ガール・ミーツ・ガール(2)
「グッドモーニング、沙希!!」
スーツ姿の怪しい笑顔が、朗らかに扉を開けて朝の訪れを告げている。
「ジョシュアさん。もうちょっと気を使ってくれませんか」
「ここで衝撃的な事実を教えてあげよう。僕はきみの直接の上司だ」
「とっても驚きました」
沙希はくしくしと目をこすって体を起こす。
ジョシュアは戦闘機シミュレータでボロボロにして医務室送りにした沙希を気遣う素振りもなく、飄々と両手を広げた。
「わざわざ呼びに来たのはほかでもない。早速だが仕事の時間だ」
沙希は唇を曲げて窓を見た。日が出たばかりという空の明るさだ。生活リズムは軍人のものになるらしい。
先行き不安になる沙希をよそに、ジョシュアは説明を続ける。
「昨日できなかった顔合わせを済ませるよ。みんな集まっている。朝練の時間だ」
「朝練ってそんな。部活みたいなことするんですか」
「最後に物を言うのは体力だよ。きみも戦場でうっかり死にたくないだろう。仲間の足を引っ張らないためにも、体作りは仕事のうちだ」
「うぐ。仕事なら仕方ないですね……でもシャワー浴びさせてください」
「うん。そのために早めに呼びに来た。案内するよ」
さて。
作業着のような軍人ジャージに着替えた沙希は、ジョシュアに連れられて昨日と同じかまぼこ型の建物を訪れる。
ガレージの前には、同じような軍人ウェアの少女三人が整列して立っていた。一人がやや幼いが、二人は沙希と同世代だ。
ジョシュアは意気揚々と手を挙げて挨拶する。
「やあ諸君、おはよう。今朝はみんなに最後の仲間を紹介する」
「沙希!?」
少女の一人が声を高くした。
鈍い金髪に緑の瞳。彫りの深い顔立ちは沙希の知っているものだ。
「アメリア! どうしたのこんなところで」
「私は事務方から転向してこの部隊に所属したところなんだけど……あ、もしかして沙希も?」
「そう! 私、ここにバイトで入ったの! わあ、すごい偶然!」
手を取り合って喜ぶ二人を見上げ、隣に整列していた小さい少女が小首を傾げた。白っぽい灰髪をセミショートに刈り、こめかみに三つ編みを一房だけ下げた、表情の薄い儚げな少女だ。
「アメリア、知り合い?」
「昨日からのね。こちら沙希、日本人よ。沙希、この子はジゼル。まだ14なのに、すっごく鍛えてるの。軍人の戦い方を何でも知ってるわ」
「なんでもじゃない。自分自身の戦い方だけ。FH戦はまだ」
淡々とした返事には静かな自負が湛えられている。本当に戦闘術には一定の自信があるのだろう。
ジョシュアが手を打って注目を集める。
「あー。私語はそこまで。紹介は僕の仕事だからね」
「イエス、サー! 申し訳ありません」
アメリアはピシッとした敬礼を返す。沙希はアメリアの態度に面食らったが、ジゼルは特に敬礼せずぼんやりしている。沙希はジョシュアの立ち位置に納得してうなずいた。
少女三人と相対した沙希を、ジョシュアが改めて紹介する。
「えー。この子は八津沙希。なにかと有名な日本って国の人間だ。体力もないし軍の知識もないけど、スタートラインは人それぞれ。今がそうというだけで、きみたちと肩を並べて戦う仲間に違いはない。助け合うように」
「へッ」
鼻でせせら笑う声。
沙希は三人のうち最後の一人を見た。
赤髪のショートヘアを跳ねさせた、褐色の少女だ。猫のような鋭い双眸を、馬鹿にし腐ったように細めている。
無遠慮な視線が沙希の腕や足、そして顔に向けられる。
「ジョシュアさんよぉ。見るからに根性なさそうなんだが、入れる意味あるのか? どうせ逃げるだろ」
かちん、と沙希は表情を硬くした。
にやりと笑みを作る。
「あんた、名前は?」
「……ロザリー・レオナルド・レジェス」
「そう。ロザリー、実戦経験は? 銃撃戦の経験」
「あぁ? まあ、拳銃を振り回す馬鹿野郎とやりあったことがあるぜ」
少し自慢げな色をにじませた主張を、沙希は胸を張って嘲笑する。
「そんなの実戦じゃなくて事件じゃん」
「う、うるせえ。なんでお前が威張ってんだよ」
「私は実戦を知ってるよ。アサルトライフルだの機銃だのが飛び交う、本物の戦闘をね」
沙希は胸に手を当てて朗々と誇る。偶発的に巻き込まれた不幸だが、鼻高々にドヤっていった。
しかし、箔付けには充分だったようで、ロザリーは目に見えて狼狽する。
「ど、どうせ震えてただけだろ」
「まさか。ロクに撃ち方も分からないまま、借りた拳銃で果敢に戦ったよ」
戦ったどころか、部隊が無事に生還する血路を開いた立役者だ。そこまでは言わなかった。
「あれは果敢とは言わない。無謀だ。二度としないように」
「あ……はぁい。すんません」
ジョシュアにも釘を刺されて委縮する。
だが、実戦経験があるのは本当だと追認する助け舟だ。ロザリーだけではなく、アメリアも目を丸くしている。ジゼルは眠そうにしている。
パン、と再び手を打って、ジョシュアは手を広げた。
「自己紹介は済んだようだね。それじゃ早速、基礎体力訓練の時間だ」
「ヒェッ」
ドヤっていた沙希が呆気なく怖気づいた。
お世辞にも体力に自信があるとは言えない女子高生だ。
「体のできてない沙希は半分、アメリアも3セット減らしていいよ。ロザリーとジゼルはフルセットだ」
セット単位の筋トレだ。ガチなやつだ。沙希はガチガチと震えた。
ロザリーがここぞとばかりに顎をあげて笑う。
「嫌なら膝抱えて見てな、もやしっ子」
「にゃにを~」
沙希も三人に続き、憤然とトレーニングに挑んでいく。
半分という指示はこなせなかった。
健全な体のための学校体育と、実用を目指す軍隊式とでは求められる水準が違う。沙希はそれを痛感したのだった。