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ぎゃくさつ! ~JKのどきどき紛争傭兵ライフ~  作者: ルト
第五章 ラストミッション
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罠(3)

 ナックルに覆われた左拳を、サムラーイの胴に打ち込む。

 が、敵はカタナの柄尻で打ち払ってくる。

 右ひざを相手の腰に叩きつける。

 半身を引いてかわされる。

 そればかりか、腰をひねるようなコンパクトな振りでカタナが首を狙ってきた。くぐるように避ける。


 飛び下がりそうになる腕をこらえて、ロザリーはさらに操縦桿を押し込む。ラッシュを仕掛ける。

 サムラーイはロザリーの猛攻をことごとくいなし続けている。

 未だ手傷らしい手傷を負わせていない。


「なんて強さだ!」


 うなるような独り言に、援護するジゼルが応じた。


『ロザリー退()いて』

「んな余裕はねぇ!!」


 ロザリーはなおも機体を前へと踏み込ませる。

 西側FHコムニオをベースにした冷ややかな眼光は、淡々と待っている。

 手負いのロザリー機が見せる隙を。必殺の機会を。

 攻めているから生き延びている。

 一歩でも下がれば、放たれる一太刀から逃げきれない。


 ロザリーは目を見開いて歯を食いしばり、操縦桿にすがりついてギリギリの綱渡りを臨む。

 息をする暇すら惜しい。

 そんな瞬間が永遠に続く。


――ロザリーねぇは無茶ばっかり!


 妹の声が脳裏によみがえる。


――危ないことはやめて、家族を守ってほしい。


 兄様の声が耳朶に残る。


――ああ、ロザリー。私の可愛い天使。


 母様の声が体の芯で息づいている。

 恥ずかしい生き方はしたくない。ずっとそう思っていた。

 いつでも胸を張って。しっかり前を見据えて。何事からも逃げ出すことなく。

 弟や妹に、おまえの兄姉はどんなに立派だったのか示していたいと思っていた。


(でも)


 兄様みたいに、頭がよくないから。

 ロザリーの心を重たく縛る自己否定。


 だから一度目を間違えた。

 もしかしたら、すでに二度目も間違えているかもしれない。


(この就職はブレンデンに止められたしな)


 だとしても。

 たとえ無鉄砲で、向こう見ずで、バカげた歩き方だとしても。


「あたしは止まらねぇ。弟妹たちが歩む道の、その先にあたしの背中を示したい――そうありたい!」


 だから。

 どんなに怖くても、

 負けた先にある仕打ちが恐ろしくても。

 絶対、立ち止まったりしない。


(……あれ?)


 ロザリーは気づいた。

 振り下ろされる太刀を、ずっと見上げていることを。

 操縦桿を握る腕があまりにも重たくて、ちっとも動いていないことを。


(ああ)


 卒然、ロザリーは納得した。

 妹たちの、家族たちの声が聞こえたのは。


(走馬燈だ)


 振り下ろされる振動刃が金切り声を上げる。

 壮絶な金属音を通信機が張り叫ぶ。


『ぅ あ あ あ あ あ あッ!!』


 ロザリーは目を見開いた。

 ロザリー機のステイタス表示は微動だにしない。

 衝撃も振動も、ロザリーの身に伝わらない。

 スクリーンの向こうに繰り広げられている斬殺は、


「ジゼル!!」


 ジゼル機のグロリアに起こっていた。

 盾に掲げたアサルトライフルは断ち切られた。刃はジゼル機の肩を噛んでいる。


『逃げ、て……ロザリー!』


 チェーンソーのように火花を散らして、太刀はジゼル機のフレームを噛み切っていく。

 掲げた左腕は切り落とされた。刃を押し上げる右腕が逆に両断される。

 肩の基部に到達した刃は右腕を脱落させ、もっとも分厚いはずの正面装甲を刃はゆっくりと沈んでいく。


 逃げる暇などなかった。


 振り下ろされた太刀はジゼル機を斜めに落ちていく。

 端まで到達した瞬間駆け抜けて、返すカタナが腰ですっぱりと横一文字に斬り捨てる。

 その次の、たった半歩。

 ロザリーのグロリアが必殺の間合いに取られたことを、本能が告げていた。


(殺され――)

「……て……!」


 ロザリーは重たい腕を押し込むように動かす。

 前へと進むように。


「殺されて、たまるかよォっ!!!」


 ジゼルは確かに、ロザリーに寸暇を与えていた。

 逃げ切るほどの余裕ではなかった。

 機体を動かす暇もなかった。

 それでも。


 息継ぎができた。


 ロザリーは稼いだ酸素を燃やすように目を見開く。

 熱を帯びた血流で肉体を燃やし、凍りつくような神経が精密無比に操縦桿を操る。

 まず一歩。

 ブーストに押し出された機体の足が神速で間合いを踏み込む。

 左の肘を引きつける。

 サムラーイは振り切ったカタナを切り返し、迎撃しようとした。


(阿呆が)


 ロザリーは腹のなかで笑う。

 ジゼルを斬ったばかりのカタナは振り切られていて、腕を引き戻さなければ振れない。


 斬られて短くなった右腕でサムラーイの腕を叩く。

 ここで右足が追いついて、相手の真下に足を踏み込む。

 充分に勢いを溜めた足元から、膝、腰、背、肩を(とお)して力を左腕に乗せていく。

 斬られたジゼル機が(たお)れるより早く。


「ぉ、ら、ああああああ――ッ!!」


 左腕がサムラーイの脇腹を打った。

 反応装甲は――起動しない。

 すでに一度殴って起動した痕を、精確にもう一度なぞったからだ。


「食らえェッ!」


 噛みつくようにトリガーを絞る。

 放たれた電磁パルスがサムラーイを走り、満たし、埋め尽くす。

 暴れ狂う過電流に、搭載した電子基盤が次々と焼き切られていく。

 それは機体の脊髄――制御系も例外ではない。

 ぶるりと一度、大きく全身を震えさせて。

 サムラーイの身動きは停止した。


「……あ」


 ロザリーは目の前が暗くなって操縦桿から手を滑らせる。崩れ落ちた。シートベルトに吊り下げられる。サポートAIが機体の転倒をこらえてくれた。

 肺が爆発するように呼吸する。

 荒く呼吸しながら、ロザリーは見る。


「……あぁ?」


 サムラーイが再び動き出す姿を。


「な……なんで!? パルスは確実に入ったはずだろ!」


 サムラーイは胸部装甲のハッチを開いた。

 陰鬱な男がファイバーグラスを投げ捨てる。電子系が沈黙しているため、機能しないのだろう。肉眼での目視で操縦桿を動かす。

 機械のような、直線的でぎこちない動き。

 手動制御。


「ざっけんな。ざっけんな! ここにきて……ここまで来て!」


 ロザリーは涙を流しながら叫んだ。震える手が操縦桿を握り損ねる。歯を食いしばってめまいに耐えた。

 電子制御だけではなかったのだ。

 サムラーイは最新鋭のFHではない。アナログな油圧制御を併用している。ハイブリッドだからこその異様な動きと異質な出力があった。


 ただの鉄板になったカタナが、ロザリー機の右足を打ち払う。姿勢が崩れて大の字に倒れた。

 カタナが振り下ろされて左足が串刺しにされる。ばきばきと装甲がへし折られて強引に引き抜かれた。

 泥臭い野蛮な戦い。


 ロザリーはシートベルトに仰向けで縛りつけられて、身動きもできなかった。

 メインスクリーンに空が映る。

 影に切り取られた狭い空と、覗き込む大柄な人影。

 ロザリーの脳裏に忌まわしい夜の記憶が閃く。


 白熱電球で照らされる森の奥。

 押さえつけられ、服を脱がされたときの。


「いやだっ! くそっ! やめろお!!」


 ロザリーは操縦桿を握って暴れる。グロリアが溺れるようにもがく。

 立ち上がる運動動作も、抵抗する機動も取れていない。暴発したパルスがアーク放電を地面に這わせて沈黙した。

 サムラーイがロザリー機の胸にカタナを突き立てようとする。


 その脇腹を。


 反応装甲を固定するホルダーに手をかけて、ボルダリング競技で壁を駆けるように。

 ジゼルが開け放たれた胸部装甲からコックピットに飛び込んだ。

 腰から引き抜いた銃を、陰鬱そうな男の眼前に突きつける。


「機体を止めろ。操縦桿から手を離せ。さもなくば撃つ」


 鈍く光るのは、アンティークの拳銃。

 あまたの任務を潜り抜けた元特殊部隊隊員、ケイン・ソーンダイクの守り刀だ。




 制圧されたサムラーイの足元で、機体を降りたロザリーは唖然とする。

 ジゼルの小柄な身体が敢然と屹立している。


「ジゼル、生きてたのか……どうして?」

「当たり前でしょ」


 ジゼルは両手を頭の後ろで組む陰鬱な男から目を外さず、真っ二つになって崩れたジゼル機を示す。

 うなじにイジェクトの穴が開いていた。


「緊急脱出装置を射出させて、外に出た瞬間にシートを蹴ってグロリアに跳んだの」


 崩れゆくグロリアの肩に乱暴な着地をしたジゼルは、停止したサムラーイに飛び移った。

 そして動く機体表面を移動して、操縦席を制圧したのだ。


「……お前、本当に人間か?」

「あたし体重が軽いから」


 ジゼルはちょっと得意そうに笑った。


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本作は金椎響様「さよなら栄光の讃歌」をもとに、本人の許可を得てスピンオフとして描いた作品です。

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