重機FH(5)
「オーライ、オーライ」
山間に轟くスラスターの爆音。
吊り下げられる独特の浮遊感に揺れながら、沙希はスクリーン越しに山肌を見下ろしてペダルをずらす。
地面に足を向けたグロリアは、ゆっくりと地面に接地して山の上に立った。
足元が崩れないことを確認して、計器から顔をあげる。
「大丈夫です、着地しました。ありがとうございました」
『どういたしまして』
答えるは黒いグロリア。
沙希たちのものよりずっとシャープでぐっとスマートな、洗練されたシャチの如きシルエットだ。
隣に着陸したシャチは含み笑いを漏らす。
『……まさか、こんな形で再会することになるとはね』
「情けなくてすみません、ツクモさん」
『気にしないで。たまには、こういうミッションがあってもいいんじゃないかって思う』
救助に急行した即応チームは、ヘリでもトラックでもなく――FHだった。
ユニット・アイリーン。
本来なら正真正銘の強襲型戦闘FHを操る、最新鋭の戦闘要員チームだ。チームメンバーがアメリアとロザリーを救助する様を眺めてツクモが笑う。
沙希はコックピットで一人、はたと首を傾げた。
「でもFHを救助に寄越すなんて、ずいぶん贅沢ですよね」
『気流が不安定になる山岳でヘリに滞空作業をさせるくらいなら、FHを回した方が安全だ。燃料を度外視すればね』
ツクモの言葉に、沙希は周囲を見る。
峻険な山の一角にぽつりとへこんだ盆地。その集落が今回の任地だ。
見回せば確かに平坦な場所がまったくない。トラックも山にへばりつくような細道をえいこらと登ってきたのだ。FHよりも大きい重機は持ち込めなかっただろう。
作業が終わったことを見て取って、ツクモは声をかける。
『それじゃあ、一足先に戻るよ。帰り道で転ばないように』
「気を付けます。ありがとうございました」
沙希の操縦で、機体は窮屈そうに腰を折って俯角いっぱいまで頭を下げる。
ツクモは笑ったようだった。
黒いグロリアが背を向ける。スラスターに火を溜めるような一瞬、
『そういえば……赴任してから初めてかな』
ツクモが思い出したようにつぶやく。
『緊急出撃して誰も殺さなかったのは』
ぼッ、と素っ気ない音を吐き捨てて、ユニット・アイリーンは飛び去っていく。
なにともなく、その光がみえなくなるまで見送った。輪郭が消え、青に飲まれ、星のような光が消えて、
沙希は夢から醒めたように瞬きをする。
「……じゃ、みんな帰ろっか」
操縦桿を引き、斜面のトラックを見下ろす。
『沙希』
ロザリーの刺々しい声が放たれた。
『さっきは誤魔化されたけどよ。……お前みたいにお気楽な日本人は戦場に立つべきじゃない。お気楽さに相応しい、平和な世界で楽しいまま生きるべきだ。あたしはお前を認めない』
「お好きに。仕事はしてよ? 私もするから」
『ちっ。……わかってるよ』
ロザリーの悔し気な言葉を尻目に、沙希は機体を進める。
ツクモのように空を飛び渡ることなく、不格好に一歩ずつ地面を踏みしめて。
搬送コンテナの横で、ジゼルがみんなを待っている。
φ
髪をオールバックに撫でつけた背の高いスーツの男が、オフィスの一室を割いた広い個室でPCのキーボードを打っている。
彼が背にする壁面ガラスの向こうに首都のメインストリートを見下ろしている。
オフィスのガラス戸が控えめにノックされる。髪の長い陰鬱な男が入って一礼した。
「ベルナルドさん、ご報告が」
「なんだ? 今忙しいんだが」男は目もくれず、キーボードを猛烈にタイプし続ける「その情報はいったい幾らになるのかね」
「計りかねますが――少なく見積もっても、八千米ドルは」
パチン! オフィスの主はメールソフトに送信完了の表示が出るのを見届けて、画面から顔をあげる。
両手の指を絡ませて机に肘をついた。
「聞こう」
陰鬱そうな男は、気難しい顔のまま深く頭を下げる。
「ふむ」
資料に目を通した男、ベルナルド・ストラーニは鼻を鳴らす。
彼の手元にはプリントアウトされた報告書の束がある。インクジェットの粗い画像で、車座になって談笑する少女たちの姿が映っていた。
岩山のど真ん中で、パイロットスーツ姿に戦闘服を羽織って、座らせた戦闘用FHの前で、だ。
真っ当な少女たちでないことはひと目で知れた。
背景とあまりにも不釣り合いな、気の抜けた町娘のような姿から視線を外し、ベルナルドは顔を上げた。
「――つまり。この米軍肝煎りの新鋭FHグロリアは、年端も行かないどころか、まともな訓練も受けていない素人に運用されている……と? にわかには信じがたいな」
「ですが、そうとしか考えられません」
陰鬱な男は、険しい表情の仮面を貼りつけているかのように淡々と応じる。
「ご報告に戻らず、先行して襲撃するべきでしたでしょうか?」
「馬鹿を言うな。そいつらの救助に飛んできたのは正規のグロリアなんだろう? もともとすぐ駆け付けられるようにしていたんだ。色気を出せば、返り討ちどころか、こちらの移動ルートから拠点をまた一つ釣り出されていた」
「……つまり、餌であったと?」
「それも考えにくい。子どものお使いにFHを持たせないだろう」
ベルナルドは顎に指を添えて黙考する。
やがて報告書を投げ捨てた。
「アメリカ人の考えそうなことなど高が知れている。大方、新兵のFH訓練に使ったのだろう。廃村整備に重機を使っても戦闘用FHを護衛につけなければならない。同じことだ」
捨てられた紙は足元に据えられたシュレッダーに飲まれていった。強烈なモーター音とともに紙が裁断される。
「くだらんな。またぞろ脱法の戦力を仕込む算段をつけているところか。自分たちで決めたルールだというのに、それをくぐろうと手間をかけるなどナンセンスだ」
ベルナルドの右手はキーボードを叩く。
表計算ソフトを呼び出して目を通す。会計帳簿と人員シフト表、そして資源状況が見やすく色分けされてまとめられている。
「虎の子を遊ばせるのに、母虎の目がないはずもない。だが……実験部隊にいつまでも精鋭を貼りつけておけないだろう。軍の作戦状況によっては隙が生まれる。そうなれば――鬼の居ぬ間に赤子の手をひねる、というものだ」
ベルナルドは顔を上げて陰鬱そうな顔の秘書を見た。
「キャンプ・ポロロッカの監視を強化すると同時に、自由に動かせるアンブッシュ部隊を手配しておけ。ヴォーリャも六機ほど遣わしてやる。乗り手はガキでいい。いくら新鋭機が相手でも、使い手が素人なら事足りる」
「では、襲撃を?」
「無論だ」
ベルナルドは用件が済んだとばかりにコンピュータに向き直る。猛烈な打鍵音の合間に、低い声がせせら笑った。
「いただけるものはいただいておく。それを許されるのが――戦争状態、というやつだからな」




