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オーバーディスティニー  作者: 如月いさみ


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伝説の魔導士誕生



かつて一つだった世界が分断され、アズ、ミズ、ヘズと呼ばれる天の国、中の国、地下の国の三つに分かれた。

アズは神と呼ばれる種族が支配し、ヘズは魔と呼ばれる種族が支配し、ミズには残りの種族が押し込められた。


それぞれの三つの国は互いに干渉しないことを約定として数百年を過ごしたが、中の国ミズでは人やドワーフ、エルフなどが互いに争いその最中で誰もが見たことのない怪物が生み出され急激に勢力を拡大した。

そして、その怪物の侵攻は中の国ミズのみならず天と地下のアズとヘズへと広がったのである。


凶暴な性格に強靭な肉体と巨大な力を持つ怪物に徹底抗戦する力のない各種族はやがて追い詰められ、神族と魔族が協力し異界の者の精神を取り込み、その彼らのことを【冒険者】と名付けた。


冒険者は地下の国ヘズが作った【傀儡】の身体を利用し、強力な技や術を産み出し怪物を駆逐した。

ただ幾匹かの怪物は消滅させることが出来なかったが各種族との共闘によって封印し異界へと戻った。


同時に心を失った【傀儡】の身体もまた役目を終えたように泥へと戻ったのである。


平和を取り戻した世界には当時の混乱は伝説として残ったがそれもやがて風化し…数百年が過ぎ去った。

しかし穏やかな平和の裏で時間と共に封印の力が消え始め、同時にその消滅を早めようと蠢動する者も暗躍を始めていた。


密かに。

誰にもわからないように。


各種族はそんな予兆を感じることもなくそれぞれ当時の習わしだけを形式化させて残し、生活を送っていた。


その中で形を失ったはずの【傀儡】が一体…運命の歯車によって深く長い眠りから目を覚ましたのである。

異界の者の器に過ぎなかった泥の身体に自らの心をもって。



■■■



砂漠の暑い風が砂を連れて流れていく。

数年に一度行われる特別なバザール。

様々な国の言葉が歌のように流れ、集った人々の雑踏が常とは違う雑然とした空気を醸し出していた。


集められた珍しい品々。

最高級の装備品などもこの日はこのバザールに集められていた。


だが集った人々や商人たちの目的は売買だけではなかった。

思い思いの買い物をした人々は太陽が南天に来ると誘われるようにバザールの中央にある特設会場へと姿を見せた。


そこには大小の国家の王子や宰相などVIPが集い、騎士や魔導士などの候補者たちが己をアピールしていた。


数年に一度だけ開催される国も地位も超えた個人の才能のみで伸し上がれるスカウトの場であり、人々は未来の有名魔導士や騎士、そして各国の最重要人物たちと繋ぎをとる為に集まっていたのである。

が、そんな場に知らず知らずのうちに迷い込んだ少年が一人会場のど真ん中で一人の青年を前に凍り付いていた。


少年の名前はイサミと言い、彼は目の前に立つ男をただただ凝視していた。

男は赤い髪をした精悍な容貌の青年で、東の小国エスターの第三王子アーサーと名乗った。


スカウトに来たいわゆるVIP側だ。

が、しかし。

いや、しかし。

普通は強力な魔力のある魔道士。

普通は技と力を持つ騎士。


その才のある者を誘うだろう。

なのに。


「面白い」

魔力ゼロっていうのが気に入った

「今日からお前は王族付き魔道士さまだ」

そう告げたのである。


ありえない。


イサミは咄嗟に「うっわ、この人変な人だよね…絶対に変な人だよね、うんうん」と思うと、慌てて脱兎のごとく踵を返すと逃げだしかけた。


変な人とは関りあいたくない。

君子危うきにというやつだ。

が、その先に現れた影に逃走を阻止されたのである。


長い髪を後ろで大きな三つ編みにした見た目穏やかそうな青年で、北の魔法大国コーリコスのヒューズ王子であった。


「ほう、さすが我が国のテストに落ちた術士を国家の魔道士に据えるとは」

お前も謙虚になったな

「部をわきまえるようになったか」


見た目を裏切る結構な毒舌家のようであった。


イサミは二人に挟まれる形になり身動きの取れない状況で少し前のことを思い起こしながら「うん、まあ…事実だよね」とハハッと心で笑った。


この特設会場に迷い込み術士を呼び集めていたコーリコスのテストを受けたのである。

が、魔力を測定する特殊な魔石が全く反応しなかったのである。


術を使えないどんな人でも反応してレベルにあった色を発するらしいのだが…んともすんとも言わなかったのである。


コーリコスの役人が「壊れたのか!?」と慌てて魔石を交換したくらいである。


ただヒューズ王子の言葉は毒舌だが普通はこうだ。

魔力ゼロの魔術師を魔道士として雇う人はいない。

いないが、そんな存在が目の前にドドンと立っているのである。


見上げるイサミを小国エスターの第三王子アーサーは見下ろし、ふっと笑った。


「謙虚?意味わかんねぇな。俺は町の子供でも多少の魔力があるのに」

魔力がゼロっていうのが気になっただけだ

「ヒューズ」

と、告げた。


イサミは彼の顔を見つめ、その理由に思い至ると目を伏せた。


遠い。

遠い。

時の中で手にした幾つかのモノ。


アイテム。

装備品。

金貨に貴重品。


鞄に収まる物は今も鞄の中にあるが…あの頃、立ち寄った様々な町の倉庫屋で出し入れし預けておいたモノがどうなっているのかは分からない。


それに仲間たち。

フレンドやギルド。

記憶の中にある『始まりの町』で集まっていた自分と同じ冒険者たち。


その中でも唯一の…バディシステムで己と対として誕生した相方。

『今日から僕が君のバディだよ!なおくん』

一緒に冒険しようね!

ずっと側にいて互いを高め合ったナオヒコという名前の存在。


その彼もいない当時の欠片も見当たらない風景の中で突然目覚めたのだ。


ここは何処で、何故自分はいるのか。

そんな事すらも分からなかった。


イサミは胸に過ぎる不安と痛みを感じながら、不意にアーサーに手を掴まれると過去に戻りかけた記憶の回廊から現在いまへと戻った。


「あの…」

言った彼にアーサーはニッと笑うと

「手続きをする」

行くぞ

と告げた。


これは新たな冒険の始まりか。

それとも。


ただどちらにしても目覚めたばかりの右も左も分からないこの世界で、イサミは独り生きていかなければならなかったのである。



第一章 魔力ゼロの魔導士



世界が胎動するとき、老若男女貧富関係なく巻き込まれる。

しかも、胎動期の始まりは誰も気付かないほど静かで些細な事象であることも多い。


イサミがこの世界で目覚める数日前にこのバザールの場所が完全に砂漠と化したことも実は大きな胎動の始まりであった。


既に人々の記憶から消え去っていた砂漠の遺跡。

それが消えただけ。


しかし、この瞬間から遠い旧世界で施された封印が解け始めたのである。

それに気付く者はこの時はまだ誰もいなかった。


イサミは戸惑いつつもアーサーと手続きを終えると会場を出た途端に押しかけて来た商人たちの垣根を潜り抜け共に緑翼のドラゴンに乗ると、アーサーの国である小国エスターへと向かった。


砂漠の光景が緑の大地となり山脈などの合間に町や村が眼下に広がった。


取り敢えず、ここがどこなのか。

イサミはそれを知る必要があった。


深い眠りの後に目覚めたらバザールの会場。

周囲の人々は遠巻きに驚いたように見ていたが、驚いたのは自分の方である。


ここは何処?僕はなに?と言う感じだ。


彼はアーサーの背中を見つめ

「あの、始まりの町ってありますか?」

と問いかけた。


これまでの記憶の中で一番よく通った場所だ。

その場所があればまた仲間たちと出会えるかもしれない。


しかし。

アーサーは前を見詰めたまま唇を開いた。


「ん?始まりの町?」

そんな町はないな

「旧世界では」

異界からの者を取り入れるための傀儡が行き交う町が

「彼らの間でそう呼ばれていたらしいけど」

伝説の話だ


そう告げた。


ただ、例え伝説でもあるのだ。

その場所があるのだ。


よし!うんうん!と思い、イサミは思わず彼の言葉に身を乗り出して

「それで?あの…」

その町は何処にあるんですか!?

と問いかけた。


始まりの町。

異界からの者を取り入れるための傀儡が行き交う町。


間違いなく自分が良く通った町だ。

何故なら自分こそ彼のいう【異界の者を取り込むための傀儡】だからである。


イサミという名前も、この姿も、言葉も【地球】という異界に住む一人の青年の手によって作られたもの。

彼の名前も【勇】という名前だったらしく同じ名をつけたらしい。


彼にすればゲームの中の傀儡。

意志も心もない人形。


右へ動かせば右へ動き。

左に動かせば左に動き。


彼の意思のままに世界を動き回る操り人形。


確かに…その時はそうだった。

けれど。


イサミは意志を持ってアーサーを見つめた。


アーサーは少し考えたようなそぶりをみせたものの、直ぐに唇を開いた。

「伝承ではさっき俺達がいた場所」

あの砂漠だ

「元は草原だったらしいけど地殻変動で変わったらしい」


イサミは「あそこ?」と目を見開いたあと、声にならない落胆の溜息を零し、彼の背中に額をつけた。


つまり自分は眠りについた場所で長い時を得て目覚めた。

そう言う事になる。


仲間たちと共に冒険をしていた時間は旧世界と呼ばれる歴史の彼方。

この世界の何処にもない。

ただ何故、自分は朽ち消えることなく今になって目覚めたのだろう。


あのバザールの会場に自分以外の冒険者の傀儡はいなかった。

仲間の姿は全くなかった。


見知らぬ人々。

知らぬものを見る視線。


イサミは視線を空に向け

「ぼく…独りなんだ」

と心で呟くと流れる風の中で目を細めた。


これからどうなるのだろう。

誰もいない。


【勇】という異界の彼も。

フレンドも。

ギルドの仲間たちも。

いや、あの頃に触れあった全てが今は何処にもない。


この世界で。


そう考えると息苦しい痛みが胸を包み込んだ。

イサミは滲みそうになる光景を堪え、目を伏せた。


泣いても解決にはならないのだ。

これから、どう生きて行くか。

それを考えなければ。


彼がそう思った時、アーサーの声が響いた。

「見ろよ」

あれがエスターだ


顎で示された先には城壁に囲まれた巨大な城下町を抱く城が聳え立っていた。

東の小国…エスター王国である。


アーサーが手綱を引くと二人を乗せたドラゴンは降下し、城の一角に降り立った。

そこに二人の男性が立っていたのである。


第一王子アルフレッドと第二王子アンソニー。

アーサーの兄たちであった。


イサミとアーサーがドラゴンから降り立つと、二人の兄は一歩足を踏み出し第二王子のアンソニー王子が唇を開いた。


彼は落ち着いた雰囲気の男性でイサミの持っていた杖を目にすると

「魔導士さまだね」

ようこそ我がエスター王国に

と告げた。


そして、アーサーに目を向け

「こんな小国家に魔導士さまを誘えるとは」

さすがですね、アーサー

と付け加えた。


大抵の術士や魔導士は魔法大国であるコーリコスへと流れていく。

行かなかった者でも小国のエスターへ来ることはなく他の7つの大国へと志願して何処かへたどり着くというのが定例であった。


勿論それは魔導士だけでなく騎士に関しても同じことが言える。

つまり小国は常に人材不足ということだ。


そのせいでエスターに魔導士と呼ばれる多少魔力の高い人間は第二王子アンソニーただ一人であった。

と言ってもコーリコスの魔道士には敵わずどちらかというと研究者色が強い。


体力や魔力の回復薬や一時的な増幅薬。

それを研究して作っている。


だから初の魔道士来訪は喜ばしいものであった。

が、アーサーは兄の言葉に笑顔を見せると

「まあ、コーリコスの魔力テストで落ちたやつなんだけどな」

魔力がゼロだってことで

「魔力計測のない王族付き魔導士さまとして連れてきた」

とあっさり答えた。


アルフレッドとアンソニーは目を細めると「「ん?」」と同時に声を零し、弟のいう事が理解できなかったように固まった。


魔力ゼロの魔導士?

実弟の言葉だが意味が不明である。


二人が心で呟いた時、アーサーは肩を竦め

「城下の民でも少しくらいの魔力はある」

反対にないことが気になってな

「まあ、格好も魔導士然としているし魔導士として迎えた」

と二人の無言の疑問符に返した。


イサミはちらりとアーサーの顔を一瞥したが沈黙を守ったまま、事の行方を見つめた。

魔力ゼロと言うのは自分が異界の者の傀儡だからだろう。


あの頃、当時としては最高レベルまで彼は自分を育ててくれた。

レアな装備品や強力な力を秘めた結晶体を取り付け魔法は常に最高のものを使っていた。


だが。

今も使えるのかは分からない。

自分の魔力がここでは意味がなさないのかもしれないのだ。


ならば、この状況で魔力ゼロの自分はどうなるのだろうか?

本来ならあの会場ででも箸にも棒にもかからなかっただろう。


たまたまこの変な王子が拾ってくれたということだ。

運が良かったと言えば運が良かったのだろう。


アーサーは立ち尽くしていたイサミの背中を軽く押し出し

「行くぞ」

先ずはこの城を案内してやる

と言い、ふっと笑って

「魔道士さま」

と告げた。


アルフレッドとアンソニーの二人はまだ話があると言った表情だったが、イサミはアーサーに腕をひかれ足を踏み出した。


自分を操作する存在はもういない。

これからは、自分の未来を自分の意志と決断で歩かなければならないのだ。


しかし。

この世界に嵐が吹き荒れる時は目の前に迫り、イサミやアーサー、いや全ての国の種族を巻き込んでいくのである。


今は、その寸前の僅かな平穏な時間であった。



■■■



小国エスターは小さいものの整った国であった。

外敵から町を守るための城壁に家々も石造りで立派であった。


道も石畳で舗装され、公園には緑が多く、旧世界であちらこちら行きまくったイサミでもこれほどの城下町を見たことはなかった。


「まあ、野宿の方が多かったけど」

とは、アーサーに案内されながらふと思った感想である。


そして、一通り町を見終わった後に待っていた【王族付き魔道士さま】の部屋に硬直するしかなかった。


「ここ、ですか?」


広々とした豪華な部屋。

鞄一つの自分が使うには広すぎる。

端っこで寝たい。と、こういう場所に慣れていない故に思ってしまうほどの部屋である。


アーサーは普通に

「まあ、もっと広い部屋が必要なら用意させる」

と宣った。


生まれの違い!

と、イサミは心で叫んで、慌てて固辞した。


これ以上広い部屋で自分にどうしろと!?

そう言う気分であった。


もちろん部屋を変えることもなくイサミは三人の王子と王様と妃と会合し夕食を終えると部屋へと戻った。


その夜、独りだけとなり部屋の窓辺に立ち外を見つめた。

漆黒の空に月が浮かぶ。

それは昔も変わらない。


ただ…もうあの頃とは違うのだ。

「どう生きていくか」

僕自身が決めていかないと


己の意思で動き。

己の意思でこの先を歩いていかなければならない。


「…どう生きればいいのか」

考えることは難しいことだよね


傀儡だった頃はそんなこと考えることもなかった。

意思すらなかっただろう。

けれど、もうそれでは未来を生きて行けないのだ。


イサミが未来を見据え始めた同じ時、遥か南の大国で封印されていた強力な怪物が復活し、暴れ始めたのである。



第二章 王族付き魔道士の役目



目映い朝の陽光が瞼にあたり、意識が覚醒する。

昨夜はカーテンを開けたまま寝てしまったようである。


イサミは欠伸を零し、目をこすりながら起き上がるとベッドから降りて誰もいないのにソロリソロリと扉の前に進みそっと押し開けた。


しかも、少しだけ。


この辺りは彼を生み出した異界の青年の影響を受けているのかも知れない。

ふと、彼が何処かの場所の障子をコッソリ開ける映像が脳裏を横切った。


そもそも、異界の冒険者の傀儡だったころは毎日がバトルであった。

こんな扱いを受けたことはない。


始まりの町や幾つかの王城、天の国の王宮、地下の魔宮以外は怪物が蔓延り、その中にはボスと言われる強力な怪物がいた。


その怪物を1パーティ最大5人で倒すのだ。

ゆっくり寛げるのは始まりの町にあるギルドエリアくらいであった。


そこでは地球と言う異界の話が交わされた。


彼らにとってここがゲームと言う遊びの世界であること。

魔物に負けても何度でもリトライ出来ること。

彼らにとって、この世界も自分も…現実ではないこと。


そして、地下の国の魔王によって作られた【傀儡の身体】はボロボロになっても死を迎えることはないということ。


死を迎えるのは地球と言う異界の彼らが【傀儡】に飽きて消す行為を行った時と、彼らがこの世界に別れを告げた時だけであった。


だから、あの最後の戦いの後に【傀儡】は全員消え去ったのだ。

消え去ったはずだったのだ。


イサミは小さく息を吐き出し、伏せていた視線の先に現れた影を見て顔を上げた。


正面にアーサーが立っていたのである。

「何をしている」

着替えたらアンソニーの研究所へいくぞ

言い下着のままのイサミを見下ろした。


イサミは自分の姿を彼の視線で理解し慌てて

「着替えてきます」

と部屋へと戻るといつもの服に着替えてカバンを肩にかけて舞い戻った。


アーサーは彼が着替えて扉を開けると

「まあ、朝食を食べるだけだが」

ついでに形上の役目も説明しておく

と告げた。


「王族付き魔導士様のな」

そう二っと笑って付け加えた。


イサミは「何か一生嫌味のように言われそうだ」と思いつつ

「はい」

と返事をした。


第二王子であるアンソニーの研究所は城の中でも上層ではなく広い庭のある片隅にひっそりと建っていた。


周囲には多くの植物が植えられ、そこで育てられた植物がアイテムの原材料として使われている。

研究所員はアンソニーを入れて3人。

町に住み人よりは少しだけ魔力のある青年二人が勉強に来ている。


結局、スカウトや候補者がいない小国の多くは己の領土から魔導士や術師を見つけ出すしかなかったのである。

もっとも本当に才のある人物たちは結局他の大国へと流れていくことが多いのだが、彼ら二人はどちらかと言うと珍しい部類にはいる。


イサミはアーサーと共にアンソニーの研究所に着くと待っていたらしい彼に挨拶をした。


アンソニーはそれににこやかに

「ようこそ」

と応え

「どうぞ、魔導士様」

と中へと誘った。


用意された朝食は華美なものではなく極々普通のパンにサラダ、スープであった。


これまで野宿の繰り返しで殆どまともな食事をしたことがないイサミにとってはそれでも豪華な食事であった。


研究員の二人も興味と尊敬の視線を向け、彼の一挙手一投足を見つめていた。

バザールの会場からスカウトされてきた魔導士など素晴らしいに決まっている!と言うのが一般の人々の感覚である。


だが。

だが。

魔力ゼロなんて言えないよね、とイサミは思いつつ、食事を終えるとアーサーとアンソニーを見た。


アンソニーは研究員の二人に植物の収穫を頼み、その場から離れさせると唇を開いた。

「さて」と最初に言い「魔力ゼロ…でも、務まらないわけではないからね」と告げた。


「王族付き魔導士の役目は本来一つだけなんだ」


それは。

「戦の時に戦場へ出てその力で戦うこと」

もっとも。

「戦乱などは起きないから安心して」


そう言い、アーサーを横目で一瞥するとイサミに視線を戻して

「とりあえずはここで私の手伝いをしてもらうという事で」

宜しくお願いするね

「魔導士様」

と告げた。


アーサーは頷くと

「じゃ、俺は兵の訓練をつけてくる」

と立ちあがった。


「また、後で迎えに来る」

城の中も案内する必要があるからな


イサミは頷くとアンソニーを見て

「よろしくお願いいたします」

それから僕のことはイサミと呼んでください

と頭を下げた。


アンソニーは少し苦く笑って

「私も君に興味があるし、弟が初めて興味を持ってスカウトしてきたからね」

よろしく

「イサミくん」

と返した。


そして、立ちあがると

「早速、チコの葉を採りに行こう」

魔力回復のアイテムになる

と告げた。


イサミは笑みを浮かべると

「はい!」

と答え、アンソニーとアーサーと共に外へと出た。


チコの葉はかつてイサミもメッチャ集めた。

魔法を使っていたので魔力回復薬は必須アイテムであった。


ただ植物ではなく当時はチコの葉を落とす怪物がいたので倒しまくったのである。


イサミは改めてチコのいう植物を手に葉を摘んだ。

他にも当時はバトルで手にしていたものが植物として手に入る。


イサミは少し不思議な感覚に陥っていた。


陽はゆっくり南天に登り、仲良くなった研究員達と昼食を終えると今度は採取した葉から回復薬を作る作業に入りかけた。


その時、アーサーが姿を見せ

「城を案内する」

と告げた。


アンソニーはそれにイサミをみて

「どうぞ、イサミくん」

と言い、ふとアーサーの前に立った。


「アーサー、やはり来月には王族付き魔導士の契約を解約した方が良いと思いますよ」


それにアーサーは形の良い眉をピクリと動かした。


イサミも一瞬彼を見たが、ある意味仕方ないと言えばそうだ。

が、アンソニーは和やかに笑い

「彼の意志があれば、ここで働いて貰えば良いでしょう」

研究員の彼らとも仲良くなれましたし

「今日の様子を見てやっていけると思いますよ」

と告げた。


「まあ…無いことですが万一にでも戦になれば」

魔力も力も無い彼が前線に立つ必要がでます

「考えておいて下さい」


アーサーは指摘に

「分かった」

と答え、イサミの手を引くと城の案内に足を踏み出しかけた。


そこに。

長兄のアルフレッドが姿を見せた。


「南の大国フイジーラの遺跡で怪物が暴れているそうだ」

盟約に従って出陣する


それに誰もが息を呑み込んだ。


アンソニーは一つ息をつき

「まさか歴史書の中でも発動した記録のない盟約を今?」

と呟いた。


それにアルフレッドが

「それよりも伝説の中の生き物と思っていた怪物の出現だ」

と告げた。


彼らのみならず。

彼らの先代も。先々代も。遭遇したことの無い時が始まっていたのである。


アーサーはイサミの背をアルフレッドの方へ押し出すと

「兄貴、こいつを頼む」

と告げた。


「興味本位で王族付き魔道士に据えたが戦場へ連れて行かなければならない」

俺は最前線だ

「連れてはいけない」


危険が大きい。


アルフレッドは頷くと

「分かった」

と答え、アンソニーを見ると

「万が一の時はお前がこの国の王だ」

と告げた。


アンソニーは一瞬何かを言いかけたが直ぐに冷静さを取り戻し

「ご武運を」

と頭を下げた。


アーサーとアルフレッド、そして、イサミは兵士たち数名と共にドラゴンに乗ると南の国を目指して大空へと飛び立ったのである。


それをアンソニーは見つめ

「…数百年、戦のなかったこの世界に…怪物が突然目覚めるなんて」

今回だけで終わればいいのですが

と呟いた。


イサミはアルフレッドの前に座りコクリと固唾を飲み込んだ。

かつてのように魔法が使えるのか、使えないのか。


そして、南の国の怪物とは。


恐らく始まりの町が砂漠の中へ消えたように地殻変動であの頃とは地形も全て変わっているだろう。

イサミはそう思いながらも、これまで戦ってきた怪物のことを思い起こしていた。


陽は沈み、やがて、夜明けが訪れた頃…彼らの目の前に戦場が広がっていたのである。



■■■



眼下ではフイジーラの王都からは離れた山林の中で既に駆けつけていた幾つかの国の兵士が戦っていた。


怪物の近くでは重厚な鎧を着た兵士が動きを止めるように盾を前に剣を振るい、上空からはドラゴンに乗った騎空兵が弓で攻撃を仕掛けていた。


それでもダメージはさほどでも無い。

その更に奥から恐らくはコーリコスの魔道士達なのだろう魔法詠唱をしているのが見えた。


彼らのダメージは怪物のHPをそれなりに削っており、イサミはアルフレッドの前に座り、あの頃とは違うこの世界のバトルを見つめていた。


ただ、一つ。

彼はかってこの怪物と戦ったことがあり、その最大の難関を知っていたのである。



第三章 初陣



「よし!遅れをとるな!」

と声を出し、アーサーがドラゴンと共に怪物へと突っ込んだ。


イサミはアーサーの大剣を目に

「あれは、確かエクスカリバーだったよね」

と思わずポロリと零した。


アルフレッドはエスター軍の中央で戦況を見つつ、イサミを一瞬一瞥し

「知っているのか?」

と言うと

「あれはエスターの宝剣エクスカリバー」

君の言うとおりだ

と告げた。


そのダメージ。

アーサーの一振りはかなりのダメージを与えていた。


それをヒューズは見つめ

「さすが、我が国の魔術に匹敵する力を持つエスターの守護神」

と呟き、杖を怪物に向けた。


「地の力よ、我らに従え!」

ストーンクラッシュ!


同時に怪物の足元に魔法陣が現れ岩が剣先のように飛び出し怪物にダメージを与えた。

が、イサミは思わず

「まずい、よね」

と言うと杖を手にスピード詠唱を唱えると

「我に応えよ、始原の原力…天の雷」

レビンアロー

と術を発動した。


…つもりであった。


「…」

「…」


未発。

と言うか、んともすんともなかったのである。


アルフレッドは冷静に彼の低い頭をポンポンと撫でると

「無理はしなくてかまわない」

とフォローした。


イサミは思わずガックリしたものの彼に

「恐らくもう少ししたら第二形態に変化します」

その変化時に

「かなりのダメージの全体攻撃があります」

コーリコスにダメージ軽減の術があるなら

「変化が始まれば発動するように言って下さい」

と告げた。


「ミノタウロス攻略のポイントです」


アルフレッドは少し考えたものの近くの兵を呼び寄せると、ヒューズへと伝令を走らせた。

「我が王族付き魔道士殿の助言だ」と付け加えて。


ヒューズはそれを聞くとエスター軍を見て

「ダメージ軽減の術は、まだ開発されていない」

研究はしているが

と伝令に返したのである。


アルフレッドはそれを聞きイサミを見ると

「魔道士殿」

まだ研究途中で開発されていないそうだ

「何か策はあるだろうか?」

と返した。


イサミは顔を顰め

「あの頃、低レベルのだったけどあれで何度もリトライしたくらいだから威力は強かったよね」

ただ効果範囲が決まっているから

「その範囲から逃げるしかないかな」

と呟いた。


そして、「うん」と方針を決めると

「特に前線は今すぐ逃げるように」

離れるほど衝撃は減ります

と告げた。


アルフレッドは前線にいるエスター軍のみならず幾つかの国の軍に知らせた。

ここに集っているのは盟約を守っている国々の兵士なのだ。

自軍だけと言うわけにはいかなかった。


ただ。

ただ。

時間に余裕があるわけではなかった。


イサミはミノタウロスを睨むように見て

「やばいかも」

と呟き、アーサー達が引き始めたとき形態変化と同時に青い光が広がった。


発動予兆である。


間に合わない。

やばい。

イサミは咄嗟に唇を動かした。


駄目なら全滅。

一蓮托生である。


「応えよ、始原の原力…守護の力!」

サークレッドバリア!


激しい閃光が怪物から発せられると同時に金色の壁がイサミを中心に大きな輪を描くように立ち上った。

激しい音はしたものの中にいた面々にダメージはなく、アーサーは驚いて二人の方を見た。


輪の外と中。

線を引いたように二つの戦局が産み出されたのである。


ただ偶然の救いは効果範囲が広かったため、最前線の殆どをカバーでき打撃は中間後方であったことである。


ダメージはあったものの死者が出ている様子は無かった。


その国の指揮者は自国の状況把握に追われ、一番後方であったため比較的軽度であったコーリコスのヒューズは険しい目でアルフレッドのドラゴンを一瞥し、直ぐに攻撃に戻った。


何処にも。

いや、これまで研究してきたどの書物にも無い魔法。


何があったのか。

あの少年なら魔力ゼロだったはずだ。

彼はそう思いつつ、杖を振るい魔法をミノタウロスに放った。


意味が分からずとも、アルフレッドを中心にした魔法であることに気付いた他の国の王や宰相も一度は目を向けた。


イサミは魔法が発動したことで

「回復魔法も使えるかも」

と杖を翳し

「ヒーリングサークル」

と術を展開したが、今度はうんともすんとも言わなかった。


「…」

「…魔道士殿、貴方の役目は果たしている、無理はしなくても決着はつく」


「…はい」

とイサミはアルフレッドの二度目のフォローにガックシと頭を下げた。


効いたり効かなかったり。

不安定極まりない状態である。

が、アルフレッドが告げた通り、直後にはアーサーがエクスカリバーを鋭くミノタウロスへと振り下ろし最後のダメージを与えた。


ミノタウロスは声を上げるとそのまま倒れ落ちて一つの小さな石の欠片となって大地へと帰したのである。

バトルの終了である。


アルフレッドは下で広がる歓喜を耳にイサミを見つめ

「あのバザールの場で契約した者に過去を聴くことは禁忌だが」

と言いかけた。


それでも。

と言うことなのだろう。


イサミは理解すると俯いたまま

「僕は」

と唇を開いた。


「旧世界の伝説であなた方が異界の冒険者の傀儡と呼んでいる」


人形です

「心の無い傀儡」


人である彼はどう思うだろうか?

だが。

だが。

事実は話しておいた方が良いのだろう。


イサミはそう判断したのである。


アルフレッドはふっと笑うと彼の頭をポンポンと撫で

「貴方は心を持っている」

先の術は我々を助けたいと詠唱した

「それだけで十分心はあると私は思うが」

と告げた。


その横手から鞘がポコンとイサミの頭にあたり

「兄貴の言うとおりだ」

ましてや

「心ない傀儡が初対面で俺を不審者扱いしてにげようとしねーよ」

と笑った。


気付いていたらしい。


イサミは顔を上げて静かに笑むと

「アーサー、アルフレッドさん…ありがとうございます」

と瞳を滲ませて答えた。


アルフレッドは笑みを浮かべ

「ただ、暫くは王族付き魔導士様のままでいてもらわないといけないが」

と呟き、周辺を見回した。


バリア効果の範囲内だった国とそうでなかった国の差は大きい。

この魔法は恐らくこの先において大きな影響を及ぼすだろう。


様々な意味で。


だが今は…。と、イサミとアーサーを見ると

「戻るか」

我が国エスターへ

と告げた。


二人は同時に頷き、エスターのある東の方向に目を向けた。

戦いは終わり、帰還の途についたのである。


同じ時、天の国と地下の国ではそれぞれの中心となる王宮で騒ぎが起きていた。

世界が一つだった起源の頃の唯一の名残となる連結魔導石が光を放ちエネルギーを充填し始めていたのである。


そしてそれは中の国ミズの忘れられた遺跡の一角でも同じように連結魔導石が目覚めたのである。

その事実を知るのはただ一人…男がその石から少し離れた場所に立ち笑みを浮かべていた。


「かつてこの力を使うことが出来た異界の者の器だった傀儡…やはりどこかで目覚めていたようだな」

今はまだエネルギーは充填しきれていないが

「それが完了した暁にはその傀儡は最強の魔道具になる」


「想定外の場所で目覚めたようだが…必ず」

必ず手に入れてみせる


男はそう呟くと闇の中へと姿を消しさった。


イサミもアーサーもアルフレッドもこれから起きる動乱の中心に自分たちが置かれるとは知らず戦勝の安堵感を胸にエスター国へと帰還し、アンソニーを始めとし国民から出迎えられていた。


そう、エスター王国の歴史始まって以来の初陣の勝利である。

国上げての祝賀ムードであった。


イサミは人々が喜ぶ姿を目に共にいるアーサーやアルフレッドを見るとともに笑みを浮かべた。

自分の未来…これからどうすればいいのか。


ただ今は彼らと共にありたいと思っていたのである。



■■■



「えっ、イサミくん魔法が使えたのですか?」

研究所の一角でアンソニーが驚きの声を零した。


それに長兄のアルフレッドが冷静に

「かなり不安定だが、効果は大きいようだ」

と答えた。


先のバトルでの話である。


アーサーは腕を組み些か難しそうな表情を浮かべると

「問題はヒューズだな」

とぼやいた。


魔法大国コーリコスの王子である。


アンソニーは少し考え

「ヒューくんですか?」

と呟き

「魔法のパワーの大きさですか?」

と問い掛けた。


アルフレッドはチラリとアーサーを一瞥し

「いや、術だ」

コーリコスではまだ開発されていない

「術を使ったからだ」

と答えた。


アンソニーは困ったように

「それは」

と顔を顰めた。


コーリコスは魔法開発では最先端である。

そのコーリコスが知らぬ魔法。


確かに気にするのも仕方のない話である。

三人は顔を見合わせると一瞬沈黙を広げた。



第四章 魔導原書



アンソニーは少し考え

「確かにヒューくんとしては気になるとこですね」

あの子は術の開発に一生懸命ですから

と告げた。


「と言うか気位高すぎなだけだろ」

とアーサーがぼやくように付け加えた。


「まあ、あいつなら攫うくらいするかもな」


アンソニーは呆れたようにアーサーを見つめ

「あの子はコーリコスという大国を背負って」

大変なだけで良い子ですよ

「そんなことするわけないでしょう」

と嗜め、窓の向こうでチコの葉を研究員と摘んでいるイサミを見た。


一見すると少年だ。

魔力にしても石が反応せずゼロと判断され、コーリコスを落ちている。


ただ、そのゼロが曲者だったのだろう。


アルフレッドはアンソニーを一瞥し彼の視線の先を追ってイサミを見ると

「とにかく魔道士殿には暫くこのまま王族付きを続けて貰う」

ヒューズからコーリコスの魔導士として来るように依頼があってもだ

と告げた。


契約は解除されておらず、今はまだ解除するつもりもないからである。


その時、扉が開き

「二重契約の違反はしませんよ」

アルフレッド殿にアンソニーさま

「それから、アー」

とヒューズが姿を見せた。


「私が攫うなどコーリコスの名を落とすことをするわけがないだろ」

我が国に来てもらうなら依頼して手続きを踏むまでだ

「魔導士で拒否するものなどいないからな」


アーサーは軽く舌打ちすると「アーってなんだ。アーってのは」と思いつつ睨み付けた。


アンソニーは溜息を零し

「二人とも小さい頃は仲が良かったのに」

どうして犬猿の仲になったんでしょうかね

とぼやき、ヒューズを見ると

「イサミ君を呼んできますね」

イサミ君に用事なんですよね

と立ち上がった。


ヒューズは頷き

「ありがとうございます、お手数をおかけします」

と応え、アルフレッドが視線で勧めるまま空いている椅子に座った。


そして、イサミとアンソニーが戻ると一冊の本をテーブルの上に置き

「これは魔法開発のために解読している古代魔道原書です」

原本は旧世界の始まりの町に保管されていた

「魔道原書なのですが」

と言い

「エスター王国の王族付き魔道士殿に見て頂きたい」

と告げた。


「…」

なんていうか…態度が、別人。とイサミはドン引き仕掛けたものの、これがTPOなんだよねっ。と己を抑え本を手にした。


恐らくコーリコスの、いや、今の魔法の根幹をなす本なのだろう。

そうイサミは思いつつ、パラリとページを捲り目を見張った。


「これは…始めに覚える初級レベルの魔法本だよね」

呟きパラパラとページを進めた。


かつて冒険者の傀儡だった頃に魔法を覚えるために読んでいた本の記述と同じもの。

その中でもレベル1から10までの間に読んでいたものである。

レベルが上がると更に上のレベルの魔法本を読んで魔法を覚えていくのだ。


ヒューズはイサミを見てもう一冊本をテーブルの上に置いた。


瞬間、アルフレッドが制止するように上に手を置き

「ヒューズ、このやり方は感心しないな」

策を弄する相手と向き合って話すべき相手を一緒にしてはいけない

「知りたいことがあれば直接聞けば良い」

と告げた。


「我々のような出自を聞いてはならないという禁忌はないからな」


ヒューズはアルフレッドに見透かされていたことを理解し、顔を赤らめると

「すみません」

と謝り、一つ息をついて

「君は何者だ?何故我々の知らない魔法を使える?」

その古代魔導原書も知っているようだし

「どこで見たのか…教えてもらいたい」

と問いかけた。


アンソニーがチラリとイサミに視線を向けた。

戦場での話はアルフレッドとアーサーのみの知ることで二人の口は堅かったのである。


イサミは真っ直ぐヒューズを見つめ

「僕は」

と唇を開いた。


外では風が流れ、梢を清かに広げていく。


ヒューズは俄には信じがたいと思いつつも

「私は君があの男の縁の者かと思った」

と告げた。


それにはアルフレッド、アンソニーのみならずアーサーすらも表情を改めた。

ヒューズは息を吐きだすと、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「かつてコーリコスの魔法開発を行い魔道原書の管理もしていた男がいた」

父も信頼し多くの魔道士も彼を尊敬していた

「が、その男は反乱を起こし失敗すると魔道原書と当時の魔道士達を連れて消え去った」

救援に来たアルフレッド殿が取り戻してくれた幾冊かを残して

と告げた。


その後、暫く幼いヒューズを王の依頼によって預かり、アンソニーが魔法研究の基礎を教えたのである。

コーリコスとエスターの間にはそう言う関係があったのである。


ヒューズにとって国を救ってくれたアルフレッドと魔法研究の師と言えるアンソニーには頭が上がらなかった。

それ以上に兄と思うくらい二人を慕っていたのである。


もちろん、アーサーに対しても兄弟のような思いを持っている。

だからこそ他の人には見せない己を見せているのである。


アーサーは息を吐きだしテーブルの上の本を手に

「これはその時の取り戻した」

原書の方の一冊か

と呟いた。


そして、イサミに渡した。


イサミは手に取るとページを捲り

「これは」

と息を飲みこんだ。


「恐らく次に開放されるはずだった魔法」

今の僕のレベルでは

「まだ読めないです」


レベルに達するまで

「僕らには真っ白に映るんです」


アーサーは「へー」と呟きページを捲って

「俺には変な記号の羅列に見えるけどな」

とぼやいた。


「まあ、こんなの読むなんてできないけどな」


イサミはアーサーをチラリと見て心のどこかで「やっぱり」と呟いた。

彼らと自分では文字や言葉が違って認識されているのだと理解したのである。


ヒューズも同じ結論に至り、思案の表情を浮かべると何かを決意したように

「エスター国の魔道士殿」

我がコーリコスの魔法研究に力を貸していただけないだろうか?

と立ち上がって頭を下げた。


イサミは思わず後退り

「あ、あの、頭を上げてもらえると助かります」

僕のこともイサミで良いです!

「アーサーさんもアルフレッドさんも」

と告げた。


アーサーはにっと笑い

「じゃ、イサミ」

貸してやれば良いんじゃないか?

と告げた。


「こいつに貸しを作るのは気分が良い」

偉そうにしなくなるからな


アルフレッドも頷くと

「イサミ殿もこちらの魔法事情を知るには良い機会だろう」

勿論護衛はつける

と微笑んだ。


アンソニーはにっこり笑い

「どうですか?」

これはイサミくんの意志で決めることですよ

と告げた。


どうするか。

自分で決めることなのだ。


誰も決めてはくれない。

地球の彼とも繫がってはもういないのだ。


イサミは改めて自分で道を決めなければならないということ再認識すると

「手伝います!」

代わりに魔法石や歴史を教えて下さい

と告げた。


ヒューズは安堵の表情を浮かべ

「分かった」

感謝する

と言うと

「イサミ殿」

と告げた。


その日、護衛としてアーサーが付き添い、イサミは一路北の魔法大国コーリコスへと向かったのである。

ただ、イサミの存在は知らずともエスターに何かが起きていることを他の国も感じており探りに来る者も皆無ではなかった。


あの防御魔法。

誰が使ったのか。

出来るならば…その力を手に入れたいと思ってのことであった。


しかし、その前にコーリコスへと旅立ったイサミは幾つかの町と国境を越えて現れた北の大国を前に息を呑んでいた。


高い小塔を幾つか持つ重厚な雰囲気の王城。

その周囲に広がる町。

コーリコスの王都であった。


そして。

そこでは多くの魔導士が集い、同時に奪われずに残った魔導原書の全てが集積されていたのである。


■■■


魔法大国と言うだけあって、あちらを見てもこちらを見ても魔道士である。


しかも王城の一角には魔道士学校もあり、案内されたそこでは候補生や正規の魔道士達が自負と自信に満ち溢れた表情で魔法論議をしていた。


イサミは豪華で重厚な空気が漂う廊下を進み、時々教室の窓を見ながら

「凄い」

と呟いた。


自分にとって魔法は与えられたものである。

望むと望まざるとに関わらず、地球の「勇」と言う彼が魔力も術も全てを与えてくれた。


考えることも。

感じることも。

何一つなく使ってきた。


ふと窓を見つめ立ち止まったイサミにアーサーも足を止めると

「お前はこれからだな」

考えたり

決めたり

「前を進んでいくために努力していくのは」

これからだから楽しんでやっていけばいいさ

「楽しくしていかないと負担だけになって辛くなる」

と告げた。


イサミはアーサーの顔を見上げ励まされているのだとわかると

「はい!」

と笑みを見せた。


確かに。

自分は全てがこれからなのだ。


決めて。

考えて。

ならば、これからを苦しんで辛く生きるより楽しく生きていくことを考えて努力していく方が良い。


そのほうが前に進んでいきやすいだろう。


ヒューズはそんな二人を少し離れた場所から見てふっと笑い

「ここが」

図書室だ

と扉を開いた。


イサミは駆け寄り、目の前に拓けた大きな空間に息を呑み込んだ。


第五章 世界の始まり


コーリコスの魔法学校の図書室は三階吹き抜けの広々とした空間で、壁全てが棚となっており本が敷き詰められていた。


更にその一角の隠し扉の奥には貸出禁制の本があり、そこに魔道原書と語訳本もあった。


ヒューズはアーサーを見ると

「アーサー、お前は適当に座ってろ」

とあしらい、イサミに目を向け

「イサミ殿はこちらへ」

本を用意させていただきます

と告げた。


イサミはヒタリと汗を浮かべ

「対応が、違いすぎて」

反応に困る

と思ったものの、背中を押され

「気にすんな」

あいつは俺にはああだから

「おれも気にしてねぇよ」

と適当に座るアーサーに安堵しつつ勧められた椅子に座った。


そして、ヒューズが用意した本を前に一番上の一冊を手にした。


「魔道原書訳三」

解読中の本ですね


それにヒューズは頷き

「原書は解読も出来ないですから」

と言い、紙とペンを自らの前に置くと

「イサミ殿は読んでいただくだけで十分です」

と告げた。


イサミは「あ」と声を漏らすとヒューズの遣りたいことを理解し

「では」

と読み始めた。


もしかしたら。

かつてこの語訳も同じようにされたのかも知れない。


魔導原書をアーサーは読めない記号の羅列だと言っていた。

つまりそれは冒険者の傀儡である自分たち以外に読むことは出来なかったという事になる。。


だとすれば…冒険者の傀儡を介在しなければ翻訳本は作れない。

そういうことになる。


イサミはそんなことを思いながら唇を動かした。


アーサーはそれを耳に穏やかな笑みを浮かべていたものの、ふとその手に二人には気づかれないようにエクスカリバーを持った。


何かあれば、何時でも即反応できるように。


イサミもヒューズも気付かず作業を続け、一時間ほど過ぎたときヒューズがペンを置いた。

「飲み物と何かデザートを用意させましょう」


イサミは頷き

「ありがとうございます」

と応え、小さく息をついた。


それにアーサーが立ち上がるとイサミの隣に立ち

「ヒューズ、外のやつに声をかけておけ」

と告げた。


「一時間もご苦労だなってな」


それにヒューズは目を見張り

「了解した」

イサミ殿を頼む

と戸を開けて足を進めた。


コーリコス内でヒューズを襲うことは愚行である。


直ぐに取り押さえられるだろう。

だが、イサミは顔も知られていない。


連れられていても、それほど気に留められることがない。

消えてもヒューズやアーサー、命令を受けた兵士くらいである。


結局、外で聞き耳を立てていた人物は分からずヒューズはイサミの部屋の周囲に見張りを立てて威嚇と警戒をするしかなかった。


アーサーもイサミと同室で泊まることにし、ベッドの横にある椅子に腰を下ろし

「明日もある」

寝ろ

と声をかけた。

が、イサミとしては自分だけベッドでと言うのも気が引けるものである。


「あー、その、僕も起きてます」

と言うか寝にくいです

「気分的に」


アーサーは軽く息を吐き出すとイサミを脇に抱えてベッドに運び、ドンと上に置くと自身もベッドに寝転がり

「よし、俺も寝るから寝ろ」

とすやすやと眠り始めた。


イサミはそれに同じく目を閉じると直ぐに眠りについた。


まだ。

何も分からない。


異界からの者の器だった自分が何故目覚めたのか。

そしてこの世界があまりにもあの頃と違いすぎてあの世界の本当の未来なのか。

分からなさ過ぎて…自分がどうしたいのか、どうしたらいいのか、分からない。


アーサーはイサミが寝入ると目を開けて、意識を研ぎ澄ました。


気配は、している。

何者かが蠢動している気配は感じる。


「こいつを中心に、何かが起きているのは確かだな」

だが

「拾った以上は護らないと」


あの砂漠の中で驚いた。

光のシャボン玉の中で眠っていた少年がそれが弾けると同時に目を覚まして動き出したのだ。


フラフラと歩き出したところで捕まえようとしたがスカウト開始の手続きに呼び止められ、失敗した。

だが、コーリコスで騒ぎが起きてその理由と彼だと知り、それとなく捕まえたのだ。


光から生まれた少年。

「どんな運命を背負っているんだろうな」

アーサーはふっと笑って呟き、目を閉じた。


翌日、二冊目を終えるとヒューズが唇を開いた。

「ありがとうございます」

約束通り

「今度は史書を用意いたしましょう」


この世界の始まりからの伝承を。


イサミは大きく頷き

「宜しくお願いいたします」

と答えた。


そして。

世界の成り立ちが今紐解かれるのであった。



■■■



世界は始め一つであった。

一つの特殊な力を秘めた光の石によってエネルギーを得て大地や海など様々な物が造られた。


その後に石に触れた海水から神族や魔族、人やエルフなど生まれ地上で生活を始めた。

が、しかし。

彼らはそれぞれの姿や能力の違いを互いに厭い争いを始めた。


長い長い戦いの末に彼らが互いに手を伸ばしたのが原始の石であった。

膨大な力を持つ石を手に入れることができれば他の種族を滅すことが出来ると考えたのである。


多くの犠牲を払い戦ったものの彼らの誰もが自らを守るようにバリアを張る原始の石に直接触れることが出来ず最後に魔族と神族が互いの種族のみならず他の種族にも渡らぬように石を泥で包み込み破壊した。


石は大きく三つに別れ大地も同じように分かれた。

天の国アズと中の国ミズ、そして地下の国ヘズ。


また石は他にも少し大きめの欠片が幾つかと小さな欠片も多く飛び散った。


大きめの欠片は強靭な武器や防具に宿り伝説を作り、小さな欠片は生物や動物、他にも大地などに入り時折巨大な力を持つ者を産み出した。


神族は天の国に。

魔族は地下の国に。

そして、エルフや人々は中の国に住むことになりそれぞれの国は干渉しあわないように制約を交わした。


そして数百年。

中の国以外は穏やかな時間を過ごしていた。

が、それは中の国の何者かが怪物を作り出すまでは…の話であった。



第六章 世界の歴史



イサミはヒューズからその話を聞き

「じゃあ、エクスカリバーもその原始の石の欠片を持っているとか?」

と問いかけた。


エクスカリバーはエスター国の宝剣である。

イサミが傀儡だった頃にもこの剣の噂は多く広まり、冒険者たちは挙って剣を入手すべく躍起になった。


ただ、宝剣は持つ者を選ぶらしく大地に刺さったままというフレーズで紹介された。


いわゆる

「これが伝説の宝剣エクスカリバーさ」

勇者だけが大地から抜くことが出来ると言われているよ

という売りだ。


もっとも、エクスカリバーを守っていた怪物を倒した最初の規定報償ドロップとしてクリアすれば冒険者の誰もが手に出きるものでもあった。


武器の威力や付随する効果が良くイサミもそのエクスカリバーをクエストクリアの報償として手に入れた。


イサミはそれを思い出しながら

「僕は魔法使いだったから、なおくんの装備品にしたよね」

と心で呟いた。


バディシステムで契りを交した相方である。

地球の『勇』は魔である自分とは反対の戦士として彼を育てていたのだ。


考えればエクスカリバーは当時、何本も存在していたことになる。

真偽は別として。


ヒューズは頷きイサミの問いかけに

「そうですね」

剣のあの柄の部分の青い光を放っているのが石の欠片です

「触ることは出来ませんが」

と応えた。


イサミはポンッと手を叩くと

「待って!」

アーサーは剣を手にできたんだよね

「僕らはクエスト報酬だったけど…アーサーは違うよね」

とアーサーを見ると

「本物の伝説の勇者様!?」

とガタリと椅子から立ち上がった。


「…」

「…」

ヒューズもアーサーも同時にキョンッと目を見開いて驚きイサミを見たが、アーサーは軽く肩を竦めた。


「あー、伝説を作った覚えはねぇな」

恐らく

「俺がエクスカリバーを手にできたのは先祖帰りの血だからだろうと言われている」


エスター王国の始祖は霧散した小さいほうの欠片を身体に宿したと言われているからな

「石同士反応するんじゃないかってな」

それも本当か嘘かはわからないけどな


ヒューズも頷き

「まあ、証明するものが無いからな」

ただアーサーだけでなく

「4大国の二つにも同じような宝具があって眠っていますよ、イサミ殿」

西のイグリズは伝説の盾

中央のエルドは伝説の弓

「盾はいま王子が使っていますが弓は持つことが出来るものがいなくて補完されている状態です」

と応えた。


イサミは「なるほど」と答えた。

そして、ヒューズは更に話を進めた。


怪物が産み出されて中の国に氾濫し、ついには天の国や地下の国にも侵攻し

「地下の国は原始の石を包み込んだ泥から傀儡という器を作り」

天の国は異界の者の精神を傀儡と繋ぎ合わせる魔法を使った

「そうやって姿を見せたのが冒険者と言われています」


イサミは己の話だと理解し手を強く握りしめた。

心のない器。

冒険者の傀儡。


瞬間にアーサーは軽く肩を叩き

「今は違うけどな」

と笑いかけた。


ヒューズも頷いた。

その後は冒険者が怪物を封印し役目を終えて消え去ると今の世界へと切り替わっていくのである。


イサミは長い話を聞き終え最後に

「それで、このミズの何処に三つに分かれた原始の石のかけらはあるんですよね?」

と問いかけた。


「その、天の国と地下の国とこの中の国にそれぞれにあるんですよね?」

石が割れたから大地が割れたという話だから


ヒューズはそれに

「それは何処にも記載されていないですね」

と応えた。


アーサーも頷き

「聴いたことはないな」

一番巨大な三つの石にはそれ以降話としては触れてないな

と告げた。


巨大な力を持つ石の行方。

伝説が本当ならその力故に行方を隠匿されたのか。


それとも、その三つの石の部分は眉唾なのか。


イサミは記憶を遡りながら

「あ、地下と天の国のは知ってます」

でも中の国の話は聞いたことがないなぁ

と応えた。


ヒューズとアーサーはそれに腰を浮かした。


ヒューズは驚きながら

「それは、何処にあるのですか!?」

と問いかけた。


イサミはあっさり

「天の国は天の宮の中心にあっていつもみはりがついてます」

地下は魔宮の泥の中庭に浮いてました

と告げた。


「最も両方とも厳重に警備されて見るだけでしたけど」


アーサーはストンと座り

「なるほど」

かんがえれば冒険者だったよな

「旧世界についてはイサミの方が詳しいか」

と呟いた。


ヒューズも座り直し

「なるほど」

ただ本当に天の国や地下にあるとすればこの中の国にもあると言うことになると思わないか?アーサー

と顔をしかめた。


その力が利用されてコーリコスに災いをもたらしたら。

アーサーもほぼ同じことを考えていた。


「その力でエスターやこの世界が混乱したら」

やべぇな


イサミもはっとすると少し考え

「旧世界でも中の国の石の話は聞かなかったです」

と返した。


だが、天と地下にあるのだ。

中の国にもあるに違いない。


そう考えた瞬間、アーサーが立ち上がり剣を構えた。


「そこか!」

と、本棚の一つを薙ぎるように斬った。


そこに男が立っておりにやりと笑い

「連結魔道石のゆくえを知る必要はありませんよ」

無能なコーリコスのヒューズ王子

と告げた。


ヒューズは目を細めると

「お前は」

魔道原書を奪ったダイルーズ

と構えた。


ダイルーズは杖を構えると

「連結魔道石は私のモノになりますから」

そこの容れ物を返してもらいましょうか

「それはお前達のモノではない私のモノ」

と言い、杖から火の玉を飛ばした。


それをヒューズが同じく火の玉をぶつけて破壊し

「イサミ殿はモノではない」

と睨み付けた。


アーサーもイサミを守るように立ち

「こいつは俺のモノでも誰のモノでもない」

こいつはこいつ自身のモノだ

と足を踏み出した。


ダイルーズは一歩引くと

「まずはこの名ばかりの愚かしい魔法国を破壊して」

新しい世界の主となりましょうか

「かつてこの地下に封印されし」

リントヴォルム

「目覚めよ!」

と杖を上に投げた。


瞬間に魔法陣が床に現れ黒い影が激しい風と共に上空へと移動した。


そして、壊れた隠し扉の向こうから数名の魔導士が現れ

「ダイルーズ様!封印の解除は上手く行ったようですね」

逃げましょう

と告げた。


ヒューズは彼らをにらみ

「やはり、まだダイルーズの手の者がいたか」

と呟いた。


ダイルーズはニヤリと笑い

「さあ、こい」

我が魔道具

とイサミに手を伸ばしかけた。

が、イサミはその手を払うと

「僕は、貴方が道具として目覚めさせたのかもしれない」

だけど

「僕は僕だ」

と言うと解放されたリントヴォルムを見上げた。


大きな翼を持ちドラゴンに似ているが蛇の姿に本体は近い。

凶暴で動きが早い怪物である。


しかも…生存値が高い。


イサミは「このままじゃコーリコスが」と呟き、アーサーとヒューズを見ると

「他の人たちを城の中に避難させてください!」

僕があいつを引き付けます!

と足を踏み出した。


「「えっ!?」」

一人で戦うのか!?

とヒューズとアーサーは思ったもののイサミの行動は早かった。


アーサーは慌てて

「イサミ!!」

と彼の手を掴みかけたが、それよりも早くイサミはダイルーズの伸ばした手すらもすり抜けるように駆け出し城の外へ出ると

「我に応えよ、始原の原力…天の雷」

レビンアロー!

とリントヴォルムへと光の矢を放った。


天から一筋の雷が走りリントヴォルムを貫いた。

リントヴォルムは小さく呻き身じろいだが翼を動かし城を見つめている。


まだ狙いがイサミに切り替わっていないという事だ。


混乱の中でダイルーズは呼びに来た部下と共に一時的に城から離れるべく抜け出し城外へと急いだ。

巻き込まれては意味がない。


アーサーはヒューズに後を頼むとイサミを追いかけた。

人々は悲鳴を上げながら逃げまどい、それを、ヒューズから指示を受けた警備兵が誘導をしていく。


イサミはリントヴォルムが口を開けるのを見るとすぐに

「我に応えよ…始原の原力…守りの力!」

サークレッドバリア!

と衝撃波を吐き出すと同時にバリアを貼り、城壁内を守ると更に

「我に応えよ、始原の原力…天の雷」

レビンアロー!

と雷を何度か落としてアーサーと共に乗ってきた緑のドラゴンの元へと走った。


一度。

二度。

三度目にリントヴォルムはイサミを追いかけ始めるとイサミはドラゴンに飛び乗り急いで城外の森へと向かった。


とにかく人を巻き込まないようにしなければならない。


アーサーはそれを見ると

「そういうことか」

と舌打ちし、コーリコスの飼い竜の小屋へ行くと一体に乗って後を追いかけた。


それをヒューズはバリアで守られたコーリコスの城内の小塔の上へと向かい、二人の姿を見つめた。

「イサミ殿に…アーサー…コーリコスを救ってくれ」


もしリントヴォルムが攻撃してきたらコーリコスは大打撃を受けるだろう。


先のミノタウロスの時とは違ってこれだけの至近距離である。

手を打つ時間も態勢を整える時間もないまま、コーリコスは崩壊する。


祈るように見つめるヒューズの視線の先で今まさに死闘が始まろうとしていたのである。


その様子を奇遇にもコーリコスを訪ねに来ていたイグリズやエルド、サバラーナ、グリゴールの王子たちが目撃することになったのである。



■■■



冒険者の傀儡だった頃。

バトルの役割が分割化されていた。


1パーティ5人。

火力ゴリ押しを除けば、多くの場合は壁1人に回復や底上げバリアなどのサボート1人に残り攻撃であった。


1名2名の差はあっても壁、サポート、火力の3柱で行っていた。


イサミはそんなことを思い出しながら

「けど、ソロも多かったし」

問題点は分かってる

と呟いた。


イサミを産み出した彼は野良などあまり入らなかった。

だから、ソロもよくやったのだ。


問題点は強力な魔法を放つときの詠唱と魔力回復の時間だ。


レビンアローは時間が短く魔力もあまり消費しない。

ダメージは高くはないが有効に多用出来る。

それにミノタウロスなら2発で倒せる程度の威力はあるのだ。

が、このリトンヴォルムは無理である。


何発打てば、と気が遠くなる。


イサミは自分に衝撃波の予兆が向くと

「よし」

とその範囲から離れ詠唱を始めた。


アーサーはイサミとリトンヴォルムを追いかけたが、イサミの戦い慣れした動きに目を細めていた。

考えれば、冒険者は旧世界でも怪物を数人で倒したと言われている。


しかも連戦していたとも言われている。


自分達とは強さの質が違うのを目の当たりにしているのだ。

と、思った瞬間にアーサーは

「あっ」

と声を上げた。


イサミも詠唱途中で目を見開いた。


次の瞬間。

一瞬意識が吹っ飛んだ。


リトンヴォルムの長い尾に叩きつけられたのである。


第七章 共闘


アーサーはドラゴンから吹っ飛んで落ちていくイサミの後を追い、空中で捕まえると襲ってくるリトンォルムの爪を避けて動き回った。


確かに衝撃波を打つ前後に時間が僅かに出来るが

「短時間だ」

と言うことである。


イサミは意識を戻すと

「からだ、痛い」

と呟き

「でも、やらなきゃ」

と身動いだ。


アーサーは息を吐き出し

「動けるか?」

と呼びかけ、イサミが頷くと

「やつの意識を引きつける」

その間にやれ

と言うと寄ってきたドラゴンにイサミを乗せて直ぐさまイサミを追いかけだしたリトンヴォルムに向かった。


そして、エクスカリバーを振り上げると振り下ろし、2発目で振り向かせた。


イサミはフラフラしながら

「凄い、ヘイトが高いんだ」

と呟き、魔力回復をすると詠唱を始めた。


フラフラする。

意識を手放してしまいそうである。


こんなこと、無かった。

冒険者の傀儡だった頃は傷みもなく壊れて動かなくなる瞬間まで何も感じることなく動き続けていた。


だけど、今は違う。


イサミは詠唱を終えると

「我に応えよ、始原の原力」

アルク・スプランドゥール

と術を放った。


イサミを中心に三つの魔法陣が現れそれぞれから光の矢が前の巨大な魔法陣で収束すると巨大な光の筋がリトンヴォルムを襲った。


その衝撃はリトンヴォルムの体力を半減させるほどの威力で全員が目を見張った。

アーサーはそれ以上に途端にリトンヴォルムがイサミへ向かいかけるのを食い止めるのに必死であった。


「こっちへ向きやがれ!」

エクスカリバーを振り下ろし叩きつける。


まさにヘイトで敵の意識の奪い合いであった。


イサミはリトンヴォルムがアーサーに向くまで待ち、確認すると直ぐ魔力回復と詠唱を続けざまに行った。


アーサーの攻撃は強い。

ダメージがある。


「あと一撃」

持って意識

と、ふらつく視界を堪え杖を構えた。


これで倒せる。

「我に応えよ!始原の原力」

アルク・スプランドゥール


光の筋がリトンヴォルムを貫き霧散させた。


イサミは「よし!」と呟くと、安堵の息を吐き出して、そのまま崩れるようにドラゴンから滑り落ちた。

フワリとした浮遊感の後に木々の枝葉が激しく揺れる音が耳に響いた。


運よく森林の木々の上に落ちたのである。

が、しかし。

そこに森に隠れながら2人の後を追いかけていたダイルーズがおり、地に落ちたイサミのところへと駆けった。


「さあ、我が魔道具」


逃げなければならない。

捕まってはならない。

そう思うものの、イサミは指先一つ動かす力はなく暗く落ちていく意識の中でダイルーズとその部下を見つめるしか出来なかった。


落ちていく。

深い。

深い。

闇の園。


そして、そこに一つの影かあった。



■■■


「冒険を楽しんでいるかな?イサミくん」

背の高い穏やかそうな男性であった。


顔は見えない。

だけど、分かる。


イサミは彼を見つめ

「貴方は、勇?」

と問いかけた。


彼は笑い

「そうだよ、二度も会えるなんて嬉しいよ」

中学から高校まで君を一生懸命育てたからね

「レベリングばっかりになってた時期もあったけど」

この世界の知らないところを見て回って楽しむために君を作ったんだよ

と告げた。


「配信が終わったときはショックで」

夢でまた君に会えて凄く嬉しい

「誰かに呼ばれたような気がして気付くと光の中に君がいた」


君に触れた瞬間に忘れかけていたあの頃の僕を思い出したよ

「その記憶が君に戻るのを感じた」


君がまた冒険を始めるのだと言うことも感じたよ

「素晴らし夢をありがとう」


イサミは涙を溢れさせると

「僕も、ありがとうございます」

躰を、心までも

「与えてくれてありがとう」

と告げた。


男性は上を向くと

「んー、なんか呼ばれてるみたい」

そろそろ戻らないと

と笑った。


イサミにも声が聞こえた。

アーサーの声である。


男性は「冒険、楽しんでね」と言うと消え去った。

その一瞬。

彼を泣きながら見つめる人々の姿が浮かんだ。


彼らは男性が目を覚ますと泣きながら喜び彼を抱き締めた。

恐らく地球での彼の大切な人たちなのだろう。


そして、その中にどこか知っている面影の人物もいて…イサミは目を見開くと

「あ」

と声を零した。


そうなのだ。

自分は彼から心も、姿も、そして、大切なモノもたくさんもらってきたのだ。


イサミは微笑み

「色々、一杯ありがとう、勇も勇の冒険を楽しんでね」

と言うと、フワリと意識が戻るのを感じた。


そして、開けた視界に心配しているアーサーの顔が映った。


アーサーはイサミが目を覚ますと

「イサミ!!」

この馬鹿が

「無茶するんじゃねぇ」

言い笑みを浮かべた。


イサミは微笑むと

「夢を見てた…僕は冒険をするために生まれたって」

勇が教えてくれた

「彼は僕に色々なものを沢山沢山くれた人なんだよ」

本当に…沢山

「だから、僕は…勇の言ってくれたように何時か冒険をしなきゃって思うんだ」

と呟いた。


アーサーはそれに困ったように微笑むと

「そっか」

と呟き、笑みを深めて

なら、何時か一緒に行ってやるよ

「しなきゃならないことがあるけど、それが終わったら一緒に冒険をするか」

と返した。


イサミは頷くと

「うん」

と応え、再び目を閉じた。


アーサーは軽く安堵の息を吐き出すと

「もう大丈夫だな」

と呟き、振り返って彼の背後に立っていた面々を見つめ

「さて、これからの話をしようか」

と告げた。


それにヒューズを始めとしたイグリズやエルド、サバラーナ、グリゴールの王子たちが頷いた。


彼らがいる場所はコーリコスの一角。

なぜ大国の王子たちが集っているのか。


その話は2日前にイサミがドラゴンから滑落した直後にまで遡らねばならなかった。



第八章 集結



イサミが落ちた場所に先にいたのはダイルーズであった。


ダイルーズは気を失ったイサミに手を伸ばし

「さあ、我が魔道具」

連結魔道石の力を我が物に

と薄い笑いを浮かべた。


危険を冒して追いかけたのは正解だったのだ。


その様子を見てアーサーはドラゴンで引き返しつつ舌打ちすると

「お前に渡すわけねぇだろ!!」

と叫ぶとエクスカリバーを2人の間に投げた。


ダイルーズは一瞬飛び退き、アーサーを睨むと

「私がミズの支配者になった暁には」

貴様を最初に血祭りに上げてやる

と言い、急いでイサミを捕まえかけた。


その刹那に弓が手元ギリギリをかすめ、木々の茂みからこの騒ぎを見ていた大国の王子達が姿を見せた。


弓を放ったエルドの王子アリがふっと笑うと

「その連結魔道石とやらの話も聴かせてもらおうか」

と足を踏み出した。


サバラーナの王子シャールが続いて

「それにこの子のこともお願いしたいね。魔道具って乱暴な言い方する理由もね」

と不敵に笑ってその横に立った。


そして、「そう言う事だな」とイグリズの王子カエサルが素早くダイルーズの前に飛び込むと拳で殴り目を細めた。


最後のグリゴールの王子エドワードも足を進め、イサミの横に膝をついて手を伸ばしかけて上空を見上げた。


「おや、エスターのアーサー王子が到来か」

残念

そう言うと肩を竦めた。


アーサーは慌ててドラゴンから飛び降りるとエドワードを視線で威嚇しつつイサミを片手で抱き上げ、片手で地に突き刺さっていたエクスカリバーを掴んだ。


ダイルーズは顔をゆがめたものの

「お前達を必ず後悔させてやる」

と言うと杖から火の玉を飛ばして威嚇すると茂みのなかへと逃げ去った。


カエサルがアーサーを見ると

「後を追うか?」

と問いかけたが、アーサーは首を振ると

「深追いは危険だ」

どうせまた姿を見せる

とコーリコスへとドラゴンに乗ると向かった。


そして。

ヒューズと合流し、イサミをベッドへ寝かせて本題へと入ったのである。


最初に口を開いたのはシャールであった。

「この少年が、あのバリアを張った張本人だよね?」

何者か聞いてもいいかな?


それに全員が視線を向けた。


アーサーは視線を伏せると

「…俺は言う事はできない」

そもそもあのバザールの場で契約した相手の出生を聞くのは

「御法度だと知っていると思うが?」

と告げた。


それには4人全員が口を噤んだ。


あのバザールのスカウト会場はまさに出生関係なくが基本である。

その為にスカウト側はスカウトした相手に出生を聞いてはいけないのである。


もちろん、本人が言う事については問題ないのだが。


口を開きそうにないアーサーを前にヒューズが唇を開いた。

「これから私が作る契約書にサインできるなら私が話す」


それに4人が顔を見合わせた。

アーサーは睨むと

「ヒューズ」

と呼びかけた。


ヒューズはアーサーに

「責任は私がとるよ」

イサミ殿への謝罪もね

と言い、部屋を出ると暫くして契約書を手に戻った。


「これには契約をすれば拘束力が働くようになっている」

違反はできないので

「十分覚悟してもらいたい」

言って4人の前に置いた。


内容は

連結魔導石の探索に力を貸すこと。

ダイルーズの捕獲または討伐に力を貸すこと。

エスターの王族付き魔導士の秘密は厳守すること。


その三点であった。


どれも彼らの忌避するモノはなかった。

最初にアリがペンを手にした。

「協力と秘密の保持を約束しよう」

言ってサインをした。


それをきっかけにカエサルもまた

「ああ、そいつが連結魔導石とやらを手にしたら碌な事しかしない気がするからな」

とサインし、シャールもエドワードもサインした。


ヒューズはアーサーを見ると

「君はどうする?」

とふっと笑った。


アーサーはいやそうに

「俺もか?」

と言い、サインした4人から頷かれると溜息を零して

「わかった」

とサインした。


瞬間に契約書は光り消え去った。


ヒューズは静かに笑むと

「これで契約は成立したので話しましょうか」

と言い唇を開いた。


「イサミ殿は旧世界で怪物を討伐した冒険者のこちらでの身体」

我々が史書で習う

「冒険者の傀儡…」


けれど、今は心を宿しています

「我々と同じ心を持っているということです」


エドワードは腕を組み

「なるほど、冒険者は強力な魔法や技を使っていたというから」

あのバリアやリントヴォルムを倒した魔法もその一端と言うところか

と呟いた。


カエサルは少し考えると

「だが、冒険者の傀儡は泥から作られたという話だが」

とチラリとヒューズを見た。


アリは目を細め

「それに冒険者が去ると同時に消え去ったという話だしね」

と告げた。


ヒューズはそれに

「その辺りは私にも分からないし」

恐らくイサミ殿も知らないと思う

「ただ…ここからは私の推測だけど」

と言い彼らを見回した。


「連結魔導石は世界を作ったと言われ分割された最初の石の中でも大きく三つに分かれた石の内の一つ…この中の国を支えている石のことだと思っている」

それに冒険者の傀儡の身体はその石を唯一包むことが出来た泥から作られたと言われている

「それが全て事実なら、イサミ殿はその石に触れ内に入れることが出来るのではないかと」


それにはアーサーが驚いた視線を向けた。

ヒューズは肩を竦め

「私の推測だから事実かどうかは分からないけど」

それならダイルーズの狙う理由もわかると思ってね

と答えた。


それにシャールが

「結局のところ全てはダイルーズを捕獲して連結魔導石を手に入れてからってことだね」

と言い

「先ずは連結魔導石の行方を追うしかないね」

と告げた。


アリも頷き

「どこにあるか分からないとなると、手当たり次第探すしかないか」

と呟いた。


「まあ、古代のものは古代の遺跡から当たるのが良いかもしれないが」


全員が「「「なるほど」」」と呟いた。

カエサルは足を踏み出すと

「では、国に帰って遺跡を洗い出してくる」

それまで

「アーサーとヒューズ、魔導士殿のことを頼む」

と部屋を出た。


シャールとアリも後に続き、エドワードもまた

「まあ、南のミノタウロスのこともあるし」

魔導士殿の守護をよろしく

と立ち去った。


アーサーとヒューズは彼らを送り出すと同時に息をついて椅子に腰を下ろした。


イサミはベッドの上で眠り続けたままである。

どんな夢を見ているのか。


アーサーはふっと笑いヒューズに目を向けると

「悪かったな」

と小さく告げた。

ヒューズは静かに笑むと

「コーリコスを救ってもらった恩もあるし」

ダイルーズを放置できないからね

「イサミ殿には申し訳ないとは思っている」

と告げた。


恐らくは秘密にしたいことだろう。


だが。

それでは彼らの協力は得られないどころか妨害者に回ってしまう可能性があったのだ。


話せばわかる相手である。

それにダイルーズからイサミを守ってくれたことを見ても、彼らとしても興味と関心が多分にあり十分力になってくれるとヒューズは判断したのである。


幼い頃から知っているので、それほどの悪人でないこともわかっていた。

ヒューズとしては一番穏便でマシな方法を選んだつもりだったのである。


その翌日、彼らはそれぞれ地図を手に戻り、その時、ちょうどイサミが目を覚ましたのである。


アーサーはいち早くそれに気付くと顔を覗き込み

「イサミ」

と呼びかけた。

イサミはぼんやりとアーサーを見つめ唇を開いた。


…夢を見てた…

「僕は冒険をするために生まれたって」

いさみが教えてくれた


アーサーは微笑むと

「そっか、なら」

何時か一緒に行ってやるよ

「しなきゃならないことがあるけど、それが終わったら冒険を一緒にしようか」

と告げた。


イサミはにっこり笑い

「うん」

と応えるとそのまま再び眠りについた。


そうだ。

彼は冒険者の傀儡だったのだ。


自由に。

好きなところへ。


冒険する者なのだ。


アーサーは彼の頭を軽く撫で

「何時か、そうしたいな」

イサミとなら楽しそうだ

と笑い、息を吐き出すと

「その前にしなきゃならないことはあるけどな」

と心で呟くとヒューズを始めとした他の4人の方を向いた。


「もう大丈夫だ」

これからのことを話し合おうか


それに彼ら全員が頷いた。



■■■



地図は彼らの自国以外にも同盟国などの遺跡の場所も記されており、認知されている世界の大半が網羅されていた。


つまり、それだけ数も多いと言うことだ。


アーサーは繋ぎ合わされた地図を見つめ

「スゲえな」

何処から消すかだな

と呟いた。


アリも「全てだと俺達の人生全て使っても難しいな」と真面目に応えた。


カエサルやヒューズは息を吐き出すしか無かった。


他のシャールやエドワードも同様の表情だ。


その時。

イサミは目を覚ますと

「あの人は、どうして知ることが出来たのかな」

と呟いた。


「ここの本の何処かに載っていたか」

偶然かだよね


そう。

ダイルーズは石のありかを知っているのだ。


このコーリコスの魔道士だった以上は知り得る範囲は限られている。


エドワードはイサミのベッドの横に進むと

「確かに、そこからの方が早いな」

イサミ殿は中々頭も切れる

と顔を覗き込むように見てにっこり笑った。


「エスターの国があきたら我が国においで」

王族待遇で歓迎するよ


…。

…。


アーサーは慌てて手を伸ばすと

「こら、てめー」

と言いかけた。

が、それにエドワードは

「契約の中にはスカウトアプローチ禁止までは書いてなかっただろ?」

とケタケタ笑った。


アリやカエサル、シャールも「確かに」と言うと足を向けた。

が、イサミは慌てて

「あの、僕は首にならない限り、そのご迷惑でも辞めるつもりないし」

もし首になっても他の国の王族付き魔道士になるつもりありませんから

と告げた。


アーサーは静かに笑むと

「兄貴も俺もイサミを解約するつもりはないし」

イサミとの約束もあるからな

と告げた。


イサミは夢現でした約束をアーサーはちゃんと認識しているのだと理解すると

「はい!」

と笑顔で応えた。


エドワードは肩を竦めると

「あれだけの術を持つ魔道士は恐らくこの中の国にはいないから」

我が国の守護魔道士になって貰いたかったんだが

とぼやいた。


国のため。


それは他の大国の王子達も同じであった。


ヒューズはアーサーの横に立つと

「気を緩めると私よりも彼らに奪われるかも知れないな」

と囁き、睨んだアーサーに背を向けて地図の前に立った。


「ダイルーズがこれまで我が国にいた間に行動した場所からつぶすことにしましょう」


それに全員が頷いた。



第九章 遺跡



旧世界のものか。

原始期のものか。


新世界誕生時の地殻変動により遺跡はほぼほぼ判断が付かないモノとなっていた。


コーリコスから一番近い遺跡はイサミとアーサーがリトンヴォルムと戦った森林の中にあった。


深い緑と静寂。

その中にひっそりと佇んでいる廃墟。


積まれた石垣は苔が生えて周囲の色彩と同化している。


ともすれば遺跡とすら認識されないような存在だ。


その石垣に囲まれた空間の中央に立ちシャールが唇を開いた。

「特段何かあるようには感じないな」

と呟いた。


苔生した石。石。石だ。


ヒューズはシャールの横にある丸い石の横でかがみ

「これと同じモノがコーリコスの城を中心に八つあって」

魔道士のオリエンテーリングには回るようにしてる

と答えた。


「コーリコスを中心とした魔方陣だからね」

と、石の苔を手で落とした。


そこに記号が書かれていた。

アーサーは屈み

「これは魔道原書と同じモノだな」

読めん

と呟いた。


イサミも横に座ると石を見つめた。

自分はアーサー達とは違った方法で見ているのだ。


「始原の原力」

守護の力


…。


イサミはぱぁと目を見開くと

「センジア王の城だ!」

と立ち上がった。


アーサーもヒューズも他の王子達も驚くと一歩後退り

「「「…?」」」

なんだ、それは?

と固唾を飲み込んだ。


イサミは石の上に乗り杖を出すと

「我に応えよ、始原の原力」

守りの魔方陣を描け!

「リレーショナルマジックバリア!」

と杖を上へと翳した。


瞬間、石の文字が光ると他の石も天へと光を伸ばし透明のバリアを張った。


懐かしい。

懐かしい。

かつて冒険者の傀儡だった頃に熟したシナリオの一つだ。


イサミは石から降りると興奮気味に

「センジア王に頼まれて魔物の群れが入らないようにバリアを張るってシナリオがあって」

ギルドの皆と…

言いかけて、表情を強張らせるとその場に蹲った。


あの頃とは、違う。

もうあの頃は何処にもないのだ。


なのに一人で興奮して。

懐かしすぎて。

寂しさが胸を過ったのである。


アーサーは一つ息を吐き出すと隣に膝をついて肩を引き寄せた。


「思い出は思い出せばいいさ」

そして

「今度はこれからの冒険を楽しんで思い出にすれば良いんじゃねぇか?」


色々あるが

「終わったら冒険をするんだろ?」

俺と

「新しいところも回っていこうぜ」


イサミは小さく頷き

「ありがとう、アーサー」

と笑みを浮かべた。


それにエドワードが態と仰ぎみるように上を見て

「いやー、流石に魔道士殿だ」

コーリコスの城全てに魔法の守りを張るとは

「是非、我が国の城にもお願いしたいな」

と笑いながらウィンクした。


「ならば我が国にも」とカエサルが言い、シャールやアリも「平等に僕たちの国もだね」と告げた。


イサミは慌てて

「えっ、いや、その僕には」

これはクエストだったし

とブンブンと首を振った。


ヒューズは笑うと

「まあ、コーリコスは運が良かったと言うことだな」

と言い

「ただ、同じ方式なら出来ないことも無いかも知れないな」

と思案の表情を浮かべた。


「起動にはやはりイサミ殿の力が必要なんだろうとは思うけれど」


冒険者の傀儡。

それが何かの繋ぎになっているのかも知れない。


自分達の魔法とは全く別種の力の。


ヒューズはそんなことを考えつつ、イサミを見つめた。


冒険者の傀儡。

元は泥だ。

ただ…この世界の万物を作った最初の石を包んだ特殊な泥だ。


だとすれば、介在しているのは。

とヒューズはふっと考えかけた。

が、エドワードがヒューズの前に立ち

「では、その事案はコーリコスのヒューズ王子にお願いするか」

起動の際は

「イサミ殿」

是非我が国においで下さい

と頭を下げた。


イサミはアーサーが「やめとけ」と言いかけた言葉に重ねるように

「はい!」

と応えた。


そして

「え?何か言った?」

アーサー?

と聞き返した。


…。

…。


アーサーは脱力すると

「なんでもない」

と軽く頭を押さえた。


ヒューズは顔を上げると

「それは善処することにする」

と応え、周囲を見回すと

「問題の石があるようなところはないな」

と呟いた。


恐らくはこの魔法を起動させるためだけの遺跡だったのだろう。

問題の最初の石の欠片とは無関係のようであった。


アリは「そのようだな」と同意すると

「次にコーリコスの魔導士が行っている遺跡はどこになる?」

と問いかけた。


ヒューズは少し考えると

「そうだな」

と呟き、つなぎ合わせた各地にある遺跡の場所をピックアップした地図を広げ

「イグリズにサバラーナ、グリゴールにエルド、他にもエスターや他の国の遺跡も回っているな」

と言い、先ずはサバラーナの遺跡が近いかもしれない

と一か所を指差した。


サバラーナの王子であるシャールはそれを見ると

「ああ、確かにコーリコスの魔導士が入国許可をとって調べているな」

と告げた。


ヒューズは頷くと

「幾つかの遺跡はこの遺跡のように魔道原書と同じ文字が刻まれているからな」

解読の手掛かりと起動方法や役割を調べていた

と告げた。


「ただ、今回のことで一つ分かったのは」

冒険者が介在しないと駄目なようだと言うことがね


チラリとイサミを見た。

魔道原書もこれらの遺跡の魔法も自分達の魔力では駄目なのだ。


ヒューズはイサミに向くと

「イサミ殿」

貴方が魔力ゼロだったのも

「恐らくあなた方冒険者は何かの繋ぎとして他から魔力を吸引して魔法を発動しているからだと考えている」

と言い

「それこそ、ダイルーズが貴方を魔道具と言う理由」


最初の石から魔力吸引してのではないかと


そう告げた。

それには全員が驚きの目を向けた。


世界を作った石。

その力はそれこそ巨大に違いない。


しかし。

いや、ならば

「冒険者が数人で怪物を倒せたのも理由がつくね」

とアリが告げた。


イサミ驚きながら

「だけど、僕には魔力を吸引しているかも分からなくて」

ごめんなさい

と返した。


呪文を唱え発動する。

見た目はコーリコスの魔道士達と同じなのだ。


アーサーはチラリとヒューズをみた。


ヒューズは

「そうだと思いますよ」

と言い

「ただ、私の想像が正しければ」

気を付けていただくように

「あなたが万一彼の言う魔道具になったら中の国は怪物の氾濫と同じかそれ以上の混乱が起きますからね」

と告げた。


カエサルやエドワード、シャールも無言で視線だけが肯定を示していた。

これまでイサミが発動した魔法だけでもその威力は自分たちの遥か上をいっている。


その力が敵に回ったら。


アーサーはイサミの肩に手を回すと軽く引き寄せ

「ま、我が国の王族付き魔道士を守るのは騎士の役目」

イサミはとにかく無闇に俺からはなれなければいいってことだ

と告げた。


カエサルも頷き

「危険を取り除く意味でも」

次へ急ぐか

と告げた。


空には雲が流れ始め、暗雲の予感を感じさせ始めていた。

石を抱く遺跡はただただ静かに時の到来をまっていたのである。



■■■


コーリコスの魔道士が点検する遺跡を幾つか回ったものの、目的のモノは見つからなかった。


無尽蔵にある遺跡の中で言うとその数はほんの僅かである。


イサミとアーサーはエルドの王宮で一休みしながら円陣を組んで座る面々を見ていた。


ヒューズは険しい表情を浮かべ

「そろそろ調べるところがなくなってきたな」

と地図を見ながら告げた。


カエサルは「振り出しか」と言い天を見上げた。


目的の情報がなさ過ぎて、最終的には始めの人海戦術になる。


イサミはふっと思い出すと

「バザール」

と呟いた。


全員がイサミに顔を向けた。


イサミはアーサーを見ると

「あそこは旧世界の始まりの村って話だったよね」

僕が目覚めたのもあそこだった

「冒険者は全員あそこからスタートしてた」

特別な場所だったんだ


冒険者はそこで傀儡の身体を作り、冒険をスタートしている。


そこには。

イサミは記憶を遡りながら

「始まりの村には…神族と魔族が一体ずつ居て誕生の石板を守っていた」

と告げた。


シャールはそれにヒューズを見ると

「特設バザールの時期は不定期だが場所は同じ」

ダイルーズがスカウトの場に出向いたことがあるかどうかだな

と告げた。


ヒューズは彼らを真っ直ぐ見ると

「ある」

と答えた。


そう、ダイルーズは反乱を起こすまでは高位の魔導士だったのだ。

スカウトの場である特設バザールに行くことなど普通にあった。


エルドの王子であるアリは

「あのバザールの場所はここからそう遠くはないし」

人海戦術になるのなら

「外れても候補が減るだけで問題はないと思うけどね」

と告げた。


エドワードは「確かに」と承諾の声を上げた。

カエサルもシャールも反論はない。


アーサーも立ち上がると

「なら、行くか」

とイサミに手を伸ばした。


「始まりの村へ」


イサミは頷くと手を取り

「はい!」

と笑顔で答えた。



第十章 始まりの村



黄土の大地が風紋を描きながら広がり、青い空が頭上一杯に広がっている。

昼間は灼熱。

夜は零下。

砂漠の昼と夜の気温差はかなり激しいモノであった。


ここ数日のあいだその夜の砂漠に幾つかの影が蠢いていた。

フードを目深に被り、杖を手にうろうろと動く姿は何かの襲撃を警戒しているようであった。


その中の一つが砂漠の一角の中央に立つと

「もう少しで、傀儡を手にできたというのに」

エスターのアーサー…だったな

と忌々し気に呟いた。


それにユラリと一つの影が姿を見せると

「ダイルーズ、せっかく地下の泥沼から一体目覚めさせたというのに」

しくじるとは愚かしいことだな

と告げた。


ダイルーズは目を細め

「目覚めさせるのならば…我が元に心のない傀儡として目覚めさせてくれれば」

この様な失態はなかったのです

と答えた。


影は少し思案したように

「何故、あのように目覚めたのかは我にもわからん」

本来ならば人形としてお前のいる場所に目覚めるはずだったのだが

と言い

「まあ、良いだろう」

今暫くは連結魔導石が動き出したこともあって地下の国の警戒が厳しく動けんが

「折りを見て今度こそ本当の人形を目覚めさせる」

それまでこの地を守って置け

と姿を消した。


ダイルーズはそれに頭を下げ

「…しかし、肝心の石を触れないというのが」

忌々しい

と吐き捨てるように言い、闇をにらみつけた。


「とにかく、この台座の下に隠された石をこの手にするまでの辛抱だ」

手にすれば

「魔族も神族も…相手ではない」


…奴らもまた石を手にすることはできないのだからな…

ダイルーズはそう言いにやりと笑みを浮かべた。


翌朝。

アーサーとイサミは他の面々と共にエルドの王宮を飛び立つと始まりの村のあったと言われているバザールの会場だった砂漠へと向かった。


そこに、本当にダイルーズがいるとはこの時は誰も思ってもいなかったのである。


空は青く。

そして、黄土の大地には風が流れていた。


緑の大地が徐々に砂の大地へと変わっていく。


イサミはアーサーと共にドラゴンに乗りながら見下ろし

「この世界で目覚めて初めに見たのもこの風景だったよね」

と呟いた。


あの時もアーサーの後ろに乗ってこの光景を見下ろした。


記憶の何処にもない景色。

ギルドの仲間も。

フレンドも。

あの頃に共に世界を回った冒険者たちも待ちも何もかもがない…世界。


ただ一人だけの世界だと知ったのだ。


だけど。

と、イサミはアーサーの背中を見た。


彼があの会場で手を差し伸べてくれなかったら。


イサミは静かに笑むと

「ありがとう」

アーサー

と告げた。


アーサーは「ん?」と顔を向けたがイサミがにっこり笑うのを見ると

「つかまってろよ」

と見えてきたバザール会場に目を向けた。


今は何もない。

遺跡のあとも消え去った。


砂漠と同化している。

と、思いかけて目を細めた。


途端に弓が横手を抜けて砂漠から向かってきた火の玉を霧散させた。


アリが声を上げた。

「まどうしだ!」


エドワードは剣を構えると

「なるほど、ビンゴだな」

と魔道士のいる場所へとドラゴンで急降下した。


カエサルも降り立つと1人2人と倒し、誰もがその中央に現れた人物をみた。


目深にフードをかぶりギラギラと眼だけが強く光っていた。


ダイルーズである。


剣を手にアーサーも降り立ち、イサミを引き寄せた。

「まさか、この場所に連結魔道石とやらがあったとは」

灯台下暗しってやつだな

と告げた。


ヒューズやエドワード、シャールも降り立ち、同時に彼らを魔道士が取り囲んだ。


ダイルーズは杖を向けると

「能力もないものがただ王家に生まれたと言うだけで」

魔道士の上に立つ

「他の国も同じだ」

ただそう生まれただけで全てを手にしそれを疑問にも思わない

「この世界は能力の高いモノが治めるべきモノだ」

私のようにな

と唇を杖から火の玉を飛ばした。


瞬間にイサミが杖を翳し

「サークレッドバリア!」

と周囲の魔道士達の攻撃も防いだ。


それにアーサーはヒューズにイサミを押し出して託すと足を踏み出して剣をなぎった。


素早い連撃。

魔道士達を倒し始めた。


エドワードやシャールも剣を手に術をとなえようとする魔道士の懐へ飛び込むと動けないように剣の柄でついて倒した。


カエサルもダイルーズへと向かい拳で威嚇し、そこへ背後からアリが弓で射った。


日頃、訓練を受けている超一流の戦士でもある。


発動までのタイムラグがある魔道士ではふりだったのである。

短剣で応戦する者もいたが、それは焼け石に水であった。


実力がちがい過ぎたのである。


ダイルーズは舌打ちすると

「こんなに早く使うことになるとは思わなかったが」

と言うと杖を地に突き立て

「目覚めよ、魔道の怪物」

クローノー

と手にしていた石を投げた。


石は光ると砂を集め1人の巨体な女性姿に変えた。


イサミは戦っていた全員を見ると

「皆さん、戻って!」

と叫び

「レビンアロー!」

とクローノーと言う怪物に光の矢を落とし、全ての魔道士を倒さずに戻った全員の前に立つと

「来る」

と杖を構えた。


瞬間にクローノーは魔道士も全てを飲み込むように砂の波を放った。


イサミは同時に

「応えよ、始原の原力!」

ストーンウォール

と目の前に岩をつき立たせた。


砂は岩の壁をギシギシと押しながら分かれて流れ、カエサルは顔をしかめた。

「おし流されたら終わりだったな」


イサミはそれに

「問題は物攻メインなんです」

ダメを与えられるのはあの石だけで砂を叩いても意味がない

と言い

「僕が砂の覆いを払います」

そに合わせて石を叩いて下さい

と付け加えた。


「始めてバトルしたときは分からなくて」

苦労しました


誰もが「冒険者はどんだけ戦ってたんだ」と思いつつも、先人の知恵に逆らうことはしなかった。


イサミは岩の壁から飛び出ると

「我に応えよ、始原の原力」

ヴァンドトルネード

と杖を振るった。


クローノーの足元から竜巻が起こり、砂を吹き飛ばし石をあらわにした。


同時にアリが弓を放ち石へと連射した。

シャールにエドワードも砂の上を走り石へと剣を振り下ろし、アーサーもまた剣を叩き下ろした。


しかし、ヴァンドトルネードの効力が切れると砂が石を守ろうと集まり、女性の姿になった。


イサミは再び

「それ程、HPは高くないんだ」

と言い

「ヴァンドトルネード」

と術を放った。


少しずつだが、HPを削いでいく。


そして、クローノーの核が壊れ始めたときイサミは

「よし、次で終わる」

とヴァンドトルネードを放った。

直後、砂の中からダイルーズが現れ手を伸ばした。


「怪物など目眩ましに過ぎん」

きさまさえ手に入れば

言った言葉に声が返った。


「ダイルーズ、愚かなのはお前の方だ」

ヒューズが杖を向けて唇を開いた。


「光の力よ、我に従え!」

シャインランツェ!


瞬間に光の槍がダイルーズの肩を貫き地へと縫い付けた。

ヒューズは足を進めイサミの横に立った。


「お前がイサミ殿を狙うのはわかっていた」

だから

「私が残り、罠にかかるのを待っていた」


ダイルーズは呻きながら睨みつけ身体を起こした。

その時、クローノーの核をアーサーが破壊し、全員が二人の背後に立った。


ダイルーズの連れていた魔導士たちは先ほどのクローノーの砂の波の中へと飲みこまれた。

つまり、自らが自らの味方を切った結果という事である。


カエサルはダイルーズの腕を掴むと

「観念するんだな」

お前のしたことはコーリコスで裁かれる

と紐で手を縛りかけた。


瞬間であった。


彼らの背後で雄叫びが上がり砂の中から一体の巨大な犬のような怪物が姿を見せ、素早く彼らのところへ突っ込んできた。


ダイルーズはにやりと笑うとアーサー達を見て

「良いか、必ずお前たちを後悔させてやる」

アハハハ

と笑い声をあげた。


アーサーは素早くイサミの腕を掴むと怪物を避けるように横っ飛びをして、それに倣うようにヒューズもアリも、カエサルもシャールもエドワードもそれぞれ飛びやすい方向へと退いた。


アーサーはイサミを抱きながら

「まさか、ダイルーズが」

と言いかけ、目を見開いた。


その怪物はダイルーズを爪で叩き飛ばしたのである。

全員がダイルーズの味方だと思っていただけに驚き、いや、一番驚いたのは爪で飛ばされたダイルーズであった。


ダイルーズは地を這いながら

「な、ぜ」

と言いかけた。


イサミは怪物が口を開けるのを見ると

「ダメ、逃げないと!!」

と立ち上がると

「我に応えよ!始原の原力」

ストーンウォ…

と言いかけて、怪物が上げる雄叫びの衝撃波に飛ばされるダイルーズを見て顔をゆがめた。


一歩詠唱が間に合わなかったのだ。

が、その後悔をしている暇はなかった。


怪物のターゲットは直ぐにアーサーやイサミたちに切り替わった。


イサミは目を細めると杖を構え

「この怪物は地下の国の門番と言われるケルベロス」

動きが早くて

「強靭な爪と先の衝撃波を多用してくる」

と告げた。


「だけど、倒せない相手じゃない」


アーサーはふっと不敵に笑むと

「よし、攻撃は任せた」

と言うと手にしていた剣を地に突き立てエクスカリバーを手にすると

「奴の目は俺に向けさせる」

その間にやれ

と言うと足を踏み出した。


ヒューズはケルベロスの現れた場所から姿を見せ始めたケルベロスの影を目にすると

「こちらは任せてもらう」

と言うと杖をかまえた。


カエサルはその影に足を踏み出すと

「ではこちらの目を向けさせるのは俺がやる」

と影を叩き始めた。


シャールはヒューズの元へ行き

「詠唱中の身の守りは任せてもらおう」

と構え、エドワードはイサミの横で万一に備えた。


アリは弓で影に遠距離攻撃を仕掛けたのである。


ダメージを与える力はイサミの方が高いことは周知の事実である。

ならば少しでもダメージが必要な方へと攻撃を加えたのである。


アーサーはエクスカリバーで向かってくるケルベロスをぶっ叩くように振り下ろし、意識を向けさせた。


イサミはケルベロスの目がアーサーに完全に向くと詠唱を始めた。


「我に応えよ、始原の原力」

アルク・スプランドゥール


イサミを中心に円の魔法陣が三つ現れ正面の一つの魔法陣へと放たれた光が収束されていく。


そして、アーサーに向いていたケルベロスがイサミに向いた瞬間に光の筋が貫いた。

ケルベロスは一瞬で霧散し、同じ時に影もまたヒューズたちによって倒されていた。


静寂が途端に広がり、アーサーはイサミの隣に立つとそれに他の5人も集った。


ヒューズは下を見つめ

「この近くのどこかにあるという事ですね」

と呟いた。


アーサーはそれに

「そう言うだな」

と応え、周囲を見回した。


砂。

砂。

砂。である。

が、エドワードが彼らの斜め左に足を進めると砂の下から僅かに覗いた石板を足で蹴った。


「もしかして、ここが」


それに全員が駆け寄り石板をどけるとその下に続く階段を見つけ、足を踏み入れた。

そこに、この中の国を支える石が時を待つように佇んでいたのである。



■■■



砂に埋もれていた石板。

旧世界のホンの僅かな名残の遺跡である。


イサミは石板を目に

「僕たちは古の石板の上で目を覚ましたんだ」

うん

「間違いない」

と言い、石板の下にある隠し階段に目を向けた。


下へと。

闇へと。

続いている階段。


エドワードが先頭にシャール、アーサー、イサミ、ヒューズ、アリ、カエサルと続いた。

階段の段数はそれほどなく2mも降りればそこに少し広い空間があり、明るい輝きが本来ならば真っ暗闇の筈のそこを仄かに浮かび上がらせていた。


その輝き。

それこそ、連結魔導石であった。


第十一章 連結魔導石


階段を下った先にある空間の中で浮かぶ巨大な無数の色が混じり合う石。

それが、最初の石の中でも三つに大きく分かれた中の国ミズを支える連結魔導石であった。


淡い水色のバリアを張り、空に浮いているのである。


アーサーはバリアの前に立つと

「ダイルーズも石が触れるなら何処かへ隠したんだろうが…触れなかったってことだよな」

と呟き、その原因だろうバリアに指先を伸ばした。


その瞬間、青白い光がバリアに沿ってアーサーが触れた場所へと走った。

アーサーは咄嗟に離し

「やべぇかもしれねぇし」

と言うと周囲を見回して

「少し離れろ」

と顎を動かすと、剣を手にバリアへと軽く投げた。


同時にやはり青白い光が剣へと走り、交わった瞬間に一瞬で蒸発した。


そう。

鉄製の剣が蒸発したのである。


人が触れても同じならば…想像しただけでぞっとする話である。


アーサーはヒタリと汗を浮かべ

「これが、ダイルーズが触れれなかった理由ってことか」

と呟いた。


人だけではない。

神族も。

魔族も。


全てをこのバリアで拒絶しているのである。

伝承ではただ一つを除いては、であった。


シャールはイサミを見ると

「だけど、イサミ殿は触れれるということかな?」

と視線を流した。


魔道具にすると言っていたのである。

恐らくはそう言う事なのだろう。


イサミは全員の視線を受け頷くと指先を伸ばした。

青白い筋が走れば直ぐに離せばよいのだ。

が、異変は何もなく水色のバリアを抜け、そして、連結魔導石へと触れた。


ヒューズは目を僅かに細め

「やはり、そういうことだったみたいだな」

と呟いた。


石を包み込むことが出来たのは泥。

それで作られた冒険者の傀儡は石に触れることが可能なのである。


誰もがそう考えた目の前でイサミは目を見開くと慌てて離れ

「アー…」

サーと名を呼ぶ前にその場に倒れ込んだのである。


アーサーは崩れるイサミの身体を抱き留め

「イサミ!!」

おい!目を覚ませ!

と呼びかけた。


何があったのかは分からない。

だが、完全に意識を失った状態であった。


ヒューズもイサミの顔を覗き込み

「…とりあえず、一度上へ」

と誘った。


連結魔道石の場所は分かった。

しかも、恐らくは冒険者の傀儡以外に触れることが出来ないことも確かである。


カエサルは全員をみて

「さて、今後どうするかだ」

と告げた。


エドワードはアーサーの腕の中で眠るイサミを横目に

「ダイルーズはもういないが、石自体はどの国にとっても驚異であることは間違いないし」

管理は必要だね

「平等な立場での」

と告げた。


それに反論する者はいない。


アリは

「とりあえず、一番近い我が国に戻り各国の王家重鎮で会議だな」

話し合いが一番だ

「イサミ殿の今後も含め」

と告げた。


それにアーサーはピクリと形の良い眉を動かすと

「イサミは我が国の王族付き魔道士だ」

イサミの意思以外は

「エスターの王族の言葉が最優先される」

と返した。


シャールは肩を竦め

「常時は、だな」

と答え

「魔道士契約の解除を求めたいが」

と言ったものの、少し思案し

「それは求められそうにないか」

と溜息を零した。


ヒューズはドラゴンを呼び寄せ

「私は、イサミ殿とエスターの関係が良好である以上は」

このままの方が良いと思っている

「アルフレッド殿もアーサーも無闇に混乱を望む人物ではないからな」

イサミ殿もきっとそうでしょう

と告げた。


イサミがアーサーに対して心を開いていることは周囲が認識しているのだ。

無暗にそれを引き裂くとイサミの心がどうなるか…そちらの方が危険であった。


全員がそれぞれのドラゴンに乗り

「「仕方ない」」

と話し合いを一時中断した。


アーサーもイサミを抱いたままドラゴンに乗るとエルドの王宮へと向かった。

そして、その夜の間に各王国に連絡が回り、翌朝には王族もしくは重鎮が姿を見せ始めたのである。


ただ、各王国と言っても主には大国と呼ばれる7つの王国とコーリコス、そして、エスターの9国であった。


だが、十二分にことを制定するだけの力を持つ国の集まりであった。

アルフレッドはエルドの王宮に姿を見せ、アーサーとイサミの二人と合流したのである。


その会議の最中に…招かれざる客が二人現れるのだがそれを予測し得た人物はこの時には誰もいなかった。



■■■



エルドの国は一部が砂漠で比較的に熱帯乾燥地帯であった。

建物の多くもレンガ作りで緑はあるモノの道は砂であった。


王宮はエスターやコーリコスのように高層ではなく二層の下に広い作りであった。


その中でも一番豪華で広い場所に7つの大国とコーリコス、そして、エスター。

それぞれの王や重鎮が顔を突き合わせるように円陣に座っていた。


ヒューズやシャール、エドワードにカエサルもまた己の国の末席に座っている。


アーサーとイサミもやってきたアルフレッドの隣に並んで座り、今回の議長国となったエルドのアリとその父エルド王を見た。


エルド王は全員の顔を見回し

「今回、集まってもらったのはこの世界の核ともいうべき連結魔導石の発見があったからである」

旧世界より更に過去に遡る始まりの時に破壊された始まりの石の巨大な三つの欠片の一つ中の国であるミズの核

「伝説だと思われていたが存在しており、それが砂漠の中で発見された」

と告げた。


それに関しては7つの大国の内の4つは王子から聞いており大きく頷いたにとどまった。

アルフレッドも頷き沈黙を守り、コーリコスの王も同じであった。


ただ3つの大国の王や重鎮に関しては初耳だっただけに互いに横に座る王と意見を交わしていた。


エルドの王は咳払いをすると

「その力が巨大なことは言うまでもないが、この石を一国、また、一人で管理することは中の国に大きな騒乱を起こすもととなる」

平等に管理をしたいと思うが意見はあるだろうか?

と告げた。


中の国を支える石の秘める力は巨大で、それを一人や一国が手に入れると脅威になると共にその力の奪い合いから戦乱が起きる。


それを起こさないための話し合いであった。


連結魔導石は触れることが出来ないことはアーサー達が確認しており、イサミのみが触れることが出来ることに関しては秘していた。


今このことを持ち上げるとイサミは駆け引きの道具にされるだろうことは王子である以上は誰もが簡単に想像がついた。


まして容易に広めて良い話でもないことも彼ら全員の認識であった。


第十二章 神族と魔族


7大国。

エルド、サバラーナ、グリゴール、イグリス。

この4か国にローマアーナ、セレスト、マランの三か国が追加される。


そして、魔導王国のコーリコスが別格で大国として存在している。


他は中小国として多く存在している。

エスターはその中の一つに過ぎなかったのである。


最初の意見はローマアーナの王からされた。

「その連結魔導石が発見されたいきさつを知りたいのだが」


そう同じ7大国の内の4国で発見するなど、ある意味出しぬかれた感がぬぐえないのである。


それにはヒューズが一つ息を吐き出し、唇を開いた。

「確かに、ローマアーナ王や他の二国の王は不審に思うところだと思うが」

我が国コーリコスで十数年前に起きた事件をご存知だと思う

「ダイルーズが多くの魔導士を連れて反乱した事件だが」


ダイルーズはこの連結魔導石を偶然バザールのスカウトをしている時に見つけ

「この石を利用して世界の支配者になろうとしていた」


…手始めの報復としてコーリコスで先日魔物を目覚めさせた…


「その時にコーリコスを守ってもらったのが旧知のエスターのアーサー殿と魔導士イサミ殿」

それと私に魔法相談に来ていた他の4国の王子たちで

「ダイルーズの行方を追ううちに発見したということです」


色々なところを省いているが凡そ本当の話である。


アリはヒューズにアーサー、イサミを流し見て

「上手い言い方だ」

と内心思った。


ダイルーズの事件は中小の国ですら知っている大きな事件で、内容的にはおかしくはない。


本当ならそこにイサミを利用して魔道具にしようという話があるのだが、それをうまく省いているという事だ。


カエサルにエドワード、シャールの三人も口を挟むことはしなかった。


ローマアーナ王は「なるほど」と応えると

「それは二度も災難であられたな」

と言い

「…ローマアーナとしては7大国からそれぞれ憲兵を一人ずつ出して管理するというのを意見として出したいと思う」

と告げた。


石だけではなく各国同士も見張るという事だ。

一国。

一人。

出し抜こうとすれば他の国の憲兵が阻止をするという事だ。


エドワードは

「それが一番オーソドックスだがいい方法だな」

ただ

と呟いた。


彼は隣に座る父であるグリゴール王に耳打ちした。

王は頷くと唇を開いた。


「グリゴールはそれに賛同するが、そこに一つ」

憲兵は1年もしくはそれ以下で入れ替えることを付け加えることで賛同する


シャールもカエサルも「なるほど」と考え、それぞれの王に対して小さく頷いた。

7国の憲兵たちがそれこそ結託しては困るからである。


ヒューズはふっと笑うと

「後、我が国は憲兵を出さなくても構わないが」

一年もしくはそれ以下の周期で石と周辺遺跡を調べたいと思う

「それを承諾してもらえるなら賛同する」

と告げた。


最後は、エスターである。

それに関して王の代理として座しているアルフレッドは

「我が国エスターは連結魔導石に関しては大国7か国とコーリコスの決定に従うつもりである」

憲兵についても必要なら出すが

「必要なしと思われるならば出すつもりはない」

と告げた。


つまり、言外にその権利争いに加わるつもりはないという事を告げたのである。

アーサーとイサミは同時に視線を伏せた。


アルフレッドがイサミを庇うために連結魔導石という大いなる利権から手を引いたことを理解したからである。


もしここに憲兵を出すことを主張すれば、恐らくは通るだろうし、大国7か国と肩を並べるくらいの重要国となることも出来ただろう。

だが、それを捨ておいても己の弟のアーサーとその彼が守ろうとしているイサミを選んだのである。


ただアルフレッドにはこのことでもう一つの効果があることがわかっていたのである。

【エスターに野心なし】という宣言で他の国の不振や疑惑、またそれによる猜疑の動乱を遠ざけたのである。


大国7か国に類するよりも和平の方が国の安定や国民のためになると判断したからである。


この場に座る全員の意見が一致し、エルド王が立ち上がると

「では、連結魔導石に関して」

我々7大国の憲兵による管理ということで決定する

「7大国の憲兵のみ我が国の砂漠地帯の自由滞在を許可することにする」

と告げた。


アーサーはイサミを見るとふっと笑い

「まあ、コーリコスの本を見に行くだけだったのがとんだ寄り道になったが」

これでエスターへ帰れるな

「兄貴と一緒に帰還だ」

と告げた。


アルフレッドも笑むと

「そうだな」

アンソニーも心配している

「アーサーがほっつき歩くのは良いが」

イサミ殿は王族付き魔導士殿だからな

「帰ってもらわねば困る」

と告げた。


その意味。

イサミには帰る場所は本来何処にもない。

だが、そうではない。


エスターは帰る場所なのだと言外に告げたのである。


イサミは言葉の意味を理解すると頷き

「はい」

と答えた。


それを雰囲気で察したエドワードやシャール、カエサル、アリはふっと笑って

「ま、仕方がない」

と軽く肩を竦めかけた。


その時、彼らを守っていたエルドの憲兵が倒れ、扉が開かれると一つの影が姿を見せた。


白い翼に整った造形をした神族の一人であった。

「…失礼する」

私は天の国の王宮を守っていた守護近衛ラルフと申す

「数日前に王宮で管理している連結魔導石が目覚め力を吸収し放出しているので調べていた」


中の国の連結魔導石に人が触れたということか


それには誰もが驚きながらピクリと動けずにいた。

神族は長命で魔力や技などの力が人のそれを優に超えているのである。


ここで戦えば自分たちが倒されることがわかっているからであった。


そう告げるラルフの背後にふっともう一つの影が闇から姿を見せた。

「ラルフ殿、連結魔導石に人が触れられぬことなど貴殿なら知っているはず」

もっとも

「我々魔族も神族も誰も触れることなど敵わない」


その力を利用することも本来ならば誰もできない

「…ただ一つ、かつて怪物を駆逐する為に我々の間で作り上げ介在として異界の精神を津投げた冒険者以外は」

言い、ラルフが一瞥し

「中の国である以上、中の国の主である人に名くらい名乗らぬか」

と言うと、魔族の来訪者は唇を開いた。


「俺は魔族の中でも王魔族の一人ルーシャルだ」

まあ

「人は寿命が短いからな、忘れてもかまん」


そう笑い、すっと全員を見回すとイサミのところで視線を止めた。

「なるほど」

そう言うとラルフを見て

「貴殿も気づいているんだろう?」

だが

「ここは譲ってもらいたいが」

と告げた。


ラルフはすっと真剣な表情になったルーシャルを横目に

「…今の俺の役目は何かをすることではなく」

何があったのかを知り

「天王にお知らせすることだ」

と言い

「だが、この貸しは後で返してもらう」

と踵を返すと立ち去った。


ルーシャルはラルフに「後ほど借りは返す」と言い、エルド王や他の王たちを見て

「天界での連結魔導石と同じように魔界の連結魔導石にも異変が起きている」

世界を作り維持している石のことだから放置も出来ん

「その原因は中の国にあることは分かった」

ただ無暗な混乱は始まりの時からの約定があるので望まん

と言い、にやりと笑うと言葉を告げた。


「我が魔王宮にて話し合いの場を設けたい」

ここにいる全員

「明日の夜に案内の魔族をこの部屋へとよこす」


一人も欠けることなく出席してもらおう


それは招待ではなく命令のようであった。

ルーシャルは「では、失礼する」と言うと姿を消した。


魔族は神族に引け取らない強く攻撃的な魔法と力を持っており、つまり、まともに戦うと敵わないという事であった。


そもそも世界が三つに分断された時に天と地下の国を神族魔族がそれぞれ確保し、その他の種族がこの中の国に混在する経緯を考えても、そう言う事であった。


その夜。

アーサーとイサミはアルフレッドと共にエルドの王宮の客間の一つで身体を休め、翌日に備えることになったのである。


他の国の面々も同じであった。


アルフレッドはイサミが寝入るとアーサーを起こして二人で窓辺に座った。


魔族のルーシャルの視線。

それに一抹の危惧を覚えていたのである。


アルフレッドはアーサーを見ると

「十中八九…イサミ殿のことを知っていると思われる」

そう開口一番に言い

「お前はイサミ殿のそばを離れるな」

と告げた。


アーサーは頷くと

「代わりに兄貴は兄貴のことを最優先にしてくれ」

少し気になることもあるからな

「何があるか分からない」

と返した。


アルフレッドはふっと笑うと

「了解した」

と答えた。


夜は深々と闇を降らせ、その向こうに夜明けを迎える準備を整えていた。



■■■



空は白み。

夜明けが世界を包み込んだ。


イサミはベッドの上で目を覚ますと周囲を見回し

「何時くらいなんだろ」

と呟いた。

瞬間に隣で寝ていたアーサーが腕を伸ばすと

「まだ早いからもう一度寝ろ」

と軽く頭を押さえた。


「起きたら、色々準備しねぇといけないからな」


イサミはベッドに再び横になりながら、昨日の事を思い出すと

「そうだね」

と答えた。


ルーシャルという王魔族がやってきて地下の国へ来いと言ったのだ。

迎えをよこすと。


イサミは且つてクエストで行った地下の国の魔王宮を思い出し

「…変わってなかったらあの庭園のような場所に連結魔導石があるんだよね」

と呟いた。


その下に自分たちの身体を作る泥がある。

連結魔導石はその上に浮かんでいた。


イサミは目を細め

「もしかして…」

と呟くと、目の前で眠っているアーサーの顔を見て己の考えた事を搔き消すように目を閉じた。


もしかして。

もしかして。

自分も、そして、あの頃のギルドの仲間やフレンドも消えたのではなくあの泥の中へ一度戻ったのかもしれない。


そして、自分は何かがあってそこから目を覚ました。

もしそのままあったならば…自分と同じように仲間やフレンド、いやそうでなくても誰か同じ冒険者の傀儡が再びこの世界に出現することが可能なのではないだろうか?


…そうなったら僕は一人じゃなくなるよね…


諦めかけていた希望と。

もし違っていたらという不安と。


イサミの中で強くせめぎ合っていた。



第十三章 冒険者の傀儡



「まあ、迎えが来るまで時間はある」

俺が案内をするので町へ出るものはいないか?


アリが朝食を終えたばかりのアーサー、エドワードやシャール、カエサルにヒューズなど各国の王子たちにそう告げた。


「もちろん、イサミ殿も希望があればご一緒に」


イサミはそれに笑顔を見せるとアーサーが「おい」と言うよりも早くに

「是非!!」

と告げ、はっと彼を見ると

「何?アーサー?」

と聞いた。


即決早い!とアーサーは思ったものの、アリが笑顔で「おお!では確約一名だな」と笑うのを見て軽く舌打ちした。


「…前にも一度あったな」

「…まあ、アーにはいい刺激だな」

と、チラリと全員の視線を集めアーサーは

「…俺も参加する」

と手を挙げた。


結局、全員が参加することになり出掛けた。


エルドの王宮を取り巻く町には様々な店があった。

武器や防具などを作製したり修理したりする店から、装飾をする店まであった。


アーサーはエクスカリバーを持って装飾の店に入ると留め具の作成を依頼した。

イサミはそれを見て

「留め具変えるんだ」

と呟いた。


アーサーは頷くと

「ああ、今までの留め具は緩くなっていたからな」

エスターには武器防具を製作する店はあるが装飾を作る店はないのでな

と答えた。


店の職人はエクスカリバーを手にすると

「これは…伝説の大剣エクスカリバーですな」

と言い

「一段と大きな石が宿っておりますな」

と告げた。


エクスカリバーの柄の部分にある最初の石の欠片のことである。


アーサーは頷くと

「まあ、そうみたいだな」

と答え

「抜き差しが多くなると思うので強度の良いモノを頼む」

と告げた。


職人は頷くと

「では、夕刻には仕上げておきます」

と言い奥へと入った。


アーサーはイサミを見ると

「じゃあ、夕刻まで町を見て回ろうか」

他の奴らもそれぞれ準備を整えているだろうからな

と告げた。


アーサーの言った通りにアリが案内したのはそういう店で、それぞれが必要だと思うものを購入したのである。


イサミ以外は誰にとっても地下の国は未知なる恐怖の国なのである。

安易な気持ちで行くなどできなかったのである。


夕刻を迎え、アーサーとイサミがエクスカリバーを受け取って他の面々と合流して王宮へ戻ると地下の国の水先案内人である魔族が姿を見せた。


「ルーシェル様から案内するように仰せつかった」

我が名はガゴル

「では、ご案内する」

入口は且つて始まりの村と言われていた場所にある


あの場所である。

アーサーはイサミをドラゴンに乗せて、それぞれの王と王子が飛び立ち、それに続いてアルフレッドが飛び立った後にエルドの王宮を後にした。


夜の闇が広がり砂漠は気温がかなり下がっている。


アーサーは月明かりに浮かぶ人々の姿を目にピリピリと緊張の糸を張り巡らせていた。

実は前を行く他の5人も同様であった。


ガゴルは始まりの村のところに来ると降下し、続々と降りてくる人族の代表の面々を見て口元に笑みを浮かべた。


アーサーはドラゴンから降りるとイサミの肩を引き寄せてそっとエクスカリバーがいつでも抜けるように構えていた。


エドワードにシャール、カエサル、アリ、そしてヒューズも内心では臨戦態勢だったのである。


ガゴルは手を出すと

「ではその人形を貰おうか」

とにやりと笑い、光を放った。


アーサーは「やはり」というとエクスカリバーを構えるとイサミとアルフレッドの前に飛び出て光を剣の刃で受け止めた。


エクスカリバーの石が強く輝き光を弾いた。


他の国の面々もサッと避けると驚きに後退った。


アリは素早く弓を放つと

「ダイルーズと結託していたのは、お前か」

それとも魔族全てか

と告げた。


エドワードも剣を構えると

「ダイルーズの態度とケルベロス…」

イサミ殿がケルベロスは地下の国の門番だと言っていたから

「疑っていた」

と足を踏み出すと切りかかった。


ガゴルは両手を広げると黒い翼を広げ

「人間ごときが」

と光の玉を両手で集めて連弾した。


横へと雷の玉が撃ち込まれ、それぞれが慌てて避けた。


アーサーは前へ駆け出しガゴルの元へと切りかかった。

瞬間であった。

ガゴルは羽根を羽ばたかせるとアーサーのエクスカリバーを避けて空へと舞い上がり、一瞬離れたイサミの元へと降り立った。


「冒険者の傀儡」

俺が闇の泥から呼び起した

「この中の国の連結魔導石の話でダイルーズを躍らせてな」

と手を伸ばしかけたそのスレスレを剣が走った。


「残念ながら、我が国の王族付き魔導士を手放すわけにはいかない」

アルフレッドが二人の間に割り込んだ。


そして、イサミを背にするとガゴルへと切りかかった。


剣技で言えばアルフレッドはアーサーに勝るとも劣らぬ実力を持っており、ガゴルは舌打ちしながら一歩離れた。


イサミも構え

「僕は、誰の人形でもない」

いさみは僕に言ってくれた

「冒険をするために僕を誕生させてくれたと」

と言い、唇を開いた。


「だから、僕はこの世界のまだ見ていない場所へ行く」


それに戻ったアーサーが構え

「俺と共に、だな」

そう約束したからな

と笑みを見せた。


イサミは笑顔を見せると

「はい!」

と答え、ガゴルに視線を向け

「諦めてください。僕は貴方の人形にも魔道具にもなりません」

と告げた。


そして、杖を前にすると

「もし、諦めないというのならば」

戦います

と付け加えた。


ガゴルは大笑いすると

「愚か者が」

と手を向けた。


アーサーとアルフレッドは同時に足を踏み出し

「やらせるかよ」

「させん」

ときりかかった。


ガゴルは舌打ちして避けた。

そこに弓矢が走り大成を立て直すのを阻止した。


カエサルも突っ込むと殴りかかり、シャールとエドワードも逃げないように背後に回った。


イサミは態勢を立て直せないかもに

「我に応えよ。始原の原力、、、レビンアロー!」

と雷を落とした。


ガゴルは蹌踉めき

「貴様ら」

と呻き、変体し始めた。


イサミは目を細め

「みんな、警戒して下さい」

隠していた能力を出してきます

とさけんだ。


「魔族と戦ったことあるけど」

この人とはないから

「力が分からない」


ガゴルは肌の色を闇色に変えて腕を払って王達を弾き飛ばすと素早く動きイサミへと手を伸ばした。


「俺が呼び出した人形だ」

この下の連結魔道石を手に入れるために


ガゴルは向かってくるアーサーの剣も避け、イサミの手を掴んだ。

瞬間、驚くイサミを前に突然目を見開いた。


「なっ!」


背後にルーシェルが立っており手にしていた剣でガゴルを貫いていた。


「地下の国の禁を犯してな」

愚か者はお前だ


ガゴルはそのまま倒れると風に流れる砂に埋もれた。


ルーシェルは剣を収めると

「今回のことは謝罪する」

この件は地下の国の大きな禁忌

「犯した者を見逃すことはできなかった」

そいつが動くのを待っていた

と全員を見回し言外にガゴルを誘き出すための餌という事実を告げたのである。


アーサーは息を吐き出し、イサミの肩を引き寄せると

「じゃあ、話し合いは嘘か」

と軽く肩を竦めて告げた。


それに対してルーシャルは首を振ると大地に円を描き

「いや、話があるのは事実だ」

と言い、円を描いた場所に空間ができると手を伸べた。


「魔王宮へ案内する」

魔王様が待っている


そう付け加え、彼らを魔王宮へと誘ったのである。



■■■



魔王宮。

地下の闇に沈む王宮。


中央には泥の沼があり、そこに大きな連結魔導石が浮かんでいる。


そこを中心に東西南北に広間があり、その一室に魔王とルーシェル、そして、中の国の人族代表が円卓を囲んで座っていた。


魔王は中の国の面々を見て、イサミで目を止めると僅かに細めつつ

「これは既に神族との話はついて準備に入っているが」

行うには中の国の力も必要になる

と言い、視線を横手の泥の沼に向けた。


「今回の一件を受けてのことだが」


アルフレッドはふと視線をイサミに向けると立ち上がり

「申し訳ないが、その話に王子や他の者を加えることはしたくないと思うがいかがだろうか?」

と告げた。


彼は全員の視線を受け

「王子や他の者に決定権を与えることになるのは問題だと思うが」

ここは国の代表のみとかんがえる

と付け加えた。


確かに王子やイサミが聞けば意見も言うだろう。

他の王たちは考え、それに賛同した。


アルフレッドはそれを確認すると

「アーサー、お前たちは他の部屋で休ませてもらっておきなさい」

と付け加えた。


魔王はふっと笑うと傍に控えていたものに

「では東の宮へ」

と告げた。


アーサーも誰もがその場を一瞥し、立ち去った。

イサミも少し戸惑いつつも泥の沼を見ながら立ち去った。


希望が、湧いた。

仲間たちが自分と同じように甦ることが出来るかもしれない。


ナオヒコもまた現れてくれるかもしれない。


そして。

そして。

もう一度のあの頃のように冒険に出ることが出来るかもしれないのだ。


アーサーは微笑むイサミの横顔を見下ろしながら、苦い笑みを口元にだけ浮かべていた。


イサミの気持ちはわかる。

ただ一人の存在であることはどれほどの孤独だろうか。


知らぬ光景。

知らぬ人。


だが。

だが。

彼を光の中で見た時に手を掴みたいと思った。


そして、彼の言葉を聞いて約束をした。

共に冒険の旅に出たいと思っている。


二人はそれぞれの思いを胸に離れのような東の宮へと足を踏み入れた。


その頃、魔王と王たちは顔を付き合せて意見を交わした。

いや、神族と魔族が既に準備に入っている以上は変更不可ということだ。


アルフレッドはそれを感じつつ迷いの沼の中でそれでも、それでも、決めなければならないと考えていたのである。


「イサミ殿を裏切ることになっても恨まれても」

エスターと中の国を守らなければならない


だが

と、席を立つと唇を開いた。


それに魔王は顔を顰めたものの、ヒューズも賛同すると最終的には承諾する決定を下したのである。



第十四章 泥



東の宮へ移動したアーサーやイサミはソファに座りゆったりとしていた。

イサミは一度湧いた希望に胸を膨らませていた。


アーサーは出会ってから始めてみる喜びように、胸の軋みを覚えつつもそれを受け入れることを決めていた。


唯一つ、兄のアルフレッドの様子が気になっただけである。

常の兄とは違う態度と言葉。


「いつもなら、同席させるんだが」

と呟いたとき、揺れが身体を襲った。


アーサーもイサミもエドワードやシャール、アリにカエサルも慌てて飛び出て中央の宮の方へと目を向けて息を飲みこんだ。


石があった中央から光の筋が伸びていたのである。


イサミは大きく目を見開くと

「あれ…」

と言い駆け出した。


その先で泥が光ながら変化し始めていたのである。


その側ではアルフレッドを始めとした王たちと魔王にルーシェルが立っていた。


アーサーはアルフレッドに駆け寄ると襟を掴み

「ま、さか、兄貴」

と呼びかけた。


アルフレッドは真っ直ぐ見つめると

「泥をただの土へと返すことに賛同した」

それが全世界の種族の決定だ

と言い

「冒険者の傀儡を…もう誕生させるわけにはいかない」

世界を守るために

と告げた。


イサミはそれを聞くと悲鳴を上げて泥の沼へと駆け出しかけた。

アーサーはアルフレッドを殴ると

「だったら!!何故イサミを入れなかった!!!」

一番の当事者じゃねぇか

と言い、イサミを追いかけて掴まえると引き寄せて抱き締めた。


イサミは手を伸ばし

「一人になっちゃう…僕だけが…僕だけが…」

世界で…永遠を生きて行かないといけなくなっちゃう!

「みんなと…みんなと…なおくんと…僕…もう一度…」

と泣き叫び、全ての光が収束して泥が土に変化するのを前にそのまま倒れ込んだ。


世界で一人だけの傀儡。

死のない躰。


アーサーはイサミを抱きアルフレッドを始め全員を見た。

「それでイサミも殺すのか」


それにルーシェルがふっと笑い剣を抜くと

「魔族は力のないものの話はきかねぇんだ」

と足を踏み出しかけて、アーサーがエクスカリバーを片手で持つのを見るとケタケタと笑った。


「冗談、冗談。そこの決定権をもつ二人の押しで中の国のことは中の国で処理だ」

こっちも面倒だし

「かりは返さねぇとな」

言って剣を納めた。


イサミはその後、目を覚ましたものの一言も口を開くこと無く焦点の合わない視線をただ前に向けている状態であった。


あの頃のようにみんなと冒険ができる。

その期待と喜びから一気に絶望へと滑落したのである。


唯一人の存在。

その孤独。


無理はなかった。


そして、地下の国から中の国へと帰還したのである。


ルーシェルはそれを魔王と共に見送り

「ガゴルもこの計画を立てたやつも本当の危機が分かってねぇ」

恐らくあいつらもな

「凶か吉か」

わらんがな

と呟いた。


重々しい様子で中の国に戻った彼らをエルドの兵が待ち構えていた。


「王!」

西側の遺跡に怪物が!

「早く指揮を」


遺跡に封印されていた怪物が目覚め、王宮の都市へと向かっていたのである。


エルドの兵が懸命に食い止めていたが、まさに風前の灯火であった。


近隣の大国であるグリゴールとローマリーナは盟約を果たしに自国へ兵を呼びに向かった。


他の面々は怪物の元へと向かった。



■■■



少数でもエルドを護る方法はある。

誰もがチラリとイサミを見た。


しかしイサミは俯き虚ろに座っているだけであった。


エドワードは小さく

「最悪のタイミングだな」

と呟いた。


アリは弓を構え

「だが、俺は国を守る義務がある」

と突っ込んだ。


巨体な双頭のヒドラ。

弓の矢を受けてもダメージはなかった。


アーサーはアルフレッドの横に並ぶとイサミを抱きアルフレッドへと託した。

「兄貴、イサミを頼む」

それから

「殴ったこと悪かった」


分かっていた。

決定が覆らないことは。


イサミに話して決断させるのは二重の苦しみを与えると判断したアルフレッドの優しさなのだろう。


アルフレッド達が決断することでイサミは怒る先を見出すことが出来る。

それだけでも己自身が苦悩の中で決断してしまうよりはましだったのだろう。


アルフレッドは苦く笑むと

「いや、お前に殴られて救われた」

気にするな

と返した。


「残酷なことをした自覚はある」

イサミにも冒険者の傀儡達にも

「だから助けを求めることはできん」


誰もが分かっているから、イサミを責めないのだ。


アーサーは何も見ていないイサミの頬に手を触れ

「約束を守りたかった」

お前と冒険をしてお前の記憶の一部になりたかった

「けど、すまない」

無理になるかもしれない

と告げるとエクスカリバーを両手で握ると魔物へ突っ込んだ。



第十五章 エクスカリバー



もしも…永遠を共にできたら。

もしも…エクスカリバーのように永遠に近い時を生きられたら。


イサミは救われるかもしれない。

だが、無理だろう。


自分は…人間なのだ。


アーサーはドラゴンを避けながら切り付け、ダメージを与えた。

それでも些細なもので、意識を向けさせる程度あった。


イサミはアーサーの言葉を思い出しながら

「約束」

と呟いた。


「一緒に冒険しような」

新しい記憶を作ってくれようとしてた。


何時だって…自分と共に生きようとしてくれていた。


孤独を作っていたのは自分だ。

拒絶していたのは、自分だ。

過去に縛られ、未知の世界としてたのは自分だ。


イサミは泣きながら前を見つめた。

その目の前でヒドラの吐き出す氷の槍に貫かれて落ちていくアーサーに目を見開いた。


「「アーサー!」」


アルフレッドも剣を手にアーサーの落ちた場所へとヒドラの攻撃をよけながら向かった。


イサミは慌てて飛び降りるとアーサーに手を乗せ

「我に応えよ、始原の原力!癒やしの力」

ヒール!

そう叫んだが発動しても効かなかった。


イサミは泣きながら

「何故!?」

と叫び、はっと息を呑んだ。


イサミの回復の術は仲間には効いた。

だが。

今の世界の人と冒険者は違う。


アルフレッドはヒューズに連絡を入れて要請をかけた。

「頼む、急いでくれ」


アーサーは薄れ行く意識の中でイサミを見つめ

「俺が死んだら代わりエクスカリバーを」

この剣なら

と告げた。


そう

「エクスカリバーならお前の永遠に」

付き合ってやれる


イサミはエクスカリバーをみつめて息を呑んだ。


「そういえば、エクスカリバーのここにある石は始原の石」

アーサーの中にもあるから呼応するっていってた


ならば。

ならば。


イサミはエクスカリバーをアーサーの胸の上にのせ

「我に応えよ、エクスカリバーの始原の原力!呼応する魂を守れ」

ヒール!

と叫んだ。


その瞬間、アーサーは意識を失い深い闇の中でエクスカリバーと向かい合っていた。

エクスカリバーから言葉でない意識が流れ込んでくる。


アーサーは微笑むと

「お前との約束を果たす」

永遠の孤独が未来にあったとしても

「お前が朽ちるまで俺が主だ」

言い、目の前のエクスカリバーを手にした。


光が取り巻き、ヒールの術が始原の石から流れ込んだ。


アーサーは薄く目を開け

「…俺は」

大丈夫、だ

と呟いた。


イサミはヒールが効いたのだと判断すると

「アーサー、傷は完全には癒えていないけど」

もう大丈夫だから

と泣きながら言い、アルフレッドを見ると頷いた。


そして、ヒドラを真っ直ぐ見つめると

「僕がタゲをとって倒す」

と言い、ドラゴンに乗り飛び立った。


そしてそこから離れ、同時にエルドの王宮とは反対側に向かった。

王宮やその城下の人々を巻き添えにするわけにはいかない。


イサミは王宮から離れた場所にヒドラを誘い込み距離をとると

「我に応えよ、始原の原力!闇の力」

殲滅せよ

「ダーク…」

言いかけて、ヒドラの爪が走るのに目を細めた。


鋭い痛みが身体に走り、吹っ飛んだ。

が、イサミはドラコンに辛うじてつかまり逃げながら態勢を取り直した。


身体が、痛い。

何時から痛みを覚えるようになったのだろう。


イサミは気を取り直すと

「我に応えよ、始原の原力…」

レビンアロー!

と短時間の魔法で攻撃を仕掛けた。


その様子を他の誰もが固まったように見つめていた。

イサミはヒドラの攻撃を避けながら単発の術を放ちながら、長い詠唱の術を唱えるチャンスをうかがっていたのである。


怪物との対一の戦いであった。

アーサーは手当てを受けながら身体を起こした。


ヒューズはそれを見ると

「アーサー!お前はまだ」

と言いかけ、振り向いたアーサーの表情に息を飲みこんだ。


アーサーはニッと笑うと

「まだ、動ける」

ヒューズ

「兄貴を頼む」

ドラゴン、イサミが使ってるからな

と答え、ドラゴンに飛び乗ると飛び立った。


身体は痛い。

だが、大丈夫だ。


まだ、動ける。

一人で戦っているイサミを見ているだけなどできない。


アーサーはヒドラへ突っ込むとエクスカリバーを振り上げ

「こっちへ向きやがれ!!」

と叩きつけた。


一発。

二発。


三発目でヒドラはアーサーの方へ向くと口を開いた。


アーサーは

「二度もくらうか!」

と言うと、飛んできた氷の槍を避けた。


そして、イサミを見ると

「今のうちに唱えろ!!」

と叫んだ。


イサミは驚いたものの笑みを浮かべると

「はい!!」

と答え、詠唱を始めた。


「一発で決める」


カンストレベルで覚えた最後の呪文。

最強の範囲攻撃。


「我に応えよ、始原の原力!闇の力」

殲滅せよ


「ダーク…」

…ダークマターフィールド!!…


瞬間にヒドラの足元に魔法陣が広がり同時に黒い闇の粒子が天を貫くように立ち昇った。

ヒドラは雄叫びを上げるとその闇の中で消え去った。


アーサーは消えていくヒドラを見つめ、そのままがっくり脱力するとドラゴンをイサミの方へとむけさせた。

イサミもドラコンの上に座ると背に頭をつけて、息を吐き出した。


下では兵士たちが喜びの声を上げている。


アーサーとイサミのドラゴンが並ぶとアーサーが手を伸ばしてイサミを自分のドラゴンへと移らせた。


そして、イサミの肩口の傷を見ると

「手当てしねぇとな」

と告げた。


イサミは頷き、目を閉じた。

「アーサー、冒険しようね」

エスターへ戻って少し落ち着いたら

「冒険をしよう」


…これからのこの世界での記憶を作っていきたい…


アーサーは微笑むと

「ああ、約束だ」

と返した。


二人はヒューズとアルフレッドと合流し、イサミは二人を見ると笑みを浮かべた。

「心配かけて、すみません」


ヒューズとアルフレッドは微笑みながらも、少し辛いモノがあった。

イサミに責められたのならば少しは気持ちもましだったかも知れない。


それだけのことをした自覚があったからである。


イサミが望んで、焦がれた、仲間の誕生を永久に失わせてしまった。

それは覆らない決定であったが、もう一つは己の世界を守るためでもあった。


だから。

責められないことは反対に辛かった。


彼らはアリとエルドの王から傷の手当てと礼で王宮へと誘われ、王宮へと戻った。


闇の深い夜のことであった。



■■■



夜明けが訪れると空は白み、王宮周辺に陽光が注いだ。


アーサーとイサミは手当てを受け、と言っても手当てを受けたのはアーサーのみでイサミは睡眠をとっただけである。


体の造りが違うのである。


その代わりイサミは朝が来ても昏昏と眠り、アーサーは憲兵に部屋の見張りを頼み、朝食を行った。


席にはアルフレッドにヒューズ、そしてカエサルにシャールとエドワードにアリもいた。


王達はそれぞれの国に帰還し、エルドの王も気を遣わないように配慮したようである。


シャールはアーサーが座ると

「イサミ殿は、大丈夫か?」

と問いかけた。


アーサーは頷くと

「ああ、眠ってる」

と答え

「どうやらイサミは傷や衝撃を受けると寝て回復させるみたいだな」

と付け加えた。


傷口は酷くても血は流れない。

だが、寝ることを強くもとめるようである。


アーサーは食事を終えると軽く歓談し、他の面々も自国へ戻ると言うことなのでイサミが回復してからアルフレッドと共に戻ることを決めた。


アリはそれを聞き

「ならば、明後日の夜に毎年祭りを行う」

それをみてからでも良いだろう

と告げた。


「火を灯した小さな気球を砂漠へ向かう風に乗せて流す」

天へ亡くなった者達への鎮魂の祭りだ

「なかなか綺麗だぞ」


アーサーはそれを聞くと

「そうだな」

イサミも楽しめるだろうな

と言い、承諾した。


イサミは丸一日寝続け、その次の朝に目を覚ました。

そして、アリとアーサーの勧めで祭りにでることにしたのである。


アルフレッドも快諾し

「二人で楽しんでくるといい」

私はエルド王と話をしておく

「アンソニーも心配しているので明日には帰ろう」

と送り出した。


アーサーとイサミはアリに付き添われ町へと出掛けたのである。


第十六章 鎮魂


夜を迎え、町は常にないざわめきが広がっていた。

幾つもの光の気球が鎮魂の祈りを乗せて上がっていく。


イサミも一つ手にすると

「ありがとう、さよなら」

とポロリと涙を落とし、そっと空へと投げた。


旧世界での仲間たち。

大切な思い出だ。


「なおくん…僕はちゃんと大丈夫だからね」


自分はこれからを生きていく。

生きて行けなければならない。


だから。


アーサーも一つ空に送り

「イサミの仲間にあった事はねぇけど…俺が付いている」

一人にはしない

「だから、安心してくれ」

と告げた。


気球は夜空に舞い上がり風に乗って砂漠へと向かって流れる。


人々のざわめき。

その間に降り注ぐ闇の静寂。


アリは二人が暫し気球を見送るのを見ると

「そろそろ王宮へ戻るか」

今夜は観光で他国の国の者も多い

「王宮からも見られるからな」

安全な場所から見た方が良い

と歩き出した。


アーサーも歩きかけ

「イサミ、行くぞ」

と声を掛けて、手を伸ばした。


その刹那。


イサミが振り返って手を取ろうとした瞬間に横を過ぎかけたフードの男がイサミの腰を捕まえた。


「冒険者の傀儡」

泥人形

「漸く手に入った」


まさか、である。


アーサーは舌打ちすると「きさま!!」と殴りかかったが、男は羽根を広げるとフワリと飛ぶと周囲に光の閃光を広げ収束と共に消え去ったのである。


一瞬の出来事であった。


アーサーはアリを見ると

「恐らく、石のとこだ」

ダイルーズにガゴル

「まだいたのか!!」

と言うと王宮へ駆け戻りエクスカリバーを手に飛び立った。


アルフレッドもアリから事情聴き、彼と共に向かった。


夜の闇は広がり、空には祈りの気球がイサミ達の行方を知らせるように流れていた。



■■■



イサミは男に連れられ始まりの村の遺跡に来ると顔をゆがめた。

「僕は人形じゃない」

貴方のいいなりにはならない

言い、腕から抜け出すと杖を構えた。


男は翼を広げてフードをとると

「所詮、傀儡は傀儡だ」

ダイルーズもガゴルも愚かな小者

「連結魔道石と傀儡の使い方も知らずに踊っていただけ」

と笑い、イサミを見ると

「だが何故、異界の意識が呼応したのか」

と告げた。


「まあ、どちらでも良い」

どちらにしても同じだ


男は足元に向かって魔法陣を描きはじめた。


イサミは意を決すると

「応えよ、始原の原力」

レビンアロー!

と言いかけた。


同時に男はイサミの杖を掴み引き寄せると態勢を崩したイサミを抱き止め

「さあ、人形は人形らしく魔道具になれば良い」

とイサミを魔法陣の中心に残し一歩下がった。


瞬間に足元の魔法陣が輝いた。


その後を追いかけていたアーサーはその強い立ち昇る光を見ると

「あそこだ!!」

連結魔導石のあった場所だ!!

と指差し、ドラゴンを急がせた。


そこに魔法陣に囚われ悲鳴を上げるイサミの姿があった。


第十七章 エピローグ


魔法陣から発せられる光の柱の中にイサミを飲み込むように連結魔導石があった。


アリは息を呑むと

「まさかイサミ殿と連結魔道石が」

と呟いた。


魔導石は色を深めイサミの胸元に収束しながら強く輝いていた。

一体化しようとしていたのである。


その後ろに立っていた男は笑うとイサミの背中に手を当て

「完全に融合するまで邪魔者を排除しろ」

傀儡

と告げた。


足元の魔法陣が光るとイサミが苦しみながら唇を開いた。

「わ、れに応えよ。始原の原力」

アルク・スプランドゥール


瞬間に魔法陣が広がった。


まさかである。

よもやでる。


アーサーは共に行動していた面々を見ると

「来るぞ!避けろ!」

と叫んだ。


怪物すら粉砕する魔法の矢である。

巻き込まれたら一溜りもない。


が、アリは顔を歪めると

「いかん!」

町が!町が巻き込まれる!!

と叫んだ。


自国の町である。

そこに住むのは自国の民だ。


守るべき…者たちなのだ。


アーサーは舌打ちすると

「イサミぃ!」

しっかりしろ!!

「イサミ!!」

と声を限りに叫んだ。


イサミは声に目を見開くと

「だめだ」

だめだ

「だめだ!」

と空に意識を向けた。


彼らを。

その向こうにある町を。人々を。巻き込んではいけない。


光の筋は方向を変えるとイサミが意識を向けた天を切り裂くように伸びて、消え去った。


アーサーは逸れた光をみつめ、ほっと安堵の息を吐きだした。

が、その瞬間。

強い光の筋がまるで取って返したように空から降り注ぎ、ドオンと音を立てて男とイサミの足元に炸裂したのである。


激しい衝撃が二人を襲い、男もイサミも弾き飛ばされた。


誰が?

何が?


アーサーの隣にいたアルフレッドが仰ぐように背後の空を見ると、そこに神族の軍団が姿を見せたのである。


黄金に輝く神族。

魔族とは違いその容貌は美しく神々しくすらある。


その神族の軍団の先頭で矢を構えていたラルフは彼らを見ると

「退きなさい」

神族の醜聞はこちらで始末します

「あの魔族がその人形を泳がしてくれましたからね」

と告げた。


そういうことだったのだ。


この計画は天、中の国、地下の国に共犯者がいなければできないことなのだ。


中の国と地下の国の首謀者は既にこの世にはいない。

だとすれば…残るのは天の国の首謀者のみ。


そうことだ。


だが。

だが。


アーサーは神族の軍団の前に進むと

「イサミはエスターの王族付き魔道士だ」

守る義務がある

とエクスカリバーを構えた。


「神族であってもイサミを殺させない」

と強く告げた。


ラルフは顔を顰めると

「愚かな」

と呟いた。

が、それにアリもアーサーの横に並び

「イサミ殿には国を守って貰った恩がある」

と告げた。


アルフレッドは二人の前に立ちラルフに

「中の国では中の国のものが優先される」

今あなた方が攻撃すれば始原の盟約に反する

「違反者となるが」

と告げた。


それを見ていた神族の男は笑い

「どちらにしても同じだ」

邪魔者は消す

とイサミの背に手をつけた。


「これはもうすぐ連結魔道石と同化する」

つまり俺は神や魔族を従わせる力を持つ

「この世界の支配者だ」


あはははは…と笑い声が響いた。


イサミは眠りへと引き込まれそうになりながら

「ダメだ、守らなきゃ」

アーサー

「アルフレッドさん」

アリさんを

「僕は、利用されちゃダメだ」

と祈るように天を見た。


わかる。

自分とこの始原の石は一体になる。


抗っても…石は己の中へともう入り込んでいるのだ。


ならば。

「せめて僕は、自分を…誰にも利用されないようにしなくちゃ」


利用されないように。

触れられないように。


「僕を利用しようとする者が…触れられないように」

イサミは覚悟を決めると、己を侵食する始原の石への抵抗を止めて受け入れた。


石は抵抗がなくなると、その意思でイサミの中へと消え去ったのである。


ラルフは間に立つアーサーやアルフレッド、アリ達を見て僅かに思案したものの

「だが、その危険は天を揺るがす」

例え違反者となろうと

「その愚かな裏切り者の始末はつける」

と意を決すると手を上げた。

が、瞬間にイサミの周囲に石が発していた青い光のバリアが広がり男の描いた魔法陣を破壊した。


「な!!」

と男は驚きに目を見開いたが、同時にその触れている場所にバリアに沿って青白い光が走った。


まさかである。

何が起きたのかわからなかった。

が、「お、ま…!!!」と叫びかけ男は咄嗟に手を引きかけたが「まて」か「まさか」か…言い終えることのないまま青白い光が輝き断末魔の悲鳴と共に蒸発した。


誰もが息を飲みこみ、目を見開いた。

始原の石の力の前では神族すら…一瞬で消滅させられるのだ。


ラルフは険しい表情を浮かべたまま神族に行動を止めるように手を一度横にして、下ろした。


アーサーもアルフレッドも他の誰もがイサミを見つめた。

イサミはバリアに守られながら地に落ちアーサーを見つめると唇を開いた。


ごめんね。

ごめん。


「アーサー…ごめんね」

約束

「冒険する約束」


守れそうにない


眠りがおそう。

恐らく深くてどれほど眠りに時を費やすか分からない。


約束したのに。

約束してくれたのに。


「僕…」


アーサーは静かに笑みを浮かべるとバリアの手前に進んだ。

「いいさ、何年かかっても待ってやる」


だから必ず戻ってこい

「冒険をしよう」

イサミとの約束を果たすためなら

「1年2年、いや、百年万年でも待ってやるよ」


だから、安心して寝ろ


イサミは笑いかけると

「ありがとう、アーサー」

と言い、そのまま眠りに落ちた。


青いバリアがイサミを守るように水を周辺に広げ、瞬く間に泉を作り上げた。


ラルフは暫し思案したもののハァと息を吐き出すと

「始原の石が相手では」

勝ち目はないな

と言い

「神族の裏切り者も消えた以上」

本当の違反者にもなる

と言い、アーサーとアルフレッド、アリを見ると

「破滅か繁栄か」

見ておいてやる

と付け加えると背を向けて

「引くぞ」

と神族の軍と共に天の国へと去った。


自分たちの攻撃など効きはしないと判断したのである。


闇が深々と降り、残されたアーサーやアルフレッド、彼らとイサミの眠る泉を包むように帳を広げた。


首謀者たちは消え去り全てが終わったのである。


アーサーはアリとアルフレッドを見ると

「俺は、イサミを待つ」

エスターの王位継承権を返還する

と告げた。


アルフレッドは顔を顰め

「国に帰ってから」

アンソニーも交えて話さねば答えはだせん

と言い

「とりあえず帰ろう、アーサー」

そしてまた、ここへ来ればいいだろう

と告げた。


もう誰もイサミに触れることはできなのだから。


アーサーは迷ったものの静かに頷き、翌日エスターへ戻り、結局、王位継承権の返却は認められなかった。

が、アリは王に働きかけてエルドの一部だった砂漠地帯の権利をイサミへ譲渡すると決めて、エスターではなくアーサー個人に管理を委ねた。


自国で起きたことだけに責任を感じたのである。


アーサーは暫く落ち込んでいたが、ある日突然に騎士の正装をしてエスターを飛び立つとイサミの眠る砂漠のオアシスとなった場所へと向かった。


青い光の中で眠り続ける唯一の冒険者の傀儡。


アーサーは泉の前に立つとエクスカリバーを前に翳し静かな笑みを見せた。

「イサミ」

これは騎士の誓願だ

「俺はお前の永遠と共に生きる」


ずっと

ずっと


「待っている」

目覚めたら世界を回ろう


「お前が誕生した本懐」

冒険を共にしよう


空に星は瞬き、闇は静かに降り注ぎ…今を伝説とする新たな時代を迎えようとしていた。

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