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ぎゃくさつ! ~JKのどきどき紛争傭兵ライフ~  作者: ルト
過去編 ベルナルド・ストラーニ
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ベルナルド・ストラーニ(1)

 初めて人を殺したのは、16のときだ。

 スラム育ち同士の仲間が、ベルナルドの家でセックスをおっぱじめた。近所の女を無理矢理にだ。

 殺そうと思った。

 だから殺した。

 それは重要なことではない。ベルナルドにとって重要なことは、この後に起こった。


 女が見ていた。

 恐怖の眼で。

 この世ならざる怪異を見るような目で。

 己を襲っていたケダモノではなく、返り血に濡れたベルナルドを。


「そんな目で見るな」


 恐怖の眼に映ったベルナルドの顔が、怯えに歪んだ。

 まるで自分が異形の化け物にでもなったかのように。

 ベルナルドは恐怖に駆られるまま女を犯した。ナイフを持ったまま。返り血をぬぐうことすら忘れて。

 やみくもに、気を失うまでひたすら女を犯し続けた。

 気づいた時には女はいなくなっていた。


 女はベルナルドを告発しなかった。

 告げ口などしようものなら闇から現れて殺されると、本気で思っていたのかもしれない。それだけの恐怖が彼女にはあった。

 ベルナルドは恐怖をすっかり克服していた。ときおり彼女を呼びつけ、盲従する彼女を良いように使ったほどだ。

 彼女はありえないほど従順だった。彼女の眼には、ベルナルドが本当に悪魔の姿で見えていたのかもしれない。

 だが。

 ベルナルドは真剣な表情で洗面台の鏡を見つめた。

 鏡に映る姿は――少なくとも外見は――人間だ。

 面白い。これは面白いことだ。

 鏡のなかのベルナルドは喜悦に笑みを歪ませる。


 人には恐怖がある。

 恐怖は見える世界をも歪めてしまう。

 使える。ベルナルドは言う。恐怖は使える。

 ただ暴力としてカツアゲで済ませるには、あまりにも惜しい。

 もっと多額を、家族親類からかき集めた金を、ATMに預けた全財産を。

 誰もが喜んで差し出してくるような状況を――生み出せる。

 誰に言われるでもなく確信する。

 間違いなくそのときに、ベルナルド・ストラーニという人間は誕生したのだ。


 ベルナルドが手始めにやったことは、自警団の真似事だった。

 少しの補償金で、見回りをし、盗みにくい店頭をアドバイスし、そして盗みを働いた小僧を捕らえた。

 もちろん、痛い目に合わせた小僧にはあとでたっぷりの小遣いを分けて。

 これはうまくいった。信用を得たベルナルドは小僧の協力を受けずとも口先だけで金を受け取ることができた。

 しかし、欲をかいた小僧が、マッチポンプを言いふらして金を強請ろうとしたことで、商売は終わる。

 ベルナルドは小僧を殺して足を洗った。


「殺すのは手慣れたもんさ」ベルナルドは仲間に語った。

「においを消すことと、死体を廃棄することさえ心がければ、何も恐れることはない」


 稼いだ資金を手にスラムを出たベルナルドは、それから様々なことをした。

 保険、警備、点検。護衛に除霊、悪魔祓い。運送や小売、大工なんかも手掛けた。いずれも、口八丁と手八丁で顧客を生み出していった。事業は日毎に拡大し、部下も増えて、ベルナルドの扱う金額は大きくなっていく。

 そんな暮らしを通してで、ベルナルドのなかにある考えが確立されていく。

 金はいい。

 金があると便利だ。元手にすればいろいろなことを始められる。

 そして恐怖は金を絞るのに最適だ。

 恐怖さえ覚えれば、人は木の陰にだって金を出す。


 信用を得るのに、日本人の血を引いているという事実が役立ったことは特筆する必要があるだろう。

 ベルナルドは彼の茶色い目を誇った。

 そして、はるか大陸の外の海を越えた先、という世界の広がりにしばしば思いを馳せていた。

 たとえベルナルドの母となった娘が日本人に売春したからだとしても、それはベルナルド自身には関係のない出来事だ。




「革命?」


 恐怖商売を続けていけば、いつか紛争に行きあたるのは当然のことだ。

 それにしても、民主主義を掲げる自由の戦士からスカウトされるとは、さすがのベルナルドも予想だにしていないことだった。だが、彼らの武器調達にたびたび関わっていたから、ある意味では必然だったのかもしれない。

 だが、ベルナルドはあまり前向きではなかった。

 なぜか? と武装組織の男に問われ、ベルナルドは肩をすくめた。


「簡単だ。恐怖よりも危険が大きい」


 ベルナルドが商うのは恐怖だ。

 危険や暴力は商売道具であって、商品ではない。

 ベルナルドを誘う武装組織の男は満足げにうなずいた。


「まさにそこだよ、俺がお前さんを推すのは」

「……それは、どういう意味でだ?」

「紛争ってのは、意外と安全なんだ。”工夫”をすればな」


 ベルナルドの顔が強張る。

 男の笑みは、ベルナルドから見てすらも邪悪なものだったからだ。


 男の話は簡単だった。

 紛争に自分は関わらないというもの。

 若者を煽って盛り上げて、武器の使い方を教え、指導のノウハウを伝えて貧しい集落に送り出す。

 彼らが子ども兵を徴用し、教練し、戦いに向かう。その武器の手配をすればいい。

 つまり、紛争というビジネスなわけだ。


 ベルナルドは男に面白いと答えた。そして、すぐに動いていた。

 それまで築き上げたコネと実績、そして革命軍の紹介で、思いがけないほど簡単にアサルトライフル(AK)を売りさばけるようになった。

 初めは男の教え通り、若者を部下にして間接的に動いていた。だが金になることは確かだが、いかんせん効率が悪い。

 しょせんは革命思想にのぼせ上がる若者。戦士には向いていても、教官には向いていない。

 ベルナルドは危険を承知で、子ども兵に直接教えることにした。

 指導の前段階、恐怖で全員の心を支配し、マッサラになるまですり減らして洗脳するという手順が大事だと考えたからだ。

 確かにマニュアル化できる作業ではある。

 だが、痛めつけすぎて、薬漬けにしなければ動けない子どもが出すぎてしまっていた。


 子ども兵を集めるのは難しくないし、敵に突撃しながらAKを撃たせるのも簡単だ。

 むしろ難しいのは、撃たれたら隠れると教えること。

 それ以上に難しいのが、隠れた後にまた頭を出して撃つこと。

 なによりも難しいのが、敵を殺しつくすまでそれを繰り返すことだ。

 ベルナルドは、彼いわく「日本人らしい几帳面さ」でその問題に取り組んだ。

 効率が落ちようが子どもを供給し続けた方が早いことは分かっている。

 だが、せっかく教練した兵士をピーナッツバターをパンに塗りたくるみたいに浪費することが、ベルナルドはどうにも受け入れられなかった。


 辛抱の結果はすぐに出た。

 ベルナルドの部下は百戦錬磨の戦士に育った。

 敵となるアメリカ兵は、銃を撃たせれば百発百中で、銃弾を食らってもなかなか死なない。だが、負傷者を助けるためにグズグズする悪癖がある。

 その弱みに付け込むには、冷静な兵士である必要があったようだ。そしてベルナルドと彼の部下は、その要求に見事に応えた。

 アメリカ兵を殺した実に六割の仕事が、ベルナルドたちの手柄なのだから。

 だが。

 成果を挙げたがゆえに、ベルナルドは間違いを犯した。

 投稿遅れまして申し訳ございません!

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本作は金椎響様「さよなら栄光の讃歌」をもとに、本人の許可を得てスピンオフとして描いた作品です。

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