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不幸のデート(4)

 激痛に喉まで震わせて沙希の瞳孔が拡散する。

 焦点の定まらない目のまま歯を食いしばって銃口を動かし、距離を詰めてくる男に向けて発砲。反動でトリガーから指が外れてストックが胸を打つ。

 この体勢で反撃されるとは思わなかったらしい男は大げさに飛び退った。彼は気を取り直して身構え、虚空になぎ倒される。


「生きてるか沙希!」

「ライザさん……!」


 ジープを飛び降りてライザが助けに来ていた。沙希にもたれかかる血まみれの少年を引き剥がす。威嚇射撃を片手で行い、沙希を肩に担いでジープに戻っていく。

 迎えようとアメリアの伸びかけた手が、血の滴る沙希の姿にひっこめられる。

 身を引くアメリアを他所に、ライザは素早くシートに座らせた沙希の出血を確かめる。


「怪我は? どこを撃たれた?」

「お腹……でも、たぶん死んではないです……」

「ははっ。そうだな、悪運の強い奴だ」


 べっとりと血に濡れた鉄板仕込みの防弾繊維ベストは貫通していなかった。消し去れない運動エネルギーだけが沙希を打っただけだ。

 沙希は路上に打ち捨てられた子どもを振り返る。頭が虫食いに欠けて、固形交じりの血が広がっている。

 撃たれた弾は、沙希を倒した子どもの頭蓋を貫通して防弾ベストに止められた。

 ぬるりとした脳漿交じりの返り血をぬぐう。握りしめた。振り返る。

 沙希の見る先で、ミニバンの運転席についた男性隊員が車を動かした。

 向かいの路上駐車に突っ込ませて押しのけていく。路上に転がされた不発弾を避けて通れるだけの空間を強引にこじ開けた。盗難防止のサイレンが響きわたる。

 ライザがジープの運転席に戻ってハンドルを握った。

 車窓から上半身を出したままのジゼルはルーフに銃を置いて腰に手を伸ばす。握られた手榴弾が車窓の外へ。沙希は振り返ってリアガラスに目を向ける。

 投げられた手榴弾は路上駐車の車列を跳ねて一人の顔面に直撃する。ぴったり足元に落ちた。

 ジゼルはそのときにはすでに銃を握って別方向へ撃っていた。路地から回り込もうとした男を縮みあがらせる。

 絵に描いたように完璧な遅滞防御の立ち回り。

 戻ってきた男性隊員が助手席に飛び乗ったかどうか、といううちにライザが叫ぶ。


「行くぞ!」


 アクセルを蹴飛ばされたジープが咆哮をあげて鼻先を巡らせた。爆弾を抱える子どもの死体をぐるっと避けて、急加速。路地を驀進していった。

 敵の銃声だけが空しく追いかけてくる。

 銃を撃ち続けていたジゼルがするりと車の中に戻った。

 赤いペンキに転んだような血染めの沙希を一瞥して、しかし感情は押し殺されて瞳にはなにも浮かべない。


「シートベルト締めて。警戒を解かないように」


 淡々と指示を出す。

 沙希はうなずいて素直に応じ、アメリアは震える指でのろのろとシートベルトをなでる。

 ふと、沙希は首をねじって後ろを見た。

 路上に倒れる子どもの死体。

 ジープはすべてを置き去りにして遠ざかっていく。


 沙希は肩をすくめて前を向き、シートに深く身を沈めた。



 §



 本部スタッフに呼び出されて事情説明と説教をたっぷり済ませた沙希は、ふと事務所廊下のベンチにうなだれるアメリアに気づいた。隣にジゼルも座っている。


「アメリア、平気?」

「うん……大丈夫よ。ありがとう」


 アメリアは真っ青な顔で、それでも口元には無理やりな笑みを浮かべ――すぐに消えた。作り笑顔すら保てない。


「本当にショックだった。目の前で人が死ぬこともそうだけど……沙希が。知ってる人が、そんなことをするなんて」


 沙希は歩み寄ろうとした足を止める。

 自動販売機の陰に身を隠して、耳で様子をうかがった。


「無理しないほうがいいよ、アメリア」


 ジゼルは労わるような優しい声でアメリアに寄り添っている。


「大丈夫……大丈夫よ。私だって子どもじゃないもの。おじさんに何度も説明されたわ。私たちが手にするお金は、紛争の災禍のうえに生み出されているものだって。私たちが働くということは、間接的であれ、人が死ぬことに手を貸すことなんだって。覚悟はしていたの」


 少しだけ黙ってから。


「覚悟はしていたつもりだったの」


 ジゼルは口をつぐむ。

 アメリアは乾いた声で続けた。


「でも私たちは、戦争をお金にしているわけじゃない。戦う技術を、正しいことを成したいと思っている人に売ることで、利益を得ている。悲劇に酔って自分たちが成し遂げたことを蔑ろにすることは、犠牲になった人をも貶めることだと言ってくれた。おじさんは……なんでも分かってたのね」

「立派な人だね」

「ふふ。ジゼルのおじいちゃんには負けるかな?」


 アメリアは冗談めかして笑い声の真似をする。ユーモアが戻ってきた。

 沙希は寄り掛かっていた自動販売機から身を離した。なにも言わずにその場を離れる。

 廊下を歩きながら、もう綺麗に拭い去られた腕を掲げて、じっと見つめた。

 血は拭われている。

 しかし、ぬるい返り血の感触は腕に残る。


「警察ドラマの原作小説なんて、読まないほうがよかったのかなぁ?」


 あとは保健体育の義務教育で事足りる。

 知識さえあれば。適切に人体を傷つければ。

 人は簡単に殺せることを、肌と感覚で知り尽くしている。

 沙希は脱力して腕を下ろした。


「……コーラでも飲もっかな」

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本作は金椎響様「さよなら栄光の讃歌」をもとに、本人の許可を得てスピンオフとして描いた作品です。

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