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ガール・ミーツ・ガール(1)

「寝れん」


 沙希は医務室で目が冴えていた。

 地獄のミサイル体験ツアーを終えてグロッキー状態のまま昏々と眠ったために、夜明け前に目が覚めてしまった。

 時計を見るとまだ20時だ。日本標準時のままだった。


「寝れないはずだわ……キレッキレに時差ボケしてる」


 諦めて体を起こした。

 医務室といっても学校の保健室みたいな簡素なものではない。病院の複数人部屋と診察室と調剤室を扉ひとつでつなげたような場所だ。寝台もしっかりと柔らかい。

 隣に目を向けると、カーテンの向こうで青白い光がぼんやりと浮き上がっている。


「ぎょっ!? ……ああ、スマホの光か。もしもーし」


 声をかけると、相手はびっくりしたように明かりを消す。


「あ、すみません。文句じゃなくて。ちょっと散歩してくるので、もし行方聞かれても心配しないよう伝えてもらえますか」

「え?」


 驚いた声とともにカーテンがガバッと開けられた。

 向こうには、驚いた顔をする欧州風の顔がある。彫りが深く鼻の高い、緑色の目をしたゲルマン系。美少女だった。


「女の子?」

「わあ、女の子だ」


 同じ反応をお互いに返し、視線を交わして二人は同時に笑いだす。笑いながら彼女は声を出す。


「なあんだ。隣も女の子だったなら、もっと早く声かければよかった」

「私もー。同じくらいの歳の子にここで出会えるなんて思わなかったな」


 沙希が何度もうなずく。くすくすと笑いあっていると、ドイツ少女が「あ」と言った。


「消灯時刻の間は出歩かないほうがいいよ。無断外出には厳しいの。軍事施設だからね」

「そっかー。そう言われれば納得だけど」

「基地に来たのは最近?」

「つい今朝方。そういうあなたは慣れてる?」

「もう一か月くらいかな。でも、ぜんぜん慣れてないかも」


 ドイツ少女が胸に手を当てる。


「私の名前はアメリア。アメリア・バウムガルト。ドイツ人よ」

「これはご丁寧に。私は沙希。八津沙希です。日本人」

「日本?」


 アメリアはくりくりした目を丸くする。


「ニッポニーズの縁故なんて基地にいたかしら……」


 うっと沙希はうめく。

 ブラックバイトで海外出張しにきました、なんて白状しなほうがいいに決まっている。


「そこはまあ、複雑な事情がありまして」

「ふうん。まあ、こんな場所だもの。いろいろあるわよね」


 幸いアメリアは疑問を棚上げしてくれた。そういう彼女も"ドイツ人"だ。沙希は問いを飲み込んだ。いろいろあるのはお互い様だ。

 アメリアは可憐に微笑む。


「来て当日に医務室送りなんて災難ね。水でも合わなかった?」

「そういうわけじゃないんだけど……ひどい乗り物酔いで」

「あら不運」


 まったくだよ、と沙希はうなずく。どちらかというと悪辣な罠だ。


「そういうアメリアこそ、なんで医務室?」

「あー……私は、その」


 アメリアは気まずそうに眼をそらした。


「牡蠣にあたっちゃって」

「牡蠣」

「よく焼いたんだけど」

「生じゃない」


 不運だった。

 いたたまれなくなって、ベッドに腰かけた沙希は話を変える。


「アメリアって軍人なの?」

「いいえ。PMCの臨時スタッフ……つまりバイトね。事務方なの。もともとはね」


 アメリアはキーボードを打つように指をひらひらさせた。


「あ、そうなんだ。それで若い女の子なのに基地にいるんだね」


 なるほどと大きくうなずく沙希。ライザといいアメリアといい、意外と女性の社会進出か進んだ業界。

 くすっと、食中毒でゲロゲロやってたとは思えない可憐な微笑でアメリアは首を傾げる。


「ねえ、ニッポニーズってみんなアニメが好きなんでしょう? テンピースって知ってる?」

「テンピ……ああ、日曜朝のアニメか。昔観てたよ」

「あは! 知ってる人いた! ねえねえ沙希、あなたは誰が好き? 私はトミーxロフィのカップリングが鉄板だと思うの!」

「いや私べつに詳しくは……カップリング!? その二人って男キャラだよね!? クールジャパンって罪深い!!」


 ………………


「見て。もう日が出てきた」

「本当だ。時間が経つのって早いね」


 いつの間にか、二人はすっかり朝まで話し込んでいた。

 アメリアはスマホの時計を見て体を揺する。


「ん。もう五時ね。私はそろそろ起きようかな」

「え、早くない? まさか基地っていつもこんな時間なの?」


 目を丸くする沙希にアメリアは小さく笑う。


「いつもは六時ごろかな。二十二時消灯だから、少し早く寝てしまえば五時はそれほど早起きじゃないわ」

「はぇー……」


 沙希が呆気にとられている間に、アメリアはパパっと荷物をまとめている。

 その手際はいかにも軍人という感じで、沙希はまた目を丸くする。伊達や酔狂で基地に暮らしているわけではないらしい。

 パッキングを終えたナップザックを軽く背負い、アメリアは可愛らしくウィンクする。


「それじゃ、またね。今度一緒にランチしましょう」

「あ、うん! ぜひ行こう!」


 見送って、医務室のドアが閉まる。

 途端に、静かになってしまった。

 沙希はばったりと横になる。寝転がったままスマホをつらつらいじった。日本の様子をザッピングして眺めていく。

 遠い異国の地で銃撃戦に巻き込まれ、巨大ロボに乗るのだと聞かされ、ドイツ人と仲良くなっても。日本は相変わらず日本だ。

 外からジョギングするような声が聞こえる。アメリアもこれに混ざるのかもしれない。

 フウと息をついて、沙希は目を閉じた。


「思えば遠くへ来たもんだ……」

「グッドモーニング、沙希!!」


 すごいげんなりして目を開けた。


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本作は金椎響様「さよなら栄光の讃歌」をもとに、本人の許可を得てスピンオフとして描いた作品です。

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