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ぎゃくさつ! ~JKのどきどき紛争傭兵ライフ~  作者: ルト
第五章 ラストミッション
66/87

彼女たちの誓い(4)

 φ


 もぬけの殻になったオフィスで、トランクを手にベルナルドが立ち止まる。

 壁のホワイトボードを振り返った。貼りつけたままの引き延ばし写真を見る。

 八津沙希。


「米豚の動きがこんなに早いわけはなかった。これもお前のせいだろう、スケープゴート?」


 揶揄する声には、仲間に演説した時ほどの力がない。疲弊していた。

 目を伏せる。


「お前が暴れるたびに、俺のプランがずれていった。いよいよ惨めにも逃げ出す段だ。見事だよ。だが」


 壮絶な笑みに牙をむく。


「次は俺の番だ。必ず報いを受けさせてやる。覚えていろよ――」


 目を見開き、膨れ上がる怒りを四肢に満たし、憎悪に任せて全身の力を取り戻す。


「八津沙希」


 その名を口にした。

 怒りごと魂に刻み付けるように。 


 §


 動きは突然現れた。

 鳴り響く警報にたたき起こされて、沙希はベッドから転げ落ちた。


「いっでー! なに!? くせもの?!」


 寝ぼけ眼で顔をあげる沙希を、隣室から素早く駆け込んできたアメリアが抱き起す。


「わからないわ。状況を聞きに行きましょう」


 二人は玄関に向かう。

 ジゼルも、寝ぼけるロザリーを引っ張っていた。

 下半身スウェットに肌着のタンクトップを着ただけの寝坊組とは違い、介護組は空軍のようなブルゾンを羽織っている。


「私もなんか羽織ったほうがいい?」

「戻ってる暇はないわ。肌寒いくらい我慢して」


 沙希を引きずるアメリアにすげなく却下された。

 ドアの前にエンジンの音。

 家の前にバンが停まった。金髪を刈り上げた軍人ふうのPMSCスタッフが大きく腕をあげて手招きする。


「お前たちも行くんだろ。乗れ。ブリーフィングルームに急行する――」


 声の終わりがジェットの轟音に押しつぶされる。

 夜色に塗りなおしたFHが、夜間にもかかわらず果敢の緊急出撃を始めている。

 轟音で言葉が通じない。

 大きな手ぶりで急かされて沙希たちはバンに乗り込んだ。


 ブラスト社のスフェール・オフィスまで車で三分。

 三分あれば、AKを乱射するWBが市民を何十人と虐殺できる。




 慌ただしく駆け込んだブリーフィングルームでは、寝癖を乱暴に撫でつけたジョシュアがタブレットに目を走らせている。一通り集まったメンバーにちらと目を向けて、情報を読みながら口を開く。


「諸君、おはよう。目覚めのコーヒーを淹れながら聞いてくれ、いいニュースと悪いニュースが同時にやってきた」


 投影するプロジェクターも点灯していない。

 資料も画像もない口頭での情報共有。まさに今、現在進行形での情報分析だ。


「ウォーキーボックスが三隊に分かれて一挙に進軍した。ひとつは山の鉱床、もうひとつはスフェール南部の国際病院。そして最後の一つが」


 ふう、と一呼吸おいて、顔をあげる。


「ここだ」


 声のない動揺。

 動揺を表に漏らさない特別チームの顔を一人ひとり見るように視線を向けて、ジョシュアは言う。


「連中は正面切って堂々と宣戦布告してきたわけだ。ここにいるぞと。俺を撃てるかと。だが僕はこれをフェイクと見ている」


 タブレットの画面を見せる。

 衛星写真の画像だ。道路を白く埋め尽くすアッシュホワイトの百鬼夜行がうごめいている。三叉に分かれ、それぞれの襲撃目標へ向かっていく。


「いくら生産が容易なウォーキーボックスといえど、無尽蔵じゃない。材料にだって限りがある。彼らはそろそろ枯渇する。欲しがっているのは勝利じゃない――時間だ」


 沙希はうなずく。

 無限に思えるような簡易・高速な量産体制。それを利用した囮戦術は沙希も体験したものだ。

 敵はウォーキーボックスで襲わせる間に車で脱出しようとしていた。ブレンデンの助けなしに見つけられた自信はない。

 ジョシュアはタブレットを下ろし、口上を続ける。


「ウォーキーボックスはほかの下部組織から現れたことがない。彼らはこの兵器を公にし損ねている。もう一晩、いや四時間もあればロシアやウクライナの武器商人に売り渡していただろうが――もうできない。我々が流通網を封鎖した。せいぜい追い詰められたネズミのように市内をウロチョロ駆け回るしかできないだろう」


 言い方は勇ましいが、ジョシュアは苦渋の表情が隠せていない。

 この状況は痛烈な現実を露わにしている。


 先手を取られた。


 ベルナルドの寝込みを襲う作戦は、断念せざるを得なかった。


「これほど大きな動きだ。隠せない情報が次々と集まっている。あとは金型のデータを収めた情報素子を、あの男から奪い取るだけだ」


 彼の目的はあくまでも商売。データは貴重な商品だ。

 厳重にロックしたうえで、流出には気を使っていただろう。精密なデータの容量は大きく、今さら複製も間に合わない。


「状況は常に流動的だ。情報部から作戦本部から、最新の情報と分析を諸君に送る。そこからはアドリブで作戦行動を打っていかなければならない」


 きわめて上品で婉曲な言い回しによる「大慌て」。


「作戦時間は一時間。逮捕リストにも載っていない一介のチンピラを、議会の承認も通さずに予算を切り崩してFHを運用し、本国や米軍、国連の追及をのらくらと押さえ込みながら逃げ回る男を追いかける――そんな無茶苦茶を実現できる目いっぱいだ」


 語り終えて、ジョシュアは物憂げにため息をつく。


「長い一時間になりそうだ」


 それは誰もが抱く予感。


「では諸君、作戦開始だ。くれぐれもナチュラルにね」


 ジョシュアが穏やかに宣言する。

 もはや、一秒たりとも無駄にする時間はなかった。

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本作は金椎響様「さよなら栄光の讃歌」をもとに、本人の許可を得てスピンオフとして描いた作品です。

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