重機FH(1)
FHのシートに絡め取られて仰向けに座る沙希は、ほうと息をついて腰を動かす。
きゅうきゅうに締め付けるタイトなパイロットスーツはもう何度も袖を通しているが、いまだに落ち着かない。
FHは待機モードでジェネレータの駆動も穏やかだ。メインスクリーンに非常灯のような暖色の灯りを目前にして停止している。
イヤカムにせせらぎのような雑音が鳴った。
『諸君。いよいよ初仕事だ。とはいえ演習みたいなものだから、肩の力を抜いて、怪我にだけは気を付けて臨んでほしい。くれぐれもナチュラルにね』
ジョシュアの声が流れた後に、イヤカムの声色が変わる。チームリーダーを務めるアメリア・バウムガルト。
『みんな、準備はいい? そろそろポイントに到着するわ』
沙希はぼんやりと耳を澄ませる。
大型のディーゼルエンジンが奏でるドラムロール。野太いタイヤが砂利を噛む勇壮な摩擦音。コンテナに格納されるグロリアは振動を受けて震えている。
「いやぁ……斬新な兵器輸送だねぇ……」
なんの武装もないトラックコンテナで運ばれる、即応性の欠片もない素人小隊。戦術的価値が透けて見えるようだ。
トラックがひと際大きなエキゾーストを吹いて減速する。斜面を登って停車した。
コンテナ側面が重い音を上げてゆっくりと開けられていく。黄砂色の山肌が隙間から眩しく覗く。
沙希の肩が強張った。
事前に簡単な戦術ガイダンスを受けている。
もし敵がいるなら、車両を乗り降りするタイミングがもっとも危険だ。
周囲は見えないし、機動防御もできない。停止しているからいい的になる。
祈るか、天性の勘でかわすか――なによりも、仲間を信じて迅速に済ますか。
「よし……沙希、出ます!」
沙希は操縦桿に指をかけて、ぐいと回す。ペダルを踏み込んだ。
駆動音をあげてFHが立ち上がる。コンテナに機体を固定するロックを切り離していく。
コンテナが充分に開いたところで、沙希は機体を歩かせた。
飛び降りる。
岩山の真ん中だ。気持ち程度の盆地に、石を積んだテント状の民家が林立している。どれも避難から時間が経って、どこか風化していた。
敵もいない。味方もいない。
ただ捨てられた村だけがあり、――沙希の操るFHの手には、柄の長いハンマーが握られている。
隣に降り立ったロザリー機が、ため息に交えてつぶやいた。
「ゾッとするほど華々しさのないデビュー戦だな」
今日のところは、本当に廃村整備のアルバイトだ。
「お約束としてさ」
民家を打ち崩した瓦礫の山をFH規模のトンボで均しながら、沙希はつぶやいた。
「安全なはずの試運転で敵に襲われるって、映画ではよくあるよね」
『ちょっと。縁起でもないこと言わないでよ』
アメリアは嫌そうに言った。彼女は好き好んで危険を冒したいわけではないらしい。
反面、ロザリーは面白そうに笑う。
『そうなったら面白いな。バリバリ、バリバリ! って銃撃戦だ』
ハンマーのグリップを銃口に見立てて振り回す。掃除時間の中学生男子の姿が沙希の脳裏で重なった。
沙希は指を引いて機体制御。後ろを振り返らせる。
「ジゼルはどう? 戦ってみたい?」
ジゼルは黙々と廃墟をピッケルで崩している。機体の手を止めずに答えた。
『仕事して』
「はぁい」
沙希は肩をすくめて指を繰った。グロリアにトンボを持ち直させる。
振り返ろうとして、
ジゼル機が石垣につまづいて倒れた。
「ちょ。ちょっとちょっと、大丈夫?」
『…………』
ジゼルは黙ったまま身を起こす。
腕の圧力が強すぎて手元の瓦礫を粉砕し、再び突っ伏した。
『ふぎゃっ』
「わあ。地面を突き放したら起き上がれないよ。腕は立てて杖にする感じで……気を付けて」
沙希が支えて、ジゼルのFHはようやく起き上がる。
ジゼルはため息をついた。
『……こんなんじゃ、戦えない』
それが質問への答え。
沙希は困った。
「そうみたいだね。今は安全だから大丈夫だよ」慣れない慰めを口にする「ゆっくり仕事を終わらせて、帰ったら練習しよ?」
沙希たちを眺めていたロザリーが、
「フン」
鼻を鳴らして作業に戻っていく。