ミーティング・アフター(2)
「いやーもう参ったよ。お待たせ、ごめんね! みんな待った?」
日も暮れてとっぷり夜になったころ。
細長い一軒家のシンプルな玄関に、沙希がばったりと転がり込んだ。
ぱんぱんに膨らんだエコバッグを全身に巻き付けるようにして3つも担いでいる。
騒々しい帰宅に驚いて出てきたアメリアが、エメラルド色の瞳を丸くした。
「どうしたの沙希、この荷物」
「そりゃもちろんパーリーだよレッツパーリー! ごちそうにしようと駆けずり回ってね! そしたらウチがどこだか分かんなくなっちゃって!」
後から廊下に出てきたジゼルが、沙希のバッグを覗き込みながら相槌を打つ。
「仕方がない。プラモデルみたいにパーツ量産して組み立てるクローンハウジングだから、お隣さんと完全に一致。素人が外見だけで判断するのはほぼ不可能」
「それな! ……まあ一軒家のルームシェアなんて感謝しなきゃなんだけどさ」
沙希が感謝とは正反対のふくれっ面で靴を脱ぐ。
玄関のマットに「|靴を脱ぐように《TAKE OFF SHOES》」と大書されているからだ。このマットをチョイスした張本人のアメリアがエコバッグを抱え、続こうとした沙希がジゼルの格好に気づいて硬直する。
「ジゼル、なにそのキュートなパジャマ」
アゴの外れた熊みたいなデザインのパジャマを、萌え袖で着ていた。フードをかぶれば顎が閉じるやつだ。
ジゼルはとろんといつも以上に目を細くしている。
「わたし、もう寝るから」
「えっ! せっかくご馳走用意したのに!」
「気持ちは嬉しい、ありがとう。でも明日も早いから」
ジゼルはちょっとすまなそうに目を伏せる。沙希は首を振ってジゼルの肩を抱く。
「んーや私のほうこそごめんよぅ。遅くなったせいだね、ごめん。明日また続きをしようね! ……ところであの頭真っ赤は?」
「もしかしてロザリーのこと?」
アメリアが苦笑しながら戻ってくる。ロザリーの髪は赤毛だ。
親指で天井を示した。二階のベッドルーム。
「ハラペーニョ・ピザばっかりしこたま買ってきて、ペロッと食べたかと思ったらさっさと寝ちゃった」
「かー! 協調性のないやっちゃなーっ! 私もだけど!!」
ジゼルと一緒に行けば早く帰れたのに! と大げさに嘆く。ジゼルが笑おうとしてあくびした。アメリアがジゼルの背中をつつく。
「ほらほら、ジゼルはいつも規則正しい生活してたんでしょ? 早く寝ちゃって。沙希は眠くない?」
「今は日本時間で何時か知ってる?」
「時差ボケね。ちょうど私も目が冴えちゃってるし、沙希には私が付き合うわ」
じゃーね、と部屋に向かうジゼルに手を振って二人はリビングに入る。
白く清潔な壁にぴかぴかのフローリング、象牙色のソファにガラステーブル、大きな薄型テレビはインターネットで動画配信が見れるタイプのもの。モデルルームのような空間に、知らず沙希の肩に力が入る。
「なんかキチッとしてて落ち着かないな」
「そうかもね。でも、すぐ生活感に染められちゃうわよ」
アメリアの言葉通り、リビングには二人で食べるには明らかに多すぎる量の食べ物がエコバッグに積まれている。
バレルいっぱいのチキンを取ってアメリアは呆れた。
「こんなに食べるつもりだったの?」
「いやぁ、しゃべる関係が作れるかどうかって最初が肝心でしょ? 好きな食べ物の話ならしやすいからさ。それで片っ端から集めてきた」
「そっか。ねえ、沙希はどれが好きなの?」
「たいがい全部好きだけど……やっぱりこれかな!」
ボール紙のボックスに収められたテイクアウトのステーキを取り出した。予想外に重たいチョイスにアメリアは吹き出す。
「なにそれ! 和食じゃないの!?」
「現役女子高生を舐めないでほしいね。シケた和食なんて選ぶはずがありませんことよ。あ、でも脂の乗った魚は好き。サーモンとかホッケとか最高」
「ふふ。私はイタリア料理が好きなんだけれど……でも、やっぱりブルストかな? 炙ってパリパリにしたやつが好き」
ジャーマンなイメージに即した選択に、沙希は小さく拍手した。
そういえば、ステーキボックスを開きながら沙希はつぶやく。
「ジゼルはイギリス連邦なんだよね。UKといえばなんだろ?」
「うーん……スコーンと紅茶のイメージしかないかな」
ふんふんと相槌を打ちながら沙希はステーキを食べていく。もぎもぎと肉を飲み込んで息をついた。
「人数が少なくなったのは残念だけど、考え方によっては都合がいいかも」
「……なにか、聞きにくいこと?」
アメリアの気遣いにうなずいて、沙希は口を開く。
「アメリアはさ、なんでこの仕事を選んだの?」
「え?」
沙希は顔をうつむけてステーキを細かく切っていく。
「あの二人、ミーティングでも言ってたよね。暗殺でも何でもやる、って。テロリストと戦いたくて、子どもでも素人でも戦場に出してもらえるこの仕事を選んだんだなーって、事情は知らないけど理解はできる」
ジョシュアは言った。「機動兵器に守ってもらうのが仕事だ」と。
使い捨ての鉄砲玉にならずにテロと戦いたいなら、このブラックバイトは天恵のように思えるだろう。
沙希はアメリアを見る。
「アメリアはどうなのかなって。同じようにテロリストと戦いたいから? それとも、違う理由?」
口の中のものを飲み込んでから、アメリアは口を開いた。
「……テロと戦いたい、かな」
微妙なニュアンスの違いに沙希は顔をあげた。テロリストとではなく、"テロ"と。
「私、ゲリラ攻撃に巻き込まれたんだ。ついこの間、このキャンプでね」
「えっ!?」
ぶったまげた沙希がアメリアを見る。
ミステリアスな微笑を湛えてアメリアは目を伏せた。
「どんな大義があっても。どんな正義があっても。暴力で、誰かを傷つけてなにかを押し通そうとするなんて間違ってる。だから、暴力を駆逐する協力を決めたの。私にできることがあるなら、私はやるわ」
「へぇ……すごい。アメリアだけじゃない、みんな立派だ。やっぱり、普通はそのくらいでなきゃ戦場になんて出てこないかあ」
ちょっと落ち込んだような声に、アメリアは首を傾げる。
「沙希はどうして戦場に?」
「私はお金」
あっさりと言った。
ソファの背もたれに体を預けて、真新しい天井を見る。
白く清潔で、間接照明に照らされる新品のオフホワイト。
「私、しばらく休学してるんだ。その間に稼げるだけ稼げたい。高校の学費と、できれば大学も。この仕事なら学費どころか生活費まで稼げるかもしれないから。だから来たの」
「……そっか」
アメリアは詮索もなにもせず、ただ微笑んだ。優しくうなずく。
「立派だと思う。自分でお金を稼ぐこと自体もそう。大変ってわかってる仕事に体当たりで挑戦するなんて、すごくかっこいい」
誉めそやす言葉に沙希は吹き出した。
跳ねるように体を起こしてアメリアに向き直る。緑色の瞳と目が合うと、照れくさそうに笑った。
「ありがと」