開いたが直ぐに
「すまない」
ありがとう、イサミ
と応えた。
イサミはにっこり笑い
「冒険は自由に何処へ行っても良いんだから」
気にしちゃ駄目だよ
と応え、パクリと料理を口に運んだ。
が、その言葉に背後から声が降った。
「その自由は暫く待って貰うことになる」
久しいな
「イサミにアーサー」
大きな響めきが広がる中心に白い羽根を携えた美丈夫の戦士が立っていた。
イサミは「ほよ?」と目を見開き。
アーサーは腰を浮かしつつ。
二人は同時に
「「ラルフ」さん」
と名を呼んだ。
天の国アズの神族の一人、ラルフであった。
彼は厳しい表情を浮かべ
「地下の国へいく」
付いてきて貰う
と告げた。
「非常事態だ」
お前達に拒否権はない
「が、敢えて頼む」
イサミ
言って頭を下げた。
、、、。
、、、。
イサミはチラとアーサーを見た。
エスターは問題ないが、コーリコスには行きたい気持ちもある。
だが。
神族が頭を下げるなど余程のことだ。
アーサーは息を吐き出すと
「分かった」
俺達も急ぎたい事があるが話を聞きたい
「店を出よう」
と立ち上がって支払いを終えると周囲を見回した。
店からはドヤドヤと野次馬が入り口に姿をみせている。
ラルフは東を向き
「あの泉がよいか」
と言い
「直ぐ来い、待っている」
と天馬を呼んだ。
アーサーとイサミは宿にもどり荷物を持って町を後にした。
大きな騒ぎが町の片隅で起こり、その報はその後に王宮まで届いたのである。
が、アーサーとイサミはドラゴンに乗ると二人が眠っていた泉へと戻りラルフから地下の国が閉鎖された事を聞いたのである。
「ルーシェルの杖だけが、私の元に届いた」
あれが地下の国の宝具を私の元に送るなど
「非常事態でもあり得ない事だ」
魔族が崩壊するか。
もしかすると。
自身が消滅もしくは輪転するか。
それにイサミもアーサーも固唾を飲み込むしかなかった。
■■■
世界は三つの世界で成り立っている。
天の国。
中の国。
そして地下の国。
そのどれもが恐らくは引力のようにバランスを保って成り立っている。
その一つが崩壊、もしくは消滅しようものなら他の世界も無事では済まないだろう。
アーサーは険しい表情を浮かべ
「コーリコスのことは気になるが」
地下の国は放置できないな
と呟いた。
イサミも頷き
「地下の国へいってルーシェルさんと合流してから」
コーリコスへいこう
「アーサー」
と告げた。
ラルフは二人を交互に見て
「コーリコスについては部下に調べさせておくようにする」
介入は出来んが調べることは可能だ
と告げた。
譲歩、と言うことである。
「魔族崩壊やルーシェルの身に大きな事があったとしたら」
二心では対応出来ん
それだけ切迫し、厳しい何かが起きていると推測されるのだろう。
二人は意を決すると静かに頷いた。
イサミはラルフを見て
「それで、地下の国にはどうやって行くんですか?」
と問いかけた。
今はルーシェルがいないのだ。
ラルフは天の国の宝具である月闇の杖を見せると
「地下の国の何処に落ちるかは分からないがこの杖で行くことだけは出来る」
ルーシェルは中の国の位置と地下の国の位置を自在に繋げられるが
「私には無理だからな」
と言い
「そこからは徒歩だな」
と杖を翳した。
「我が命に従い己を生みし国の門を開けよ」
開門!
地に突き立てると同時に足元から黒い閃光が昇り三人を包み込んだ。
視界に闇が幾筋も走り、アーサーはイサミを引き寄せると
「離れるんじゃないぞ」
と告げた。
イサミは一瞬のような長久のような浮遊感の後に気付くと薄闇の大地に立っていることに気付いたのである。
アーサーも、そしてラルフも周囲を見回し
「「地下の国についたようだな」」
と同時に呟いた。
草のない大地。
周囲には連山の峰が遠くに近くに見える。
そして、右手の空がやけに赤く明るかった。
イサミは指を向け
「恐らく向こうが魔宮だよね」
と告げた。
ラルフは冷静に
「残念ながら私は地下の国には詳しくはないが」
炎の赤となれば
「あの辺りで何か起きているのだろう」
行って確かめねばな
と足を踏み出した。
その行く手に、かつて冒険者によって駆逐された筈の大量の怪物が彼らを待ち受けていたのである。
■■■
だだっ広い荒野を三人は岩の連山を目指して足を進めた。
視界を遮る木々や建物はないが、ゴツゴツとした岩や巨石、そして何よりも薄暗い闇が視認の邪魔となった。
ただ暫く歩き、不意にイサミが唇を開いた。
「うん、やっぱりだ」
それにアーサーは不思議そうに顔を向け
「?どうかしたのか?イサミ」
と呼びかけた。
ラルフも視線を向けて、何がやっぱりなのかを無言で尋ねている。
イサミは二人を見ると
「うん、恐らく地下の国と天の国は地殻変動を起こしていないんじゃないかなぁって思って」
ここは僕が地下の国へ来た時にやっぱり最初に気付いた場所だったんだ
と答えた。
それは異世界の冒険者の傀儡だった頃のことだ。
心のない時のこと。
ラルフは少し考え
「確かに、天の国は旧世界の頃と地形は変わっていないな」
と告げた。
イサミは茜の空の方角を指差すと
「だったら、やっぱりあの空が赤く染まっている方に魔宮がある」
あの連山のカタチ覚えてる
と告げた。
その時は、バディシステムの相方と二人であった。
連山を縫うように越えて魔宮へとたどり着いたのだ。
イサミはふっとその時のことを思い出し静かに笑みを浮かべた。
懐かしい思い出だ。
そして、山の麓に差し掛かった時、彼らの前に怪物が姿を見せたのである。
それほど強い怪物ではなかったが数は少なくはなかった。
アーサーはエクスカリバーを構えると
「…こんな大量の怪物みたことねoぇな」
と呟き、足を踏み出すと手前で剣を構えた怪物をなぎ倒した。
ラルフも弓を構え、次々に照射した。
イサミは杖を構えると
「…強さやHPから考えると確実にモブだよね」
中の国には反対に居なかったけど
と呟き、唇を開いた。
「我に応えよ!始原の原力」
レビンアロー
消費mpは少なく、詠唱時間も短い。
イサミは連発しながら、様子を見て回復を行った。
三人は岩山を戦いながら登り、中腹で野営を行った。
その時には周辺のモブは殆ど倒し、静寂が広がっていた。
各人が交互に周囲の見張りをしながら仮眠をとり、躰を休めて体力を戻すと再び歩き出した。
そして、峰を越えたときに彼らの視界に広がったのは廃墟に近い魔宮であった。
■■■
魔王宮一帯に怪物が蔓延っていた。
が、そのどの怪物も生存値や攻撃力はそれほど強くはなかった。
イサミは杖で魔力の弾を怪物にぶつけながら倒し
「モブレベルだよね」
この程度の敵にルーシェルさんが梃子摺るのかな
とぼやいた。
いくどか戦いっぷりを見たが相当の怪物を倒せる力がある。
到底このレベルの怪物に負けるわけがない。
アーサーも怪物を倒しながら頷き
「ああ、奴が数は多いと言えどコイツらにやられるとは考えにくいな」
と応えた。
ラルフもそれには無言で肯定するしかなかった。
この程度の敵にやられるわけがない。
そう確信していたのである。
が、それに
「勝手に俺様を抹殺するんじゃねえ」
と声と共に彼らの斜め上から幾筋もの黒い閃光が走り、一瞬で周囲の怪物が霧散した。
イサミは光が走った方向に目を向け見開くと
「ルーシェルさん!!」
と声を上げて駆け寄った。
彼らの前にボロボロに傷付いたルーシェルが姿を見せたのである。
「まあ、消滅しかけたのは事実だがな」
マジ危なかったが魔王に救われた
イサミは抱きつき
「無事で良かったです」
と笑いかけた。
ラルフも杖を渡しながら
「確かに」
と言うと
「それでこの惨状はどういうことだ?」
魔王は?
と問いかけた。
アーサーも笑みを浮かべ
「ま、あんたが無事で良かったぜ」
とイサミを引き寄せた。
ルーシェルは血を拭い
「魔王は無事だ。だが完全な敗北状態だ」
運良く小康状態を保ってるってのが事実だな
と言い、顎を動かすと
「こっちだ」
と歩き出して、不意に立ち止まると
「助かった、感謝する」
と顔を背けながら告げた。
それにラルフはふっと笑い
「気にするな、天王の命だ」
と応えた。
イサミも「そうだよ、僕たちもルーシェルさんに会いに来ただけだから」と告げた。
アーサーだけは
「まあ、感謝して貰おうか」
と笑った。
多く蔓延るモブを倒しながら辿り着いたのは連結魔導石のある庭と対峙するように構える魔軍であった。
そして、連結魔導石を囲むように数体の巨大な怪物が唸り声を上げながら威嚇していたのである。
第三章 混乱
魔王はラルフにイサミ、アーサーを見ると静かに頭を下げた。
「今回の件は神族に多大な借り作ることになるが感謝する」
と言い、チラリとイサミを見ると
「何故、貴殿が存在し得たのかは謎だが今は感謝するしかない」
と言い
「恐らくイサミ殿よりも前に一体冒険者の傀儡が作られていたようだ」
それを我が魔族の裏切り者が禁忌を犯して目覚めさせた
と告げた。
イサミは目を見開き
「じゃあ、怪物ではなくて」
と呟いた。
ルーシェルは頷き
「冒険者の傀儡が敵だ」
と重々しく告げた。
「本当はこの地下の国の連結魔導石を取り込もうとしたんだろうが」
理由は分からないが上手く行ってないらしいな
と付け加えた。
イサミは目を伏せつつ
「、、、僕の時は何もなく石を受け入れてしまったけど」
もしかして
「意識があって必死で抵抗してるのかも!」
話せば
「戦わずに」
と言いかけて周囲の惨状に
「済むかも」
と小さく呟いた。
ラルフもアーサーもルーシェルも沈黙を守るしか出来なかった。
ルーシェルは息を吐き出すと
「そうだったらいいかもしれねぇが」
お前を初めて見たときとは雲泥の差だった
「恐らく心はない」
と石の方へと目を向けた。
「悪いな」
イサミは首を振ると
「ううん、ルーシェルさんのせいじゃないし」
こんな酷いこと止めないとね
と応えた。
魔王は息をつき
「恐らく傀儡が石を取り込めないことで裏切り者も動き倦ねている」
だが傀儡の力は想像を絶する
「イサミ殿しか対峙できないだろう」
と言い
「もし敗れれば事は地下の国だけでは済まなくなる」
助力を頼む
と告げた。
イサミは杖を握り締め
「はい」
と応えた。
他の魔族も力強い援軍に呼応しそれぞれが、武器を構えた。
アーサーとラルフ、そしてルーシェルはイサミを守るように位置取りし、魔王は
「傀儡はイサミ殿に任せる」
我々は全力を持って他の怪物を倒す
と手をあげて振り下ろした。
総攻撃であった。
裏切り者の魔族は舌打ちしつつ
「いけ、我が僕」
と手を下ろした。
同時に怪物と傀儡が魔族軍へと突入したのである。
イサミは杖を構えると
「とにかく戦力を削がないと」
と呟き
「ヴァンドトルネード!」
と竜巻を怪物の中央に仕掛けた。
弱い怪物は一瞬で霧散し、そこそこの怪物でもかなりのダメージを受け魔族の攻撃と相まって次々に倒れた。
形勢は悪くはなかった。
魔王もそれを見つめ
「やはり、術の威力も冒険者の傀儡と我々では雲泥の差があるか」
と呟いた。
イサミは怪物の数が減り
「よし」
と呟いた。
その時、ルーシェルが剣を構え
「来たぞ、奴だ」
と告げた。
瞬間に衝撃波が走り、イサミもアーサーもラルフも咄嗟に飛びのいた。
ドオォンと音がすると同時に背後の建物は破壊され炎を上げた。
イサミは向かってくる傀儡を目に杖を構え
「…恐らく、僕と同じくらいのレベル」
と呟いて、薄暗い視界の中でその存在を捉えた。
手には剣を持ち、白い翼が背にある。
と言っても傀儡の翼はあくまでアバターの飾りでルーシェルやラルフのように実用性はない。
イサミは目を細めて
「剣ってことは物攻タイプ」
詠唱時間が必要な僕には不利な相手だよね
と呟いた。
それにルーシェルが足を踏み出すと
「俺が目をむかせる」
ラルフ
「援護しろ!」
動きが異様に早いぞ
と言い、傀儡に突っ込んだ。
ラルフは弓を素早く構え弦を引いた。
アーサーもルーシェルとは反対側から傀儡へと足を向けたのである。
が、傀儡は二人の攻撃を難なく交わし、幾つもの弓の矢を剣で切り落としてイサミに目を向けた。
確かにスピードが早い。
だが、冒険者の傀儡で物攻を主とする者ならば超絶と言うほどではない。
イサミは二人が足を踏み出すと同時にヘイト関係なく詠唱を始めていたのである。
「僕と同じ冒険者の傀儡なら…ヘイトよりも…頭脳戦だ」
そう判断したのである。
そして、傀儡が足を踏み出した瞬間にイサミは唇を開いた。
「我に応えよ!始原の原力…光の力」
アルク・スプランドゥール!
魔法陣を広げ一点に力を収束させると光の筋を走らせた。
火力で言うとダークマターフィールドの方があるが、逃げられると全く効果が無い。
反対にアルクスプランドゥールは必ず敵に当たるのだ。
アーサーもルーシェルもラルフも誰もが「やった」と思った瞬間に傀儡は肩に衝撃を受けたもののギリギリで致命傷を避け、イサミへと襲い掛かった。
イサミの正面に飛び込むと剣を振り上げ強く振り下ろした。
が、イサミは素早く身体を翻すと杖で受け止め弾き飛ばした。
一瞬の攻防である。
イサミは距離を置くように身を翻しかけて傀儡の姿をはっきり捉えると息を飲みこんだ。
深く濃い青の髪に自分と同じ姿をした傀儡。
「…ま、さか」
まさか
まさか
…なお、くん?…
イサミは凍り付いたように動きを止めると傀儡が再び剣を振り上げるのにピクリとも動けなかった。
忘れもしない。
忘れられない。
旧世界でいつも一緒にしたバディシステムで己の唯一だったもう一人の傀儡。
彼が石板の上で誕生するのをワクワクしながら待っていた。
同じ地球の『いさみ』が作った傀儡だ。
目覚めた彼に手を伸ばして言ったのだ。
『僕が君のバディだよ』
一緒に冒険を楽しもうね!
それからずっと一緒に行動した。
怪物に負けて泣いたり。
怪物に勝って燥いだり。
ずっと。
ずっと。
自分が泥に戻るその瞬間まで…一緒にいた。
呆然と動かないイサミの腕をアーサーが咄嗟に掴むと強く引き寄せた。
「イサミ!!」
剣はイサミの手前寸前の空を切り裂き、地に突き刺さった。
あの頃もバディシステムで作られた傀儡は大抵意思も表情も言葉もなかった。
イサミとなおひこが言葉を交わすことはなかった。
だけど。
だけど。
イサミにはなおひこの表情や感情が動くのが感じられた。
今は全く感じられないが、それでもそれでも。
ルーシェルは二人の間に割り込むと
「イサミ、今のうちに」
と叫んだ。
傀儡は損傷しているのだ。
今なら互角に対峙は可能だ。
ラルフも攻撃を行いながらイサミを見ると
「イサミ、今なら倒せるぞ」
と呼びかけた。
イサミは二人を交互に見たものの、どうしても詠唱することが出来なかったのである。
言葉が…出てこなかったのである。
「…ごめんなさい」
ごめん、なさい
「ごめんなさい」
アーサーはイサミの顔を見ると視線を伏せた。
今までどんな強い敵でもひるむことはなかった。
戦う事を拒否することもなかった。
傀儡であっても先まではそうだった。
だが。
今は明らかに戦う事をイサミの中で拒否しているのが分ったのである。
ラルフも暫ししてそれに気付くと小さく息を吐きだし、敵の魔族を見た。
「このままあの傀儡を使い続けるか」
引くか
周囲の怪物も流石に魔軍の総攻撃に押されている。
傀儡も深手である。
ルーシェルも戦いながらイサミの異変に気付いたものの、どちらにしても戦うしかなかったのである。
魔王も。
分かるものには分かったのである。
が、その時、傀儡が素早くルーシェルを威嚇するように剣を払うと敵の魔族のいる場所へと引いたのである。
確かに破壊されては魔族が生きる道はない。
それに合わせてルーシェルもラルフも戻り、イサミも呆然としながらアーサーに腕を引かれて魔王軍へと戻った。
イサミはその場に立ち尽くすと
「ごめんなさい」
ごめん、なさい
と言うだけで、それ以外に口を開こうとはしなかった。
魔王も一つ息を吐きだし、他の面々に休息をとるように指示を出した。
ルーシェルもラルフもイサミを気にしつつ休息をとった。
地下の国でも夜は訪れる。
真の闇が取り巻き、イサミはアーサーが勧めるままに身体を横にしたものの彼が眠りにつくと身体を起こして
「…ごめん、アーサー、ごめん」
ごめんなさい
というと足を踏み出した。
戦えない。
戦ったとしても負ける。
軍を離れかけたイサミの前にルーシェルが立ち
「…どこへ行きたいんだ?」
と優しく問いかけた。
イサミは泣きながら
「ごめんなさい」
ぼく、ぼく
と言い、俯いた。
ルーシェルは大きく息を吐きだしそっと手を掴むと
「ま、人族の場所だな」
と言うと空間を開けてイサミを中の国へと送ったのである。
そして、眠ったふりをしていて姿を見せたアーサーを見ると
「お前も行け」
そしてイサミを守れ
「どちらにしてもあいつが戦う気にならない限りは…勝てない戦だ」
と言い、羽根を渡すと
「あいつの心が定まったら呼べ」
迎えに行く
と告げた。
アーサーは頷き
「悪いな」
と応え、ルーシェルから羽根を受け取るとイサミの後を追いかけた。
ルーシェルは現れたラルフと魔王を見ると
「仕方ねぇ」
心が定まらない限りは負けるからな
「それにイサミなら必ず戻ってくる」
と告げた。
イサミは一人見知らぬ町に姿を見せ、深い夜の闇の中で行く当てもなく壁にもたれて膝を抱えた。
「なおくん」
感情も何も見えなかった。
ただただ、攻撃をしてきた。
だけど。
あの姿は自分の唯一のバディだったなおひこの姿だ。
顔立ちから身体。
瞳に髪の色まで細かく設定出来て、ほぼほぼ全く同じという存在は少なかった。
もちろん、同じように作れば姿は一緒になった。
いさみが、イサミとなおひこを髪と瞳の色を変えただけにしたのもそうだ。
イサミはなおひこへの思いと、アーサーやルーシェル、ラルフを含めた今の仲間達の狭間でギシギシと痛む心を如何することも出来なかったのである。
■■■
どんな状態でも夜の先に朝があり、イサミは道端で膝を抱えたまま眠っていたが明るい陽光と声に目を覚ました。
「おい、行き倒れか?」
まさか
「あの募集で来たわけでものないだろうな」
ハハッと苦い笑い声にイサミは
「あの」
と言いかけ、盛大に鳴った腹の声に慌てて
「あわわ」
と立ち上がった。
男はぷっと吹き出し
「やはり行き倒れか」
と言い、顎を動かすと
「こい、飯くらい食わせてやる」
没落貴族でも食事ぐらいはな
と歩き出した。
イサミは慌ててとりあえず後についていきながら
「あの、あ、ありがとうございます」
と応え、自分が凭れていた長い壁の区切りとなる門の前に立ち目を見開いた。
その向こうに大きな屋敷がドーンと建っていたのである。
第四章 姿と心
イサミは屋敷の食堂に男に誘われ足を踏み入れた。
広い屋敷だが人の気配はない。
ただ、食堂の大きなテーブルの側には年配の執事らしい男が立っており、イサミが姿を見せると驚いた顔で
「ランスロットさま、まさか募集の呼びかけに来られたお方でしょうか?」
とあわわと声を上げた。
それにこの屋敷の主であるランスロットは苦く笑い
「屋敷の側で生き倒れていた」
食事を頼む
と告げた。
執事はガックリと肩を落とし
「さようでございますか」
ただいまご用意いたします
と立ち去った。
イサミは少し周囲を見回したあとに
「あ、の」
募集というのは?
「もし僕で大丈夫ならお手伝いします」
と告げた。
行く当てがないのだ。
食事を食べさせてくれるのだから手伝えることは手伝いたかった。
ランスロットは少し考え
「行く当てがないのなら」
良いかもしれないか
と呟き
「私の付き人を頼みたい」
遣ることは大したことではない
「城へ出向くときに側で荷物を持ってくれれば良い」
と告げた。
「嫌なら断ってくれてかまわない」
イサミは首を振ると
「いえ、手伝います!」
と笑みを見せた。
ランスロットは静かに笑むと
「まあ、嫌になれば何時でも去ってくれ」
と応えた。
「色々聞くだろうからな」
イサミは首を傾げつつも食事をとると話を聞いて嬉々として説明をしてくれた執事の話を聞いて、ランスロットと共に城へと向かった。
屋敷は街の外れにあり暫し馬車で走ることとなった。
ランスロットは前に座るイサミを見て息をつくと
「我が家系は代々王族の近衛兵長を務めていたが」
祖父の代の時に怪物を目覚めさせて討伐する役を受けたが
「祖父は反対し拒否。近衛兵長を退任した。我が家系は没落」
今なおその事で忌避されている
と告げた。
「嫌な思いをするかも知れない」
止めるなら今だぞ
イサミは魔族軍から逃げたことをおもいだし
「僕も」
と言いかけて唇を閉じた。
ランスロットはイサミの様子を見て
「まあ、良い」
と言うと
「俺なら望んで戦う」
どんな強敵でもな
とぼやいた。
イサミは俯いたまま
「僕は、分からないです」
と小さく応えるに留めた。
大切な。
どちらも大切な存在だ。
思い出すだけで涙が零れそうになる。
ランスロットはそれ以上は何も言わず
「城が見えてきた」
まあかしこ張らずにやってくれ
と笑った。
「王は若いが出来た王だ」
多少、夢見がちだかな
と付け加えた。
「王は魔道士伝説を信じていて」
探している
「国を脅かす怪物の討伐を出来ることをな」
イサミは「魔道士伝説ですか凄いですね」と告げた。
ランスロットは笑い
「ま、眉唾だと俺も仲間達も思っている」
大国の王を虜にした絶世の美人だったとか
「重厚な老魔道士だったとか」
色々言われている
そう笑った。
イサミは笑い
「どっちなんだろ」
とうーんと考えた。
ランスロットは笑いながら
「先の顔よりもそちらの方が良いぞ」
と笑み、馬車が止まると降り立った。
イサミは驚いたものの頷き、降り立つと荷物を持った。
王は気さくで人の意見も受け入れる度量があった。
イサミをみると
「ランスロットは堅物だが良い部下だ」
宜しく頼む
と言い
「しかし、何処かで見た気がするが」
貴族のでか?
と聞いた。
イサミは慌てて
「いえ、初めてです」
と応えた。
ただ、王を見て
「なんかシャール王子に似ているね」
と心で呟いた。
城の前ではアーサーが立っており
「とにかくイサミは無事のようだな」
と言い、1台の馬車が過ぎるのに身を避けた。
そこに「伝説の魔道士」が乗っていたのである。
王はかの魔道士を迎えると
「祖父王の時に出来なかった討伐をする」
と告げた。
大広間には騎士の多くが控え、王の宣言があると誰もが声を上げた。
ランスロットも強く剣を握り締め決意を固めていた。
イサミはそれを控えていた小広間で聞き、目を細めていた。
封印されし怪物。
となればそれなりの力を持つ怪物だろうことは想像に難くない。
イサミは戦う士気の上がる騎士達が現れ、ランスロットを見つけると駆け寄った。
「今、怪物の封印を解いて討伐するというお話を聞いたんですが」
それにランスロットの側にいた男性が
「お、ランスロットのお付きか」
こいつは良い奴だからたのむぞ
と笑った。
もう一人いた男性も笑いながら
「そうそう、色々あったがこいつはこいつだから気にせず長くいてやってくれ」
と告げた。
イサミは魔軍のことを思い出しながら曖昧に微笑むしか出来なかった。
が、ランスロットが彼らに大切に思われているのに安堵した。
そして
「その、本当に」
と言いかけた。
ランスロットは頷き
「王が伝説の魔道士殿を見つけ出したらしく」
今が好機と言うことらしい
と応えた。
不安を過ぎらすイサミにランスロットは
「大丈夫だ」
我々騎士団もいる
と告げた。
「それに」
何があっても俺は逃げだしたりはしない
「家柄や地位ではなくて俺自身を受け入れてくれた仲間や王がいるからな」
目に見える肩書きでなく
「俺という心を見てくれる」
イサミはそれに僅かに目を見開いた。
「心、を」
ランスロットは微笑み
「そうだ」
とイサミと共に歩き出し迎えの馬車に乗り込むと流れる景色を見ながら言葉を続けた。
「祖父のことがあって父も俺も臆病者というレッテルを貼られた」
騎士になど到底なれるわけもなかった
「だが、王は俺にそのチャンスをくれた」
『肩書や人の噂などは風向きでいくらでも変わる』
しかし心はそうではない
『お前のその真面目な心を気に入った』
そう言ってくれた
「だから、俺はそれに応えたいと思っている」
イサミはふっと先に戦ったなおひこの傀儡のことを思いだした。
姿はなおひこだった。
だが。
だが。
なおひこの心は…見えなかった。
イサミは目を伏せ
「心…僕が大切にしてきたのは」
なおくんの
「あのなおくんの」
と呟いた。
ランスロットはそれに
「よくわからないが、お前は姿に惹かれたのか、心に惹かれたのか」
そういうことだな
と告げた。
イサミは顔を上げると
「僕はなおくんの心に惹かれたんだ」
と笑みを浮かべた。
「姿じゃない」
なおくんの心が好きだったんだ
「もしなおくんの心が宿っていたら…きっと苦しんでいる」
無暗に破壊したり傷つけたりすることを
「なおくんは好きじゃなかったから」
そう呟き一つの決意が心で固まった。
ランスロットはふっと笑い
「やはり、お前はその表情が似合っている」
と告げた。
二人を乗せた馬車は屋敷の中へと戻り、夜の訪れとともにイサミはベッドに身体を横にした。
大切なバディであるなおひこの身体を心を守るには…逃げ出していてはダメなのだ。
そう考えたものの
「けど、怪物を復活させるっていっているし」
見捨てることなんてできない
と思い、窓のそばに立ち外に視線を向けて通りに立っているアーサーを目にすると大きく目を見開いた。
「アーサー」
呟き、慌てて外へと飛び出した。
アーサーはイサミが自分を忌避することなく駆け寄ってくるのに足を向け
「イサミ」
と抱きしめた。
イサミも抱きしめ返すと
「ごめん、アーサー逃げ出して」
と言い、笑みを浮かべると
「戦おうと思う」
僕もどって戦おうと思う
と言い
「ただ、この近くの怪物を王が解放して戦うって言っていて…もし強い怪物だったら」
伝説の魔導士様が現れたらしいけど
「僕、心配で」
と告げた。
アーサーは少し考え
「わかった」
ルーシェルに連絡を取る
「いつその開放をするかイサミはわかったら教えてくれ」
俺も手伝う
と告げた。
イサミは頷くと
「ありがとう」
と答え、屋敷へと戻った。
ルーシェルはアーサーから連絡を受けると膠着状態を見ながら
「そうか、こっちはまだ動きはねぇ」
その間に心が決まって良かった
「…その件は俺にも知らせろ」
どうせ回収が必要だろうが
と答えた。
ラルフも魔王も安堵の息を吐きだした。
翌日、王は国民に宣言したのである。
「明日、怪物を開放して我々の憂いを断つ」
我々にはこの伝説の魔導士殿がいる
「安心してもらいたい」
それに騎士も誰もが歓声を上げた。
ただイサミとアーサーだけは一抹の不安を消すことが出来ずに王宮の前で立っていたのである。
宣言通りに翌日、魔導士を中心に騎士団が編成され怪物が封印されている遺跡へと出立したのである。
そこにはランスロットや彼の仲間たちもいたのである。
イサミとアーサーもまた彼らとは別に後を追いかけていたのである。
■■■
照り付ける太陽。
進む行軍。
イサミはその後をアーサーと連絡を取り合いながら追いかけた。
封印された怪物であっても、ある程度のレベルならば人族で倒せないことはない。
だが。
もしも、そのレベルを超えていたら損害は町一つではすまないだろう。
イサミは騎士団の中にいるランスロットを見ると
「…僕は、君のおじいさんが解放に反対した気持ちがわからないでもない」
けど
「君が苦しんだ気持ちもわかる」
と呟いた。
そう、伝承上の怪物にはいつも『もしも』が付きまというのだ。
イサミが冒険者の傀儡だった旧世界でも、怪物に負けてリトライは格段特別なことではなかった。
ただ、負けた時の損害はあの頃と今とでは雲泥の差がある。
あの頃は負けても怪物と戦う場所は町にも王都にも損害のない洞窟や森、山の中だった。
リトライをすればいい。
それだけの話だった。
だが、今は違う。
地殻変動で怪物の出現する場所は町の近く、王都の近く、怪物の攻撃は人々に降り注ぐようになっているのだ。
もしも…負けたならば。
怪物は町や王都を壊滅させるだろう。
冷静に考えれば臆するのではなく『慎重論』が出て当たり前なのだ。
しかし、人の風評が恐ろしい力を持っていることもイサミは知っている。
それは且つて冒険者同士でもあった。
それによってギルドが崩壊したり、もめ事が起きたり、自由に冒険を楽しめない部分もあったのだ。
地球のいさみもそれが嫌でソロ戦を好んでいた部分が少なからずあった。
ただ、ランスロットの救いは彼自身を見てくれた王と仲間がいたことだ。
そしてそれは、今の自分にも言えたことなのだと気づいていた。
イサミはアーサーを見て笑みを浮かべた。
アーサーもそうだ。
ずっと。
逃げ出した自分を理解してそれでも受け入れて時を待ってくれた。
それは遠い昔になおひこにも感じられた。
言葉を交わすことはなかった。
なおひこもいさみの傀儡だったからだ。
だけど、温かく見守ってくれていることは感じたのだ。
自分はその『なおひこ』を大切に思っている。
なおひこの身体ではない。
だからこそ、今なおひこの身体があの惨状を作っているのならば…
「僕はあの傀儡を倒さなければならない」
そう呟いたイサミの前に怪物が姿を見せた。
それは人族が倒すには難しいレベルの怪物であった。
第五章 ヒッポグリフォ
嘶きの声と共に封印を解かれて姿を現したのは巨大な馬の身体と羽根を持ったライオンであった。
イサミはその怪物を見ると
「ヒッポグリフォ」
防御が強くてダメージがあまり与えられなかったはず
「ダメはそれほどじゃなかったけど…一定間隔で行う範囲攻撃は結構きつかったよね」
と呟いた。
ヒッポグリフォは騎士団の方へ向くと大きく翼をはためかせて再度嘶いた。
王は隣にいた伝説の魔導士に
「魔導士殿、お願いする」
騎士団がフォローをさせてもらう
と告げた。
ランスロットも仲間たちも臆することなく足を踏み出すと
「憶するな!」
町と王都を守る!
と剣を手にヒッポグリフォへと向かった。
伝説の魔導士も呪文を詠唱すると術を放った。
が、もともとダメージを受けにくいヒッポグリフォの生存値を殆ど削ぐことはなかった。
アーサーはエクスカリバーを手にそれを見ると
「…伝説の魔導士でもだろうな」
と呟き、小さく息を吐きだした。
自分は冒険者の傀儡であるイサミの力を身近でいつも見てきた。
そのパワーは恐らく天と地下と中の国でも随一であることは間違いない。
元が違うのである。
そう考えると伝説の魔導士のパワー不足はそれほど不可思議なことではなかった。
ただ、それでは王都や町は壊滅する。
アーサーはイサミを見ると小さく頷いた。
イサミも頷くと杖を手にした。
そして
「アーサー、恐らく先に強烈な範囲攻撃が発動すると思うから」
それが終わったら仕掛けて
「僕はバリアで攻撃の被害を最小限にしてから攻撃する」
そう指示を出した。
アーサーは頷くと
「了解」
と先人の知恵に逆らうことはしなかった。
が、ふっとイサミを見ると一つの疑問が胸を過った。
イサミは考えれば怪物とのバトルを忌避しているわけではないのだ。
『あの傀儡との戦いだけ』を忌避しているのだ。
傀儡との戦い自体には状況を見て前向きだった。
それが突然…戦えないと逃げ出した。
その理由。
アーサーはふと考えかけたが、イサミが
「来るよ、アーサー!」
と言い、杖を手に詠唱を始めると今は邪念を振り払う事にしたのである。
二人は伝説の魔導士たるものを知らなかったのでそういうモノなのだと受け入れたが、問題は簡単ではなかった。
王は魔導士を見ると
「…魔導士殿…コーリコスからの知らせで信用したのだが」
本当に貴殿は
「あの一人で怪物を倒すという伝説の魔導士か?」
と睨みつけた。
どう見ても力不足である。
いや、コーリコスでいうならば中級魔導士くらいの実力である。
魔導士は王と怪物を交互に見て
「わ、私は…魔導士長に伝説の魔導士として活躍すれば王族待遇で名を上げることが出来るといわれて」
あんなに強い怪物だとは言われなかったのだ
と言い、踵を返すと逃げ出した。
王は顔をゆがめると近くに居た控えの者に
「掴まえて牢に入れておけ」
と言い覚悟を決めると剣を手にした。
「我が国を脅かす怪物を倒さねば安住はないと焦っていたのかもしれん」
ランスロットの祖父が解除に反対したのはこういう事を見越してのことだったのかもしれんな
「だが」
もう戻れん
言い、足を踏み出した。
その時、周囲に赤い光が走った。
イサミはそれに目を細めると
「よし、来る」
と言い
「アーサーお願いするね」
と付け加えると唇を開いた。
「我に応えよ、始原の原力…守りの力!」
サークレッドバリア!!
ヒッポグリフォが同時に翼を大きくはためかせて羽根を鋭い矢のように周囲にまき散らせた。
が、同時に騎士団と町を包むように巨大な光の壁が広がったのである。
それに逃げようとして捕まった魔導士も、王も、騎士団の誰もが驚きバリアを見回した。
同時にアーサーが駆け出してヒッポグリフォに向かうと
「こっちを向け!!」
とエクスカリバーから衝撃波を飛ばした。
元々防御が高いのでそれほどのダメージはない。
が、イサミは己を向きかけたヒッポグリフォがアーサーに向くまで待ち、意識が向くと即座に詠唱に入った。
王は何が起きているのか分からなかったが、アーサーを目に
「…あの者は…どこかで」
と呟き、次の瞬間に強く光る場所に視線を移した。
イサミは唇を開くと
「我に応えよ、始原の原力…光の力」
アルクスプランドゥール!!
と魔法陣を周囲に広げ、光の矢を放った。
矢はヒッポグリフォを貫き、三分の一のダメージを与えた。
イサミはそれに
「やっぱりね」
デフが高いよね
と言い、向かってきたヒッポグリフォから逃げるように駆け出した。
ヒッポグリフォはイサミを追いかけると爪や尻尾で攻撃を仕掛けた。
が、イサミはそれを避けアーサーを見た。
アーサーは苦く笑い
「まったく」
もっと俺自身鍛えねぇとな
と剣を振り下ろし
「こっち向きやがれ」
と叫んだ。
騎士団の面々も王と同じで何が起きているか分からなかったが、ランスロットと仲間の二人はヒッポグリフォが向かった先を見て息を飲んだ。
「イサミ…」
仲間の一人も
「お前のところのお付きじゃねぇのか?」
と問いかけた。
イサミはヒッポグリフォが再びアーサーに向くと再度詠唱を開始した。
そして二発目を撃ち込み、今度は続けざまに杖を変えると
「ヴァンドトルネード!」
と氷の大地を広げた。
弱い魔物が出ることになるかもしれないが、二度とヒッポグリフォが出ないようにするためであった。
王はアーサーとイサミを交互に見て
「この二人、やはりどこか」
と呟いた。
偽伝説の魔導士はそれを見ると
「ま、さか…」
あれが本物の魔導士では
「幻のエスター王族付き魔導士」
と呟いたのである。
イサミは続いて三発目を打ち込んでヒッポグリフォを霧散させると氷の上に落ちた黒く大きなゲルを目に
「レビンアロー」
と電撃を落とし、ゲルと欠片を分離させて石を回収した。
アーサーはイサミに駆け寄ると
「良いんだな、イサミ」
と告げた。
イサミは頷き
「はい!」
と答えた。
そして、氷の上のゲルを見て
「本当はこのゲルの回収をルーシェルさんに頼みたかったけど」
仕方ないね
と小さくつぶやいた。
が、それに
「行きつけの駄賃だからな」
連絡は受けてる
と声が上空から降り、黒い翼を広げたルーシェルが杖を手に
「我の命に従い土に帰せ」
とゲルを土にすると袋を広げて回収した。
周囲で立っていた騎士たちは呆然と見つめ、ランスロットだけが駆け寄ると
「イサミ」
と声をかけた。
イサミはにっこり笑うと
「ランスロットさん」
僕は貴方のおじいさんが反対した理由もわかります
「だから、貴方も決しておじいさんのことを恥と思わないでください」
と言い
「あと、ありがとうございます」
貴方のお陰で戦う気持ちになりました
「僕も大切なモノは姿じゃなくて…心です」
僕はなおひこの姿じゃなくて
「なおひこの心が好きだから」
と頭を下げた。
「長くいれなくてすみません」
ルーシェルとアーサーは顔を見合わせて、ふっと互いに笑んだ。
ルーシェルは杖直すと
「じゃあ、行くぜ」
イサミ
と呼びかけた。
イサミはランスロットに一礼すると
「はい」
と二人の元へと駆け寄った。
黒い空間が下に広がり三人の姿が消え去ったのである。
王はランスロットに近寄ると
「俺も、お前の祖父が間違っていないことが分かった」
彼らがいなければ
「この国は壊滅していた」
と言い
「すまなかったな」
と笑んだ。
ランスロットは首を振ると
「いえ、貴方は名君です」
俺の心を見て受け入れてくれた
「俺を俺として見てくれたのは王と仲間たちだけでした」
と微笑んだ。
そしてイサミたちの消えた方を見ると
「しかし、イサミは一体何者だったのか」
と呟いた。
その疑問は翌日王宮で晴れることになった。
王はランスロットと仲間たちを呼び王宮の地下の倉庫質へと連れて行くと一枚の絵を見せた。
「これは1200年以上前の王…シャール一世が描いた絵だ」
七大大国の王と伝説の魔導士とエスターの王族らしい
「伝説の魔導士は元々エスター王族付き魔導士だったと日記に書かれていた」
…名前をイサミと言って、彼と共に姿を消したのがエスター王族の当時第三王子だったアーサー王子だ…
絵にはそのままのイサミとアーサーの姿も描かれており、全員が息を飲みこんだ。
王は静かに笑むと
「我が国へシャール一世は招こうとして失敗したらしいが」
魔導士殿はこの国も救ってくれたという事だな
と言い、遠くを見るように視線を空に向けると
「恐らく、今も…戦っているのかもしれん」
と呟いた。
ランスロットもイサミの言葉を思い出し
「そうですね」
きっと
「今も苦しんだり悩んだりしながらしながら戦っているのでしょう」
と微笑んだ。
そこから離れた地下の国で、イサミは決意を胸に魔王軍の元へと帰還していたのである。
■■■
光の射し込むことのない地下の国。
イサミは魔王を前に静かに頭を下げると
「僕があの傀儡を倒します」
と告げた。
魔王は頷き
「頼む」
と返した。
イサミが一度は去ったことは不問に付したのである。
イサミは息を吸い込み
「それで、幾つかお願いがあります」
と言い唇を開いた。
それはルーシェルもラルフもアーサーも驚くことであった。
第六章 決着
イサミはカバンから常にない服を取り出すとそれを装備した。
いつもの青を基調にした服とは違い黒い身体のフォルムに沿ったラインとスカートを思わせる長い襞のついたものであった。
アーサーはそれを見ると常は少し幼く見えるイサミがどこか大人な感じに見えて息を飲みこんだ。
「イサミ、それ」
イサミは驚いたように言われ
「あ、この装備?」
これは物攻と魔攻両方ともに火力が上がるように
「いさみが以前に作ってくれていたものなんだ」
もっとも
「魔攻だけならあっちの方が良いのでもっぱら向こうをきていたんだけど」
今回はそれでは勝てないから
と淡く笑んで答えた。
「なおくんは物攻メインで…スピード主体の装備とそういう育て方をしてきたから」
僕はどうあがいてもスピードで負ける
「それに、この前覚えた最高魔法を試したいからね」
それに誰もが「はぁ…」と溜息を零し、言っている意味が分からないと思いつつ曖昧に応えた。
イサミは連結魔導石を前に向かいあうように布陣する敵魔族の軍を見て
「…この凶行を止めてみせる」
と言い、カバンから幾つかのビンと飴を取り出すと
「バフります」
とそれらを順に口の中へと入れた。
…。
…。
分からない。
ルーシェルはアーサーを肘で小突くと
「おい、何しているか聞け」
と小声で云った。
ラルフも無言で頷き促した。
それに倣うように全員がアーサーを見たのである。
アーサーは「おいおい」と思いつつ
「イサミ」
と呼びかけた。
イサミはアーサーの方を見てにっこり笑うと
「これはスピードアップと火力アップの薬品だよ」
多分行動速度は5倍くらい
「火力は2倍かな」
効果時間は限られてるけど
「それほどかけるつもりないから」
そうしないと負ける
と真剣な目で敵陣のなおひこの姿をした傀儡を見て呟いた。
そして、杖を前にすると
「我に応えよ、始原の原力」
ソウサオブグラディウス
と唱えた。
杖は光の剣の姿になりイサミは足を踏み出すと
「決着をつける」
と言い、飛び出した。
同時にアーサーとルーシェルとラルフも散開した。
魔王と他の魔族は裏切者の魔族が怪物をけしかけるのに合わせて討伐に出て、魔族が傀儡をイサミへ向けざる得ないようにしたのである。
なおひこの姿をした傀儡は疾風のようにイサミの懐に飛び込むと剣を振り上げた。
それにイサミは素早く身を翻すと剣を避けて己の剣先を傀儡へと向けた。
激しい剣の応酬を行いながら素早くイサミはレビンアローを数発撃ちこんだ。
もちろん、傀儡にそれが利くわけもなく素早く避けどちらも引くに引けない状態であった。
ルーシェルは眼が付いていかないかもしれないと思わせるほどのスピードと激しさに固唾を飲み込んだ。
「まったく、冒険者の傀儡って奴は」
そう言うしかない。
イサミはレビンアローを数えて打ち込みながら8回打ち込むと
「ヴァンドトルネード!!」
と吹雪を伴う竜巻を起こし、同時になおひこの傀儡の襟首をつかむと地へと押し付けた。
同時に魔王は腕を振り上げ
「急げ!!」
と魔軍に呼びかけた。
ルーシェルとラルフとアーサーはそれに合わせて手薄になった裏切者の魔族の元に行くと一気に捕らえた。
イサミは誘導されて怪物が周囲に集まるのを理解しなおひこの傀儡が動けないように剣を突き立て
「即時発動…」
ダークマターフィールド!!
と一瞬で黒い魔法陣をその場に広げるとなおひこと集まっていた怪物全てを黒い光の中で霧散させた。
イサミの周囲には黒いゲルと泥が広がり、魔王も誰もが息を飲みこんだ。
イサミは俯いたまま立ち尽くし
「ルーシェルさん」
と呼びかけた。
ルーシェルは太陽の杖で石の核の無いゲルと泥を砂に変えて回収した。
イサミは残ったゲルにレビンアローで分離していった。
解放された石をイサミは受け入れ、ルーシェルが残りのゲルを回収し終えるとアーサーを見た。
アーサーは近寄るとイサミを抱きしめた。
「泣いていいぜ」
イサミはその言葉と同時に溢れてくる感情に身を任せたのである。
大切な。
大切な。
あの頃に唯一安心して帰れる場所。
「僕は、僕は」
なおくんが大切だった
「わかってても…僕は…」
本当は戦いたくなかった
大粒の涙が後から後から溢れて、ポロポロと零れ落ちた。
ルーシェルにしても。
ラルフにしても。
かける言葉がなかった。
アーサーは強く抱きしめ言葉を紡ぎかけた。
その時、涙に濡れたエクスカリバーが突然輝くと周囲の光景が一変した。
イサミは顔を上げると周囲を見回して息を飲みこんだ。
周囲の光景は夕陽に照らされた何処かの建物の上。
魔王や他の面々も驚いていた。
イサミは涙をぬぐうとアーサーの手を握りしめ
「ここバベロニアの塔の上だよ」
と言い現れた二つの影に目を向けた。
「僕となおくんが旧世界で消え去る寸前にいた場所」
それにアーサーは驚きの目を向けた。
そう、二つの影はイサミと先ほど戦っていた傀儡であった。
彼らの目の前で映像のイサミは空を見上げると言葉を紡いだ。
「ずっと、ずっと」
まだまだ冒険したかったな
周囲では傀儡の姿はないが、別れの声だけが響いている。
イサミは塔の端から足を投げ出しなおひこに凭れると
「ここは二人で初めてボスを倒した場所だから」
みんな始まりの村でさよならするみたいだけど
「僕はここから見る夕陽が凄く好きだったから」
と言い
「ここでさよならする」
と目を閉じた。
…さよなら、みんな元気でね。またどこかで…
映像を見ながらイサミは最後の時のことだと理解した。
「アーサー、いさみはね」
これでこの世界とさよならしたんだ
「僕の記憶もここで終わってる」
なおくんもね
言い、目を見開いた。
自分もなおひこも、地球のいさみが作った傀儡だ。
ゲーム配信の終了時に彼がゲームを終われば自分たちは消える。
そう思っていたのである。
いや、ずっとそう信じて疑わなかった。
が、映像のイサミは確かに糸の切れた人形のようになおひこに凭れたままとなったが、なおひこはイサミを抱き上げて立ち上がったのだ。
なおひこはイサミのカバンから一枚の紙を取り出すと空へと投げた。
同時に映像は切り替わった。
緑の多い街並みが広がり多くの冒険者の傀儡がそこら中に倒れていた。
イサミは驚きながら
「ここ、始まりの町だ」
まさか、なんで?
と呟いた。
なおひこはイサミを抱いて町の中央通りを歩き、彫り物のされた二つの石柱の中央にある石板の前に立った。
「…イサミは俺たちが初めてボスに勝った場所が好きだって言ってくれたけど」
俺はね
「ここが一番好きだったんだ」
…イサミと初めて出会った場所…
なおひこはイサミを抱きしめるとその場に座り込んだ。
異界の精神との断絶が完全に行われれば自分たちは泥に戻る。
なおひこは目を閉じた。
「本当は俺、ずっとイサミと喋ることができていたんだ」
いさみの操作どおり動いていたけど
「俺は色々な思いを持ってた」
だけど
「イサミと冒険したかったから」
だから
「ずっと言えなかった」
このことはイサミの全く知らない事であった。
驚くしかなかった。
空は青く広がり雲は流れていく。
終わりの時は近い。
その時、なおひこの前に自分たちを産み出すときに立ち会っていた神族の男と魔族の女が姿を見せたのである。
その二人にはルーシェルとラルフ、魔王が目を細めた。
魔王は小さな声で
「ニュティア…それにソレニ」
と呟いた。
ラルフはちらりとルーシェルを見た。
ソレニはラルフの良く知る神族の男で彼の先人である近衛兵長であった。
ニュティアは魔王の姉である。
同時にルーシェルの親でもある。
ルーシェルは魔族と神族の混血だったのである。
ルーシェルは当初こそ神族として暮らし、ラルフの部下として剣術など武術を習っていたが、ソレニとニュティアの二人が中の国で行方不明になり神族の中で黒い翼で生活するのに支障が出始めると迎えることを望んだ魔族へと地下の国へと落ちたのである。
それが…こんなところで二人の姿を見ることになるとは。
ニュティアはなおひこを抱きしめると
「ごめんなさい」
私たちの光の子
と告げた。
なおひこは目を見開いた。
ソレニも抱きしめ
「死ぬことのない傀儡の身体ならばと魂を転化させたのだが」
まさか
「こんなことになるとは」
と唇を噛みしめた。
ニュティアはなおひこの顔を見つめ
「私の中に光と闇…二つの命が生まれたのですが」
形にできるのはどちらかだけでした
「どちらも愛しい子」
だけど
「ルーシェルを形にしなければあの子は消滅する運命だったのです」
だから
「生命力の強い貴方をその身体に転化させたのです」
異界の者が去っても泥に戻らぬと思って
と告げた。
「けれど、それは私たちの浅はかな考えでした」
貴方は
「これから輪廻の中と入り…生まれ変わります」
…命の短い人族か、エルフか、ドワーフか、わかりません…
本来ならば永遠の時を持つはずだったのだ。
白い翼を持った神族として生きていけるはずだった。
なおひこは二人に抱き締められ目を閉じると腕の中で眠るイサミを思った。
「もし、そうだとしても」
俺は貴方がたに感謝しかない
「イサミと出会わせてくれてありがとう」
イサミと冒険が出来る運命を選んでくれてありがとうございます
幸せだった。
「ただ」
ただ
「もし、叶うなら…もう一度イサミと出会うことが出来たら俺はまたイサミを守って冒険をしたい」
ずっと
ずっと
なおひこは己の使っていた剣を差し出し
「イサミと手に入れたこのエクスカリバーと共に」
と笑みを浮かべた。
同時にイサミを含め周囲の冒険者の傀儡全てが淡い泡となって空を舞い黒く広がる空間へと流れていった。
なおひこもまた目を閉じ、その運命に任せたのである。
ただ身体は泡となって地下の国へと流れたがキラリと光った魂は空へと消え去ったのである。
ソレニとニュティアは剣を手にするとそれを空へ掲げた。
ソレニは彼女を見て微笑み
「いいだろうか?」
と告げた。
ニュティアは微笑んで空を見上げた。
ソレニは彼女の決意を読み取り
「これから先において」
我が妻と我の命をこのエクスカリバーに宿し
「我が子の命と出会い子が永遠を望んだ時は我が妻と我の命の先を授ける」
人であっても永遠の時を歩めるように
「このエクスカリバーと共に」
と言い、空へと浮かべた。
同時に二人の姿は気泡となりエクスカリバーの中へ吸い込まれた。
エクスカリバーはその場から東へと一筋の光の線を描いて消え去り、同時に映像も消え去った。
周囲には元の地下の世界が広がっていたのである。
イサミは己が旧世界で消え去った後にそんなことがあったとは知らず驚いた表情でアーサーを見た。
ルーシェルもラルフも魔王も誰もがアーサーを見つめたのである。
恐らくあのエクスカリバーは今アーサーの手にあるエクスカリバーなのだろう。
だとすれば。
イサミは驚いているアーサーを見つめると笑みを浮かべた。
「ありがとう、アーサー」
ずっと。
ずっと。
側にいてくれたのだ。
だけど。
「なおくんはなおくんだし、アーサーはアーサーだよ」
…また冒険を楽しもうね…
言い、空を見上げると
「僕もなおくんと冒険出来て嬉しかったよ」
ありがとう
「それから…」
と『さようなら』と心で告げて、涙を頬に伝わらせながら目を閉じた。
アーサーはイサミの言葉に静かに笑むと
「ありがとう」
イサミ
「俺は、俺だ」
ただ
「俺も…イサミを守りながら一緒に旅を続けていく」
ずっとな
と手を強く握りしめた。
ルーシェルもふっと笑い
「よし、暫くは魔王宮の立て直しをしねぇとな」
イサミにアーサー
「助かった」
この礼は必ず返させてもらう
と言い中の国に送るように告げた。
二人は同時に
「「じゃあ、泉の傍の小屋に」」
と言い笑った。
ラルフはそれに
「言い忘れていたが、あの壊れた小屋は今回の借りがあったので我が部下に修繕させている」
と言い
「コーリコスのことも近いうちに知らせる」
と告げた。
そして、二人は頷き魔王に挨拶をするとルーシェルに転送されて泉の小屋へと戻ったのである。
ただ。
魔王は笑顔で二人を見送ったもののルーシェルが戻るとラルフに
「今回のこと感謝する」
その礼もあるが
「急ぎ天王と会見をしたいとおもう」
と告げた。
「一つ、気になることがある」
ルーシェルお前にも同席してもらう
「恐らくラルフ殿貴方も立ち会うことになるだろう」
それにルーシェルとラルフは顔を見合わせた。
数日後、魔王は魔王宮の修繕の場を一時離れて天王と会見したのである。
その場にやはりルーシェルとラルフが同席し魔王の言葉に息を飲みこんだ。
『我々は大いなる勘違いをしていたのではないと思われる』
そう言う言葉で始まった内容はある意味においてラルフやルーシェルに一つ納得させるものがあった。
ラルフは目を細めると
「やはりな」
と呟いた。
ルーシェルもまた
「確かにこの戦いの小康状態の理由を考えれば…な」
と呟いた。
魔王はルーシェルとみると
「お前が勤めろ」
と告げた。
「あの二人もお前なら疑わずに受け入れるだろう」
それに天王はラルフを見ると
「確かに」
ラルフ
「こちらの見張り番としてお前がするように」
と告げた。
ラルフもルーシェルも同時に頷いた。
イサミとアーサーは動き出した事態を知らず新しくなった小屋で久しぶりに穏やかな夜を迎えていたのである。
夜の闇が広がり、穏やかな風が緑の木々を揺らした。
イサミはアーサーが作った料理を前に
「綺麗に修繕されていて…凄いね」
後は術で封印するようにすれば
「大丈夫だね」
と笑った。
アーサーも席に座り
「そうだな」
あの神族も洒落たことするな
と言い
「じゃあ、食事しようか」
と笑いかけた。
二人は食事をし、これからの冒険のことに思いを馳せた。
その翌日、コーリコスの情報を持ってラルフとルーシェルが姿を見せたのである。
二人は小屋を見回し
「「これからよろしくたのむ」ぜ」
と告げた。
イサミとアーサーはどうじに「「は?」」と首を傾げ、4人の生活が始まるのであった。