ベルナルド・ストラーニ(2)
「FHです、FHが来ました!」
子どもの報告に、ベルナルドは机を殴りつける。
「またか! くそ米帝どもめ!」
FHはアサルトライフルでは歯が立たない。
戦闘時間こそ短いが、空から突然に降ってきて辺り一帯を焼き尽くして帰っていく連中にとって、その短さはなんのハンデにもならない。爆撃機の投下した爆弾が”のたうつ”ようなものだ。
RPGも配備しているが、連中の複合装甲はRPG対策に情熱を注いでいる。命がけで命中させても、当たる場所によっては微動だにしない。
対FHミサイルもあるにはあるが、気休めでしかなかった。そもそもFHが速すぎるのだ。歩兵では狙いをつけることすら難しい。
悪夢が形をとって出てきた、あれこそ化け物と呼ぶにふさわしい。
そんな怪物を、アメリカ兵は次々と投入するようになっていた。
場所を選べば避けられたFH戦が、明らかに避けきれなくなっている。
――潮時か。
ベルナルドは机から離れた。鍵を取り、扉を開けて部屋を出る。
もともと深入りするつもりはなかった。荷が勝ちすぎるようなら、しがみつく必要もない。
この戦闘を最後に、紛争稼業からは足を洗おう。そんなことを思いながら。
モスクの地下道から近所の幼稚園に上がり、裏手の駐車場に留まる日本車のセダンに乗る。それでお終いだ。
車のドアを閉めて、キーを回して、ギアを入れて顔をあげ、
ベルナルドはアクセルを踏むのをやめた。
空気が変わる。次の瞬間には、凄絶な逆噴射の熱と土煙、燃料臭さとともにFHが降り立った。
車を飛び降りて掃除用のロッカーに飛び込む。その瞬間、ロッカーごと叩き潰された。
全身をひどく打ち、さらに背中側が強烈にへこんでいて肌に刺さりそうなほどだ。
ベルナルドは潰されてはいなかった。
幼稚園が吹き飛ばされ、その衝撃に巻き込まれただけだ。
「くそ。幼稚園を爆破したのか。気が狂ってるんじゃないのか?」
その幼稚園をアジトに使うのはどうなのか、という話は棚に上げてベルナルドは呪う。
歪んだロッカーをこじ開けて、がれきの陰に身を隠す。そこが壁の崩された職員室だと気づいた。
職員室には一基、対FHロケットランチャーが置いてある。
――それさえ取れれば。
ベルナルドは口を閉ざし、がれきに体を寄せた。
FHのフェイスセンサーがしきりに動いている。かすかだが、そんな音がする。
仕留めていないことに、もう気づいているのだ。連中は通常見えるはずがない場所を見る力に秀でていると、武器商人がベルナルドに教えていた。
どうなんだ? 俺の姿は、もう見られているのか?
ベルナルドの背中に服が張り付く。
青空が垣間見えて、恐怖する。監視衛星があれば姿が見られてしまう! だが身動きしてみろ、土煙の動きだけでそれと知られてしまったら?
FHは動かない。武器を構えたままだろう。通信しているのだ。――ここにテロの犯人がいます、どう殺したらいいですか?
かつてないほどの脂汗が出た。べたべたと濡れる手が砂に汚れる。
震えそうな顎を抑え、乱れる呼吸を隠すために口をふさいだ。
汗がひどい。呼吸が苦しい。酸素不足で膀胱が腫れて、肝臓が痛くなる。
なんてザマだ。自分の恐怖を切り売りできたら、今頃大金持ちだろう。殺される。間違いなく殺される。
銃声が聞こえた。
FHが再び壮絶な噴射をして、高く飛び去っていく。すぐさま起き上がって見てみると、FHはベルナルドに背中を向けて大ジャンプをしている。
敵が見ている先には、FHがあった。
野暮ったいデザインで、鈍重そうに歩いているFH。ヴォーリャ。
あれは、味方だ。
革命軍のヴォーリャが、果敢にも次世代FHに挑まんとしているのだ。
ベルナルドは急いで職員室のロッカーに飛びついた。カギが掛かっている。合鍵など持っていない。ベルナルドは毒づいて近くのがれきを取り、叩きまくってぶち破った。
大きな筒と、そこに納めるペットボトル大のロケット。対FHロケットランチャーだ。
振り返り、構える。
当然のように、ヴォーリャは銃撃の滅多打ちにあっていた。装甲がひしゃげ、潰れ、誘爆し、頭が傾いでいく。中身は無事だろうか?
どうでもいいことだ。
ベルナルドは引き金を引いた。
ロケットは後方を噴流で焼き尽くし、シューッとまっすぐ空を突き進んだ。アメリカFHの脇腹に突き刺さる。
爆発。そして誘爆。
「くそっ!」
ベルナルドは悲鳴をあげた。
「髪が焦げた!」
生き延びた。痛む足を引きずって、別のアジトへと向かう。
走りながら考えていた。
FHは強力で圧倒的だ。だがまだ洗練されているとは言い難い。
個体は強いが、機動性が高すぎるし、なにより配備数が少なすぎる。
FHも組織戦に持ち込んでしまえばいい。そのためには、ヴォーリャはまだ高価だ。機動戦に耐えるヴォーリャは費用対効果に優れるが、メインストリームを担うにはもっと垢抜ける必要があるだろう。それまでの”つなぎ”が必要だ。
ベルナルドはつくづく思う。
まったく、恐怖は金になる。