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ぎゃくさつ! ~JKのどきどき紛争傭兵ライフ~  作者: ルト
第三章 ファースト・ミッション
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ハウ・トゥ・ドライブ(1)

 FH。

 ユニークな兵科だが、操縦は難しい。

 むっちゃ揺れるからだ。


「というわけで、操縦訓練よりも搭乗環境を解決してください」


 度重なる走行訓練のグロッキーに耐えかねて、沙希はついに立ち上がった。

 面会手続き(アポ)を取っての直談判を受けてジョシュアは苦笑する。


「そう言われてもね」


 FHの搭乗ブロックは緩衝システムに覆われて完全な隔離環境に置かれる。

 だが慣性だけはどうにもできない。


「慣性を遮断するバリアフィールドくらい作れないんですか! それでも科学大国アメリアですか!?」

「そんな超技術を持った覚えはないなあ」


 受け流すジョシュアは、ふと思い出したように沙希を見る。


「そういえば音響訓練は受けていたっけ?」

「ONKYO? いいえ、受けていません」

「それはすまない。ブースト訓練を始める前に組み込むはずだったんだが、直前になってしまったな」


 胡乱な顔をする沙希を見て、ジョシュアは人の好さそうな微笑を浮かべた。


 §


 キャンプ・ポロロッカからプライベートジェットで欧州へ。

 所属の秘された科学研究所の立入禁止区域に案内された沙希たち四人は黒一色の部屋に招かれる。SFらしい埋め込みの常夜灯が壁を示して細く点滅していた。

 ジョシュアに目配せされた白衣の女性がタブレットを操作すると、部屋の中央に据えられた椅子の輪郭が光る。

 ひじ掛けと足置きに拘束具のある台を椅子と呼んでいいならば。


「電気椅子ですか……?」

「おしい」


 おしいのかよ、と沙希は辛気臭い顔をする。

 四人の視線を受けてジョシュアは手を挙げて示した。


「ヘッドレストに掛けられた大きいヘッドホンが見えるかい。音と気圧で三半規管を『調律』する実験施設だ。ここで訓練すれば乗り物酔いが大幅に改善される……と期待されている」

「ああ。これがツクモさんの言っていた"クソの役にも立たない訓練"ですね」

「そんなこと言ってたのか?」


 思わず素の反応を見せたジョシュアは、コホンと咳払い。


「早速始めてみよう」




 四人がそれぞれ椅子に着く。

 手足を固定し、ヘッドレストに接続されたイヤカフを耳に当てた。

――きぃいいいいいいいいいいいん……

 耳の奥をくすぐるような鋭い音が、耳鳴りのように鼓膜の内外で震える。


「おお、これが調律か。……ん? 浮いた?」


 同時に重い音をうならせて、椅子が大きく持ち上がっていった。椅子の後ろに大きなアームが繋がっていて、動くようになっていたらしい。

 椅子が大きく巡り始める。動きはだんだん速くなる。

 沙希はハッとした。


「この動き、シミュレータと同じ……!」


 ハンガーに設けられていた拷問器具と同じ挙動をしている。

 沙希の椅子を傾け、大きくアームを振ってぶん回す。シミュレータと同様に強烈なGが沙希の身体に襲い掛かり、慣性と重力をかき混ぜるように駆け巡る。

 かつては一瞬でグロッキーに陥った誘導ミサイル体験ツアー。

 それを沙希は今、歯を食いしばって耐えている。


 調律とは言うが、結局は三半規管に空気の波を叩きつけて酔いを中和しているだけの力技だ。科学の力による素敵な人体改造計画ではないらしい。

 それでも成果はあるようで、沙希はまだ酔っていない。

 しかしそれもどこまで持つか――そんな危惧とは裏腹に椅子はぐるぐると回り続け、やがて急に飽きたように勢いが抜けた。ゆっくりと床に下ろされる。


「……止まった? トラブル?」


 (いぶか)る沙希と裏腹に、椅子につながったアームのモーター音は低くなる。ジョシュアや手伝いのスタッフに慌てた様子もない。なんの予定外も起こっていない様子だ。

 完遂した。


「え、すごくないですか?」


 沙希は自分の胸や頭をなでる。

 酔っていない。

 体の芯から振り回された気怠さはあるが、あくまで姿勢をこらえた疲労感だ。嘔吐感に昇華されていなかった。

 ジョシュアはうなずく。


「そのヘッドホンは乗り物酔いを相殺する技術が使われている。馬鹿馬鹿しくなるくらい高級なうえに卒倒するほど壊れやすいから、こんな厳重な設備が必要になる。機体に組み込むべく模索中ではあるけれど……これを掛けて三半規管を馴らせば訓練になるという報告が上がっているんだ」

「へぇえええ! ……え? 馴らすって、どうやって?」


 ジョシュアの笑顔が遠ざかっていく。

 小休止を終えた椅子が、ふたたび大きく回り始めた。


 §


 一日中音響訓練を終えた沙希は、華やいだ笑みを浮かべていた。


「やっだーすっごーい! ぜんぜん酔わなかったんですけど! これすごいですね!?」

「ずいぶんてきめんだね、沙希……」


 ジゼルには効かなかったらしい。

 ふらつくジゼルとロザリーを助けながら、沙希はホクホク顔でスフェールへ帰っていく。




「やっぱ酔うじゃん……」


 FHマラソンを終えた沙希が、顔を真っ青にして荒れ狂う胃を宥めていた。

 えげつない上下運動と加減速。効率的に平衡感覚を叩き潰す拷問兵器を前に、最先端の訓練化学は敗北を喫した。

 やっとの思いで機体を降りて、背中を丸めてひゅーひゅーと呼吸する沙希がふと顔をあげる。

 同じように顔の青いジゼルがジョシュアに話しかけていた。


「自主訓練の許可をください」

「FHの? さすがに実機訓練の許可は出せないな。シミュレータならいいけど」

「あれはあんまり役に立たないから嫌」

「そうだろうけど。我慢してほしい」


 誘蛾灯に誘われる羽虫のように、沙希は二人に歩み寄る。


「なに、ジゼりん訓練したいの」

「うん……あたし遅れてるから」


 沙希は記憶を探る。

 確かにジゼルは始めからFHの操縦が不得手で、今もFHでの走行が安定しない。

 ジゼルは少し沈んだ顔で視線を下げる。


「このままだと、ブースト訓練が始まったときについていけなくなりそうだから」

「特訓させてあげたいけど、きみたちは立場上いろいろな制約が厳しくてね……」


 ジョシュアの申し訳なさそうな口調。

 そりゃ確かにな、と沙希はうなずいた。実態が世間にバレれば会社が吹っ飛ぶような、未成年によるペーパー社員チームだ。

 沙希は大きくうなずいて、腕をまくって拳を作る。


不肖(ふしょう)八津沙希、やりますよ! 専属コーチ!」

「確かに沙希は訓練プログラムの消化が早いからな。うん、よろしく頼むよ」


 ジョシュアは二つ返事で許可を出した。

 かくして沙希とジゼルのマンツーマン特別トレーニングが始まった。

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本作は金椎響様「さよなら栄光の讃歌」をもとに、本人の許可を得てスピンオフとして描いた作品です。

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