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歩機規格(1)

 まるでプラスチック・モデル・キットだ。

 硬質合成樹脂(プラスチック)を組み立てた、ヒョロリと足の生えた紙おむつみたいなシルエット。

 貧相なフォルムは被弾経始(ひだんけいし)――敵弾を受け流す装甲形状――どころか、装甲すら考慮されていない。


 両腕はなく、正面の銃座にドラムマガジンをはめた歩兵銃(アサルトライフル)が据えられる。

 肩にRPGを据えている個体もある。その雑な工事は、無反動砲の発射で転倒したり、バックファイヤが操縦席に吹き込んだりするほどだ。


 唯一まともと呼べるモータ出力に任せ、軽すぎる機体を軽快に駆け回らせる。

 簡易極まる構造にバランサーは存在せず、まるで竹馬に乗るように機体の姿勢を搭乗者が制御する。後戻りするどころか、立ち止まることさえ想定にない。地獄行きの飛び込み台。


 張りぼてのような薄壁の中で、搭乗者は身体を曲げて銃撃を食らわない工夫(・・)をするのが唯一搭載された防御手段だ。

 AKを連射しながら、イナゴの群れのように食らいつく。味方を盾に、食い下がる時間を一秒でも長くする。

 棺桶、どころではない。

 搭乗者の死を前提とした特攻兵器だ。


 ジョシュアは、会議室に一人座る沙希に尋ねる。


「肉の盾って知ってるかい?」

「知ってます。武器を持たない民間人や人質、子どもなどを並べ、攻撃を躊躇わせる作戦ですよね」


 罪のない人、弱い人を矢面に立てる非道の作戦だ。ジョシュアは投影画面(プロジェクタ)を進めた。

 空撮をズームにした荒い映像が映る。

 先ほどのチープ極まる機体。コックピットと呼ぶのも躊躇われるお立ち台で、自転車のグリップを床に刺したような操縦桿を握っているのは――年端もいかない子どもだった。


「紛争で子ども兵はとてもよく利用される。AKを持たせ、三時間もトレーニングすれば一人前の戦果を挙げられるからだ。銃を抱えて撃つだけなら六歳児でもできる」

「オゥ……」

「そしてこの機体、見ての通り大量生産することに最適化されている。訓練期間は大きい竹馬に乗る程度で足りるだろう。あとは引き金を引くだけだ。FHに勝てなくていい。マシンガンを据えた防御陣地に勝てなくたって構わない。誰かひとりが討ち取れれば。……そういう、消耗品としての子ども兵を、悪魔的に運用するための兵器なんだ」

「これ作った人はクズか天才か、どっちなんでしょうね」

「クズだな」


 言下に斬り捨て、ジョシュアはプロジェクタを切り替える。


「これを見てくれ」


 真新しいプラフレームの群れが、蟻のたかるように猛然と襲撃を仕掛けてくる映像だ。マシンガンを備える陣地からの視点映像。

 いずれのプラフレームも迎撃を受けてばたばたと削られて、しかし間に合わずに一機が防御陣地にたどり着く。それから雪崩れるように制圧される。

 いくつか同様の戦闘記録が映されて、その全てで同じ推移を踏んでいた。


 違うのは戦場だ。

 荷物を満載した運送トレーラー、国連が荷下ろしした補給物資コンテナ、果ては病院から鉱山まで。

 彼らは野放図に襲撃しては、奪えるだけのものを奪っていく。


「紛争にきれいごとは通じない。戦い続けるには、どうしたって金が必要になる。彼ら――少なくともこの連中は、経済活動(・・・・)としての戦争をしている。そういう目的にとって、プラフレームの攻撃性能は脅威と言わざるを得ない」


 子ども兵が走りながら銃を振り回したところで、撃てば殺せる。

 車に爆弾を積まれようと、ただ走るしか能のない車はコンクリート壁で事足りる。

 だが、この二足歩行兵器は違う。


 走り、跳び、目標に合わせて銃口を振る。

 RPGを搭載させることにより、必要に応じて必要なだけの火力を振り向ける柔軟性さえ持っている。

 そしてなによりも――車より安い(・・)


 ジョシュアは一呼吸、間を置いた。


「これは敵との戦争にならない。自分の正義との戦いになる」


 大人の金もうけに利用される不幸で不憫(ふびん)な子どもたちを、殺して殺して殺しまくって、それでも黒幕には何の痛痒(つうよう)も与えられない。

 そういう作業に耐えなければ、背後の民間人が殺される。

 およそ、まともな感性の持ち主に耐えられる仕事ではない。特に、国のため人々のために戦うと決めた、誇り高い戦士には。

 だが。


「きみは違う」

「なんか化け物扱いされてるようで不服です」


 沙希は口を尖らせた。

 子どもが死ぬ無修正映像を見せられても、眉ひとつ動かさなかった十六歳の女子高生がそこにいる。

 まともな感性など持ち合わせず、しかし真っ当な良識を持ち合わせる、二人といないナチュラルボーン・キラー。


「沙希。なにか質問は?」


 んーとうなった沙希は顔をあげた。


「プラフレームって呼び方やめません? なんかカッコいいですよ」

「……話の腰を盛大に折るね。じゃあなんて呼ぶんだい?」


 沙希は映像を見上げて、にやりと笑った。


歩く箱(ウォーキーボックス)




 さらなる情報を確認していると、会議室の扉がノックされた。渋いおじさんが入室してくる。

 落ち着き払って髭を揺らすおじさまの顔を見て沙希は目を丸くした。

 毛が灰色になったマリオ髭だ。


「遅れたかな。ブレンデンだ。普段はスナイパーをしている。よろしく頼む」

「時間通りだよ、ありがとう。ようこそ」


 壇上から下りてブレンデンと握手したジョシュアが、手を広げて沙希に示した。


「沙希、紹介しよう。今回の作戦に協力してくれる選抜射手(マークスマン)。エドワード・ブレンデンだ」

「沙希です、どうも」


 挨拶して沙希は首を傾げる。


「なんでスナイパー? 私はFHですけど、動きについてこれるんですか? それともFHでの狙撃?」

「いや。FHの操縦は専門外だ」


 ブレンデンは目元にしわを寄せ、淡い微笑を見せた。


「走って追いつけない身でも、仕事のやりようはいくらでもある。スナイパーは撃つだけが能じゃない」

「具体的には観測手(スポッター)のことだね。狙撃手に狙う対象を伝えつつ、狙撃環境を観察し、周囲の警戒も行って、そのうえで射撃の結果を見極める。狙撃するよりも高い技量が必要とされる」


 沙希にもわかりやすく補足したジョシュアは、芝居がかった手ぶりで話を進める。


「先ほども言ったが……これは精神的苦痛との戦いになる。精神力と使命感を極限まで鍛え上げた人間でなければ、冷静でいられないだろう。だから彼を呼んだ」

「精神的に強いんですか? スナイパー」


 きょとんとした沙希の疑義に、ブレンデンは穏やかにうなずいた。


「スナイパーというのは、不安そうに爆弾を運ぶ小さな女の子の脳天を撃ち抜く仕事だ」


 ぎょっとする沙希。

 ブレンデンは沙希の目によぎる感情を慎重に観察しながら、言葉を続ける。


「米軍人を見ながらポケットに手を入れた男も撃つ。ばったり死んで倒れた後は動かない。そいつが軍人を撃とうとしていたのか、それともただタバコを取り出そうとした間抜けなのか、そんなことは誰にも分からない。それでも自分で決めて撃たなければならないんだ」


 ブレンデンは己の右手を見つめて目を細めた。


「罪のない人間を撃ってはいけない。だが敵の好きにさせてはいけない。スコープの向こうにいる人間を生かすのか、殺すのか。自分で決めるんだ。仲間を死なせるわけにはいかないから」


 動揺も躊躇(ちゅうちょ)も許されない。

 思考も呼吸も心拍も、すべて弾道に直結する。射手は銃の一部、照準装置のひとつなれば。

 スナイパーが身を投じる非正規戦は、そういう世界だ。

 凄絶な覚悟を聞かされて、沙希はジョシュアの顔を見る。


「……私、要るんですか?」


 ブレンデンが笑った。


「もちろんだとも。我々にしかできないはずのことが、お嬢さんにもできる。それは充分に希少で重大な素質だ」

「はあ、そんなもんですかね」


 沙希は分かったような分からないような、曖昧な顔でうなずいた。


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本作は金椎響様「さよなら栄光の讃歌」をもとに、本人の許可を得てスピンオフとして描いた作品です。

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