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ガールズ・フロントライン

「もう暫定メンバーが訓練してるって……仕事早すぎんよ!」


 沙希はキャンプ・ポロロッカの射撃訓練場を歩く。

 沙希と小隊を組むFHオペレータが集まっているとジョシュアに聞いて足を運んだのだ。

 外観はまるきり体育館で、内装はアッシュグレイに統一されていた。ボーリング場と同じような空間のとり方をしている。

 防弾ガラスの向こうで、アメリカ映画のビデオショップ店員を思わせるエプロン姿の青年が顔を上げた。


「こんちゃーす。待ち合わせなんですけど」

「どうぞ。お友達が中でやってるよ」

「おん? お友達?」


 にこやかに通されて、沙希は首を傾げながらゲートを通っていく。

 射撃レーンが狭いためか、館内はボーリング場よりもせせこましく詰まっている。

 広い吹き抜けの空間に台とレーンを多数そろえて、機械式の標的パネルがガラガラと音を立てて動いている。


「音でかいな……」


 反響する銃声の轟音に沙希は顔をしかめた。

 射撃レーンの後ろに据えられたベンチで談笑する小柄な姿が二つ。

 ヘッドセットとゴーグルを身に着けて、ぴっちりしたパイロットスーツの上に戦闘服をまとった作戦状況と同じ服装の少女たち。

 二人は沙希を見て立ち上がった。


「沙希!」


 アメリアとジゼルがそこにいた。


「えっ、どうしたの二人とも!?」

「二人だけじゃねーぜ」


 撃ち終えたハンドガンのマガジンを抜いて傍らのケースに放り捨て、机に並べた予備マガジンを叩き込みスライダを引いて装填。

 構えたところで引き金を引かず、セーフティをかけて銃を置いた。

 振り返る強気な笑みは、ロザリーだ。


「全員いるぞ」

「ど……どうしてこんなところに?」

「どうしてもクソもねーだろ。ジョッシュの野郎に聞かされてないのか?」


 ここにいるのは、作戦の暫定メンバーだ。

 まさか、と顔を強張らせる沙希に、アメリアがうなずいた。


「私たちも参加する」


 沙希は三人に視線を一巡させた。

 踵を返す。


「ジョシュアに文句言ってくる」

「待て待て待て」


 ロザリーに腕をつかまれて勢いよく振り返った。


「だって敵の総本山だよ! 子どもがひと揃え並べられて撃ち合いになるに決まってるんだよ! ぬぁーにが"精神的苦痛との戦いになる"だあのトーヘンボク! やってること無茶苦茶じゃん!」

「説明は受けた! あたしたちは、納得して引き受けたんだ」

「嘘ぉ……?」


 沙希は疑わしそうにロザリーの顔を見つめる。

 ロザリーは唇を引き結んで、しっかりと頷いた。

 ジゼルは強張りをほぐすように肩をすくめて、


「もともと、綺麗な目的のために戦ってるわけじゃないからね。倒すべき敵の選り好みなんかしない」


 そう言って笑った。

 テロ組織への復讐を誓ったジゼルの宣誓。


「……あたしはこれからずっとPMCで働いていくつもりなんだ。いずれ通ることなら、早いほうがいい」


 ロザリーのビジネスに押し込んだ強気な言葉。

 そしてアメリアは。

 強張った唇を引き結んで顎を引く。


「私だって、必要なことなら迷わないわ。これは……九人の子どもを殺すことで、十人の子どもが紛争に使い捨てられるのを止める。そういう作戦でしょう? なら私は背負うつもり」


 固く握った拳を胸にあてる。

 三者三様の答えを聞いて、余計に沙希は顔を曇らせる。


「でも……気持ちだけ固めても、」

「分かってる」


 ロザリーは顔をゆがめた。


「でも少なくとも、この仕事はお前ひとりに任せていいものじゃない。どうしても誰かをかき集めなきゃならないなら、あたしたち(トカゲのしっぽ)が一番"話が早い"」


 沙希は三人の顔色を見て、ゆっくりと口を開く。


「テロリストって、どんな顔してるのか知ってる?」

「顔って……えっと、憎しみに染まってるとか?」

「違うよ、アメリア。全然違う」


 沙希はにっこり笑って首を左右に振った。

 すでに何度も、銃を使わず目の前で殺めた沙希だけが知っていることだ。


「疲れてるんだ」


 アメリアだけでなく、ジゼルもロザリーも怪訝がった。


「疲弊している。諦めてる。理不尽と戦う気力がなくなっている。心地いいお題目に思考を縛られて、恐怖と脅しに体を縛られて、声の大きい命令に命を縛られて、まっすぐ自殺に飛び込むの。崇高な精神を持ってる狂信者なんて少数派だよ。ほとんどは、もう正しいかどうかすらどうでもよくなった人たちなんだ。だから」


 だから、と沙希は言う。


「テロリストになるのは――ただ疲れた顔をした、ごく普通の人なんだよ」


 騙して陥れて囲んだPMCスタッフを一方的に銃殺する、痣だらけの民兵。

 FHが暴れまわる戦場に、AKひとつ抱えて駆けこんでくる子供たち。

 明日への希望も、勝利への情熱もない。

 借り物のような乾いた敵意がぼんやりと満身に満たされている。

 虚ろな瞳を、沙希は容赦なく踏みつぶさなければならなかった。


「かわいそうだよね」


 台紙に書かれた文字を読み上げるように、沙希は言った。

 指で銃を作って、沙希はロザリーが射撃練習に使っていた標的を狙う。人形は何度も撃たれ、すでに穴だらけだ。


「みんなの覚悟がどのくらいなのか、私には分からない。けど一時の格好つけで踏み越えていい一線じゃないと思う。だから――もう一晩だけでいい。考えてみて」


 振り返った沙希は、三人に向かって告げる。

 反論は起こらなかった。

 静まり返った射撃場に、笑った沙希の「帰ろっか」という朗らかな声が響く。


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本作は金椎響様「さよなら栄光の讃歌」をもとに、本人の許可を得てスピンオフとして描いた作品です。

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