ロザリー・R・レジェス(2)
母を病院に預け、子どもたちを妹に任せて、ロザリーは慌ただしく市場で買い物をする。
埃っぽい市場をめぐりながら、ロザリーの気分は落ち込んだ。
きっと弟妹は言うだろう。
ご飯を我慢するから、ママを治すお金にして。
ーーそれで足りるなら、とっくに頼んでいる。
ロザリーは歯を食い縛る。
事実だ。単なる事実。誰も恨む筋合いはない。
(だから、食わせてやらなきゃな)
まだ小さな妹、弟たちを飢えさせるわけにはいかない。
健やかに成長することが、引いては母の心労の軽減になる。特に末弟と末妹の二人は学校に通っているのだ。体力をつけてもらわないと。
ロザリーの足が止まったのは、見知った顔が見ていたからだ。
「リッキー」
「よぉ」
ヤシの木陰に立っていた浅黒い肌の色男は、分厚い唇を微笑に緩ませる。
昼間の青年だ。いかにも女性の扱いに慣れたような、そう、「俳優のような」仕草で木陰から離れる。
「昼間は連れが迷惑かけたな」
「そう思うなら、悪いことすんのをやめてくれ。あたしだって幼馴染にケンカ売って回るのはウンザリなんだ」
「耳が痛いね」
リッキーは肩をすくめる。
不意に真面目な顔をして、ロザリーに歩み寄った。
「聞いたよ。マリアさんがまた倒れたって」
顔が歪みそうになり、慌ててうつむく。
リッキーに情けない顔は見せられない。
昔の純粋なリッキーならともかく、悪い友達から離れようとしない今の彼には。
「賭けボクシングを知ってる」
言葉の意図が読めず、ロザリーはリッキーの顔を見た。
瞬間、肩に両手が載せられる。リッキーの目は真摯にロザリーを見つめている。
「伝手があるんだ。俺は関わっちゃいないが、会場に案内することはできる。入ってしまえば飛び入り上等だ。相手によっちゃ、ファイトマネーが三〇〇米ドルから入る」
「何が言いたい」
「金が要るんだろ」
リッキーは不器用そうに微笑んだ。
「お前が試合に入れるよう頭を下げるくらい、軽いもんさ」
肩に乗せられた手に力がこもる。
力になりたいと、手伝わせてくれと訴えるように。
ロザリーは小さく笑う。
「映画にかぶれすぎじゃねぇの」
がくんとリッキーの肩が落ちた。
「おン前なぁ、人が真面目に話してんのに……」
「ははっ! 冗談だよ、分かってる。ありがとな、リッキー」
「ロザリー、じゃあ」
「ああ」
ロザリーは拳を手のひらに打ち付ける。
「頼らせてもらう」
§
賭けボクシングの会場は森のなかだった。
ひどい湿気とかび臭さにロザリーは顔をしかめる。
「こんなとこでやってんのか?」
「酔えば気にならないんだよ」
リッキーは笑って先導した。
森の奥を進むと、白熱灯の灯りが漏れ見えてきた。会場が近づいている。
最後の木を乗り越えて、
「へぇ、思ったよりちゃんとしてんじゃん」
ロザリーは感嘆の息を漏らした。
観客席は廃材をロッジのように組んである。
中央のリングは日焼けこそしているものの、青を感じる正規のマットだ。
映画の真似だろう、ロープの代わりに細い鎖が何本も張られている。
「さあ、誰がやる? 相手のサムは酔っぱらいだ、チョロい相手だぜ!? 六〇米ドルむしってやれ! 飛び入り歓迎だ、誰でも来い!」
司会進行、そして胴元も兼ねているのだろう。汚いアフロの男が気炎をあげている。
赤コーナーで角ビンを煽っているのがサムだ。顔を真っ赤にしていて、いかにも弱そうだ。
リッキーが隣でささやく。
「どうする? お前なら簡単にノせるだろ」
「当然だ。あんなのは相手にしない」
「えっ? ど、どういうことだよ!?」
騒ぐ幼馴染を黙らせながら、ロザリーは会場を見渡していた。にやりと笑みを刻む。
「オーディエンスのおちゃらけファイトは前座だ。掛け金がつり上がったところで、本当の『戦士』が取りに行く。そういうシナリオだろ? 見たところ『やれそう』なのは四人かそこらかな……」
観客席にも目をやったところで、ロザリーは息を呑んだ。
「さ、さすがだなロザリー。そこまで分かるのか。見立て通りだよ。実際は四人の頂上競い合い、その賭けをしてるんだ……」
「おいリッキー、『そんなことはどうでもいい』」
ロザリーは一人の男に目を奪われていた。
「あのアメリカ人は何だ?」
「え? あ、いや、その……胴元の知り合いだってさ。観光に来たらしい。あの、ヤクを買うついでだ。彼は参加しないよ」
本当だろうな、とロザリーは顔をしかめた。
胸板の厚い禿頭の白人だ。酒にうるんだ目で大笑いしているが、鷹のような冷静な鋭さは揺るぎない。その一線を越えるほどの酒を入れることはないだろう。
(あれが参戦したら終わりだな)
ぞっとしない考えを脇にどける。
参加しない相手の心配なんて、するだけ無駄だ。
件の四人の観察に専念するロザリーを見て、リッキーは大きく肩をすくめた。




