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ガール・ミーツ・ガール(3)

 マラソンの果てにハンガーの前まで戻ってきた沙希は、ばったり大の字に転がった。

 アメリアがへとへとと隣に腰を下ろす。彼女もくたびれているが、沙希ほどへばってはいない。


「アメリア、体力すごいんだね……」

「私はまあ……もともと叔父が軍人で、軍隊式トレーニングのレクチャーは受けてたから。ダイエットのためにね」

「ずいぶん気合の入ったダイエットだね……」

「基礎代謝を高めての体質改善よ。沙希もやる?」

「私は無理いぼほっ!?」


 転がる沙希のうえに小柄なジゼルが寝転がった。

 沙希のおなかに頭を乗せて両手バンザイに伸びをする。


「つかれたーねむーい」

「おもーい。ジゼルおもーい。私はオフトゥンじゃなーい」


 ジゼルは沙希の倍以上のメニューをこなしている。払いのける気になれなかった。もとよりその体力もない。

 ガレージの壁に寄り掛かってボトルを開けるロザリーが唾を吐く。


「け。馴れ合ってんじゃねぇよ」


 元気が有り余っててうらやましいわーとしか沙希は思わなかった。突っかかる気力もない。

 マラソンを引率したジョシュアが、颯爽(さっそう)とスポーツ仕様の自転車を止める。


「ハイ、みんな程よく体を使ったね。少し座って休もうか」


 優しい笑顔でにこやかに言う。


「座学の時間だ」


 最初のホームシックは、銃撃戦でも食事でもなく、この瞬間に訪れた。

 帰りたい。




「ここスフェールはバルカン半島に属する国だ。イタリア、スロヴェニア、クロアチアに国境を接している」


 会議室のようなシンプルな間取りの一室。

 スクリーンカーテンを下ろした薄暗い室内に、プロジェクターの青白い像が投影される。

 地中海近辺を映した地図だ。イタリアが長靴なら、スフェールはアドリア海に向けて伸ばされる腕のよう。

 沙希たちはプロジェクターの前に座り、チキンサンドにかぶりついている。


「うほっ。オリーブオイルうっま! こんなの日本じゃ食べたことないや」

「んー……もぐもぐ」

「あーあー、ジゼルこぼしてるわ。ロザリー、タオル取って」

「ほらよ。おいジゼル、フォークあるぞ。これで皿に落ちたトマト食え」


 ジョシュアはプロジェクターの表示を切り替える。

 スフェール半島の拡大図。狭く細長い国ながら、西はアドリア海、東は山脈の裾野と表情豊かな国土はしかし、各所が封鎖されている。


「現在のスフェールは内戦まっただなか。テロが頻発している状況だ。革命を叫ぶ"自由の戦士"が立ち上がっている」


 チキンサンドをモグついてる沙希が、ごっくんと嚥下して口を開く。


「私たちはどっちの味方になるんですか?」


 ジョシュアに尋ねる沙希に、同じ長テーブルを囲む少女たちが目を向けた。


「沙希オリーブオイル掛けすぎじゃない? 油なんだから太るわよ」

「きたねー食い方してんな。山猿かてめー」

「んんー。もぐもぐ」


 ジョシュアは質問に応じる代わりにリモコンを押す。プロジェクターの表示が切り替わり、白黒の写真がアップに写された。

 中年の男だ。


「我々は政府軍につく。この男、グレゴリー・G・ギーツェンくん率いるゆかいな仲間たちは嫌になるくらい()()()な紛争組織でね。子ども兵や略奪など紛争犯罪をひと揃え犯しているんだ」

「うわっ、クズだなー。戦争商売ってやつ?」

「ロザリー、チキンだけならまだあるみたい。食べる?」

「いや、もういらない。ありがとな」

「んふー。……おなかいっぱい」

「聞けよ!」


 ついにジョシュアがキレた。遅きに失している。


「しっつもーん。この状況でのブラスト社の主な仕事ってなんですか? グロリアなんとかいう物騒な兵器が出てくるなら、兵站業務でもNGO護衛でもないんですよね」

「沙希も話聞いてくれるのはうれしいけど、きみだけ聞いても仕方ないよね!」


 投げやりな声で嘆くジョシュアに、パイプ椅子の背もたれに寄り掛かるロザリーがひらひらと手を振る。


「あー。聞ーてる聞ーてる。さっさと話を進めてくれ」


 ぎしっと椅子を軋ませ、ジゼルが体を傾けて沙希を振り向いた。


「ブラスト社は米軍と近しいんだよ。OBだけじゃなくて、中途転向や出向も入ってパイプをつないでる」

「わお、ジゼルそれホント? びっくりするほどズブズブだわ、予想以上」


 コップのお茶を配るアメリアが補足する。


「最近の主要業務はまさに米軍と同じ仕事。直接的な戦闘業務も含まれていたはずよ。アジトの襲撃みたいな大きい仕事は米軍だけど、そのほか、威力偵察や動向監視はPMSC(私たち)の手を借りないと回しきれないもの」


 すべて話されてしまったジョシュアは肩を落とし、プロジェクターを切り替える。


「さて、そろそろ本題に入るよ。きみたちの任務の話だ」


 真面目な話題を感じ取って、沙希たちも雑談を潜めていく。


「きみたちの主要な任務は、いわゆる『防疫作戦』……放棄された廃村や廃墟など、テロリストに利用されそうな施設を制圧、解体することだ」

「あ、なーんだ。派手に武装してますけど、あのFHってホントにただの重機なんですね?」


 明るく尋ねた沙希に、ジョシュアは首を左右に振る。


「いや。きみたちの標的には『書類上無人の施設』も含まれる」

「……わーお……」


 沙希の表情が引きつる。いろいろ察した。


「『無人が確認された施設』の制圧には『偶発的な遭遇戦』が想定される。きみたちにはしっかりとグロリアの運用を身に着けてもらいたい。最初の作戦は来週を予定している」

「来週!? 早すぎます! 私たちまだ機体に触れてすらいないんですよ!」


 さらっと下された命令にアメリアが思わず立ち上がった。

 戦闘FHは四肢に加えスラスターも備える高度戦術装備だ。生半可な習熟で損壊した場合の損害は大きい。ましてや、敵に鹵獲されるなどあった日には、責任問題では済まないだろう。

 ジョシュアはアメリアの懸念を理解して、不敵に微笑む。


「なに、最初から『遭遇戦が起こる可能性』のある場所は任せないよ。支援体制も十分に整える。演習みたいなものさ」

「演習とは、よそ様の国土に対してずいぶんな言い草だ」


 ロザリーが皮肉げに言い、ジョシュアをにらみつける。


「要するに村や集落を片っ端から焼いて難民をひとまとめに管理するお仕事だろ」

「口さがないことを言えば、それをしたかった、だね」


 肩をすくめてジョシュアは飄然(ひょうぜん)と応じる。


「さすがに人権団体が黙っていない。家や財産を勝手に破壊して悪感情を買うのも、テロへの流入を扇情するだけで楽しくない展望だ。残念だが、大半は建前抜きの廃村整理になる」

「よかったー」

「だけど、きみたちは適法性の度外視を承服しているよね。習熟の進捗には留意してほしい」

「……よくなかったかもー」


 勝手に上げて落とされる沙希をよそに、ジゼルは淡々とスクリーンを見上げた。


「べつに、事情はどうでもいい。夜襲でも暗殺でも、なんでもやる」

「へ。あたしもだ」


 ロザリーが手のひらに拳を打ち付ける。


「……はは……」


 そんな意気軒昂なメンバーを見て、沙希は笑みをひきつらせた。

 どうやら、とんでもないところに足を踏み入れてしまったようだ。

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本作は金椎響様「さよなら栄光の讃歌」をもとに、本人の許可を得てスピンオフとして描いた作品です。

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