冒険の再開 エルフの国へ
人込みを避けながら…薄暗い地下洞を進んでいく。
両側には間口の狭い店がひしめき合うように並び、曰くありげな店主が客の到来を待ち構えていた。
エルフの闇市である。
アーサーはその中の一軒に足を踏み入れると雑多に並ぶ防具たちを眺めながら奥へ奥へと進み、最奥のカウンタの前に立った。
「よお、じぃ」
寝たふりしてるんじゃねぇよ
にっと笑って呼びかけ、カウンタの後ろで片目だけチラリと開けた老齢のエルフを見た。
このエルフはヴェロと言う名前で地下洞の闇市の主とも言われる人物である。
彼はアーサーを見ると不機嫌そうに立ち上がり
「アーか」
仕方ねぇな
「人相手でも商売してやるか」
とぼやいた。
アーサーは肩を竦め
「そうそう、寝て儲けようってのが間違いだぜ」
それに人の名を短縮して呼ぶんじゃねぇよ
とぼやき、担いでいたリュックから幾つかの品物を選んで取り出しカウンタに置いた。
ヴェロは置かれた品々を見ながら
「ふん、相変わらず良い品持ってくるじゃねぇか」
と言い
「…今回はヨトムへ行ったようだな」
と告げた。
アーサーは頷き
「ああ、ただヨトムには行ったことがなかったから様子見にミニルの地下洞を少し歩いただけだけどな」
と答えた。
ヴェロはフンッと鼻を鳴らし
「人間如きがこのエルフの闇市にヨトムか」
豪儀な奴だ
と小さく笑った。
「氷華の結晶…クキュリックスフロウ…に」
冬禍の鏃…ヴェロースイベルンデスグラス…と
「これはクキュリックスサジェス…氷智の結晶だな」
どれもヨトムのけっこう強い怪物を倒さねぇと落とさない品物だ
「倒したのか?一人で」
アーサーは軽く肩を上下に動かし
「まあ、苦戦はしたけどな」
と答え、クキュリックスサジェスに手を乗せると
「これは杖に付けられるようにしてくれ」
加工代はその二つの代金の一部を使ってくれ
と告げた。
ヴェロはフーンと鼻を鳴らすと
「相変わらず、魔術補助の品は売らねぇんだな」
あんたは剣使いなのにな
と呟いた。
アーサーは「まあな」と答え
「渡したい奴がいるんだ」
と目を細めた。
大切な。
大切な。
眠り続けている彼の存在。
エルフの土地に居ても。
ヨトムに居ても。
何処にいてもふっと思い出す。
この世界でただ一人の冒険者の傀儡。
アーサーは思い出しながら、静かな笑みを浮かべた。
ヴェロはそれをちらりと見て
「わかった、最高の細工師に頼んでやる」
言い、彼の背後で隠れるように覗き見ている数名のエルフの娘を見て溜息を零した。
「言っとくが、わしの孫にその顔をみせるんじゃねぇぞ」
後ろの娘たちみたいになったら出入り禁止にしてやるからな
アーサーは意味が分からないとクルリと振り返り、エルフの娘たちに気付くと軽く笑って手を振った。
それだけで娘たちはホワホワと微笑み手を振り返して逃げるように立ち去った。
ヴェロは舌打ちすると
「天然誑し野郎が」
と吐き捨て、手早く計算をすると金貨をアーサーに渡した。
アーサーはそれを受け取り鞄にしまうと
「じゃあ、氷智の結晶…クキュリックスサジェス…を頼む」
と言い、立ち去った。
ヴェロは見送り
「初めて来たときから肝の据わった野郎だと思っていたが」
やはりこのエルフ族ですら恐々と迷い込んでくる闇市の常連になりやがったか
とふっと笑った。
エルフ族の土地に人がくることはあまりない。
エルフ族が他種族に対して排他的だと知っているからである。
いや、ヨトムの巨人族も同じである。
もっと言えば中の国に押し込められているすべての種族が他種族に対して排他的なのである。
だから、アーサーという人間はヴェロから見れば珍しい部類であった。
アーサーはそんなことを気にした様子も見せず闇市の洞窟から出た場所に待たせていたドラゴンに乗ると
「…今回は少し時間をとったな」
イサミに会いに行くか
と言い、腰にかけていたエクスカリバーを撫でると
「お前も会いたいだろう」
と笑い、青い空へと飛び立った。
あの動乱の時から30年以上が過ぎた。
長兄のアルフレッドは王となりエスターを治めている。
次兄のアンソニーはその補佐とあの研究所を続けている。
それぞれ晩婚となったが結婚もして子供もいる。
アーサーはエルフの土地から人間族の土地へと入り、先ずは旧世界での始まりの町を目指した。
砂漠と化していたが、イサミがあの地で眠り始めてから泉の周囲に緑の森が出来て砂漠の中央のオアシスとなっている。
ただ、人が近付くことはない。
始めは各国の王や宰相が立ち入りを禁止したことに端を発するが今では巨悪な魔物が封印されているという噂が出回って空を通り抜ける者もいない。
禁忌の土地となっているのだ。
もちろん、王たちはこれ幸いと真実を告げることはしていない。
アーサーはエルドの土地を越えて砂漠の上を飛来し、オアシスが見えてくると笑みを浮かべた。
空は赤く染まり夕刻の様相を見せている。
「今夜はここで寝て、明日エスターへ行くか」
アーサーはそう呟くと、オアシスの木々に隠れるようにある小屋の元へ降り立ち、ドラゴンを休ませるとその足で泉の元へと向かった。
青白いバリアに守られその中で滾々と眠り続けている冒険者の傀儡。
アーサーにとってはただ一人の存在だ。
「帰ったぜ、イサミ」
今回はヨトムへ行ってきた
「と言ってもほんの入り口の場所だったけどな」
まだまだ世界は広いな
「目を覚ましたら、一緒に回ろう」
言って、ポケットからケースを取り出しその中の小さな花を泉の畔に植えた。
周囲にも幾つかの花が植わっている。
全てアーサーが行った土地で見つけ、安全だとわかって持ち帰った花だ。
陽が落ち、夜を迎え…夜空に無数の星が瞬くまでアーサーは畔に座ってバリアの中の存在を見つめた。
思い出すのはあの時の約束。
『ごめんね、アーサー』
約束を守れそうにない
『1年2年、例え百年でも万年でも待っててやる』
だから
『安心して寝ろ』
…ありがとう、アーサー…
後数十年もすれば世代は変わり、彼が知っている人々はまた歴史の彼方に消えてしまっているだろう。
だけど。
だけど。
アーサーは微笑むと
「約束通り、俺は待っているぜ」
千年でも万年でも
「このエクスカリバーと共に」
と告げた。
翌日、アーサーは小屋で一泊すると彼の国である東の小国エスターへと向かったのである。
城壁に囲まれた小国。
そこでは彼の帰還を兄である王や次兄が待っていた。
■■■
「アーサー叔父さん!」
アーサーがエスターの王城に着くと明るい声が響き、バタバタと足音を立ててジークフリート王子が廊下を駆けてきた。
アルフレッドの長男で次の王である。
明るい性格で今年10歳になったばかり少年であった。
アーサーは突進してきたジークフリートを片手で抱き上げると
「久しぶりだな」
兄貴はいるか?
と問いかけた。
ジークフリートは頷くと
「父上は叔父さんが来るのを昨日から待ってたよ」
姉上や母上も待ってるよ
と笑って
「姉上は超おめかししまくってるけど」
と心で付け加えた。
アーサーは玉座の間に向かいながら
「そうか、帰るのが一日遅くなって悪かったな」
と言い、豪華で重厚な扉の前に立つとジークフリートを降ろして押し開けた。
広々とした空間に赤いカーペットが玉座に向かって伸びている。
その先にアルフレッドが座して待っていた。
アーサーはすっと姿勢を正すとまっすぐ歩き、手前まで来ると
「ただいま、兄貴」
と告げた。
アルフレッドは笑みを浮かべると
「ああ、昨夜戻らなかった時は心配したぞ」
と返した。
アーサーは荷物を降ろしながら
「向こうの家に寄って一晩泊まってきたから遅くなっちまった」
悪かった
と答えた。
アルフレッドはアーサーの言葉に少し視線を伏せつつ「そうか」と応えると
「だが、まあ…暫くいるんだろう?」
アンソニーも気にしている
「ゆっくりしていくと良い」
と告げ、ふっと考えると
「来月のお前の誕生日までは大人しくしているんだな」
と笑った。
それに隣の王妃の横に座っていたリルト姫が
「そうですわ、アーサー叔父様」
毎年叔父様の誕生会には大国の方々も来られますし
と腰を浮かし気味に告げた。
ジークフリートよりも7歳年上の少女である。
王妃はくすくす笑いながら
「リルト、アーサー様がいるのが嬉しいからと言って燥いではいけませんよ」
と言いつつ
「兵士たちもアーサー様の指南を楽しみにしておりますゆえ」
ごゆっくりして行ってくださいませ
と告げた。
アーサーは深くお辞儀をすると
「かしこまりました」
王妃と姫に言われたら
「ゆっくりしないわけにはいきませんから」
と言い、アルフレッドの前に行くと荷物から幾つかの品物を取り出した。
「これ、ヨトムへ行って手に入れた珍しいものだ」
使ってくれ
「アンソニー兄貴に渡す研究用の材料もあるから、これは兄貴の分」
アルフレッドは受け取ると
「これは氷鉄だな」
これを使えば強い盾が作れるな
と呟いた。
アーサーは頷くと
「ああ、鉄と溶かして混ぜると強度が上がると言われているからな」
使ってくれ
と告げた。
そして、リルトの前に行くと氷の華の髪飾りを渡した。
「これは氷華の髪飾りだ」
守りの力があるらしいからな
リルトは手にするとほわわと頬を染めて
「ありがとうございます、叔父様」
と答えた。
アルフレッドは娘の顔を見ながら
「…まさか、リルトは」
とふむっと考えた。
それに王妃はそっと耳に唇を当てると
「昔からリルトはアーサー様を好いておりますわ」
他の国の王女様たちにもモテモテの方ですから
と囁いた。
アルフレッドは驚き
「なっ」
と声を上げかけたものの、思わず飲み込んだ。
それにアルフレッドの隣に座っていたジークフリートは
「父上も叔父さんも鈍感なんだ」
と心で呟いた。
アルフレッドもその実は結婚するまで他国の姫たちにモテていたのである。
というか、エスターの三王子という事で全員モテていたのである。
気付いていないのは当の本人たちだけということであった。
アーサーは渡し終えるとジークフリートをみて
「今からアンソニー兄貴の研究所へ行くが、ジークはどうする?」
と呼びかけた。
ジークフリートは姉を一瞥してリルトの『羨まし過ぎ、後で情報よこせ』という無言の圧力に震えながら立ち上がると
「行きます!叔父さん」
と言うと、アルフレッドと王妃に頭を下げてアーサーと共に玉座の間を後にした。
研究所ではアンソニーとその息子二人と研究員二人とそれぞれの息子が働いており、けっこうな大所帯となっていた。
ジークフリートは剣技よりも研究の方が好きで、研究所によく入り浸っていたのである。
アーサーは研究所によると持ち帰った品物をアンソニーに渡し、その足で王城の庭に行くと兵士たちの訓練を付けた。
その日から一か月…アーサーは兄のアルフレッド王の言う通りエスターで生活し、誕生日の前日を迎えたのである。
月のない闇の深い夜であった。
アーサーは城の中にある己の部屋の窓際に座り、窓の外を見つめていた。
闇が降る。
しかし、城下では人々の灯す明かりが瞬いている。
アーサーは目を細めそれを見つめると
「…あれから30年以上たつが、まだ町は変わっていない」
と呟いた。
ただ、住む人々は代替わりして変わっている。
だけど、あの時の名残は多分に残っている。
そう考えると胸が急く。
アーサーはエクスカリバーを撫でると
「イサミ、目覚めてみないか」
全てが変わってしまう前に
「お前に見せてやりたい」
と告げた。
その時、エクスカリバーが淡く輝きを放った。
いや、エクスカリバーに宿る小さくなっているが始原の石の欠片が輝いていたのである。
第一章 目覚め
エクスカリバーに宿る始原の石。
それはアーサーの望む待ち人であるイサミの中に宿る石と同じものであった。
それだけでなくイサミがかつて連結魔導石以外で始めて感応し魔法を使った石でもある。
アーサーは輝くエクスカリバーを手にすると
「まさか」
まさか
「イサミが…目覚めたの、か?」
と呟くと立ち上がり、駆け出した。
一年。
二年。
いや、千年万年。
彼が目覚めるまで待ち続けるつもりであったし、今もそのつもりである。
ただ、彼が始めてこの世界で目覚めて触れ合った世界が無くなってしまう前に一度だけでも見せてやりたい気持ちがあった。
彼が生まれた世界は既に旧世界と言う時の彼方に消え去っている。
再びこの世界までも目覚めた時に消え去っているというのは…胸の軋むモノがある。
アーサーはドラゴンに乗ってエスターを飛び出すと砂漠地帯のオアシスを目指した。
闇が広がり眼下には人々の生活の光が瞬き、見上げれば空に星が瞬いている。
その狭間をアーサーは翔け、やがてオアシスが見えると泉の元へ降り立ち目を見開いた。
あの青白いバリアが消え去っていたのである。
アーサーはざぶざぶと泉の中に入ると浮かぶように眠っている冒険者の傀儡の前に立った。
「イサミ」
名を呼びそっと抱き上げた。
イサミ。
この世界で唯一の冒険者の傀儡。
薄く目を開けるとイサミはアーサーの顔を見つめた。
「アーサー?」
僕、寝てた
アーサーは微笑むと
「ああ、寝てたな」
だが大した時間じゃない
と返した。
「おかえり」
漸くできるな
「二人で冒険ができる」
…約束通りに…
イサミは微笑み返すと
「はい」
アーサー、ありがとう
と答えた。
…冒険をしようね…
その為に僕は生まれてきたのだから
「アーサーと新しいこの世界での記憶を作っていきたい」
アーサーは強く抱きしめた。
イサミも腕を背に回し抱きしめ返した。
ここから新しい冒険が始まるのである。
■■■
イサミはアーサーと共にドラゴンに乗るとエスターへと向かった。
夜から夜明けへ。
二人がエスターにたどり着く頃には空は白く輝き日の出が近いことを言外に教えていた。
イサミはアーサーから誕生会の話を聞き、目を見開くと
「え!アーサーの誕生日?」
僕なにも準備してない
とあわあわと慌てた。
アーサーは笑うとイサミを抱き締めながら
「最高の誕生日サプライズを貰った」
何も考える必要はねぇよ
と答えた。
そう、待った。
本当は千年、万年になるかもしれないと覚悟を決めていた。
だが反面で一日も早く目覚めてほしい気持ちもあった。
手を取り合って冒険をしたかった。
それが、思っていた以上に早く目覚めてくれたのだ。
誕生日の前日の夜に、目を覚ましてくれたのだ。
アーサーにとっては最高のプレゼントであった。
第二章 誓願
イサミはドラゴンが城に降り立つと上から降りて周囲を見回した。
何も変わっていない。
それほど時間が過ぎ去ったわけではないようである。
彼はそう考えアーサーが
「行くぞ」
と呼びかけると頷いて後に付いてアーサーの部屋へと向かった。
まだ早朝である。
番兵は起きて見回っているが他の者は眠っている時刻である。
騒がせるわけにはいかなかった。
二人はアーサーの部屋に戻ると服を着替えて共にベッドの中で眠りについた。
朝が訪れ先に騒がしさに目覚めたのはイサミであった。
イサミはモソモソと目を擦りながらベッドから降り立ち
「なんか騒がしいけど」
と扉をこそっと開けた。
しかも少しだけ。
こんなところは昔と変わっていない。
廊下もザワザワと声や足音が響き、やはり騒がしい。
イサミは
「何だろう」
と言いかけ
「あっ、アーサーの誕生日だよね」
と気付くとキョロキョロと部屋を見回し荷物を入れている鞄のところに戻った。
アーサーは必要ないと言ったが、やはり用意したい。
そう言うモノである。
が、アーサーが目を覚ますとイサミを見て
「先ずは兄貴達に挨拶しねえとな」
と呼びかけた。
イサミは驚きつつ
「あ、はい!」
と答え
「その後、研究所行ってもいいかな」
と聞いた。
アーサーはわかりやすいな、と思いつつ
「いいぜ」
と答えて、起き上がると服を着替えた。
胸に秘めた思いがある。
ずっと決めていたことがある。
アーサーは心を決めると服を着替え、メイドを呼んで食事を1人分増やすように告げると、イサミを連れて全員が揃っているだろう広間へと向かった。
エスター王家は仕事などがない限り全員参加で朝食をとる。
アルフレッドと王妃、リルトにジークフリートが席に着き、アルフレッドがふっと唇を開いた。
「1人分多いが」
それに従者の一人が
「アーサー王子にご指示をいただきました」
と答えた。
アンソニーと彼の妻、そして二人の息子達も座りながら、アーサーの隣の席に目を向けた。
他国の姫や王妃に人気の高いアーサーだが、浮いた話の一つもない。
アルフレッドとアンソニーは理由を知っているが、かつては敢えて結婚を勧めたことがあった。
いつ目覚めるか分からない彼を待つのを見ているのが辛かったのである。
が、アーサーは「悪いな」とサッパリ断ってきた。
だが。
だが。
心変わりという事もあり得る。
そこにジークフリートがふっと
「もしかして、アーサー叔父さん」
恋人がいて
「この誕生日会で発表とか」
と呟いた。
が、瞬間にリルトの拳骨が頭に降り注いだ。
しかし、この席に誰かを参加させるなど理由は一つだ。
全員がじーっと見つめていたそこに扉が開き、アーサーが姿をみせた。
「おはよう」
言い、後ろを見ると
「入れよ」
と声をかけた。
イサミはテケテケと入り
「おはようござい」
ます。と言いかけて目を見開くと凍り付いて足を止めた。
アーサーの姿は変わっていない。
城も。
ドラゴンも。
だからほんの数日、二、三年と思い込んでいたのである。
が、実際は30年以上経っている。
色々変わっていて当り前なのだ。
イサミはそれに一瞬で気づくとギギギとぎこちなくアーサーをみて
「アーサー、僕何年寝てたの?」
と震えながら聞いた。
アーサーはン~と考え
「30ン年だな」
と軽く答えた。
30年!
イサミは「えっ!」と声を上げかけたが、その横手からアンソニーが
「イサミ君!」
と駆け出して抱きしめたのである。
アルフレッドも歩み寄るとアーサーに微笑みかけて
「良かったな」
と告げて、イサミを抱きしめた。
二人とも30年前のことは心残りであり、忘れたことがなかった。
結婚が遅れたのにもそれが一因であった。
イサミは戸惑いつつも二人の面影に涙を浮かべると
「アンソニーさん、アルフレッドさん」
ごめんなさい
と抱きしめ返した。
アーサーは微笑みアルフレッドを見ると
「兄貴、今夜頼む」
と告げた。
ずっと決めていたこと。
アルフレッドは息をつくと
「分かった」
と答えた。
リルトやジークフリート、他の面々も不思議そうに見つめていた。
彼らは全員イサミのことは知らないのである。
ただ特にはアーサーの大切な存在だと言うことを言われ、王女であるリルトは複雑な心情であった。
イサミの目覚めは誕生日会に来た大国の王達に歓迎され、コーリコスのヒューズはいの一番に「お願いしたいことがある」と国への来訪を依頼したほどである。
アリにエドワード、シャールにカエサルも同様に来訪を依頼し、イサミを知らない王子や姫達は何者かを疑った。
そして、アーサーは誕生日会の最後に騎士の正装で姿を見せた。
これまでの誕生日会に騎士の正装など一度もしたことはなかった。
それだけで分かるものには何をするかが分かったのである。
アーサーはアルフレッドの座る玉座と向かい合うように離れて立ち、イサミを横に立たせると
「ここで待ってろ」
とつげてアルフレッドの前へと進んだ。
取り巻くように誰もが静寂を広げて見つめている。
神聖な儀式なのだ。
アーサーはアルフレッドの正面へ行くと片膝をつき、頭を下げた。
アルフレッドは立ち上がると一つ息をついて唇を開いた。
「予てからの希望を汲み、今ここでアーサーの王位継承権返却を認める」
その意味。
ほぼほぼの人々は驚きに目を見開いた。
イサミもまた王家の仕来りなど分からなくても意味は理解できた。
アルフレッドは苦く笑い
「だが、お前がエスター王家の人間であることは永久に変わらんからな」
と付け加えた。
アーサーは頷き
「ありがとうございます」
と答え、スッと立ち上がると踵を返してイサミを見つめた。
そして、足を進めるとイサミの手前で跪き顔を上げて微笑みを見せた。
「イサミ、俺はお前の永遠と共に生きて行く」
言い、目を見開くイサミに立ち上がるとエクスカリバーを己の前で翳し
「このエクスカリバーと共に」
と告げた。
それは神聖なる騎士の誓願であった。
アンソニーもアリもヒューズもエドワードも、シャールもカエサルも静かに笑みを浮かべた。
30年前のことを知っている誰もがそうするだろうと予測していたからである。
イサミは泣きそうに顔を顰めつつ
「…いいの?」
僕の永遠は長いよ
と返した。
アーサーはにっこり笑うと
「イサミと一緒の永遠なら楽しいだろうからな」
とさっぱりと告げた。
「約束通りに冒険を共にしよう」
イサミは泣きながら
「ありがとう、アーサー」
と抱きしめた。
そして
「アーサー」
僕に心と身体をくれたのは地球のいさみだったけど
「この世界を開いてくれたのは」
…アーサーだよ…
己の知らない世界。
一人だけの世界。
ともすれば孤独のまま世界を拒絶し続けていたかもしれない。
過去にばかり目を向けて未来に背を向け続けていたかもしれない。
そんな自分に手を差し伸べ、世界を与えてくれた。
アーサーも抱きしめ返すと
「俺も、同じだ」
と告げた。
アルフレッドはふぅと息を吐き出し笑みを浮かべると
「アーサー、新しい役目を与える」
我がエスター王族付き魔導士の護衛だ
「王族付き魔導士を守るのは王家の役目」
しっかり果たすことができるだろう?
と笑った。
アーサーは頭を下げて
「謹んでお受けいたします」
アルフレッド王
と返した。
同時に拍手が起こり、ヒューズが
「まあ、そうなるだろうことはわかっていたがな」
と小さくつぶやいた。
ただ、アーサーの熱烈ファンだった各国の姫たちは多大なるショックを受け
「あのチンチクリンは何者か!?」
という論争になったのである。
イサミとアーサーは誕生会が終わるとその夜はゆっくり過ごし、翌日の朝にコーリコスへ寄ってそのまま暫く旅に出ることをアルフレッドとアンソニーに告げて城を飛び立った。
ヒューズの依頼はダイルーズの死後に回収した魔導原書を含めた全書の管理であった。
「魔導原書は冒険者のための本だったからな」
我々が持つよりも利用できるイサミ殿が持っているのがふさわしいと思ったので
「お願いしたい」
イサミは受け取りながら
「はい」
大切に預からしていただきます
と答え、旅の合間に魔導原書翻訳を手伝う事を約束した。
そして、冒険の一歩をアーサーが勧めるエルフの地下洞闇市として旅立ったのである。
その先で大きな事件が起きているとはこの時二人とも知る由もなかったのである。
■■■
青い空が広がり白い雲が緩やかに流れていく。
イサミとアーサーはそれぞれドラゴンに乗るとエルフ族の地を目指して西へと向かった。
西のエルドを超えると深い大地の切れ目があり、その向こうにエルフ族の大地がある。
エルフ族も人間と似て4つの国に分れており、それぞれ治める王が違っていた。
そして、アーサーがいつも行くエルフの闇市は切れ目を越えた直ぐ近くの山の洞窟にあり、東のエルフ王が治める区域内にある。
人族もだが、エルフ族もまた他種族に対して排他的なところはあるが東のエルフ王は比較的他種族も受け入れる度量はあった。
だからこそ、エルフの闇市にはアーサーだけでなく他の種族も珍しい品の売買に訪れるのである。
アーサーは闇市の地下洞入口が見えるとイサミを見た。
「あそこだ」
エルフの闇市の入口だ
イサミは少し腰を浮かして覗き込むように見て
「あ、本当だ」
珍しい装備や防具やアイテムが売っているんだよね
と答えた。
アーサーはフムッと考えると
「ああ、イサミはエルフ族ともあったことがあるんだな」
と呟いた。
ついつい忘れてしまいがちだが、イサミは旧世界の住人だったのだ。
見た目が少年であっても実際はアーサーなど及びもつかない時間を生きている。
イサミは笑顔で頷くと
「旧世界の闇市とは違っているかもしれないけど」
エルフの闇市で手に入れないといけないアイテムがシナリオであったんだ
と笑い
「旧世界では町一つが闇市で洞窟ではなかったよ」
と付け加えた。
旧世界から今の世界へ切り替わる時に地殻変動があってあの頃の姿は見る影もなくなっている。
その一番の例がイサミを始めとした冒険者の傀儡が利用していた始まりの町である。
今では砂漠と化して見る影もなかった。
30年前にイサミが眠りについてから更にオアシスとなってしまい砂の下に残っていた名残すらも今はどこにもない。
イサミは目を細めて旧世界の光景を思い出したもののアーサーを見ると
「今の闇市を記憶に刻んでおかないとね」
と笑いかけた。
アーサーは静かに笑むと手を伸ばしてイサミの頭を軽く撫でた。
「無理をする必要はねぇよ」
けど今の闇市で色々見て回ろうか
と答えた。
二人は降り立ち洞の入口に立って目を細めた。
客の姿も殆どなく、どの店も静かであった。
アーサーはイサミの肩を引き寄せて
「普段は、もっとごみごみしているんだが」
と警戒心を強めた口調で言い、足を踏み入れた。
薄暗い洞内に各店の灯りが仄かに光りを添える。
イサミは周囲を見回しつつ
「…店の人が、見当たらないね」
と呟いた。
アーサーは頷きながら奥へ奥へと入り、一軒の防具や武器が置いている店の中へと入った。
「じぃ、、いるか?」
呼びかける声に静寂が返った。
アーサーは更に奥へ奥へと入りかけてヌッと置かれていた防具の後ろから出てきた影に一歩距離を置いた。
店主のヴェロではない。
それが分っているからである。
そこに立っていたのは年若い青年のエルフであった。
「あんた、アーサーか?」
アーサーは警戒しつつ
「ああ、そうだ」
と答えた。
青年は険しい表情を浮かべながら
「ヴェロじいさんは、いない」
あんたが来たらこれを渡してくれと頼まれた
と先日頼んでおいた魔力を高める装具を差し出した。
アーサーは受け取り
「ああ、確かに頼んでおいた奴だ」
が、ヴェロのじいさんは
と聞いた。
青年のエルフは即座に
「人には関係ない」
と言ったものの、直ぐに
「、、、あんた、ヨトムに一人で行って怪物たおしてんだってな」
本当か?
と返した。
アーサーは「ああ」と短く返した。
青年は惑いつつ
「ヴェロじいさんは、いま東の王都に行ってる」
その、封印されてた怪物が王都を襲っていて
「お嬢さまとお子様を助けに」
と告げると
「あんた、強ぇんなら力貸してくれ!」
王都がやべぇんだ
と堰を切ったように懇願した。
人族のアーサーに言うくらいである、本当にヤバいのだろう。
イサミはアーサーを見ると
「アーサー」
と呼びかけた。
アーサーは頷くと
「もちろん、じぃが居なくなったら品物売買出来なくなるからな」
と言い、踵を返して駆け出した。
イサミも同時に駆け出し、外へ出るとエルフの東の王都を目指して飛び立った。
エルフの青年は見送り
「頼む、王都を」
と呟いた。
闇市の洞窟のある山林から西南に拓けた平地に王都がある。
その周辺には遺跡が点在し、それらを縫うように街道が続いていた。
イサミとアーサーはドラゴンで一気に平地に出ると王都から少し離れた遺跡で怪物と戦っている東のエルフの王の軍勢を目にした。
王都に近付けないように押し戻すのが精一杯のようで、怪物へのダメージは微小であった。
人族もだが、どの種族であっても中の国の種族と怪物の生存値と攻撃能力には大きな乖離があった。
だから、冒険者と言う存在が生まれたのだが。
イサミは怪物を見ると
「あれは、マンティメメン」
と呟くと
「アーサー、あの怪物は狭いけど毛針を飛ばして強い範囲攻撃をするからみんなを遠ざけて」
と告げた。
身体は獅子のようだが黒い尾があり、鬣が鋼のようにとんがっていた。
アーサーは頷くと
「分かった」
俺がターゲットをとるまで待機してろ
とエルフの軍勢とは反対側に向かいエクスカリバーを構えた。
それにエルフの王が気付き
「あれは、人族か」
と呟いた。
「何故、人族が」
同じように王城から娘と孫と共に見ていたヴェロが
「アーじゃねぇか」
まさか
「助けに来やがったのか」
と呟いた。
他の種族が他の種族を助けることなどほぼ皆無である。
が、ヴェロは笑みを浮かべると
「ったく、あいつは」
と告げた。
アーサーはマンティメメンへ向かうと
「こっち向きやがれ!」
と剣から衝撃波を飛ばした。
それはマンティメメンにダメージを与え、一気に振り向かせた。
イサミは目を見開くと
「アーサー」
と呟いた。
眠る前には見たことのないアーサーの攻撃。
この自分が寝ている間にアーサーはレベルアップしたのだろう。
「大剣の技のスクリューショットに似てる」
と、言いながら付けを構えると呪文を唱え始めた。
が、この瞬間にマンティメメンは直ぐに意識をイサミへと向けた。
アーサーは目を見張り
「まさか」
と舌打ちして、直ぐに連続攻撃を仕掛けた。
イサミは覚悟を決めつつ詠唱を続行した。
いや、続行せざるを得なかった。
冒険者の傀儡だった頃も同じことは多々あった。
一度詠唱モードに入ると解除できないのだ。
マンティメメンはアーサーに振り向くことなくイサミへと毛針を飛ばしたのである。
頬と肩口を毛針が貫き、イサミは顔をしかめたものの
「我に応えよ、始原の原力」
アルクスプランドゥール
と魔法陣を三つ周囲に広げ正面に描いた魔法陣へと光の矢を集中させた。
マンティメメンは口を開けるとイサミへと襲いかかった。
刹那に正面の魔法陣から光の筋が走りマンティメメンを貫いた。
その一撃。
マンティメメンのHPを9割方削ったものの少し残っており、イサミへと爪を立てて振り上げた。
が、アーサーが背後からエクスカリバーで鋭い一撃を加えるとそのまま霧散し、幾つかの結晶が地に落ちた。
ただ一つ、黒い何かに包まれたモノだけは地に消え去った。
実は30年前のリトンヴォルムやヒドラの時も人知れず同じ現象が起きていたのである。
アーサーも気付かず、ドラゴンの上で倒れて摺り落ち掛けたイサミを掴まえ抱き上げると
「悪い」
と顔をゆがめた。
イサミは薄く目を開けると
「アーサーのせいじゃないよ」
と応え
「目覚める前だったら」
今の術を三回撃ち込まないと駄目だった
「だから」
と言いかけて意識を手放した。
アーサーは深く溜息をついて、ふっと手前に現れた人物を見た。
東のエルフの王である。
彼は頭を下げると
「助力感謝する」
と言い
「怪我の手当てをさせていただきたい」
是非王城へ来てもらえないだろうか?
と告げた。
アーサーは驚きつつ
「いや、知り合いが」
と言いかけたが直ぐに
「こちらこそ感謝する」
宜しくお願いする
と承諾した。
己もエスター王家の人間である。
まして、他種族をどんな理由があろうと王城へ招き入れる重みを知っていたからである。
普通ならば、声などかけない。
助けて貰っても素知らぬふりをする。
それが意外と通例であった。
エルフの王は微笑むと
「ではこちらへ」
とドラゴンを誘った。
他のエルフ達も王都を守れたことに安堵と喜びを広げていた。
その先にヴェロと彼の娘であり王妃であるテイルと孫のルイーナが待っていた。
アーサーはイサミを客室で寝かせヴェロと出会うと
「じぃ!」
じゃなくてヴェロ殿
と言いかけて、ヴェロに
「じぃでかまわん」
と笑われた。
そして
「あの魔法使いがお前の言ってた子か」
と言い
「あのパワーに術」
旧世界の伝説に残る冒険者並みだな
と告げた。
アーサーはピクリと顔を顰めつつ
「どうだろう、な」
と応えるに留めた。
ヴェロはふっと笑い
「お前も強いがあの魔法使いのヘイトは超えられん」
と率直に言い
「お前に渡したあの装飾をつけるのは待て」
それよりも北の国に魔法使いのヘイトを消す力を持った杖を作れる
「材料となる枝があるらしい」
魔物が守っているらしいが
「それを手に入れてこい」
杖職人に頼んで最高級のやつを渡してやる
と告げた。
それにエルフの王は視線を向け
「義父殿しかしあの地の王は」
と告げた。
ヴェロはフムッと息をつき
「かなり他種族を嫌っているな」
入国許可が下りるかだな
と告げた。
アーサーはそれに
「そこは、何とかする」
その枝、必ず手に入れてくるからお願いしたい
と告げた。
イサミの術は30年前に比べ異様に強くなっている。
本人自身も気付いているのだろうマンティメメンを倒すのに一発で終わったことに不審を抱いていた。
このままでは戦いの場において常にイサミがターゲットとなり危険に晒すことになる。
それは避けたかったのである。
アーサーは座りながら理由に思い至り
「連結魔道石か」
と呟いた。
この中の国を創生し支えていた連結魔導石はイサミの中にある。
そのことが大きくかかわっているのだろう。
エルフの王とヴェロはアーサーの呟きに対して視線を交わしつつも沈黙を守った。
イサミは渾沌と二日間眠り続け、3日目の朝に目を覚ました。
視界には豪華なシャンデリアの付いた天井が広がり、目を瞬かせた。
「?エスターの城、じゃないよね」
ボンヤリと呟いた彼に
「東のエルフの王城だ」
と声が返った。
「二日間寝ていた」
もう大丈夫そうだな
イサミは共に寝ていたアーサーに目を向けると頷き
「はい!」
と応え、少し考えると
「そう言えば火力上がってたね」
と呟いた。
アーサーは躰を起こすと
「ああ、俺もエクスカリバーとパワーをつけたが」
イサミのヘイトを超えられない
と告げた。
イサミは顔を顰め
「…連結魔導石のせい、かな」
と応えた。
ただ、それで諦めることはできない。
戦いの場においてはまずいことになる。
怪物のターゲットになっている限り長い詠唱は唱えられない。
つまり強力な魔法が使えないことになる。
「レビンアローで倒せる程度なら良いけど」
モブくらいだよね
アーサーは「モブ?」なんだそれは?と思ったものの
「マンティメメンやヒドラ、リトンヴォルム辺りは無理だな」
と応え
「それで、北の国にヘイトを消す杖を作れる枝を落とす怪物がいるらしい」
それをとりに行こうと思う
と告げた。
イサミは頷き
「はい!」
と答えた。
アーサーは微笑むと
「ま、問題はあるが」
何とか考えねぇとな
と呟いた。
他種族を強行的に嫌っているエルフの王が支配しているのだ。
その地に入れるかどうかである。
考えればこの東の国のエルフの王が他の種族にある程度柔和なのはヴェロを見ても、あの闇市を見ても理解できることであった。
他種族の出入りを禁止していないからできるのである。
しかし諦める訳には行かない。
思案するアーサーの顔にイサミは顔を近付け
「何が問題なの?」
アーサー
と呼びかけた。
アーサーはイサミの顔を見つめ
「北の国のエルフの王は他種族に対してかなり排他的らしい」
人である俺やお前を入れてくれるかどうかが問題だってことだな
と答えた。
イサミはフームと考え
「エルフに見せかけるだけなら僕出来るよ?」
と答え、ベッドから降りると鞄をガサガサと探ってアイテムを取り出した。
エルフの耳の形をした飾りのようである。
アーサーは起き上がるとベッドの上で胡坐をかぎ
「エルフの耳の飾りか?」
と問いかけた。
イサミは頷くとすっと両耳に添え
「こうやってつけて、エルフ仕様にするんだ」
結構人気だったんだ
「いさみはかなりガチャを回してた」
と笑いながら告げた。
…。
…。
時々。
時々、アーサーには理解できない言葉が飛びだす。
冒険者だけが分る内容なのだろう。
イサミはカバンからもう一つ取り出し
「アーサーも付けれたら何とかなるかも」
と差し出した。
そして、ふっと何かを思い出したように
「冒険者はね」
アイテムをつけたり
「術の使用とかもボタンだったんだ」
と告げた。
「不思議だね、同じことをしているのに」
アーサー達と全然違う方法でしていたんだ
エスターの研究所でチコの葉を手にした時も同じことを思った。
自分たちはチコの葉は植物ではなくて怪物が落とすドロップ品だったのだ。
使うこと。
与えられること。
同じ行為なのに…方法が全く違う。
だけど、今はそれが懐かしくて。
とても、懐かしくて。
少しだけ泣きたくなる。
アーサーはイサミの頬に手を当てると
「もうそのボタンとやらがないんだったら、俺達と同じ方法でやっていけば良いさ」
イサミは今ここにいるんだからな
と告げた。
イサミは頷くと
「はい!」
と答え笑みを見せた。
アーサーも耳をつけて
「エルフに見えるか?」
と問いかけた。
それなりに見えるというのが不思議アイテムである。
二人は朝食を知らせにきたメイドと共に食堂の大広間へいき驚くヴェロを前に事情を説明した。
ヴェロは笑うと
「面白いものをもってるんじゃねぇか」
と言い
「他にもあったら、取引してやるぞ」
と告げた。
さすが闇市の商売人である。
イサミは「倉庫があったら古い防具とかアイテムとかあったんだけど」とぼやいた。
30年前には見当たらなかったので、恐らくはなくなってしまったのだろう。
諦めるしかなかった。
アーサーは座りながら
「イサミ、気にしなくていい」
じぃのは挨拶みたいなモノだ
と軽く返した。
ヴェロはハハッと笑い
「まあ、アーもまた何か手に入れたら何時でも来い」
それから
「北の門番に何用か聞かれたら枝を取りに来たことを言え」
東の闇市へ売り行くとな
「そう言う輩は少なくない」
と告げた。
そして
「北の国には旧世界の伝説に纏わる場所も幾つかある」
元々人族の地よりここかヨトムの方が多いし
「我々や巨人族の方が長命だから伝承も残りやすいからな」
とイサミをチラリと見て呟いた。
イサミは目を見開き
「そ」
れは何処に?と言いかけたもののアーサーに手をつかまれ言葉を止めた。
アーサーは立ち上がるとイサミの手を掴んだまま
「じゃあ、枝を手に入れて」
戻ってくる
と踵を返した。
エルフの王や王妃、姫達は頷き、そっと送り出したのである。
ヴェロは静かに笑みを浮かべ
「30年くらい前に人族の土地で地下の国や天の国の輩と何かあったらしいが」
アーやあの魔法使いが関わっていたのかも知れんな
「あの魔法使いは人族じゃねぇ」
と呟いた。
エルフの王はそれに
「義父殿、その話は」
と聞いた。
ヴェロは彼を見ると
「闇市は品物だけじゃなくて情報も売買されるってな」
だからこそ
「あの二人なら北の国を…救ってくれるんじゃないかと思ってあの枝の話を出した」
眉唾かもしれねぇあの枝の話をな
と唇を開いた。
その頃、アーサーとイサミは東の国の城を後に北の国へと向かっていた。
そこは、緑のない氷河の国であった。
■■■
東の国には基本城壁がない。
王都にはあるが国全般にはなく、自由に行き来できるようになっている。
アーサーはドラゴンに乗りながら北との国境に着くと張り巡らされた壁に
「なるほど、確かに厳しいみたいだな」
と呟いた。
門は見える範囲で1つ。
門番とドラゴンに乗った空騎兵がいる。
空から抜けるのも見張っていると言うことだ。
イサミはアーサーを肩越しに見ると
「かなり厳しいみたいだね」
と告げ
「とりあえず、このアイテムでごまかせたらいいんだけど」
と呟いた。
アーサーは静かに笑むと
「そうだな」
と返し、ドラゴンを門前に降下させた。
北の国へ入国しようとしているエルフたちは居らず、アーサーとイサミはドラゴンから降り立つとそのまま門前へと進んだ。
そこに門番である兵士が二人立っており、アーサーとイサミを上から下まで見て唇を開いた。
「北の国へは何用だ?」
アーサーはそれに唇を開いた。
「北の国の森林の奥に杖の材料となる枝があると聞いて取りに」
闇市で高く売買されていると聞いたので
「一儲けする為にです」
第三章 北の王
門番はそれに顔を顰め
「昨今そう言う輩も増えたものだが」
あの森林には怪物が出る
「死にたくなければ戻るがいい」
と告げた。
アーサーは不敵に笑うと
「あー、大丈夫だ」
強い怪物が出ることも知っているから
「安心して通してくれ」
と返した。
門番は一つ息をついて
「忠告はしたからな」
とにかく
「無理だと思ったら逃げろ」
と門を開けた。
アーサーとイサミは少しホッとしながらドラゴンを連れて門を潜り、北の国へと足を踏み込んだのである。
門の奥は真っ白な世界で、いわゆる氷の世界であった。
アーサーはドラゴンに乗り直し軽く肩を竦めると
「コーリコスも北にあるが、ここまで凍っちゃいねぇな」
と内心ぼやいた。
イサミはアーサーの前に座ると
「氷の女王のお話に出てくる国ってこういう感じなのかな」
と思いながら、凍り付いた木々や草花が光を弾くのをジッと見下ろしていた。
彼らのいう森林は緑の森林ではなく氷の木々の森林で、二人が想像していたものとは少し違っていた。
王城は煉瓦作りだが、やはり、どこか底冷えのする雰囲気が漂っていた。
アーサーとイサミはエルフに化けて潜り込んだだけに王城から離れた迂回ルートを飛来し、王城の奥に延々と広がる白い森林を目指した。
眼下には道があり、やはり白い雪をかぶった煉瓦作りの家がポツリポツリとある。
王城も白いが、作りはどこか東の国に似ており、城壁のある城を囲むように家々が密集していた。
その城の小塔から一人の人物がふっとドラゴンに乗って飛んでいく二人の姿を見つめていた。
北の国の王である。
名前をアンダルフォンと言い、エルフらしい整った容貌の美丈夫であった。
彼は白く重々しい服を羽織り窓際に立つと
「…ドラゴンか」
久しぶりだな
と呟いた。
それに門番からの伝令を聞いていた近衛兵長が
「先ほど連絡のあった東の国からのものです」
あの森にある
「伝説の枝を取りに来たそうです」
と告げた。
「まだ噂は生きているようです」
言い小さくため息を零すと
「その内にあの怪物を倒せるものがいたら…王のお心も少しは休まるでしょうに」
とぼやいた。
アンダルフォンはそれに視線を伏せ
「そんなもの…旧世界の冒険者くらいだな」
と言い
「ああいう、無謀な者達のおかげで怪物が王都に来ないですんでいるのだが」
噂の効力が何時まで続くか
と目を細めた。
「本当の事を知れば、またこの国のものを犠牲にせねばならなくなる」
近衛兵長は目を閉じ
「確かに」
前の王も…自らを犠牲にされましたな
と答えた。
北の国の王はフフッと笑うと
「噂の効力が消えれば」
次は私が怪物の元へ向かうか
「その方が今の状態よりは気持ちは安らぐ」
と呟いた。
それに近衛兵長は首を振ると
「それはなりません」
王は最期の砦でございます
「その前に私が参ります」
と告げ、一礼すると踵を返して立ち去った。
王はふっと笑うと
「…私が死んでも…お前がいる」
と小さくつぶやいた。
近衛兵長はそれに「私は一介の兵に過ぎません」と答えた。
二人は憂いを含んだ視線でアーサーとイサミが向かった深い深い白の森を見つめた。
そこに北の国を揺るがす怪物が棲みついていたのである。
■■■
白銀の世界であった。
木々も草も全てが凍り付いており、太陽の陽光を浴びるとキラキラと輝くほどであった。
イサミはドラゴンから降り立つと周囲を見回し
「凄いね」
キラキラして綺麗だね
と微笑んで告げた。
アーサーは軽く身体を両手でさすりながら
「まあな、これで寒く無けりゃいいんだがな」
と呟いた。
イサミはアーサーを見ると
「そんなに寒いかな?」
と問いかけ
「あまり、寒いとか暑いとか…感じないんだよね」
とぼやいた。
言えば痛みにすら鈍感だったのかもしれない。
目覚めてから痛いという感覚を覚えたのである。
イサミはふっと少しずつ冒険者の傀儡から変わって行っているのかもしれないと感じながら、アーサーの手を握ると
「こうすると手はかじかまないかな」
と笑いかけた。
アーサーは静かに笑むと
「ああ、そうだな」
と答え
「行くか」
とドラゴンを森の入口に待たせると中へと足を踏み入れた。
イサミの手は自分の手よりも冷たい。
だが、心は不思議と温かくなる。
二人は氷の木々を縫うように中へ中へと足を踏み入れた。
その先に怪物が獲物を待ち構えていたのである。
第四章 氷の森の怪物
白く透明な世界。
しかし、身体を強張らせる氷の世界でもある。
イサミは先を行き乍ら
「…その枝の木ってどこにあるんだろうね」
と呟いた。
物見遊山で来たわけではない。
ヘイトを抑える杖を作るための枝を手に入れるためである。
アーサーは頷きながら
「ああ、怪物が守っているとか言っていたが」
と言い、足を止めるとエクスカリバーを構えた。
イサミもすぐに気づくと杖を手に、アーサーから距離を置くように移動した。
氷の木々の向こうに蠢く影。
地を這うようなうめき声が響いている。
イサミは木の影の向こう見えた姿に目を細めた。
「…あれは」
テュポーン
無数の頭を持つ獰猛な怪物である。
攻撃力に生存値が異様に高い。
しかも、口から毒液を吐き出しそれを浴びると高い毒の持続性ダメージを与えるという特殊攻撃を持っている。
イサミは少し考えると
「アーサー」
一旦引いた方が良い
「テュポーンは冒険者の中でも高難易度のボスで攻略が困難な怪物だった」
ダークマターフィールドも効かないし
「同じ最終呪文だったリヒトブリッツシュラークを5回くらいは撃ち込まないと倒れない」
と告げた。
「レビンアローじゃまったく役に立たない相手だよ」
アーサーは「なるほど」と応えると
「つまり、ヘイトを抑える杖を持っていない以上は作戦を練る必要があるってことだな」
と告げ
「先に逃げろ!」
と顎を動かしイサミを促した。
イサミは頷くと
「了解」
と踵を返すと駆けだした。
アーサーも次の瞬間に足を踏み出すとイサミの後ろに付いて走った。
が、テュポーンは口を開くと毒液をイサミたちの方へと吐きかけた。
イサミは慌てて
「避けて、アーサー!!」
と叫び、自身も左側へと飛んだ。
瞬間に毒液は二人の走っていた場所に吐きかけられて樹氷を溶かして倒した。
イサミは立ち上がって再び走りかけた。
瞬間にアーサーの声が響いた。
「イサミ!」
声に振り向いた刹那に強い衝撃が走った。
転がり、躰を起こした視界に毒液を浴びたアーサーの姿があった。
「ま、さか」
アーサー!
駆け寄りかけてアーサーが投げたエクスカリバーに阻まれた。
直ぐ側までテュポーンが迫っていたのだ。
俄には信じられない。
あり得ない光景であった。
確かに動きは早かったが、こんなに早いはずはなかった。
アーサーは強い痛みと痺れに強張りながらも
「逃げろ!」
早く、逃げろ!
と叫んだ。
このままでは二人とも共倒れである。
自分の躰はまだエクスカリバーの守護がある。
多少は人より丈夫なはずである。
イサミは眠るだろう。
その時間は、今は分からない。
だから。
イサミはスッと表情を変えると
「逃げないよ」
アーサーだけ残して逃げるなんてしないよ
と言うと
「例え一発でもぶっ放してやる」
とテュポーンへ向かって駆け出した。
アーサーは目を見開くと
「なっ!?」
と動きかけて、痛みに躰を硬直させた。
イサミは素早く
「レビンアロー!」
と雷の矢を落とし、テュポーンのターゲットをとると動きを睨み付けた。
「思い出せ」
こいつとソロでやり合った時のタイミング
そう呟き杖を握り締めた。
■■■
魔法を使うときの最大の難点は詠唱時間の長さにある。
簡易呪文なら力は弱いが短い詠唱時間で済むので状況によっては多用するが、やはり火力として戦うときは強力な呪文が必要となる。
その場合どうしても詠唱時間は長くなりそれだけ無防備の時間が増える。
一度唱えだした呪文は敵の詠唱阻害行動がない限りはダメージを受けても続けられる。
いや、続けてしまうことになる。
その為に発動よりも早くHPを失いそのまま敗北することもあった。
物理攻撃などは攻撃や次の行動までのタイムラグは魔法使いよりもかなり短く敵の攻撃を避けるという行為が可能なことが一つ大きな違いであった。
その為、イサミも旧世界で戦っていた時は多くの場合は壁という強いヘイトを保持し、敵の攻撃を一手に引き受ける存在と共に行動していた。
つまりソロと言っても本当の一人の場合もあるが、多くの場合はバディという存在がいた。
バディは攻撃型か壁型のどちらかを選択して共に戦うことが出来るというものであった。
イサミは樹氷を避けながら走り、ふっとそんなことを思い出していた。
「そうだよね、考えれば…なおくんがいわば僕のヘイトを0にしてくれていたんだよね」
地球のいさみは『なおひこ』という名前の壁型のバディを呼び出し、イサミとペアを組ませて戦わせていたのである。
だが、今はその存在はいない。
しかし、戦わなければならないのだ。
第五章 敗北
イサミはテュポーンの毒液を避けた直後に足を止めると振り返り
「とりあえず毒の攻撃は避けて」
距離はこれくらい離れていたら…少しは間ができるよね
と詠唱を始めた。
「我に応えよ」
始原の原力…リヒト…
言いかけて、鋭いテュポーンの爪がイサミの身体を走った。
痛みが、走る。
だけど、詠唱阻害にならない。
イサミは口を開いて毒を吐こうとしているテュポーンを目に
「ブリッツシュラーク!!」
くらえ!!
と呪文を発動した。
空に魔法陣が広がり太い光の稲妻がテュポーンへと落ちた。
テュポーンは大きく仰け反ると吹っ飛び、地に倒れた。
やはりダメージは30年前に比べたら比較にならないほど大きくなっている。
が、倒したわけではない。
イサミは傷みに顔を顰めながら急速に襲ってくる眠気に
「…まずい、よね」
と言った瞬間に手を引かれ抱き寄せられた。
「無茶しやがって…今のうちに逃げるぞ」
アーサーが身体を引き摺るように歩きながら抱き上げたのである。
イサミはアーサーの顔を見ると
「…アーサー…ごめ、ん」
と言うか否かの間にそのまま意識を手放した。
確かにかなりの無茶苦茶である。
が、イサミがもしあの時に逃げていれば自分は例えエクスカリバーの守護があってもどうなっていたか分からない。
ただ、それを覚悟でイサミと行動しているのだ。
どんな結果であっても後悔はなかった。
アーサーは小さく息を吐き出しテュポーンが起き上がろうとしているのを横目に足を引き摺りながら走り出した。
「とにかく、逃げねぇとな」
今は
思ってはいるものの、恐らく直ぐに追いつかれてしまうだろう。
それでもアーサーはイサミを抱いたまま森の出口を目指した。
痛みで思うように動かない。
だが彼を抱いている限り先を諦めることはできない。
アーサーは歩くような速度だがとにかく足を動かし続け、やがて見えてきた森の出口にヨロリと樹氷に倒れ込むと森の出口から近づいてきた影に
「こいつを、頼む」
と言いそのまま意識を手放した。
まさに完璧な敗北であった。
その後、何があってどうなったのかはわからないが…アーサーが目覚めると手当てはされているものの鉄格子のなかにいたのである。
アーサーは身体を起こし
「は!?」
と声を上げると周囲を見回した。
ただイサミの姿は何処にもなかった。
■■■
北の国の王城の一室にイサミは眠っていた。
滾々と眠り続け、アンダルフォンはその横に立って眉間に皺を寄せていた。
「まさか、この少年が先ほどの魔法を使ったというのか?」
それに近衛兵長は重々しく頷き
「はい」
と答え
「もう一人…男が同行していましたがその者は南の牢に入れております」
もちろん手当はしております
と告げた。
「大切な人質ですから」
アンダルフォンは視線を伏せて
「人質か」
我々は国を守るためにどれだけの罪を背負っていくのか
と苦く笑った。
近衛兵長は瞼を一度伏せ直ぐにアンダルフォンを見つめると
「しかし、もしもあの怪物を倒すことが出来れば」
我々もこの国も救われます
「もう無用の犠牲を求めずとも済みます」
と告げた。
テュポーンは周期的に国を襲い、多くの者が犠牲となった。
城壁を作り入国を厳しくしたのはテュポーンによる被害拡大を抑えるためでもあったのである。
しかしその内に森への厳しい入山禁止は宝があるからだろうという間違った噂が広がり、国の忠告に逆らい森へ行ったものが現れた。
その時はテュポーンが国を襲う周期が伸びたのである。
その後も暫くは噂が独り歩きし、一人、二人と森へ行くものがおり、その間はテュポーンは国を襲わなかった。
周期的に国が襲われるときの犠牲の数と森へ入ってテュポーンと対峙する者の犠牲の数を考えれば王としては後者を選択せざるえなかった。
ある時は宝を求めた無謀な探検者。
ある時は北の国の衛兵。
そして、数年前にそのことに耐え切れなくなった王が自らテュポーンの元へ向かったのである。
それが、アンダルフォンの父王であった。
その後に探検者も減り苦境に陥って『ヘイトを抑える特殊な枝が森にある』という噂を流して枝を求めて入国する者を待ったのである。
だが、その行いが間違っていることはアンダルフォンも重々承知の上であった。
何時かその報いを受けるだろうことも覚悟をしていたのである。
第六章 駆け引き
アーサーは牢のベッドの上で暫く座り、鉄格子を見つめていた。
怪我の手当てはされている。
つまり、死なせるつもりはないという事だろう。
「なら、イサミも絶対に無事だ」
アーサーはそう判断し、どうやって牢屋を抜け出してイサミの居場所を突き止めるかを考えた。
窓はある。
が、鉄格子。
もちろん鉄格子の扉は施錠されている。
「叫んで、兵がくるなら呼ぶか」
と言い、鉄格子の前に立つと
「うぉおおおおお!!死ぬ!!傷が痛む!!」
誰かぁ!!
「医者を呼んでくれ!!」
と少々芝居がかった叫び声をあげた。
そこに三つの影が現れた。
兵士二人と近衛兵長であった。
彼は王と暫くイサミの様子を見ていたが一向に目覚める気配がなく、事情が分からないために同行者であるアーサーの元へ来たのである。
「…かなり回復しているようだが」
それほど叫ぶ必要はないだろう
「何か用があるのか、人間」
アーサーは耳を軽く触りエルフのアイテムが無くなっていることに気付くと息を吐き出した。
「…俺の同行者の行方を知りたい」
俺を手当てして助けたくらいだから
「助けていることはわかっている」
近衛兵長はふっと笑うと
「なるほど」
確かに助けている
と言い
「その同行者のことで聞きに来た」
と返した。
アーサーは短く
「なにを?」
と問いかけた。
近衛兵長はアーサーを見つめ
「お前たちを助けてから丸一日経つが目覚める気配がない」
傷は見当たらないので…目覚めても良いはずだが
と告げた。
アーサーは少し考え
「あの衝撃だったら明日くらいまでは眠っていると思う」
と答え
「で?俺を牢屋に入れて、イサミの様子はよく見ているようだが」
どうしたいんだ?
と聞いた。
イサミも牢に入れているなら目覚めていないことをわざわざ聞きに来ることもないだろう。
そもそも国外追放か、適当な応急処置で牢にぶち込んで処罰なら、今の自分の状態はないだろう。
アーサーは大体のところを理解しつつ
「イサミに何かさせたいのか?」
と付け加えた。
近衛兵長はふっと笑うと
「なるほど、状況把握の力はあるようだな」
と言い
「ならば単刀直入に言う」
お前は人質として暫くここでおとなしくしておいてもらう
「同行者の少年が我々の言う事を聞いてくれれば二人とも無事に国から出してやろう」
と告げた。
アーサーは腕を組み
「イサミの魔法を何処かで見たんだろう」
だが
「イサミ一人では勝てないぜ」
あの怪物が守っているという噂のヘイトを下げる枝で杖を手に入れないとな
と告げた。
「呪文を唱える間にテュポーンにやられる」
近衛兵長は「そうだろうな」と答え
「だが、ヘイトを下げる杖の材料となる枝など、どこにもない」
と告げた。
「我々が流した眉唾だ」
アーサーは目を見開くと
「…あんたらが?」
何故?
と問いかけた。
近衛兵長はそれに対しては
「そこまで言うつもりはない」
だが
「あの怪物を倒した暁には全てを明らかにして責任をとるつもりはある」
王も民も関係ない
「私が進言し、私が行ったことだ」
と告げた。
「ただ、ヘイトを無にする杖はある」
我が国の宝だ
「今回はそれを特別に使ってもらう」
そして
「私も同行する」
敵の意識を私に向けさせる
「その間に詠唱を唱えることが出来るだろう」
アーサーは少し考え
「そうか」
一瞬でやられないことを祈っておいてやる
と告げた。
近衛兵長はふっと笑うと
「問題ない」
リヒトカイザーをお借りしている
と告げた。
アーサーは目を細め
「確か伝説のナックル」
あんたが今の持ち主か
と呟いた。
近衛兵長は頷き背を向けると、隣に控えていた兵に
「出してやれ」
どうやら逃げ出す気はないようだ
「同行者の元へ案内してやるがいい」
と告げて、立ち去った。
兵士が驚きつつも鍵を開けるのを目にアーサーは
「…同行OKってことか」
と呟き、イサミの眠っている部屋へと兵士と共に向かった。
イサミはアーサーの予測通りに翌日まで昏々と眠り続け、翌日の昼頃に目を覚ました。
アーサーはベッドの隣で座りイサミが目を覚ますと
「体の痛みはないか?」
と微笑みかけた。
イサミは頷くと
「夢、見てた」
と告げた。
イサミは大抵目を覚ますとこの言葉を告げる。
アーサーは少し笑って
「どんな夢か、気にはなるな」
と返した。
イサミは身体を起こすと
「前までは地球のいさみや旧世界での夢だったよ」
と笑み
「でも、今はアーサーと冒険する夢だったよ」
と告げた。
「色々なところ、行こうね」
アーサーはそれに笑みを深くすると
「ああ、行こうな」
と返し、扉が開くのに笑みを消して見つめた。
そこに近衛兵長とアンダルフォンが立っていたのである。
アンダルフォンはイサミとアーサーを見ると足を進め
「…話は、できるようだな」
と言い、頭を深く下げると
「我が北の国を救ってもらいたい」
あの森の怪物を倒してもらいたい
と告げた。
エルフの王が頭を下げるというのは…どれほどのことか。
アーサーはイサミを見ると
「イサミ」
と呼びかけた。
イサミはアーサーを見ると頷いた。
そして、アンダルフォンに
「はい!」
と答えて、はっとすると
「けど、問題は」
と言いかけた。
それに近衛兵長が杖を手にすると
「我が北の国の国宝…ソピアメイルです」
この杖は魔法使いのヘイトを無にする効力を持っています
「…どの枝を使ってもこれを作ることは叶いません」
と告げた。
その意味。
イサミは目を見開くと
「それって、じゃあ、噂の…」
と言いかけた。
それにアーサーが手で制止すると
「…噂は、嘘だったってことだ」
と告げた。
「恐らく、その杖で実演して信じ込ませたんじゃねぇかと思うが」
近衛兵長が頷き
「その通り…です」
と答え
「今回のみ、お貸しいたします」
それと
「私が同行し、敵の攻撃を引き受けます」
と告げた。
イサミはそれに驚いて
「え!?でも…」
と言いかけた。
近衛兵長は静かに笑み
「御心配はありません」
攻撃力はありませんが守りはこの伝説のリヒトカイザーがあります
と告げた。
実は先の戦い折りにテュポーンが追い付かなかったのは彼がその伝説のナックルで二人から意識を離させたからであった。
アーサーもまたエクスカリバーを肩にかけ
「俺も行くからな」
と告げた。
イサミは頷くと
「はい!」
と答えた。
翌日、三人はテュポーンのいる樹氷の森へと向かった。
それを見送り北の王は一つの事を心に決めていたのである。
■■■
陽光が、射し込む。
氷の枝葉を抜けて氷の地表に届いてきらめいている。
だが。
その光の中に怪物がいた。
第七章 テュポーン
最初に唇を開いたのは近衛兵長であった。
「後は、任せる」
静かな声で言うとテュポーンの懐へと一気に飛び込んだ。
そして、一撃を食らわせるとテュポーンの意識を直ぐに向けさせた。
テュポーンは口を開くと近衛兵長に毒液を吐きかけた。
それを素早いステップで避け、何発も何発も追撃を食らわせていく。
イサミはソピアメイルを手にすると
「凄い…上手い壁役の人みたいだよね」
と言い、唇を開いた。
アーサーもそれを見ると
「じゃあ、今回は俺も思いっきりさせてもらうか」
と言うとエクスカリバーを大きく振りかぶった。
「この前のリベンジさせてもらう」
言うと、大きく振り下ろした。
空を切って衝撃波が飛びテュポーンにダメージを与えた。
幾つかあるドラゴンのような顔の一つがクッタリと力を失い落ちた。
が、それでもテュポーンの意識は近衛兵長から離れなかった。
それだけヘイトが異常に高いというこだ。
実はそのヘイトが高い事こそリヒトカイザーの特徴の一つであった。
イサミは詠唱を続け
「我に応えよ!始原の原力」
くらえ!
「ブリッツシュラーク!!」
と魔法陣を空へ広げテュポーンに光の稲妻を落とした。
テュポーンはぶっとんだ。
が、それを追うように近衛兵長は突っ込み更に追撃を食らわせた。
アーサーもエクスカリバーで全力攻撃を続けた。
イサミの一撃に届かないもののかなりの火力であった。
イサミはそれを目に
「あれが、アーサーの本当の火力なんだ」
いつもはきっと…
と呟いた。
半分壁役をしていたのでコントロールしていたのだろう。
イサミは半分以上の生存値を失いながらも攻撃を行うテュポーンを目に
「この一撃で終わらせる」
と言うと、詠唱を始めた。
その時、近衛兵長に毒液が直撃した。
が、近衛兵長は動きを止めることなくテュポーンを殴り続けた。
アーサーは目を細めたものの、更に攻撃に力を入れた。
勝たなければならない。
恐らくその一心で戦っているのだろう。
国を守るために。
そして、彼が守るべきもののために。
イサミは詠唱を続け乍ら
「これで終わらせる」
絶対に
と心で呟き唇を開いた。
「我に応えよ!始原の原力」
これが最後だ!
「ブリッツシュラーク!!」
太く強い光の電撃がテュポーンを貫き霧散させた。
そこに幾つかの結晶を落とした。
近衛兵長は膝をつくとその場に倒れた。
アーサーとイサミは駆け寄り、ふっと近衛兵長の側に蠢く黒い塊が見つけた。
イサミにしてもアーサーにしても始めて目にするものであった。
イサミはとにかく近衛兵長の手当てを優先させようと膝をついた。
「兵長さん!!」
それに近衛兵長は薄く目を開けると
「その、怪しいモノを先に…王の憂いを取り除くためにも」
と指をさした。
黒い塊は何かを求めるようにズルズルと動いていた。
イサミは頷くと
「我に応えよ!始原の原力」
レビンアロー!!
と光の矢でその塊を撃つと、黒いものは飛び散りそこから少し大きめの最初の石の欠片が現れた。
黒いものが飛び散ると石は青白いバリアを張り浮かんだ。
エクスカリバーやリヒトカイザーに宿る石。
そして、いまイサミの中にある連結魔導石と同じものである。
近衛兵長は息を吐き出すと
「これで」
と言うと
「全ての罪は…私に、ある」
だから…このまま
と目を閉じた。
イサミはそれに首を振ると
「僕は見捨てることはしたくない」
もし罪があるなら
「償って…そして、今度は貴方が苦しまなくて済むように生きて」
貴方が守りたいと思っている貴方の王の為にも
とリヒトカイザーを胸の上に置くと唇を開いた。
「我に応えよ!リヒトカイザーの中に眠る始原の原力…持ち主を守れ!!」
ヒール!!
瞬間にリヒトカイザーの中の石が光り、近衛兵長を包み込んだ。
毒液に侵された身体は回復し、傷は癒えていないものの命の心配はなくなったのである。
アーサーは息を吐き出し近衛兵長を抱き上げるとイサミを見た。
「あの石を頼む」
イサミは頷くと石を両手で掴んだ。
石はイサミの手に収まるとスッと消え去ったのである。
連結魔道石のように同化したわけではなかった。
が、取り入れることの何かしらの影響があるようでイサミは襲ってくる眠気に目を閉じかけたものの、頭を軽く振るとアーサーの服を掴みながら足を進めた。
「…この石…何だったんだろう」
怪物の中にあったんだよね
アーサーはイサミの様子を見ながら眠いのだろうと理解しつつ
「ああ、そうだな」
と返して、足を進めた。
二人は北の王城へ戻ると近衛兵長の傷の手当てを頼み、そのままイサミが眠っていたベッドで身体を休めた。
そして、翌日。
王から二つのていあんをうけたのである。
「そのソニアメイルを受け取っていただきたい」
そして
「この近衛兵長、いや、我が弟であるリチャードを旅に同行させて貰いたい」
それにイサミとアーサーは同時に
「「弟!?」さん?」
驚いたものの、引き受けたのである。
ただイサミは一つ森にはまだ危険があるので誰も近付けないように頼んだ。
石を包んでいたあの黒いモノ。
散り散りになっても力を持っていたら。
その解決のために一つしなければならない事があると考えていたのである。
アーサーもまたイサミが何かを思い至ったのだと理解し、沈黙を守った。
そして近衛兵長のリチャードは驚いていたものの
「それが王の望みで、これまでの償いになるのなら」
と承諾し、同行することになったのである。
三人は北をでると一路東の王都へ向かったのである。
そこに、思いもしない人物が待っていたのである。
■■■
東の王都で始めに彼らを出迎えたのはヴェロの声であった。
「おう、やはりやってくれたか」
…。
…。
…。
アーサーもイサミもリチャードも思わず目を細めた。
アーサーなどは舌打ちすると
「眉唾と知ってて、俺らを送り出したな」
と抗議した。
話が眉唾であることやテュポーンがいることも、ほぼほぼ理解して態と自分達に勧めたのだ。
無事に倒せたから良かったものの、ダメだったことを考えなかったのかと文句の一つも言いたかった。
が、ヴェロは笑みを浮かべ
「まあな、同じエルフの国の苦境を救ってやりたかったからな」
お前達なら出来ると確信していた
と返した。
「悪かったな」
感謝する
イサミは少し笑って
「はい」
と応え
「僕も杖を手に入れられたので良かったです」
と告げた。
そして、少し考えて
「あの」
と言葉を言いかけて開いた扉に目を向けた。
そこに地下の国のルーシェルが立っていたのである。
「おいおい、やっぱりか」
久しぶりだな、お前ら
アーサーは顔を思いっきり顰めると
「何で、地下の国の魔族が」
と呟いた。
「干渉しない盟約があるんだろ」
それにルーシェルは
「俺も面倒はごめんなんだが」
こっちの石が活動し始めたので命令だ
「魔王には逆らえねぇ」
つまらん立場だ
と返した。
そして
「ま、前のようにヤリに来たんじゃねえ」
直ぐ帰る
と付け加えた。
が、イサミは慌てて
「ルーシェルさん、少し聞きたいことが」
と声をかけた。
ルーシェルは「ほぅ」といい
「ここでいいのか?」
と返した。
その意味。
イサミは少し考えて、頷き
「はい」
と告げた。
そして、言葉を発したのである。
第八章 怪物の根源
「見てほしいものがあります」
イサミはそう言うと手を前に出して拳を開いた。
そこに少し大きい目の始原の石がイサミの手から現れた。
もちろん連結魔道石の大きさからすれば極小だが、エクスカリバーやリヒトカイザーの石よりは遥かに大きい。
青白いバリヤを張り浮かんでいるくらいである。
ルーシェルは目を細め
「どうした?」
と何処でどう手に入れたかを問いかけた。
普通では手に入らないものだ。
イサミは石を見つめながら
「テュポーンの中に」
黒い変なモノに包まれてありました
と告げた。
「僕は旧世界では怪物はリスポーン、つまり再生復活は当たり前だと思っていました」
だから最終的に封印するしかなかったんですが
「これを見たとき、この石がそれを可能にしていたんではないかと」
そして、あの黒いモノには
「始原の石を包んだ泥か、それに似たものが混ざっているのではないかと」
このバリヤを無効にする介在物が
ルーシェルは目を細め
「それは、他にもあのばかと同じやつがいたということか?」
地下の国に
と不穏な空気を沸き立たせた。
アーサーはイサミの横に立つとスッと剣を手にした。
臨戦態勢である。
が、イサミは首を振ると
「分かりません」
ただ
「地下の国が持つ泥をただの土に返す力が必要だと思って」
テュポーンは二度と甦りませんがあの黒いモノが弱いながらも怪物を産み出す可能性はあるかも知れないので
「完全に処理したいんです」
と告げた。
ルーシェルははぁーと息を吐き出すと
「面倒くせぇ」
ったく、ついてねぇなぁ
と言い
「中の国のことはお前らでやれ」
と告げた。
イサミはそれに
「地下の国にも封印された怪物がいたと記憶してます」
討伐協力します
「僕の力必要ですよね」
と微笑んだ。
ルーシェルは剣を手にすると凶悪な笑みを浮かべながら
「あぁ!?魔族相手に駆け引きか」
人間臭くなりやがって
といい、ふぅと剣を仕舞い
「ったく何で俺が過去の尻拭いを」
とぼやきつつ、彼らを見ると
「俺一存では決められねぇが魔王に打診をしてやる」
と応えた。
「その代わり契約違反したら土にするぞ」
イサミはにっこり笑うと
「はい」
と応えた。
ルーシェルは舌打ちしつつ
「じゃあ、報告がてら戻るか」
といい
「面倒くせぇ」
と羽根を広げると足元に門を広げて消え去った。
アーサーはイサミを見ると
「イサミ」
と呼びかけて、目を見開いた。
イサミはヘナヘナと座り
「怖かった………」
とアーサーを見た。
半分涙目だ。
アーサーはぷっと笑い正面で屈むと頭を撫でた。
「やるじゃねぇか」
よくやった
ヴェロもふっと笑いながら
「魔族相手に駆け引きとはな」
といい、表情を改めると
「それで詳しく話してくれるんじゃろ?」
と告げた。
東の王にリチャードも二人を見つめた。
イサミはアーサーの手を借りて立ち上がり頷いた。
「はい」
ただし確実ではないですが可能性の話です
そう言って言葉を紡いだ。
怪物の正体が始原の石を包んだ泥と同じ性質のもので、動力源が始原の石の欠片であること。
そして、自分がかつて冒険者の傀儡であったこと。
東の王はそれを聞き
「義父殿の予測通りだったということか」
と呟いた。
ヴェロはふっと笑うと
「噂も聞いたことがあったし、あの魔法を見ればな」
と告げた。
リチャードは「なるほど、そうだったのか」といい
「それで、一つ気になるのだが」
テュポーンという怪物は甦らないが
「弱い怪物が現れると言うのは」
と告げた。
イサミは頷き
「多分、モブ程度かなとは思うけれど」
ただあの森は大地との間に厚い氷の壁があるからそうなることもないかと
「そのおかげでこのテュポーンの核を見つけられたから」
と告げた。
「ただ、ルーシェルさんを待って、一度森に戻ってキッチリした方が良いと思ってます」
リチャードはほっと一息つくと
「よろしくお願いする」
と告げた。
イサミはそれに「はい」と頷いた。
アーサーは静かに笑みを浮かべイサミを見つめた。
こうやってこの世界で繋がりを作り、記憶や思い出を作っていってくれると良い。
イサミはアーサーを見ると微笑み手を握り締めた。
アーサーも握り返し
「あの魔族が早く戻ってくれば良いな」
と告げた。
「面倒臭がりだから、そこらで眠られると困るしな」
早くしろってな
と、笑ってぼやいた声に言葉が返った。
「気が早ぇんだよ」
床に黒い空間が広がりルーシェルが姿を見せた。
「まだ数刻だろうが」
まあ、急いでいるらしいから速攻対処してやったが
「普通は100年くらい待ちやがれ」
言い、イサミを見ると
「魔王に打診したぜ」
了解を得た
「あと、契約履行まで俺が同行することになった」
と言い、伝説の盾をリチャードに投げた。
「序でに人族の奴から借りてきた」
てめーとお前が必要ならってな
「もう使える者がいなくなったらしいのでな」
リチャードは盾を手にすると目を細めた。
確かにヘイトを高め敵の攻撃を一手に引き受けるのなら強力な盾は必要である。
だが。
伝説の武具はそれが認めないと駄目なのだ。
リチャードは盾を強く握りしめた。
盾は淡く光るとやがて光を称え、リチャードの手にしっくりときたのである。
リチャードは笑むと
「お前を使ってもいいか」
力を借りる
と言い装備した。
イサミもアーサーもヴェロも、東の王も微笑んで見つめ、そして、ルーシェルに視線を向けた。
ルーシェルはニヤリと笑うと
「安心しろ」
同行するだけで尻拭い以外はしねぇ
と告げた。
それは言外に怪物退治はお前らがしろと言うことである。
イサミは震えながら
「は、はい」
乱暴そうで怖そうだけど
「見た目と違って優しい魔族さんだし」
ね、アーサー
と手が僅かに震えていた。
アーサーは「態度と言葉が反比例しているぜ」と思いつつ
「大丈夫だ」
契約があるからな
と告げた。
ルーシェルは目を細めふっと笑うと
「まあ、そう言う事だ」
と答えて、翼を畳んだ。
イサミは「でも目が怖い」と思いつつ
「では、今から北の国へ行って処理してきます」
と言い、ヴェロを見ると
「それで、ヴェロおじいさん。もし、遺跡とか怪物が封印されている情報とかあれば教えてください」
その…タダでとはいいません
「情報代お支払いします」
と告げた。
ヴェロは「ほほぉ」と感心すると
「よし、纏めておいてやる」
情報代はこれからお前たちが手に入れるアイテムや素材を俺が取り扱う事だ
「ちゃんと代金は払ってやる」
まあ専売契約ってやつだ
と笑った。
アーサーは笑むと
「じぃ、イサミには寛大じゃないか」
と告げた。
ヴェロはハッと笑うと
「アー、てめーにも寛大だっただろうが」
と言い
「北の事、頼むぞ」
と付け加えた。
それにイサミもリチャードもアーサーも頷き、一路北の国の森へと戻った。
そこではイサミの想像通りに幾つかに別れた黒いゲル状のものが氷の上で蠢いていた。
■■■
氷の大地に氷の木々。
陽射しは全てをすり抜け空間に降り注ぐ。
イサミは黒いゲルを見つめ
「やっぱり、土の大地でないと駄目なのかも」
と言い
「ルーシェルさん」
お願い出来ますか?
と促した。
ルーシェルは黒いゲルを見つめ
「これが、怪物の成れの果てか」
と呟き、イサミを見ると
「しばらく俺から離れな」
土に戻したらそこら辺から恨まれる
と言い、イサミが離れかけると
「冗談だ、冒険者の傀儡の状態では使えねぇんだ」
泥の状態に戻ったら使えるけどな
と笑い、翼を広げて手に杖を取り出した。
第九章 新たな出発
アーサーはイサミを引き寄せるとルーシェルから少し離れて立った。
リチャードも同じように離れて状況を見守った。
ルーシェルは杖を黒いゲルの一つに突き立てると
「太陽の杖よ…我が名においてその輝きを発せよ」
ソレイユグリューエン
と目を閉じて呪を唱えた。
瞬間に眩い光が杖の先から広がり周囲を包み込むと、黒いゲルは黒い土へと変化した。
ルーシェルはそれを翼で風を起こして自らの手に持っていた袋へと集めると封をしてイサミたちを見た。
「こいつは地下の国へ送る」
悪いがこちらで調べさせてもらう
「いいな」と言う確認もない決定事項であった。
ただ、その気持ちは三人にも理解できた。
そもそも始原の石の泥は地下の国にしかないものである。
本当にその泥なのかどうかを調べるというのである。
アーサーはそれに
「ああ、その方がこちらも助かる」
と答えた。
自分たちが調べるとなると、アーサーの伝手でいうとコーリコスくらいしかない。
だが、今はヒューズの次の代の成長期である。
これほどの難題を対処できるかは些か不安であった。
エスターのみならず、他の国々も今は世代が変わりだしたところで云わばちょうど転換期ということになる。
そう言う時期は色々難しいモノがあった。
イサミもルーシェルに頷くと
「よろしくお願いします」
と告げた。
ルーシェルはその袋に己の羽根を一つつけると
「魔王の元へ届けろ」
と言い、下に空間を作り落とした。
羽根は袋の翼となって消え去ったのである。
ルーシェルは一仕事終えたとばかりに息を吐き出すと
「それで?」
次はどうするんだ?
とアーサーとイサミを見た。
リチャードも二人を見ると
「次の場所をお願いする」
とキリっと答えた。
イサミはアーサーを見ると
「どうする?」
ヴェロじいさんに調べてもらっているけど
「怪物の封印場所はわかっても、次解ける場所はわからないし」
と呟いた。
アーサーは頷くと
「そうだな」
だが
「先ずは封印場所の一覧を手に入れて順に回っていくしかないな」
一番わかりやすいのは近い場所からということになるな
と笑って答えた。
単純明快である。
だが、それが一番手っ取り早いし、他で封印が解けたならそこへ行けばいいだけの話である。
そうと決まると彼らは再び東の国へと取り急ぎ舞い戻った。
それでも、エルフの東の王城につく頃には日はすっかりと落ちて夜が空を覆い込んでいた。
イサミ達は夕食を王達に振る舞われ、食事を終えるとヴェロから一覧を貰った。
ヴェロは肩を竦めながら
「急ぎだから、付け焼き刃だがまぁまぁ量はあるからな」
終わる頃にはもっと増えてるだろう
と告げた。
アーサーもイサミも名前も知らない場所も多く、土地の情報が簡易だが付いているのは助かった。
リチャードも椅子に座りながら一覧を見て
「エルフの国は分かるがヨドムや人族の地は分からないな」
と呟いた。
が、ルーシェルは同じようにリチャードから受け取り見ると
「ふーん、まあ大体は分かるな」
行ったことがある場所がほとんどだ
とぼやいた。
アーサーは「ほー、それは助かるぜ」とニヤニヤ笑った。
イサミはにっこり笑うと
「ありがとうございます!」
と告げた。
ルーシェルは露骨に嫌な顔をすると
「中の国のことはお前らがやれと言ってるだろ」
道案内はしねぇからな
と告げた。
アーサーはそれに
「じゃあ、俺らが迷ったら付いて来いよ」
と言い、イサミは笑顔で
「そう言いながら案内してくれるの分かってます」
と告げ、リチャードは立ち上がるとルーシェルの前で頭を下げ
「我が王との約束のため案内をお願いする」
イサミ殿共々貴方もお守りする
と告げた。
ここでアーサーが入っていないのは、そう言う事なのだろう。
三人三様の視線を受けてルーシェルは
「中の国の奴等はどいつもこいつも面倒くせえ」
と言い
「するのは案内だけだ」
と背を向けた。
「何で俺が」
と言いつつ、案内するのだ。
ヴェロは笑いながら
「こちらからも出来るだけの支援をしてやろう」
今夜はゆっくりしてゆけ
と勧めた。
東の王も頷き
「それぞれ客室をご用意しているゆっくり休まれよ」
と告げた。
イサミとアーサーは広々とした客室を案内され、イサミは相変わらず広く豪華な部屋が苦手なようで「広すぎるのはおちつかない」と言うことでアーサーと同室にした。
アーサーにすれば同室の機会が多かったため
「ああ、いいぜ」
とベッドに躰を投げ出すと
「あの魔族」
けっこう良い奴だな
と呟いた。
イサミも同じベッドに躰を横にすると
「そうだね」
始めは怖い人かと思ったけど
「根はいい人、じゃなくて良い魔族さんだね」
と笑んだ。
魔族は悪くて怖いモノ。と言うのは中の国の共通認識だが…実際はどうなのかは実のところ分からないのである。
本来、魔族と神族は単に他の種族よりも力を持っており長命だという点以外はそれほどの違いはない。
そう言う点で言えば、一番短命なのが人族なのでエルフや巨人族も人族から見れば同じ感覚なのである。
なので、結局のところ中の国はそれぞれ綺麗に種族ごとにすみ分けられる形となっていたのである。
二人は目を閉じるとゆっくりと眠りのそこに降り、やがて、朝日と共に目を覚ました。
ルーシェルが言うには最初の目的地はエルフ族の南にある場所が一番近いという事であった。
先日、倒した東のマンティメメンも対象だが…直後のために封印はなく復活を待つしかないため他の場所となった。
ヴェロから旅の装備品を幾つか受け取り、アーサーとイサミ、そして、リチャードにルーシェルの4人は南の国目指して飛び立った。
イサミはアーサーと共にドラゴンに乗り青い空に向かって飛び立った後に大地を見下ろすと笑みを浮かべた。
「考えると、僕は…地殻変動後の世界は知らないから今見る景色も全て初めてになるね」
アーサーはそれに目を見開き直ぐに笑みを浮かべると
「ああ、もうとっくに冒険は始まっているのかも知れねぇな」
と告げた。
そう、冒険と言うモノはそういうモノなのかもしれない。
イサミは頷き
「これからどんな世界が広がっているか楽しみだよ」
と返して、目を閉じると流れる風に大きく息を吸い込んだ。
その先に北の国とは全く逆の濃い緑の森林と青い水の国が広がっていたのである。
■■■
そこは、緑豊かな美しい国であった。
木々が森を作り、その合間を青く綺麗な河が流れていた。
イサミはその様子をドラゴンから見下ろし
「すごく綺麗だね」
川辺で休むと気持ち良さそう
とワクワクとはしゃいだ。
まるで子供だ。
いや、見た目も子供だが。
アーサーは苦笑しつつ
「先に南の王と会ってからだな」
といい、空を見上げると目を細め
「ま、確かに気持ちは良いけどな」
と呟いた。
そこに南の方から一個兵団の影が現れた。
南の国の騎空兵なのだろう武器を構えての到来である。
リチャードは先頭を飛んでいたアーサーとイサミのドラゴンの前に行き
「ここは私が」
と告げた。
ルーシェルは高みの見物と洒落込み
「ま、エルフはエルフ同士に任せるぜ」
と告げた。
確かにそれが一番である。
少ししてリチャードが戻った。
「南の王と面会できることになった」
くれぐれも粗相のないように頼む
「我が王の名を汚すことになるからな」
と、アーサーとルーシェルを見た。
つまり二人が心配だと言うことだ。
分かり易い。
ルーシェルは黙ったまま、にやりと笑った。
アーサーは和やかに
「俺も王族だ」
心配ないぜ
とにっ応えた。
リチャードは「胡散臭いが」とまんまぼやき、先頭を切って南の騎空兵のもとへと向かった。
が、彼らが連れて行かれた先は南の国の監獄であった。
第十章 南の国
南の王との東側にある城壁続きの小塔が監獄であった。
高い場所にある窓にも鉄格子。
もちろん扉には鍵が付いて扉の窓にも外からしか開けられない蓋がある。
アーサーははぁと息をつくと
「エルフの土地で二度目だな」
とぼやいた。
イサミはちょこんとベッドに座り
「そうなの?」
と問いかけた。
北の国でのことは知らないのだ。
ルーシェルは剣を手に
「さて、討伐の必要なしだな」
面倒が一つ減った
と抜け出す気満々で告げた。
が、リチャードはガバァと土下座すると
「申し訳ない!」
私が至らぬばかり
「だが、同じエルフの国、救ってもらいたい」
と告げた。
他種族には排他的な分だけ同種族の結束は固いのだ。
ルーシェルは「あぁ!?」面倒くせえと言いかけたが、被せるように響いたイサミの声に遮られた。
「はい!」
抜け出して退治しましょう!
「オッケーです!」
、、、。
、、、。
、、、。
アーサーは少々
「いや、抜け出す、のか?」
と戸惑いながら呟いた。
正義の味方や勇者なら、そう言う後ろめたい事はしないだろう。
王との面会を根気強く説得するか。
リチャードの確認が取れるまで我慢強く待つか。
その二択だ。
が、イサミは和やかに笑むと
「そう言うクエストが前にあって、牢屋を抜けるしか駄目だったんだ」
確認取ってくれる気すらあるか分からないし
とあっさり言って
「怪物退治したら国から出たら良いよ」
問題なし
「悪いことするわけでなし」
と頷いた。
三人は問題大ありだろ!と心で叫んだが、実際はイサミの言うとおりなのだ。
牢屋に入れられた理由は分からないが、リチャードの身元を調べてくれているかは甚だ疑問である。
そうなればこのままどうなるか。
良くて見張り付きで国外追放。
中ぐらいならここで閉じ込められたまま。
悪ければ処刑されるかもしれない。
どちらにしても目的は達成できない。
リチャードも悩んでいたようだが、意を決すると
「牢破り…いたしましょう!」
とドドンと告げた。
「どうあれ、南の国を救いたいと思っております」
ルーシェルは呆れながら
「いや、俺は別に救いたいとは思わねぇ」
がこのままここで過ごすのはプライドが許さねぇからな
と肩を竦めた。
アーサーはにっこり笑うと
「よし!」
全員一致でぶち破る!
とエクスカリバーを構えた。
その時であった。
イサミが高い位置にある窓を見つめると杖を手に
「みんな、避けて!!」
と叫び
「サークレッドバリア!!!」
と守りの術を発動した。
瞬間に彼らの小塔以外の壁が吹っ飛んだ。
そして、目の前に封印されていたはずの怪物が姿を見せていたのである。
■■■
「あれは、パイズーズ…角を生やした獅子の顔をした鳥の怪物だよ」
イサミは言い
「翼から鋭い羽根を飛ばして物理攻撃をしてくるんだ」
けっこうダメージデカい
と呟いた。
が、まだ小塔の中である。
アーサーはエクスカリバーを振り上げて
「とにかく自由に動けるようにならねぇとな」
と振り下ろすと衝撃波で扉をぶち破った。
そして、飛び出すと
「とにかく逃げる」
と駆け出した。
イサミもルーシェルもリチャードも飛び出すと階段を駆け下りた。
その間にもパイズーズは彼らを狙うように羽根を飛ばした。
小塔は切り刻まれるようにガタガタと崩れ落ち、彼らが外へ出ると同時にガラガラと崩れ落ちたのである。
第十一章 パイズーズ
東の小塔から離れた王城でもパイズーズの出現は大きな衝撃を与えていた。
現在において南の国の王であり王妃であるウィンデイは城の一角から破壊されていく東の小塔をみつめ目を細めた。
まさかこんなことになるとは彼女自身思ってもいない事であった。
ウィンデイは息を吐き出すと
「北の国の近衛兵長と名乗った者を確かあの小塔の牢に入れていたな」
遅いかもしれんが助けに行かねばならぬか
と呟いた。
リチャードの言葉を無視したわけではないが、知られたくないことがあったのだ。
そう、南の国の王がいま自身であることである。
元々は彼女の夫であるロッシュであったが、先日急逝しロッシュの弟であるセディと王座を巡って争っている最中であった。
ただ、彼女に利点だったのは宰相であったギルバートが彼女の味方であるという事であった。
有能で夫の補佐を良くしており臣下の信頼も厚かった。
だからこそ彼女もまた彼の言を元に動いていたのである。
彼女の息子であるトーマスのために。
だが、現在トーマスはセディの元に人質として取られ、返還交渉の最中だったのである。
二重三重の憂いを背負う彼女の後ろに控えていた宰相のギルバートは目を伏せ
「とにかく万一のことがあったとしても」
リチャード殿は運がなかったのです
「国王が亡くなり混乱の時期に」
セディ王子が呼び寄せたものかもしれませんでしたから
と告げ、頭を下げると踵を返した。
「どちらにしても封印の解けた怪物を退治せねば国の存続に関わります」
その序でにリチャード殿の安否も確認いたしましょう
と立ち去った。
ウィンデイはギルバートが部屋から去ると深く息を吐き出した。
そして、城内でも城の斜め前にある屋敷を見た。
「セディ王子…何故、トーマスの戴冠を邪魔するのです」
貴方とて可愛がってくれていたはずなのに
「貴方さえトーマスを連れ出して監禁しなければ私が即位しなくてもよかったのに」
彼女は深く息を吐き出し、目を閉じた。
同じ時、前の屋敷の中でセディは窓から東の小塔が破壊される光景を見て舌打ちした。
「まさか、こんな時に…怪物が現れるとはな」
彼はそう呟き後ろで座って絵を描いているトーマスを見た。
まだ年若い幼少の最有力後継者だ。
守らなければならない。
セディはトーマスの前に進むと
「トーマス、お前は一番安全な部屋へ移動してなさい」
この国の中心者となるのだから
「先ず我が身を守ることを優先するんだ」
いいね
と告げた。
トーマスはセディの顔を見つめると少し不服そうに視線を下げたものの小さく頷いた。
そして
「おじさんも一緒に行こうよ」
僕は…おじさんが王様になっていいと思ってるよ?
と告げた。
セディは苦く笑うと
「ダメだ」
お前がこの国の未来を担っていくんだ
と言い、控えていた兵に視線を向けると小さく頷いた。
そして、自らは剣を手にすると
「精鋭の者は俺についてこい」
怪物は倒さなけばならない
と足を踏み出した。
それに数名の兵士が剣を手に後に続いた。
トーマスはそれを見送り母親のウィンデイがいる部屋の方へと視線を向けた。
「お母さまはどうして叔父さんよりもあの人の言う事を信じるんだろう」
叔父さんはお母さんや僕の事を一番に考えてくれているのに
そう呟き、兵と共に屋敷の中の地下室へと足を向けた。
イサミたちは小塔から無事に脱出し、パイズーズと向かい合うと互いに視線を向い合せた。
リチャードはリヒトカイザーを手に足を踏み出すとパイズーズへと駆け出した。
己が壁を務める。
それが役割なのである。
壁はある意味打たれ役である。
だが、それに異論はなかった。
彼は躊躇なくパイズーズへとパンチをくらわせた。
「これが如いては王を助けることになる」
その一年であった。
パイズーズがリチャードへと意識を向けると、イサミとアーサーは同時にその反対側へと回った。
アーサーはエクスカリバーを構えると
「よし、先の礼をさせてもらうぜ」
と不敵に笑むと足を踏み出した。
思いっきりパイズーズへと剣を振り上げ降ろした。
衝撃波が走るほどの強い威力。
パイズーズは声を上げて羽根を周囲に飛ばした。
イサミはそれを避け
「とにかく、これ以上ここを破壊させるわけにはいかないよね」
と言い、杖を構えると詠唱を始めた。
その様子を王都から出陣したギルバートは目を細めて見つめ
「…北の国が怪物を倒したと聞きましたが、まさか彼らがしたとは思い難いですが」
と呟き、背後の将が近付き
「ギルバート様、突入いたしましょう」
我々はこの国を守るための兵士です
「あんな訳の分からない者達に任せるわけにはいきません」
王妃と王子をお守りせねば
と剣を構えた。
が、ギルバートはフフッと笑うと
「いや、拙速は下手に兵を減らすだけ」
彼らが犠牲になるなら別に構いません
「よそ者ですから」
と言い、心で
「どうせならあんなよそ者を襲うよりもあのセディとトーマスのガキを始末してくれれば万々歳だったんですけどね」
と呟いた。
不運な出来事として、王位継承者を抹殺できる。
今ならばあの王妃は自分の言いなりである。
ギルバートはそう思ったものの勿論表情一つ変えずに不服そうに表情を変えた将に
「兵士の命は大切ですから」
と告げた。
その斜め後ろからセディと精鋭兵が姿を見せた。
セディは戦いを見物しているだけの軍を目に
「…何をしているんだ?」
と訝しんだものの
「とにかく、怪物と戦っている者を補助する」
先ずは王都から離れた場所へ誘導する
「怪物の攻撃には注意するように」
とアーサーとイサミの方へとドラゴンを走らせた。
アーサーは回り込んできたセディに気付き目を向けた。
セディはアーサーの視線に気付き
「我々は南の国の義勇軍だ」
王都の被害をこれ以上広げるわけにはいかない
「誘導するので、怪物を移動させてもらいたい」
と叫んだ。
アーサーは頷くと
「了解!」
と答え
「リチャード!!」
と叫んで自らが移動を始めた。
イサミは詠唱を終えると
「我に応えよ、始原の原力!」
アルクスプランドゥール
と魔法陣を広げ光の筋を走らせた。
光がパイズーズを貫き、大きなダメージを与えた。
一瞬パイズーズの攻撃が中断され、リチャードは様子を見ながらアーサーが誘導する方へと足を向けた。
イサミも魔力回復を行うとそれに倣って足を踏み出した。
そのパワーにギルバートは目を見開くと口元を僅かに上げた。
「これは…」
利用の甲斐がありそうですね
そう考えたのである。
その様子を本当に高みを見物をしながらルーシェルは動かない軍に目を向けた。
「…なるほど、義勇軍に正規軍が不協和とはね」
これは何かありそうだな
と肩を軽く動かした。
「本当に人族もエルフ族も、つーか中の国ってのは面倒くせぇ奴らの集まりかよ」
そう称し、不遜に笑むと
「最も、厄介なのはあの中心者みてぇだし、傀儡くらいは守らねぇとな」
とフワリと羽根を広げて移動した。
セディもイサミの魔法の力に驚き
「彼らは我々の想像を超える力を持っているようだ」
我々は王都への攻撃を排除する方に回るぞ
と指示を出した。
セディは王都を背に壁となり、イサミとアーサーはその反対側で攻撃を開始し、その中間にリチャードはその双方ともに攻撃が行かないように何もない方を背にパンチを続けた。
その判断力や周囲を見る目は流石としか言いようがない。
イサミは静かに笑み
「さすが、やっぱりリチャードさん壁上手いね」
と言い、杖を構えなおした。
魔力のヘイトを無にする杖と強靭な壁と。
旧世界で冒険者の傀儡として戦っていた時も装備やパーティの面々の力量で勝敗は大きく左右された。
それはこの世界でも同じようであった。
アーサーもパワー全開で剣を振るい、イサミは不意に詠唱を仕掛けて唇を閉じ周囲を見回した。
「このままだったら…不味いかも」
そう呟き、リチャードを見た。
「リチャードさん!!ごめんなさい!!」
…。
…。
…。
アーサーもルーシェルも一瞬「は?」と思ったものの、リチャードは冷静に
「どうぞ!!魔導士殿の思うままに!!」
と叫んだ。
イサミは杖を変えると唇を開いた。
「我に応えよ、始原の原力」
ヴァンドトルネード!
竜巻で敵を攻撃する魔法である。
が、竜巻と言うよりは吹雪であった。
一瞬で周辺は白くパイズーズの四方が氷の床が出来た。
リチャードはそれに
「なるほど」
と呟き、パイズーズがフッとイサミに向きかけると
「くらえ!!カイザースクリュー!!」
と回転させながら衝撃波を突き立てた。
が、それでも動きかけるともう一度放った。
イサミはその間に杖を変え、攻撃されても動けるように詠唱を止めていたのである。
ただ、氷が解ける前にパイズーズを倒す必要がある。
パイズーズの意識がリチャードに向いた瞬間に詠唱を唱えて、二発目を撃ち込んだ。
光が貫きパイズーズが霧散するのを見るとアーサーもイサミもリチャードも怪物の核となる黒い塊を探した。
が、誰よりも早く見つけたのはルーシェルであった。
氷の床に落ちたその場に飛び
「傀儡!!」
と叫んだ。
イサミは頷くと
「我に応えよ、始原の原力」
レビンアロー!
と黒い塊を飛び散らせ、フワリと浮いた小ぶりの石を目に駆け寄った。
その間にルーシェルは杖を立てると
「太陽の杖よ…我が名においてその輝きを発せよ」
ソレイユグリューエン
と光を発し、蠢いていた黒いゲルを土へと戻し、風を起こし袋へと回収した。
「いちいち面倒くせぇがしょうがねぇか」
と言ったものの、アーサーは肩を竦め
「戦いに参加してねぇんだろ」
くせぇまでは行ってないと思うぜ
と笑った。
イサミは微笑み石を両手で包むとふらりと態勢を崩した。
アーサーはイサミを片手で支えると抱き上げ
「とりあえず、寝ればいい」
と笑いかけた。
が、リチャードは近付くと上を見上げて
「…そういうわけにもいかないようだが」
と険しい表情を浮かべたのである。
セディも彼らに近付き、同じように見上げて顔を顰めた。
「ギルバート…」
周囲には正規軍が取り巻き、ギルバートが彼らを見下ろして
「なるほど、怪物を我が国に呼び寄せたのはセディ王子とその仲間の仕業だったのか」
どうせ王位簒奪を考えた上だろう捉えろ!!
と指示したのである。
ルーシェルは「うぜぇ」とうんざりとぼやき、アーサーは周囲を見回しつつ
「セディって誰だ!?」
と言い、リチャードがセディを見ると
「貴方がセディ王子、ですね」
と告げた。
セディは頷き
「我が国を救っていただいたのに…申し訳ない」
と答えた。
全員囚われると王都の牢獄へと押し込められたのである。
■■■
王城の牢獄は地下にあり、窓もなかった。
アーサーは暫し牢獄の床に座っていたが
「さて、俺は大人しくしているつもりはない」
イサミの心配はないにしてもこのままって訳にもいかねぇしな
と言うと、立ち上がった。
牢内にはアーサーの他にはリチャードとセディ王子の3人だけ。
セディ王子の精鋭部隊の面々は別の牢獄に囚われており、協力体制を作れないようにされていた。
また、本来ならばこの場所にもう一人ルーシェルがいたのだが、彼はあっさり
「俺は元々高みの見物だ」
関わっていられねぇし
「役目上、傀儡を守らねぇとならねぇからな」
と言い、牢を抜けて立ち去ったのである。
イサミは全員が拘束された時点でギルバートの指示で彼らからは切り離されてしまったのである。
アーサーとしては抵抗しても良かったのだが…それこそエルフの南の国と北の国と人族の三つ巴の混乱が起きることになるのでグッと堪えて、ルーシェルに任せることにしたのである。
最も意識が朦朧としていたイサミから「大丈夫だから」と言われたのも大きい。
確かにイサミに危害が加えられることがないことがわかっていたから我慢できたことでもあったのである。
イサミはその後に昏々と眠り続け、目を覚ます気配はなかった。
ルーシェルは牢を抜け出した後にイサミの行方を捜し、王城の一室で見つけるとゆるりと隣に座って窓の外を見た。
「さて、このまま現状を放置するわけにもいかねぇし」
ちょっかいくらいは出してやるか
彼はそう呟くと窓から見える近くの屋敷を見つめると窓から飛び降りた。
黒い羽根を広げフワリと空を舞う。
そして、ギルバートからセディが王城を奪うために怪物を余所から来た者達と共によみがえらせたと聞いてショックを受けているウィンデイの元に姿を見せたのである。
広々とした豪華な玉座の間に一人座りウィンデイは一人拳を握りしめていた。
「なぜ、そこまでして…」
セディ
そう呟いた彼女に床に空間を開けて姿を見せたルーシェルがクッと笑って唇を開いた。
「あの男をそんなに信じていいのか?」
エルフの王妃よ
「真実は双方と真に向かい合ってこそわかるんじゃねぇのか?」
そう言って手を差し出すと
「あんたが信じている男と…信じたいと言いながら信じていない男の真実を見せてやろう」
愚かなエルフの王妃よ
と彼女の手を掴むと抱き上げて羽根を広げた。
セディの屋敷では正規軍が押し寄せ、屋敷の人間を捉えるとギルバートは地下へと向かった。
そこにトーマスがいることを知っていたからである。
そして、地下室へと入るとトーマスを守っていた兵達を見て
「セディ王子は我が国を裏切ったので捉えた」
明日の朝には処刑する
と言い
「もう一つ、トーマス王子の暗殺も付け加わる」
と連れてきた兵に指示し、彼を守っていたセディの部下を振り切って向かってきたトーマスに剣を振り下ろした。
「王子!」
セディの部下は兵士を抑えながらトーマスの元へと駆け寄った。
トーマスは薄く肩を切られたが
「大丈夫だよ」
叔父さんにちょっとだけ剣を習ったもん
と剣を構えた。
ギルバートはくっと笑い
「楽に死ねたのに」
残念ですよ
と剣を振り上げた瞬間にその手を背後から駆け寄った影に掴まれた。
「同じ魔族なら動きを止めるより息の根を止めるんだが」
ここはこうした方が良いだろう
ルーシェルは驚いて横に立つウィンデイを見た。
ウィンデイは手を震わせ
「ギルバート、何故」
と呟いた。
そして、周囲の兵に
「私の命令です、止めなさい!」
と指示した。
ギルバートはそれに高笑いをすると
「さて、貴方は良い人形になると思って生かしておくつもりでしたが」
ここで邪魔者を一層しますか
と言い、杖を突き立てると
「王城の下にも怪物が封印されているんですよ」
長いこと万一の時のために解く方法を探して
「ここ数十年の間に封印が弛み私の力でも解けるようになったんです」
と足元に魔法陣を広げた。
ルーシェルは舌打ちし動けないようにギルバートを切ったが、同時に封印が解けたのである。
ルーシェルは剣を構えると
「面倒くせえ」
と言いつつ、怪物へと向かった。
「彼奴らを自由にしろ!」
でないとこの国は終わるぞ!
声にウィンデイとトーマスは頷き、兵士と捕らえたギルバートを連れて王城の地下牢へと急いだ。
それを見送りルーシェルは苦く笑った。
「もっとも、傀儡がいない状態で…勝てるかどうかは疑問だがな」
それでも、やらなければならない。
ルーシェルは舞い上がると怪物を王都から離すように空を舞い移動を始めた。
東の先の戦った場所を目指した。
粉々になった東の小塔。
ルーシェルはにやりと笑い
「どうせ、先につぶれた場所だ」
かまわんだろう
と告げた。
アーサー達はウィンデイたちから状況を聞くとすぐに地上へあがって目を見開いた。
巨大な怪物が東の小塔のあたりでルーシェルと対峙していたのである。
リチャードは目を細め
「さて、魔導士殿がいなくても大丈夫かどうか」
と呟いた。
己には火力がない。
アーサーも火力はあるが…その実、多大なダメージはイサミが叩き出しているのである。
アーサーは目を閉じて
「だが、やらねぇとな」
イサミは眠っている
「今まで眠っている時に起きたことがない」
と言い、怪物へと向かった。
セディもまた
「我々も己の国の事…助力する」
とウィンデイとトーマスを見て頷いた。
そして、囚われていた己の兵を連れに行ったのである。
リチャードは「ならば、やるしかない」と足を向けた。
ルーシェルは駆けつけてきたアーサー達を見ると
「きやがったか」
俺も今回は本気でやらせてもらう
と剣を構えて怪物へと突っ込んだ。
その様子を一つの影が見つめていたのである。
「なるほど、さて…ここは可愛いかつての教え子のために力を貸すべきでしょうか」
そう言い、影はフワリと舞い上がり王城の一室へと向かった。
そこには滾々と眠るイサミがいたのである。
■■■
深い。
深い。
闇の中で夢を見る。
イサミは目を閉じて眠りに落ちていた。
そのベッドの横に一つの影が窓から降り立った。
「とりあえず、次の眠りは長くなるでしょうが…今は起きてもらいましょう」
この術を使えるのは天の国の我々のみ
「手助けをしておきましょう」
言い杖を出すと唇を開いた。
そして…イサミは眠りから目を覚ましたのである。
第十二章 目覚め
イサミの目の前には神族のラルフが立っていた。
ラルフはイサミの手を掴むと
「さて、傀儡」
お前の仲間が危機に陥っているが…どうする?
と問いかけた。
イサミは目を見開くと
「みんなが!?」
と慌ててベッドから降りかけてふらりと態勢を崩した。
ラルフはそれを支え
「ただし、次の眠りは今までのような一晩や二晩ではないがいいか?」
と意地悪そうに問いかけた。
イサミはそれににっこり笑うと
「それでも、皆を助けないと目覚めて誰もいなかったら」
僕には目覚める意味がない
「ですよね?」
と返した。
ラルフはふっと笑うと
「では力を貸してやろう」
と言い、イサミを抱き上げるとフワリと空を舞い上がった。
その視界の中で怪物と必死で戦っている仲間たちの姿が映ったのである。
イサミは息を飲みこむと
「凄い、HPの半分がなくなってる」
けど
と呟いた。
ラルフはふっと笑い
「さすがはかつての我が軍随一の火力を誇ったルーシェルだな」
だが
「そろそろ限界だろう」
と言い、笛を吹くと現れた己の神馬に乗りイサミに告げた。
「さあ、傀儡」
後の始末を頼もうか
■■■
スピードとパワー。
アーサーは自身も力を尽くしながら同じ剣を扱うモノとしてルーシェルのそれに目を見張っていた。
素早く怪物の懐に飛び込んで連弾の斬激を与える。
そのダメージは高かった。
ただ、ルーシェルは怪物のHPを半分ほど削った頃になると軽く息をついて
「全く、面倒くせえ事になりやがったぜ」
と汗を拭った。
かなり体力を消耗した。
が、このままズルズルすれば攻撃を一身に受けているリチャードが持たないだろう。
ルーシェルは息を吐き出すと
「もう一仕事やるか」
と言った瞬間に目の前で渦巻いた吹雪に視線を動かした。
イサミは先までのヘイトで全く振り向かない怪物に馬の上から術を詠唱した。
「我に応えよ、始原の原力」
アルクスプランドゥール!
展開した魔法陣から光が走り、既に半分以上生存値の減っていた怪物と霧散させた。
アーサーもリチャードも驚いて上空で神馬に乗るイサミとラルフを見た。
ルーシェルだけは顔を顰め、軽く舌打ちしたのである。
第十三章 ラルフ
イサミはアーサーを見ると
「アーサー!探して!!」
と叫んだ。
アーサーは我に返ると黒い塊を探し、氷の床に落ちてうねる黒いゲルの塊を見つけると
「イサミ!ここだ!!」
と返した。
イサミはそれを見ると
「レビンアロー!」
とゲルを粉砕した。
ラルフは馬で彼らの元へ移動し馬からイサミと共に降り立つとルーシェルを見た。
ルーシェルは一瞥し
「先にやることがある」
と言うと杖を手に唇を開き、ゲルを土に返し袋へと入れた。
その手を掴みラルフは
「その土、天の国がもらう」
と告げた。
ルーシェルは「あぁ!?」と嫌そうに声を上げた。
が、ラルフは笑むと
「ルーシェル、この問題は地下の国の問題だけではないと思うが?」
と言い
「どちらにしても二か月ほどは事態を動かせなくなる」
その間に互いに調べて情報を持ち合うのが
「お前の好きな面倒がないと思わないか?」
と返した。
ルーシェルはそれにチラリとイサミを見た。
「それくらい掛かるか?」
ラルフは頷くと
「ああ」
と返した。
彼はアーサーを見ると
「これから傀儡は二か月くらい寝るだろう」
バリアを張ってな
「今回無理に起こしたからな」
一度あの場所へ戻るとよい
と告げた。
イサミはアーサーとリチャードとルーシェルを見ると
「ごめん」
なさい
と俯いた。
が、アーサーは笑むと頭を撫で
「いや、助かったしゆっくり身体を回復させろ」
待っててやる
「目が覚めたらまた冒険できるさ」
と告げた。
リチャードも頷くと
「ああ、俺は東の国でヴェロ達と新たな情報の収集を行う」
王にも報告しなければならないからな
と答えた。
ルーシェルは軽く肩を竦め
「ああ、面倒くせぇのが暫くなくなって俺は助かる」
と答え、袋をラルフに渡すと
「魔王には俺から報告しておく」
と言うと足元に空間を広げ
「ラルフ、お前はもう来るな」
と言って、姿を消した。
ラルフはふっと笑い
「そういうわけにもいかなくてね」
と言うと
「二か月後にまた」
と意味深に笑って立ち去った。
イサミは石を回収すると睡魔を堪えながら、南の国の王城へ戻りアーサーと共にドラゴンに乗ってあの始まりの村の場所へと戻った。
そして、青いバリアを張ると深い眠りへと落ちたのである。




