アメリア・バウムガルト 3
アスファルトを砕く爆発は背後、滑走路を砕いてアメリアたちを追い越していく。
砂塵と小石が刺すように吹きつける。
「ぬぐぅ!」
どん、と肉を打つ濁った音。アメリアは耳ではなく体でその音を聞いた。教官の太い腕に庇われる背中で。
「教官!」
「降りるぞ、気を付けろ!」
苦悶の表情も苦く、教官はハンドルを強く握る。
バイクがブレーキ痕を引きながら傾き、近場のコンテナの陰に滑り込んでいく。
倒れたバイクに置き去りにされるような形で三人は転がった。
受け身をしてなお腕や腰を打ち据える、巨大な壁に張り飛ばされるような重い落下の衝撃にアメリアは顔を歪める。
「怪我はないか!」
「擦りむいたくらいです! それより教官は!?」
痛みをしいて無視して、跳ね起きたアメリアは油断のない教官の立ち振る舞いを見る。
教官は幹のような腕にコンクリート片の直撃を食らっていた。破裂した皮膚から痛々しく流血している。
アメリアの視線に気づき、教官は軽く腕を上げる。
「骨がいったが……問題ない。クライアントと仲間を守るために負う傷は、傷病手当金ものだ」
「バカなこと言ってないで、腕出してください! 止血します!」
下手な強がり一蹴して、アメリアは立ち上がった。背にしたコンテナのサイドホールを開けて治療キットを取り出す。
サランラップのような止血テープを巻き付けるアメリアを、教官が驚いて見つめる。
ジゼルもまたアメリアの手際に目を丸くした。
「すごい手慣れてる」
「応急処置研修なら何度も受けたからね! 職業柄、9・11には毎年やるのよ」
「いや、そもそも……まさかコンテナに救急物資が入ってることを知っていたのか?」
処置を受けた教官のほうが、化かされたような顔で添え木をあてられた腕をしげしげと見ている。
アメリアは大いにうなずく。
「コンテナの印字を見れば、だいたいは。消費物資の決済は飽きるくらいやってますからね」
事務方なめんな、とアメリアは鼻息荒く言う。
感嘆する教官は「ぬ」と二人にかぶさる。
「伏せろ!」
「ひゃあ!」
再び爆発が起こり、コンテナがアスファルト片のシャワーを受けて壮絶な音を奏でた。耳元で破裂する音響にアメリアはくらつく。
「もう、なんなの!?」
「ゲリラ攻撃だ。あのドローンを観測手にして、遠くから大砲を好き放題撃ち込んでいるんだ。レトロな真似をする」
アメリアの脳裏に一次大戦中の陣地に並ぶ自走砲が浮かぶ。細長い砲身を車輪で挟んだアレ。
なるほど大規模な布陣はできなくとも、空港を曲射で爆撃できれば効果は見込めることだろう。
「心配はいらん。すぐ仲間が掃除しに……っ!」
再び爆風。コンテナがガタガタと揺れる。
広い基地のなか、決して爆発範囲の広くない迫撃砲で、三人の隠れたコンテナだけがもう何度も。
ジゼルが声を低くする。
「教官、これ」
「ああ。まずいな」
教官はコンテナの端から頭を出してドローンをにらみつけた。
「我々に狙いを絞っている」
引き伸ばすような甲高い羽音が無感情に見下ろし続けている。
アメリアは唇を震わせた。
「そ、それ、やばくないですか! どうするんですっひゃ!?」
再三の砲撃が、身を隠すコンテナを揺らした。
教官はぐるりと集積地を見渡す。散発的にコンテナが並べられた広い敷地をアメリアに示した。
「コンテナの中身がわかるのか」
「少しだけです。アルバイトの私に内容詳細は知らされていません。ですが……必要にならなければ補充されないでしょう。決済した物品と搬出されるコンテナコードから当たりをつけただけです」
背中を預けるコンテナに刻まれた、世界各国の激戦区へと送られるコードを指差す。背後の箱は予想通り救急物資だった。
教官は重々しく顎を引く。
「表に英数字のコードが塗装されただけのコンテナなんぞ、端末でリストを見なければ中身がわからん。十分たいしたものだ」
爆風に身を伏せる。コンクリート片が降り注ぎ、アメリアとジゼルの肌と髪を白く汚した。
「狙いが良くなってきた。コンテナを直撃したら破片で死ぬ」
ジゼルが淡々と言う。
アメリアはそれを聞いても取り乱しはしなかった。相手は最初からそれを狙っているのだ、今更驚くことはない。
厳しい顔で教官は周囲のコンテナをにらみつけた。
「武器が欲しい。ドローンを撃ち落とせればなんでもいい。なにかないか、アメリア?」
「武器って言われても……!」
アメリアは目を凝らして頭を働かせる。
この集積所は、港や倉庫のように効率的に物資を積み重ねていない。このような空爆での損害を最小限に留めるためだろう。地下や基地の倉庫に運ぶまでの間はこうなるわけだ。
とすると、武器は当然管理しやすい場所に置くだろう。今回は――強奪に対処しやすいところ。
管制塔近くのコンテナに目を凝らす。見慣れた印字。紛争準備地帯に向かう決済承認を下ろしたコードだ。
「あそこ! あのコンテナに武器があります」
「……遠い。他には」
ぐぬっと唸ってアメリアは頭を巡らせる。
拳銃なら着替えと一緒に納入されるかもしれない。あるいは爆薬……?
「武器じゃなくていいよ」
ジゼルが口添えした。
「ペンキとか、ネイルガンなんかもいい。最悪、スパナとモンキーレンチ投げて落とす」
アメリアは小さく笑った。
スパナをぶんぶん投げるジゼルは妙に想像しやすく、やたら可愛かった。
「それなら、少し手前にあるわね。覚えているわ、塗料会社から決済したばかりだから。あのカーキ色のやつ」
「あれね。わかった」
こくんと頷いたジゼルは、するりと猫のように四つん這いになると、そのまま滑るように駆け出した。
「え、ちょ……ジゼル!?」
「危ない!」
アメリアは教官に抑え込まれ、爆発がコンテナを揺らす。ジゼルは爆風を置き去りに駆け抜けていったようだった。
教官は即座に立ち上がり、アメリアを引っ張り上げる。
「どんなに下手くそでも、これだけ試射すれば直撃させられる! 逃げるぞ!」
「どこに……!?」
「砲弾の当たらないところだ!」
半ば引きずられて走る。
先を走るジゼルはすでに件のコンテナに滑り込んで身を翻していた。
ほっと息をつくアメリアの腕が、ぐるりと向きを変える。手を引く教官が60度方向転換した。
「ど、どこ行くん――」
爆発にアメリアの鼓膜が張り飛ばされる。
打ち付ける粉の痛みに耐えて風上を見ると、先程までアメリアたちが走っていた先のアスファルトがえぐれていた。
ち、と荒々しい舌打ちが教官から漏れる。
「偏差射撃する脳はあったか」
忌々しいと呟いて、教官は再度方向転換する。今度はすぐにまた向きを変えた。フェイントだ。
相手は当てずっぽうに偏差をつけたのか、ずっと左側で爆発が起こる。
だがそれは確実に、敵が狙いどおりの場所を撃てていることも意味していた。
「ここから先は運次第だ……」
教官は唸るように言う。
アメリアは泣きそうになった。