アメリア・バウムガルト 4
爆弾は降ってくる。
耳を張り飛ばすような炸裂音。教官は息を詰めて、なお走る。
振り回されるような全力疾走に顎を上げながら、アメリアは一気に速度を上げる教官に必死についていった。ほとんど吹き流しのような勢いで跳ねている状態だ。
「あっ!」
蹴り損ねた。
爪先が地面を引きずって、身体の裂かれそうなブレーキがかかる。膝をつくアメリアを振り返る教官。四肢を痛みに引き裂かれながらも、アメリアは彼の顔を見ていた。青ざめた顔が引きつっている。飛来する危機感。背後に落ちてくる。
息の詰まるような衝撃に体が浮いて、アメリアは吹き飛ばされた。
「ちぃっ!」
まるでアメリアの腕を巻き込むように、教官の巨体がアメリアの身体を庇う。細かい瓦礫に背中や腕を裂かれ、血がしぶいた。
「あ――あぁ……!」
いんいんと、衝撃に塗り潰された無音が響いている。
悲鳴はなかった。声を上げたかのような感覚だけがアメリアの喉をさいなみ、ただ息が切れた。呼気に乗った砂塵がざらりと咽喉を切る。
コンテナを前に二人は倒れている。呼吸が止まったままアメリアは顔をあげた。
ドローンが小ばかにするように見下ろしている。
彼らの目。砲弾を定めるスポッター。死神の指し示す指。
その小さな機体が、
粘液を浴びて傾いだ。
「だぁっ!」
という掛け声はアメリアの耳には届かない。だが、アメリアは見た。
コンテナの上から、バスケのダンクシュートを決めるようにして、真っ青なペンキを叩きつけるジゼルの姿を。
ペンキの重みにプロペラを歪ませてドローンが墜ちる。
地面に軽やかに転がって着地したジゼルが、跳ねるように二人に近づいた。
「立って! 早く移動して!」
突き飛ばすようにして無理矢理に二人の体を起こす。アメリアは苦痛に顔をゆがめた。
「ぅ、待って……体が……!」
「早く! 目が潰されても、直前までここを狙ってたんだから!」
ジゼルの警告通り。
見上げたアメリアは、空の端に見た。
小さな黒点を。
見る見る大きくなる、飛来する球体。
砲弾を。
「あ――」
声が出るよりも。
ジゼルに覆いかぶさるように、アメリアが庇う。
その二人を包むように、教官が身を乗り出す。
そして教官を助けるために、それは推進器をうならせて飛んできた。
「っきゃ!?」
声がアメリアの喉を突き上げたのは、爆発したと思ったからだ。
だが、それは爆発し続けながら空を駆け抜けて去っていく。
アメリアは思わず顔を上げて、二人の腕の間から見た。
鎧をまとったような、黒い人影が空を飛んでいる。
「あれは……」
教官が、ほうっと腹の底から出たようなため息を吐いた。
「やっと着いたか」
空の爆弾を撃ち落とした全身鎧の姿をした機械……人型規格《FH》が、天上の爆発さえ置き去りにあっという間に飛び去っていく。射角から割り出した発射地点へと爆音が遠ざかる。
すれ違う彼が、気安く合図するように機械の腕を振った気がした。
「……終わっ、た……?」
呆然とするアメリアと、そしてジゼルの頭を、くしゃりと分厚い手が撫でる。
「ああ、……ああ! 終わった。生き残ったぞ! 二人とも頑張ったな!」
顔を埃まみれにして血のにじむ教官が誇らしそうに笑っている。
アメリアのなかで響く爆発の衝撃が抜けていくにつれて、感慨が惑乱したようにこみ上げる。感極まってジゼルを強く抱きしめた。
「あぁ――ああ! よかった! ありがとうジゼル! 私たち助かったのね!」
「んん……苦しい!」
「ごめん、でも私、嬉しくって! ああよかった!!」
救護班と盾を構えたスタッフがミニバンから身を乗り出してアメリアたちのもとへと急行している。誰も彼もが三人を見捨てず、誰も彼もが対応しようと声を上げている。
ここは基地だ。
全員が敵と戦っていた。
アメリアはその一体感を、万感の思いとともに目に焼き付けた。
§
「アメリア・バウムガルト。あー、きみは、あー……」
状況説明の取り調べを終え、基地の病室でジゼルと二人並んで座っているところに教官が来た。
腕や肩に包帯をたんまり巻いた教官が、気まずそうに頭をかいている。
「うちに派遣されるスタッフではなかったようだな。どうするね? きみが希望すれば、我々で送る便をチャーターするが」
「私、思ったんです」
アメリアは立ち上がって胸に手を当てた。
「あの事件がこの基地の日常なんですよね。敵はいつも私たちを狙っていて、私たちはそれでも歩みを止めるつもりはない」
発言の意図をつかみかねる教官に向かって、アメリアは胸に手を当てる。
「不肖私、後方勤務から、この前線基地での業務支援に異動したいと思います。直接、みなさんの力になります」
あるいは突拍子もない宣言に、教官は推し量るようにアメリアを見る。
「……いいのか? 知っての通り、ここは危険だ。第三世界、それも紛争地域だぞ」
「大丈夫です。私はこの目でしっかり見ました。私もまた勝利の手伝いをしたいんです。一人でも目の前で傷つく人を減らしたい。そのために書類整理が必要なら処理しますし、戦うことが必要なら武器を取ります!」
教官は口を引き結んでアメリアの瞳を覗き込む。
たとえわずかとはいえ、戦場を共にした仲間だ。それ以上の言葉は必要なかった。教官は力強くうなずいた。
「わかった。きみがそう言うなら、きみの叔父上には俺の方から話を通しておこう」
「お願いします……!」
挑みかかるようなアメリアの目つきに、教官は満足げに頷いて握手を求める。
「歓迎しよう。きみのような勇敢な兵士を、我々はいつも求めている」
「こちらこそ」
固く握手を交わす二人を、ジゼルはいつものぼんやりした目で見上げていた。
「なんか……アメリア、また地雷踏んでそう」
「縁起悪いこと言わないでくれる!?」
アメリアはジゼルを振り向いて悲鳴を上げた。否定できないからタチが悪い。