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ジャイアント・グロウス(2)

 目の前が不意に明るくなって、沙希は息を呑む。


「VRみたい」


 ゴーグルに映像が描画される。全包囲に外の景色が見渡せた。

 足元を見てみれば、ムチコがオーライオーライと手を振って招いている。

 沙希は操縦装置を見回して記憶を掘り出した。


「えっと……まずはロック解除して起立」


 アクチュエータが音を立てて巻きあがり、機体が両の足で立ち上がる。

 機動戦を想定して作られた足は歩行用ではなく機体姿勢を律するためのもの。地面効果を得るフラッパーなど、地上を飛行しての格闘戦に最適化されている。

 歩行モードに切り替えて、ゆっくりとペダルを踏み込んだ。


「う、ぉおおおっ」


 グロリアは組み込まれた歩行モーションに従って足をあげ、ぐんッと足を前に投じる。

 その一挙動の間にも全身のバランサーがめまぐるしく機能して安定を保っていた。

 歩幅を出して接地する。

 引き足を蹴り、機体の重心を前に滑らせながら、もう一歩。


「お、おぉおおう、ぅおおおおおう!」


 一歩の挙動ごとに沙希は目を回して悲鳴を上げる。

 コックピットはまるで洗濯機だ。上下左右に振動し、傾いて、画面の向こうが移動する。


「ひえぇええ……」


 と、視界の隅でムチコが両手をあげて左右に振っていた。徐行のハンドサイン。沙希はペダルの踏み幅を緩める。

 自動で歩行モーションが最適化されてグロリアの歩幅はペンギン歩きのようになった。ムチコの両腕の交差させる停止サインに合わせて立ち止まる。


「ふぉおおおお!」


 ため息なのか歓声なのか判然としない声をあげて、沙希は操縦桿から手を離した。両手両足を縮ませて座席に丸まり、プルプルと振る。

 機体が動いた。操作に合わせて。機械の巨人が沙希の手によって。


「こいつぁすげぇや……やばみがやばすぎてやばい」


 語彙力の死んだ沙希は、ふと振り返る。

 ほかの三人は立ち上がりもたどたどしく、ジゼルは一歩踏み出して膝を突いていた。


「??? ペダル踏むだけなのに??」

『いやいや。ちゃんと上体も保っていただろう?』


 機外のムチコが苦笑して否定する。

 沙希のつぶやきはしっかりマイクに拾われてスピーカー出力されていた。

 沙希は目を丸くして足元のムチコを見て首を傾げる、


「動きの制御はぜんぶ機械がやってくれてますよね?」

『機体の動揺が収まってからペダルを踏まないと、動きは余計にふらついちまう。自転車だってそうだろう? その呼吸、操縦のリズムをつかむにはコツがいるんだ』


 ほーん、と沙希は首をひねった。

 そうこうしているうちに四人は一列に並ぶ。

 ジョシュアはひょろりと長い脚でハンガーを横断すると、シャッターの前で手を打った。


「よしみんな。今日はオリエンテーションだ。歩行訓練から始めよう。まずは建物の周りを一周してくるんだ」


 歩行訓練、という響きに沙希は笑ってしまう。


 ハンガーの外に出た四機は沙希を先頭に一列に並び、普段ジョギングに使うハンガーを一周する道路を歩く。

 歩く操作にすっかり慣れた沙希は、視線入力の練習がてら機体の後方映像をメインスクリーンの小窓(ワイプ)に投影して背後を眺める。

 三機は歩くのも頼りない。

 自ら足を踏み出した勢いで、上体ががくがくと震えている。バランサーが過剰に機能している状態だ。

 沙希はみんなを引き離さないために時折足を止めなければならなかった。

 先頭を追いかけてよちよちと懸命に歩く姿は、カルガモの子どもを思わせる。沙希は小さく微笑んだ。


『ねぇ沙希!』


 最後尾を歩くアメリアからの無線。

 彼女はバランスを崩して膝を突いたジゼルの後ろで慌ただしく立ち止まったところだ。


『歩くコツってなにかないの?』


「え? うーん」


 ペダルを踏む自分の足を見下ろして、沙希は踏み方を変えてみる。

 歩幅のモーションを動く途中で切り替えようとして、機体が急にふらつき始めた。


「一歩一歩を意識して、ペダルの踏み幅を保つことかな。車みたいにタイヤだけで回ってるわけじゃないから、速度を変えるために必要な機体全体の運動総量が多い。だから機体がふらついちゃうんだと思う」

『……なるほど……』


 果たしてアドバイスが奏功したのかどうか。

 一周巡るころには三人とも慣れてきて、落ち着いた歩きを見せていた。

 ハンガーに戻ってきた一同を見て、ジョシュアはうなずく。開けたハンガー前の通路に封鎖戦を敷いて戻ってきた彼は声をあげた。


『じゃあ次は走行だ。まずは沙希から。気を付けて』


 位置についた沙希は駆け足モードに切り替えて、ペダルを踏み込む。

 アブソーバが噛みあい、アクチュエータが猛烈に回転し、巨大な力がジェネレータから汲み上げられる。モーションを策定。バランサーが高い音を立てて駆動し、機体は軽やかに沈み込む。


「ふぉう?」


 胃の腑を撫でるうそ寒い浮遊感が――湧き上がる圧力に腰を突き上げられて踏みつぶされる。


「ぉぐうっっっ!」


 目を白黒とさせながらも歯を食いしばって踏ん張る。

 コンクリートをこする音も凄まじい。

 勢い込んだ蹴り足に、機体は放り投げられるように浮く。

 わずかな間を経て接地の瞬間、重力に絡め取られて全身が重く沈む。足を振り上げる勢いで弾んだ機体を、蹴り足が吹き飛ばす。その加速で体がシートに押しつけられる。

 放物線の頂点から全身を包み始める浮遊感は、足が触れる瞬間に砕かれる。

 遊園地のタワーアトラクションとは段違いの圧力、加速力、放り投げられる浮遊感、その間断ない繰り返し。

 走れたのは十歩がせいぜいだ。


「うえ、うおえっ! これやば、酔う……っ!」


 沙希は操縦桿から手を離した。きつく目をつむって口許を押さえる。まぶたの裏で光がちらつく。

 全身をくまなく襲う衝撃に頭の白む混乱が抜ければ、残響が引き潮のように吐き気を浮き上がらせていく。押し寄せるGは歩行の比ではない。


「半端じゃなく目が回るうえに、全身が揺られすぎて恐ろしく気持ち悪い」


 初日に体験した誘導ミサイルのような空戦機動を思い出して、沙希は気がゲンナリ萎えていくのを感じた。

 脇に退いた沙希に続いて、三人も走行に挑戦する。

 ロザリーは勢い込んだあまりで足でつまづいたものの、体勢を立て直して走る。

 アメリアは走り切ったものの、酔いすぎて吐いた。

 ジゼルはつまづいて転倒した。

 コンクリートで跳ねるようなジゼル機の転倒に沙希は慌てる。思わず機体を歩み寄らせた。


「だ、大丈夫!?」

『へいき』


 ジゼルは硬い声で小さくつぶやいた。


『……へたくそめ』


 沙希は反応に窮する。

 その吐露には、聞かせるつもりのなさそうな自責が色濃くにじみ出ていた。


『最初でこれだけできれば上々だね。みんなお疲れ様。ゆっくり休んで』


 果てしてジゼルの様子をわかっているのかどうか。

 ジョシュアが解散を宣言する。

 ハンガーに歩いていくジゼルの機体は、心なしか悄然と肩が落ちて見えた。

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本作は金椎響様「さよなら栄光の讃歌」をもとに、本人の許可を得てスピンオフとして描いた作品です。

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