沙希、日本でバイト面接を受けた
時は遡り、日本。
「……やっべー」
都内進学校の制服を着たままの沙希は、オフィスビルにいた。
全面ガラス張りの高層ビルだ。解放感あふれるエレベータホールの窓から遥か下界が見渡せる。
「予想以上の超オフィスビル。私、場違いすぎるんじゃ……?」
ビビりながらスマホの画面を見る。
メールに記された住所は間違いなく沙希のいるこの場所を示していた。あまり有名でない外資系企業だ。
「いっや、こんなすごそうな会社ならわかるわー。給料よし、渡航費込み、社宅あり。ザ・外資! って感じ」
この企業の求人を見つけたのは偶然だった。
縦横無尽に求人情報をさまよっているうちに行き当たった。破格の給料に目玉が飛び出た。
日本語スタッフを求めているのだろうとぼんやり考えて、沙希は軽い気持ちで申し込んだのだ。
「今の私は日本に居づらい系の休学女子だからね……ぜひとも、海外勤務のバイトをゲットしたいところ」
ぐっと拳を握り、日本支社のオフィスに入室していく。
受付に茶髪外人美人秘書がいて怯む。
恐る恐る声をかけてネイティブ日本語が返ってきてビビる。
バイトの面接にきた旨を伝えると変な顔をして確認を取ったものの、すぐに待合室に通してくれた。
待合室でまた二の足を踏む。
大人ばかりがパイプ椅子に座って並んでいた。スーツの人も、くたびれた部屋着みたいな人も様々だ。
(そりゃそうだよね。あの給料だもんね……大人こそ狙うよねぇ)
こりゃ無理かな、とこっそり肩を落とす。
ダメで元々、とはいえ気落ちはする。
やがて出てきたのは、ハリウッド映画に出る軍人のような男性だった。ごつごつした首と刈りあげた金髪、冗談のような青い瞳。じろりと沙希を見たが、すぐ平然と一同を見渡す。
(受けていいってことなのかな?)
出て行けと言われなかったから、そうなのだろう。
沙希は一人で納得して呆れる。いくら外資は実力主義とはいえ、この年齢差を平等に扱うのは度が過ぎる。
そこから淡々とグループ面接を消化していく。
ふと、沙希は参加者から気の毒そうな視線が向けられていることに気づいた。
名乗ったからだな、と沙希はすぐに当たりをつけて、知らんぷりで押し通す。少なくとも、にっこり笑顔で手を振り返すような知られ方ではない。
「では面接は以上となる。次は筆記試験だが――その前にもうひとつ、別の試験を行う」
軍人が目を向けた扉から、秘書らしい男性社員ががらがらと手押しワゴンを運んできた。
早押しクイズの回答ボタンみたいな、ジョークグッズによくあるスイッチが並んでいる。
「死刑執行を行うボタンだ。これを押すと、絞首台の床が落ちる」
どよめきが走った。
「コードが裏の部屋でコンピューターに繋がっていて、スイッチの入力情報を発信するようになっている。諸君にはこれを押してもらう……」
面接官は淡々と続ける。
死刑囚の刑の執行であること、相手は日本ではない某独裁国家であること、これは当該国と交渉で認められたものであること、罪を問われることはないこと、などなど。
困惑する一同に向けて話し終えた面接官は、厳しい無表情のままうなずいた。
「では始めてくれ」
「はーい」
「待ってくれ! ちゃんと説明を……え?」
制止しかけたスーツ男性の隣を抜けて、沙希はワゴンに歩み寄って手を伸ばした。
カチッと安っぽい音が沙希の手元で響く。
沙希は小首をかしげ、もう一回押して確かめる――寸前で手を離した。軍人を見上げる。
「これ押せてますか?」
「ああ。押したら席に座って待ってくれ。次の準備がある」
「りょ」
ぴっと敬礼して席に戻る。
「狂ってる……」というささやきが聞こえた。沙希はこれも知らんぷりで押し通した。
(ばかみたい。本当に死刑執行を外国に託すわけないじゃん。内政干渉だよ、それ)
クリアしなければならない課題があまりにも多い。
もし万が一、そのすべてをクリアするほどの企業だったとしたら――
(そんな会社を選ぶ自分の悪運に笑っちゃうわ)
沙希は薄く微笑んで天井を見上げた。
果たして何が悪かったのか。
沙希はその日のうちに不合格を言い渡された。
面接で行われた謎テストのシーン。
漫画版「マージナル・オペレーション」(原作:芝村裕吏 漫画:キムラダイスケ)の面接シーンを参考にしております。
原作版をきっちり抑えておくべきと思いながら、出会ったのは電書化された漫画版でありズルズル原作を読み損ねているので、紹介もまた漫画版でございます……。オペレータ・オペレータってカッコいい。