重機FH(2)
『片付いたわね』
アメリアが言った。
瓦礫も生活の跡も、すっかり山岳に追いやって自然の中に溶かしてしまった。まっさらな更地と化している。
ここに武装勢力が拠点を築いたら、ひと目でそれと知れるだろう。
地均しに使ったトンボをFHの手に提げて、沙希はコックピットのなかで唇を曲げる。
「退けただけだけど、これでいいのかな?」
『だいたいでいいのよ。はげ山にしたいわけじゃないもの。さ、帰投しましょ』
アメリアの機体が足踏みで旋回し、トレーラーに向かって山道を登る。
沙希も操縦桿を引きつつペダルを踏み分けた。FHの片足を軸に半身を引いて振り返り、トンボを肩に担いで足を踏み出す。
山岳地帯の不安定な足場に合わせて、バランサーがキュルキュルと機能している。ペダルの踏み幅は平地より浅く。トルクは高く保つ。
と。
「んっ?」
沙希のスクリーンに、転がっていく小石が見える。
顔をあげると、アメリア機の左足が踏む地面が、溶けるようにずぶずぶと崩れている。アメリアは異変に気付かず機体の足を踏み出そうと体重を左足にかけていき、
「アメリアあぶないっ!」
ずるりと足が沈んで機体が傾く。
あるいはすぐに重心を前に投げ出せば、踏ん張ることもできただろう。
だがアメリアは操縦にも、FHの搭乗にも慣れていなかった。
『え?』
アメリアは、機体が回復不能なほど傾いてようやく異変に気がついた。
歩き出そうと踏み出した足が空を切って、FHの体は横転する。無数の石を崩しながら斜面を滑り始めた。
「ちょっちょっちょ!」
沙希が慌てて引き留めようと手を伸ばす。倒れるFHの勢いを止めることは叶わず、壮絶な衝突音で両腕を撥ねられた。
「ぎゃあっ! あ、ヤバイっ転ぶ!」
沙希が機体を斜面にしがみつかせようと操縦桿を操るも、
追撃の重量に揺れる。
転がるアメリア機に巻き込まれ、沙希の機体ももんどりを打って後頭部を地面に打ち付けた。そのまま斜めに転がり、突っ張った足を軸に横転。勢いがついて転がり落ちていく。
「うわあああっ!?」
バランサーが惑乱したようにめちゃくちゃに機体を振り回す。
沙希は全身を上下左右にシートに打ちつけ、めまぐるしく吹っ飛んでいく景色に歯噛みする。操縦桿を繰った。
腕を広げて膝を突く。が、勢いがつきすぎていた。上体が煽られる。
そこに、
『いやああああっ!?』
気をつけの姿勢で転がってくるアメリア機に突き飛ばされて尻もちをつく。勢いのついた斜面では止まりようもなく、そのまま後ろ回りに落ちる。
再び転落人生が始まった。
「もうなるようになーれ!」
沙希はヤケクソに叫ぶ。
二機は谷に向かって滑り落ちていく。
山の上では二機のFHが揉みあっていた。
「沙希! アメリア!」
「待てジゼル! お前、ちゃんと機体使えないだろ。突っ込んでも遭難者が増えるだけだ」
「でもっ! 二人が!」
「だーから、手はずを踏もうって話だ! まずはジョシュアに救援部隊を送らせる。報告でもデータリンクでも、やれることはあるはずだ。闇雲に動くんじゃない」
「…………」
「だから……後は任せたぞ」
えっ、という声を置き去りに。
一機のFHが片手を斜面に突いて腰部装甲をソリ代わりに滑り落ちていく。
置いていかれたFHが半歩踏み出して手を伸ばしたが、
「~~~~っ!」
半泣きの唸り声とともに踵を返す。トラックに向かって無茶な加速で走り出そうとして、
その場でつんのめって転倒した。
「ぅううううううっ!! ジョシュアっ! 早くみんなに助けをっ!!」
「分かってる、今手配を回しているよ。たぶん、大丈夫とは思うけれど……」
ジョシュアの声は珍しくかすかな焦燥をにじませていた。
「敵が近くにいたら、まずいことになる」