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ザッピング・デイズ(1)

 くぁ、と大きくあくびをして沙希は涙のにじむ目じりを撫でた。底冷えする朝の空気に身を震わせる。


「なんだか寒いねぇ」

「海沿いだけど、山も近いからね」


 隣のアメリアが相槌を打った。

 はるか山の下にアドリア海を臨む、アスファルト色のキャンプ・ポロロッカ。

 白線も鮮やかなガレージ前に整列し、四人は朝の訓練のために集合している。

 モーター音も高らかに、金髪をなびかせてジョシュアがセグウェイを駆って表れた。


「やあ諸君、今日もいい朝だ。目覚めはどうかな? 僕は昨日呑み過ぎて頭痛い……」


 開口一番に情けないカミングアウト。

 ロザリーが呆れを隠さずに吐き捨てる。


「馬鹿かよ。酒量くらい弁えろ」

「弱いんだよ僕。酔わないんだけど、翌日に出やすくてね。……さて、それはさておき。今日もコーチにメニューを用意してもらった。一にも二にもマラソンだ。頑張ってほしい」


 ぐえーっと沙希の口から嫌な音が漏れる。どこに出しても恥ずかしくないインドア系女子高生沙希は体育がむっちゃ苦手だ。

 ジョシュアが苦笑をにじませ、励ますように言う。


「いい商売だと思うよ? 走るだけでお給料が発生するんだから」

「そりゃまあ、そうですよ。従わないつもりはありません。が、気が重いものは重いんです」

「あぁ……気持ちはわかるよ。嫌な仕事は億劫だ。でも、だからこそ手早く効率的に片づけなきゃね」


 まるで仕事のできる好青年みたいなことを爽やかに言った。


 §


 キャンプ・ポロロッカは物資補給線のため格子状に道路が巡っている。アメリカ式の右側通行道路だ。

 その大きな格子道路をルートとしてチョイスし、トラック代わりにして四人は走る。

 沙希がジャージ姿でトットコすっとこ走っていると、


「フン」


 わざとらしく追い抜いたロザリーが沙希を鼻で笑った。

 露骨な侮蔑に、さしもの沙希も癇に障る。


「お、なんだァ? でめェ……」


 しかし基礎体力はいかんともしがたく、みるみる離されていった。

 ただ沙希の顎が上がって苦しくなっただけだ。無人の道路をひとりマラソンし続けて沙希はうめく。

 これで課せられた周回数まで沙希のほうが少ないのだから、やりきれない。


 広場に戻り、四人そろって笛に合わせて筋トレだ。

 体力バカのロザリーはもちろん、軍人顔負けの貫禄を見せるジゼルも、軍隊式トレーニングダイエットをアメリアも、ぴしっぴしっと機敏に格好よくプッシュアップする。

 沙希は体育授業のへろへろ腕立て伏せ。

 へばる沙希に、ジョシュアが声援を送る。


「はい踏ん張れもう一回!」

「ふぎぎぎぎ!」


 ぷるぷるぷるぷる。震える二の腕がたるんだお肉を燃焼させる。

 直後、ロザリーは沙希にダブルスコアをつけてフィニッシュした。隣の沙希を横目にどや顔を見せつける。

 おぉん? やってくれるなコイツ?

 沙希の堪忍袋の緒とともに、あがりかけた上体が崩れ落ちた。


 §


 運動のあとは休憩だ、というジョシュアのふざけた主張でハンガーの二階に設けたミーティングルームで座学の授業。

 配られたレジュメで地域の民族構成について記載があり、防疫作戦に当たって把握しておくべき交戦規定、民族風習、宗教上のイコンなどが取りまとめられていた。


「防疫作戦って、本当に予防になるんですか?」


 沙希の質問に、アメリアが顔を向ける。


「やらないよりはマシでしょう。アジトを減らして活動力を絞めつければ、そのうち一網打尽にするチャンスも出てくるわ」


 どうかなぁと沙希は首を傾げる。

 テロリストは山賊ではないのだから、廃墟に隠れ暮らしているとは限らない。むしろ町の市民生活に一体化してこその都市ゲリラだ。

 ジョシュアが補足する。


「敵対的な村から拉致した人質を置いたり、新兵の訓練施設なんかにも使われる。使われていない廃墟なら、残しておかないほうがいい」


 戦略的な観点で見れば、そういうことになるらしい。

 沙希は「そういえば敵って何なんですか?」とジョシュアを見上げる。


「バルカン半島って、ムスリムとキリスト教のカトリックと正教会とがごちゃごちゃになって紛争が起こったんですよね。それはもう根深くて、もう宗教が『誰の味方か』を規定するくらいに」


 ジョシュアは「おや」という顔で沙希を見る。


「よく知っているね。そのとおりユーゴスラヴィア紛争やコソボ紛争は、宗教を背景にした利害関係が原因とも言われている。もちろん、実際は国政の主導権を巡っての民族対立とか、原因は無数にある。とくに、今回はまた違うようでね……」


 沙希は世界史知識をもとに、ジョシュアから矢継ぎ早に情報を引き出していく。闊達に小難しい会話を交わす沙希の姿にロザリーは鼻白む。

 一通り話し込んで、沙希はロザリーに顔を向けた。


「ドヤぁ……」


 渾身のドヤ顔。

 聞こえないフリをするロザリーに得意げな視線を浴びせ続けた。

 ジョシュアはにこやかな笑みを浮かべ、指の長い両手をこすり合わせる。


「話は変わるが連絡だ。初出撃の日程が決まった。一週間後を予定している。今日からFHを扱うチュートリアルを始めるよ」


 唐突な通告にどよめく。

 期待と不安がない交ぜになる全員の心情をよそに、ジョシュアはパンフレットを配り始めた。


「はじめてのFH」


 搭乗の仕方やシートベルトの締め方、操縦桿の役割などわかりやすいイラストつきで冊子にまとめられている。

 沙希は顔を強張らせた。


「……これは?」

「わかりやすいだろう? 僕の手作りだ」


 ジョシュアは胸を張った。

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本作は金椎響様「さよなら栄光の讃歌」をもとに、本人の許可を得てスピンオフとして描いた作品です。

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