ジゼル・ソーンダイク(1)
指向性爆弾が扉を吹き飛ばす。
爆弾の破裂に合わせて家に飛び込む……その一歩目で、ジゼルは戦慄した。脛の高さ――十四歳にしても小柄なジゼルから見れば、膝下の高い位置――に、ワイヤーが引かれている。まぬけ殺し。
足の高さを上げてハードル走のモーションを作る。
その少し先の床に敷かれたカーペットを見て、現実の舌が追いつかない速さで脳裏の舌打ち。踏み切りを強くして絨毯を超える距離まで跳ぶ。
地雷や落とし穴が実際にあるかどうかは分からない。調べている時間もない。
空中で顔をあげる。飛び散った木片が天井に刺さり、部屋中に跳ね回っている。その光景を網膜に焼きつけ、残像だけで情景を分析する。
ダイニングテーブル、ソファ、テレビ、冷蔵庫……バンガローのようなだだっ広いワンフロアLDKだ。頭の中に地図を組み立てる。
ソファの横で立っている出っ歯。ソファに座って拳銃を弄んでドラマを見ているバンダナを巻いた男。壁際でコーラのボトルを持っているちょび髭。
ジゼルは閃光のように思考を走らせる。
――ちょび髭からだ。
拳銃は脅威度が高いが、構えていない。
持ち替えて、引き金に指をかけて、狙いをつけて撃つまで時間がかかる。
その点、ちょび髭はコーラを投げるだけで攻撃になるし、暗褐色の液体は目つぶしとしても役立つだろう。
着地するまでの間にアサルトライフルの銃口をちょび髭に向ける。着地と同時に引き金を絞った。コーラを持つちょび髭男の絵が描かれた立て札に次々と風穴が空いていく。
即座に地面を蹴ってスライディング。十四歳の小柄な体はダイニングテーブルの下を楽々と滑る。滑りながらソファに銃撃をぶち込んだ。銃口は乱れたがバンダナの腕と首には穴が開いた。
足を振り上げ、肩で体を跳ね上げるバックスプリング。出っ歯は放っておいて銃口を部屋に巡らせる。他に即座に武器を構えられる敵は?
にぃ、と笑う白髭の筋肉ジジィ。
ゾッ。
背中を舐め上げる恐怖に突き動かされ、慌てて出っ歯男の看板に脇を通して銃を向けて銃撃を浴びせた。火傷しそうな銃身を小脇に挟んでソファの後ろを駆け抜ける。
どだだだだ! とソファが震えて弾けた。
「どぉーした孫よ! 逃げていたら制圧なんかできんぞ!」
「うるさい!」
舌足らずな幼い声に似合わない罵倒を絞り出して、ジゼルはソファの後ろを走る。相手が実銃だったら、こんなものは盾にもならない。足を止める選択肢はなかった。
「だぁっ!」
ソファから飛び出しざまに、奥の部屋へのドアノブを銃撃で砕く。全体重を乗せたストックでぶん殴って扉を破った。転がり込む。
埃と煙に咳き込みながら顔をあげて、ジゼルは凍り付いた。
葉巻をくわえた男の絵が、ジゼルを見下ろして銃を構えている。
銃口のところに空いた穴から「ぴゅーっ」と赤いインクが吹き出してジゼルの顔面に浴びせられた。
「ぶばばばばぼぼぇほっ! ぇっ、げっ! べぼ、ごぼっ、ぼぉおおお! 多い! インク多いっ!!」
「負け犬にはお似合いだ、ばか者め」
すぐ背後から声が聞こえて、真っ赤なべちょべちょお化けは顔色を失う。
ゆっくりと振り返った。
機関銃を構えた、シャツをぴちぴちに張り詰める肩と胸板の筋肉ダルマ白髪ジジィが、ジゼルを見下ろしている。
「あ……私、もう死んだから、ほら」
「死者は命乞いせん」
「あ、ちょ――」
機関銃からアホほどゴム弾が吐き出され、ジゼルの悲鳴が山間をぶち抜いて響き渡った。
§
「ひぃ、ひぃ」
森が広がる山の只中にある山小屋には、隣にトタン屋根の簡易な薪割小屋が立ててある。
ジゼルは苦悶のあまり声を漏らしながら、自分の足に湿布を貼る。地べたに座ることを気にする余裕もない。
ゴム弾と言えど当たれば青あざができるし、場所によっては骨折もありうる。涙をにじませ、全身をテーピングまみれにしながら、ジゼルはそれでも自分の手当てを続けた。
「そんなノロノロ手当てをしてたら、敵に追いつかれるぞ」
白髭ジジィはジゼルの横でベンチに腰掛けて、水筒の紅茶で一服している。手伝う素振りは毛ほどもない。
「どうだ、そろそろ仇討ちなんて諦める気になったか」
「まだ……まだ!」
「根性だけは買わんこともないが」
ふうっと長いため息をついて、机のカウボーイハットを頭に乗せる。老人は立ち上がった。
「日が暮れるまでに下山しなさい。夕食はビーフシチューだぞ」
「う、ん。だいすき」
「痛みで味が分からなくならんといいな」
「……ぐぬぬ」
ジゼルは溢れそうな文句や罵倒を、唇を引き結んで飲み込む。
「私は、やめないから」
代わりに決意を絞り出す。
固く、強く。心の手綱を握り直すように。
「パパとママを殺したテロリストを……ぜったいにころす」
「……何度でも言う。わしは、反対だ」
「わかってる。ありがとう、おじいちゃん。……明日も、お願い」
老人は瞳に浮かんだ哀切を隠すように帽子を目深にかぶり、ジゼルを置き去りに山小屋を立ち去った。
かつてソーンダイク家の別荘だったそこは、変わり果てていた。
立ち入り禁止の金網に囲まれ、トレーニング器具がそこらじゅうに転がり、銃声の音が鳴り響くブートキャンプへと。
特殊部隊が突入制圧を訓練する「キルハウス」を模して改装された別荘を前に、ジゼル・ソーンダイクは黙々とテーピングを再開した。
心に粘つく炎を淀ませながら。