アメリア・バウムガルト 2
ジゼルの求めに応じて空港を目指したはずが、空軍基地にたどり着いた。
本当にあってるのかとジゼルを振り返ったアメリアは車から降りる背中を見る。
「って、ちょっと! ちょっと待って自由すぎるでしょジゼルゥウ!」
わたわたと支払いを済ませ、アメリアは大慌てで追いかける。
銃を背負うゲルマン軍人に紹介状を提示し、ジゼルは平然とゲートを開けてもらっていた。
「ちょ、えええ? ジゼルあなた何者なの……?」
「よーへい。昨日から」
「え?」
「こっち」
ジゼルはアメリアの手を引いて空軍基地にずんずんと入っていく。
ビビったアメリアだが、門番の兵士はアメリアの顔を見てうなずいた。
「入っていいの? ていうか入るの私? 道案内ってここまで必要なやつなの?」
混乱したアメリアは、ジゼルに導かれるまま基地を横断して滑走路に出る。
そこには小型飛行機がある。
タラップの横に待機していた若い軍人が目を丸くした。
「えっ? 女性と一緒に来るって聞いてはいたけど、子どもじゃないか。きみが付き添い? ブラスト社のひと?」
「えっ? はい、そうですけど」
ジゼルの付き添いで、かつブラスト社の関係者に間違いない。
ブラスト社のネームプレートを引っ提げた秘書系美女がラウンジでのんびりコーヒーを嗜んでいることを、この場の誰も知らなかった。
「そうなんだ……。それじゃ、二人とも乗って。すぐ出すよ」
「アメリア、足元気を付けてね」
「あれ、待って? さすがに私乗る必要ないよね? ……って力つっよォい!? ジゼル体幹すごい!?」
体をブラさずアメリアを引っ張り上げたジゼルに面食らうアメリアの背後で、ばたしと扉が閉められた。
「あ」
飛行機のエンジンがかかり、オオオオオとクレッシェンドで騒音が大きくなる。ジゼルは手早くシートベルトを締め、アメリアのベルトも締めてくれた。
「え、ありがと……六本ベルトなのに手慣れてるね……」
「練習した」
ジゼルの無表情なピースサインを見ている間に飛行機は動き出す。
「あっヤバいちょっと取り返しのつかない感じになってる! パイロットさん、軍人さん! 私違う、間違えてる、降ろして! ちょっと、ヘッドセットでなに聞いてるの!? ヘドバンしながら操縦しないで!?」
飛行機は飛んだ。
ドイツを発った飛行機はさほど掛からず着陸する。
「ようこそスフェールへ」
「どこそこ」
ヨーロッパは東部、バルカン半島西端のお国スフェールの地にアメリアはいた。
空港で右から左へ流れ作業で暖機済みのクソうるせぇヘリに押し込まれたアメリアは、気づけば遥か異国の基地に輸送されている。
ボディチェックしている隙に押印されたパスポートを見つめて複雑な顔をするアメリア。まるで見透かしたような巡り合わせだ。
やがて。
二人は山がちな高地にポッカリと浮かぶ広大なアスファルトの真ん中で降ろされた。
忙しなく動き回るスタッフは、軍人にしては服装がラフだ。タンクトップでカーゴバギーを運転してるグラサン兄貴がいるあたり、正規軍ではないだろう。
アメリアはコンテナに刻まれた社章を見て眉をひそめる。
「というか、ブラスト社のベースキャンプかな……?」
「遅かったなぁ!」
突如背後から響く大音声に飛び上がった。
むくつけき大男が、偉そうに腕を組んでジゼルとアメリアを見下ろしていた。
「子どもが二人来ると聞いていたが……本当に子どもだな……。だが、子どもだからって手加減してくれるほど戦場は甘くないぞ!」
「あの、待って、話を聞いてください。私は……」
「つべこべ言うなァ!」
「ひゅい!」
ビリビリと声だけであたりが揺れた。
「まずはスフェールの空気に慣れるがいい。マラソン十キロ!」
「ふぁー!?」
「駆け足!」
鬼教官にどやされて、唐突にアメリアとジゼルのブートキャンプが始まった。
空港の隣は広い敷地を潤沢に使って、モスグリーンやダークグレーの小型コンテナが点々と並べている集積所だ。その外縁を二人は走る。
「ジゼルさっきから落ち着いてるけど、何が起こってるかわかってるの……?」
「うん。アメリアこそ、意外と体力あるんだね」
「体力は、まぁね。叔父さんに軍隊式トレーニングを教えてもらってるから。いや、ジゼル? 私が巻き込まれてるってわかってるなら、説明手伝ってくれない?」
「……?」
「可愛く小首かしげてるけどわざとね!? 途中からわざとやってるのね!?」
鬼教官の怒号がバイクと一緒にとんでくる。
「おしゃべりとは余裕だな! 五キロ追加だ!」
「ひゃい!」
「走りながら聞け。スフェールは反政府勢力の武力蜂起で紛争に陥っている。我々は主に戦闘代行を請けて、反政府勢力に対抗している。腰までどっぷり紛争に浸かっているということだ。ゆえに我々に安全地帯などない。粗製爆弾やロケットランチャーで基地を狙われることも多い。常在戦場と心得よ!」
要するに、ここも戦争真っ最中の危険地帯ということだ。
息が上がって思考のまとまらないアメリアは、なんてロクでもないところだ! と思った。
ジゼルはぼんやり空を見ていて聞いてなさそうだ。
「教官」
「なんだ、ジゼル・ソーンダイク」
「なんであんなところをドローンが飛んでいるんですか?」
基地の外から、大砲にも似たカメラをぶら下げたドローンがふらふら飛んできている。
「わあっ!」「むゆっ」
教官が大きな手でアメリアとジゼルを順にバイクに乗せた。バイクというか自分の膝に乗せた。
ぎゅるんとドリフトターンできびすを返す。バイクがウィリー気味に加速した。
「逃げろォオ! 爆撃がくるぞォオオオ!」
「えぇえええええええ!?」
教官の咆哮とアメリアの悲鳴を追いかけて、噴煙を引く黒い筒が降り注ぐ。
背後が爆発に砕け散った。