ザッピング・デイズ(2)
一通りパンフレットに目を通したら、習うより慣れろといわんばかりにシミュレータに移動。
初日に沙希へと洗礼を浴びせたシートつきのピッチングマシンだ。
シートはFHの操縦席を忠実に模して、操縦桿やフットペダル、ガワだけのおびただしいスイッチ群が並べられている。
「起動手順を練習しよう。本番では、誰も手順忘れを指摘してくれないからね。事故は一瞬だよ」
そんなジョシュア先生監督のもと、四人はめいめいパンフレット片手にシミュレータに挑みかかる。
沙希は起動シーケンスを一発で記憶した。
「へぇ……。覚えたら簡単な手順なのは確かだけど、ずいぶん早いな」
さすがのジョシュアも、意表を突かれたように目を大きくして沙希を見る。
「いやぁ、私けっこう記憶力はよくってぇ」
身をくねらせて照れながら、沙希は手順を指折り数えるロザリーの肩に背中から体当たり。
キメキメにドヤ顔を決めた。
「ロッザリィーくぅん? 覚えられないなら私が教えてあげようか? うっふーん?」
ここぞとばかりにマウンティングしていく。
こめかみを引きつらせながら、ロザリーは沙希を黙殺して手元に作業手順をなぞった。
「あ、それだめ、関節ロックしてから起動しないと。動力の誤作動で手足が跳ねる可能性あるんだってさ」
「……くっ」
突然マジトーンのアドバイスが飛んで、ロザリーは拳を震わせた。
§
「ムシャッ! ハムハフハフッ! ハムッ!」
「ばくばくがつがつ!」
ランチタイム。
穏やかなはずの、明るくオシャレなカフェテリアで壮絶な火花が散らされていた。
額を突き合わせて、互いをにらみつけながら沙希とロザリーはランチプレートを平らげていく。
最後のひとすくいをそれぞれスプーンで口に運び、
「「おかわり!!」」
店員のおばちゃんに新しく盛り付けたランチプレートを受け取る。荒々しく席に戻って同時に座る。
「ふん!」「ふん!」
額を突き合わせ、鏡合わせにがっついて食べていく。
ジゼルが困惑してスプーンを手繰る手を止めた。
「ねぇ……二人とも、食べ過ぎじゃない?」
見ているだけでおなかが膨れる、という迷惑顔だ。
お互いをにらみつけるのに忙しい二人は、ジゼルの表情に気づかない。
妙にカラ元気な声で不自然に笑顔を浮かべた。
「ぜんぜん平気! 美味しいからね、あと三杯は食べられるよ!」
「ああそうだな! 軽く四杯は食えそうだ!」
「……やっぱり五杯くらいいけちゃうかなぁ!?」
「六杯くらい余裕だよなぁ!?」
だんッ! と机が叩かれて食器が跳ねる。
凍りついた二人が見上げる先に、
前髪を深く垂らしたアメリアが前のめりに肩を震わせている。
並ならぬ雰囲気に沙希さえ口をつぐんで、食べているものを嚥下した。
ぴりぴりと尖るような怒気が突き刺さる。他ならぬ目の前のアメリアが醸し出していた。
アメリアは大きく顔を跳ね上げて、
「食べ物で!! 遊ばない!!!」
怒鳴った。
「「「ごめんなさい!!」」
沙希とロザリーは唱和した。
食い過ぎた……苦しそうにカフェテリアを出ていくロザリーの背中を見て、アメリアは沙希の肩をつついた。
「ねえ。いつまでもケンカしないで、仲良くなったらどう? こんなんじゃ来週の任務で大変だよ」
同じように張り詰めたお腹をなでる沙希は、アメリアに笑った。
「大丈夫だよ」
「なにその根拠のない自信……」
「根拠はあるよ。たぶんだけどね」
にっと笑う沙希に、アメリアとジゼルは顔を見合わせる。
沙希はロザリーの立ち去った扉を見た。肩をすくめる。
「素直じゃないなぁ」
ここまでいがみ合えば、嫌でも気づく。
ロザリーは理不尽に侮って挑発を吹っかけてきたが。
一度も卑怯な怒りをぶつけてきたり、暴力に頼ったりはしなかった。
まるで正々堂々と決闘でもするように沙希にケンカを売っている。
勝ったら沙希を嘲るのは当然だが、負ければ潔く負けを認めて大人しく沙希に煽られている。
あまりにも不器用な、乱暴すぎる相互理解のコミュニケーションだった。
「平和を持って鳴る日本の女子高生としては、あんまり好きなやり方じゃないんだけどナ」
伸ばした人差し指を下唇に添えて首を傾げる可愛いポーズの沙希に、アメリアは深くため息をつく。
「沙希って絶対、日本人のなかで浮いてたわよね」
「おん? なぜバレた???」