ザッピング・デイズ(3)
更衣室のロッカーを前にして、下着姿の沙希は険しい顔で立っている。
戸の裏に吊り下げられているのは全身タイツだ。
ウェットスーツにも似たタイトでロングなアレである。
「着替えないの?」
脱いだ下着をロッカーに置きながら、ジゼルが沙希を見上げた。
その小ぶりでキュッとした生ヒップを横目に、沙希はムムムと眉間のシワを深くする。
「これ……マジで必要なの? いくらFHが兵器っても、これはさすがに悪趣味じゃない?」
沙希の前に吊り下げられているものは、いわゆるパイロットスーツだ。
強Gによる血流の偏りを防ぎ、かつ多少の負傷は勝手に止血してくれる機能性ドライスーツ。
ほんまかいな、と沙希は半信半疑だ。
「少なくとも本物だから大丈夫よ。こう見えてとてつもなく高価なの。発注書を切ったことがあるから知ってる」
苦笑するアメリアは、白いレースの下着姿でスーツを胸元に当ててサイズ感を確かめている。
ばたん、と音を立ててジゼルのまた向こうでロッカーが閉められた。
ロザリーはもうパイロットスーツをピチッと着込んでいる。
「ガタガタ言っても、着なきゃ話が進まねーんだ。さっさとしろ」
言いながらロザリーも顔をしかめる。股間に巻きつくようなスーツをつまんで直そうとしている。大動脈が走っているだけに、内太ももの圧迫は相当だ。
そのシルエットに沙希は激昂する。
「やっぱり絶対おかしい! スポーツブラとかウェットスーツって普通、乳房を押さえ込んむでしょ! なんで豊胸ブラみたいにしっかり丸く支えてんの?? 絶対デザイナーの趣味だよ!!」
さっと自分の胸元を見たロザリーは、顔を赤くしてタクティカルベストを上着に羽織る。前を留めてしっかり隠したが、お腹から下は艶めかしい曲線美がそのままだ。
「こっち見んな!」
「えっと、一応理由があって、抑えるだけじゃ上下左右に揺れる機体に対して保持力が足りないから、採寸キッチリで全体からホールドしてるんだって」
アメリアは答えるが、パイロットスーツを見て困ったように眉根を落とす。
「沙希、余計なこと言わないでほしい……理屈を知ってても、すごく着たくなくなってきた……」
「でも、着なきゃグロリアに乗せてもらえないから」
ジゼルは言いながらスーツに足を突っ込む。太ももで引っかかる窮屈なタイツに顔をしかめた。
見かねたロザリーが背後からスーツをつかむ。
「ほら貸せ、引っ張ってやるから。背筋伸ばせ」
体を伸ばして最大限細くなった足に、ぎゅうぎゅうと引っ張り上げてスーツを通していく。
そんな姿を眺める沙希の肩をつついて、アメリアがスーツを指した。
「沙希の手伝うから、あとで私も引っ張って」
「りょ。今下着外すね」
ホックを外した沙希の背中を見て、アメリアは息を呑んだ。
「沙希、これ……」
「ん? ……あっそっか。傷跡のこと?」
沙希は腕を回して背中をなぞる。
肩甲骨の浮いた背中には、ばっさり斜めにミミズ腫れのような傷跡が伸びていた。
「見た目けっこう残ってるけど、浅いからもう痛くないんだよね」
「そうなんだ……でも、んん。痛くないならいいの」
アメリアは言葉を飲み込んだ。
露骨に詮索を避けた気遣いに苦笑して、沙希はありがたく曖昧にうなずく。
ジゼルとロザリーの不審そうな視線から逃れるように沙希はスーツに足を突っ込んだ。案の定、ぱつぱつの両足はすぐに引っかかる。
アメリアは「行くよ」とひと声かけて、沙希のスーツをずりずりっと引き上げていった。
足さえ抜ければ袖を通すのは楽になる、ということは決してなく、かろうじて苦しくない圧迫感が全身に張り付いて密着する。身悶えする沙希の動きに寸分違わず追随する伸縮性だ。
「うぐぐ、きっつ。あ、アメリアのもすぐ引っ張るね」
「うん。お願い」
アメリアが下着を外して白い肌を見せる。
「むむう。罪作りな……よいしょ。あ、これ本当にキッツい……よいしょぉおっ!」
沙希は引っ張る途中で手を止めた。
アメリアが肩越しに振り返る。
「ん、どうしたの沙希?」
沙希は食い入るようにアメリアの胸を見ている。
「……スーツごときがほんとにこの重量を保持できるんかい……?」
「早くしてっ!」