虐殺機関(3)
「ジョシュアさん!」
基地に帰って一番に、沙希はジョシュアを呼びつけた。
ハンガーに現れたジョシュアへと、BUDを脱ぎもしないパイロット姿でずかずか歩み寄る。ビシリと指を突きつけた。
「私もたいがいなのはわかるけど、さすがにWBを放置するのはよくないよ。元を断とう。今すぐに」
「どうやって?」
「金型を探す」
即答した沙希を、ジョシュアは見た。
出撃する前と何も変わらない、まるで買い物メモを携えてスーパーの特売に訪れる女子高生のような面持ちを。
悲壮な子どもの現実を目の当たりにして義憤にかられた人道家などではなかった。
ただそこにある事象としてありのままを捉え、
すでに提示されている評価項目に照らしあわせ、
現状がそぐわないことを報告し、
その是正手順を提案している。
「WBはプラモデルと同じ。つまり、金型のランナーを通してプラスチックを注ぎ入れて成型、大量生産するシステムだ。だから生産拠点は限られる。重ね合わせて完全に一致する金型、というのは高度で繊細なものだから」
沙希は両手をあげてお手上げを示し、自分の腰に両手を当てる。
「時間との勝負だよ。WBはたぶん、すごく売れる。そうしたら金型が量産されて、手に負えないくらい散逸していく、子どもを消費するシステムが世界中の戦場に広まるよ」
子どもを効率的に利用するシステムは広まっている。子ども兵に頼らなければ成立しない紛争が、すでに無数に存在するように。
その流れが、WBによって加速する。
「金型と、その設計データをぶっ潰す。大至急。検討してる暇はないよ、ジョシュアさん。今が勝負だ」
沙希はジョシュアを見上げる。
アメリカ人の瞳に、感情の読みにくい東洋人の黒い瞳が映り込む。
「せっかくのトカゲのしっぽなんだ。生かすべきは、今じゃないかな」
「……わかった」
ジョシュアはうなずいた。
決然と断言する。
「明日までにチームを編成しよう」
φ
「集積基地が壊滅? なぜだ。早すぎる」
スフェールの首都。
メインストリートを見下ろすオフィスは、窓のブラインドが下ろされて薄暗い。
窓辺に立っていたベルナルドは険しい顔で振り返った。
ドアの前に、陰鬱な顔をした秘書の男が立っている。
「米国PMCの襲撃を受けました」
秘書は首を垂れる。
「"防疫作戦"を強行した結果、"偶発的な遭遇戦"が起こったと報告しているようです」
「馬鹿が。そんな言い訳が通るわけあるか! 報道に流せ。国際社会は子どもの殺される景色が大好きだ。しかし――」
ベルナルドは荒々しく椅子に座り、ジャーナリストに送る添え書きを猛烈なタイプでしたため始める。
打ち込みながら渋面を浮かべた。
「誰だ、実行部隊は? 子どもを殺し慣れた選抜部隊は別の標的を探っているはずだ。だからこのタイミングでプロモートに踏み切ったんだぞ」
「記録は残せませんでしたが……生きて帰った子ども兵から証言を集めることができました」
秘書が淡々と口を出した。
口述を書き起こしたレポートをタブレットに表示し、ディスプレイをにらむベルナルドに見せる。
タイプする手が止まった。
目を見開き、ベルナルドの手がタブレットを受け取る。何度もレポートの文面を読み返す。
唇が震えた。
「……マーク・フォー?」
それは見覚えのある機影だ。
以前に立案したFH強奪計画を見事にひっくり返してくれた、おぞましき虐殺装置。
民兵を何食わぬ顔で惨殺した、心のないブリキの兵士だ。
それがまた現れた。
ここしかない、という致命的すぎるタイミングで。
「ふ、ふふ……ふっふくくく……くく……!」
こみ上げるものに耐えかねるようにうつむき、額に手を添えて、肩を震わせ、口許を隠す。
「――く、くく、は、は、……はぁ……。恐ろしい。ああ、恐ろしいな。こんな巡りあわせがあるのか?」
笑いを飲み込んだベルナルドは、己の顎を撫でた。その瞳は目まぐるしく思慮を走らせる。
スフェールの人間には珍しい、茶色い瞳が不気味に光る。
「悪魔め」
言葉とは裏腹の、鮮烈な笑み。
「いいだろう。受けて立つとも。悪魔ごときに人間の商売を邪魔されてたまるものか……!」