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ジャイアント・グロウス(3)

 FH訓練を終えた夜。

 ふと基地内のドリンクスタンドの前で沙希は足を止めた。

 ボックス席の一つで睦まじくピザをつまんでいる沙希たちよりも一回り年上の少女たちが、二人。

 もしや、と閃くもののあった沙希は店内に駆け込み、二人に歩み寄った。


「ユニット・アイリーンのみなさんですか?」


 二人の少女は不気味なほど落ち着いた所作で目配せを交わす。どこか不穏に張り詰めた沈黙。

 アジア系の黒髪ショートカットの少女が、首を傾げて沙希を見上げた。


「きみは?」

「私はジョシュアのところで、あー、FH操縦のバイト? をしている八津沙希といいます。ジョシュアさんが、そのスーツ」彼女たちが野戦服の下に着る、沙希が着ていたものと同じパイロットスーツを指す「ユニット・アイリーンが着ているって言ってたので」

「お喋りねぇ。可愛い子を前に気が緩んだのかしら」


 アジア系少女の向かい、釣り目がちの少女がクスクスと笑う。まるで平穏な日常を示すかのように。

 黒髪の少女は肩をすくめて、片手を差し出した。


「ボクはツクモ・ツクシ。よろしく、後輩くん」

「私はエレナよ。可愛い子は大歓迎。私たちのチームにはあと二人いるんだけど、今はそれぞれ自由時間ね」

「――それで、何の用事かな」


 握手をしてから、沙希は頭をかく。

 脳裏にあるのはジゼルのことだ。これから付き合っていかねばならない相棒(FH)との付き合い方を、沙希たちはまだつかみかねている。


「実は今日、FHに初めて乗ったんですけど……走行訓練で死ぬほど酔っちゃって」


 あー、とエレナがうなずいた。


「通過儀礼ね。みんな最初はそうよ」

「どうすれば酔わなくなりますか?」

「訓練あるのみ」


 沙希の問いにツクモが淡々と言う。


「通過儀礼だよ。ゲロ吐きながら乗り続けていれば、そのうち大丈夫になるから」

「ツクモは相変わらずストイックね」

「ストイックっていうか……」


 マゾでは……? と頬を引きつらせる沙希に、ツクモは深みのある微笑を見せる。


「確か他にも訓練プログラムがあったはずだよ。視覚映像と振動を噛みあわせて、脳の平衡感覚をチューニングするやつ」


 あーあーとエレナがうなった。


「やったわそんなの、昔のことだから忘れてたわ。あれ効果あったの?」

「さあ? "効果には個人差があります"なんじゃない」


 つまらなそうに言って、黒い瞳をつと沙希に向ける。


「三半規管を抑制するアンプルもある。どうしても必要な時は使ったらいい。副作用に依存性があるから、薬が抜けるまでは病院食になるけど」

「やばくないです?」

「酔うくらい激しい戦闘で尿意や眠気がきても困るからね」


 ツクモの濡れたような唇がシニカルな笑みを浮かべた。

 沙希は胸をつかれたように口をつぐむ。

 平然とした言葉にこそ現れる。

 ツクモたちは沙希のようなアルバイトではない。紛うことなき戦闘要員、前線で戦う本物の傭兵だ。

 沙希とは見ている世界が違う。


 ただの先輩と後輩などという物差しで計れるものではない。沙希はようやく己の見当違いを悟った。

 同時に、なぜ沙希たちがほとんど独立した一部隊として、すべての組織構造から切り離して訓練を施されているのかも。

 ここは戦場だ。

 沙希たちは戦場にあって未だ平和を保つ異物であり、

 そして、これから戦争に浸っていく立場なのだ。


「――ありがとうございました。お話聞けてよかったです」

「ン。参考になったなら嬉しい」


 またね、とツクモは軽く手を振る。

 その姿は普通の少女のようで。

 だからこそ、底知れないものがあった。


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本作は金椎響様「さよなら栄光の讃歌」をもとに、本人の許可を得てスピンオフとして描いた作品です。

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